Ice Time   作:アイスめぇん

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「―――――だから、ひゅーんとやって、ひょい、だよ」

「ぐぬぬぬ………」

 

 分からぬ、と眉間に皺を寄せて椅子に座り、折れた左腕に右手をかざす雨里とそんな彼を眺めながらコーヒーを啜る家入。

 交流会を終えてから、左腕が完治するまでの間彼はこうして保健室を訪れては反転術式の指導を家入に求めていた。

 

「それにしても、熱心だなお前も。さっさと治せ、とは言わないのか」

「まあ、腕に関しては自業自得ですし。自然に治るのならそれに越したことはないですからね。それに、出来る事が多いのには、困りませんし」

「………」

 

 家入の顔を見る事無く、そんな事を宣う雨里。再び口で小さく「…ひゅーん」と呟きながらどうにかこうにか反転術式をものにしようと四苦八苦している。

 その背中が、どうにも彼女には何かとダブって見えて仕方が無かった。

 

「………雨里」

「はい?」

「どうして君は、呪術師をやってる?」

「へ?」

 

 思ってもみない人からの、思ってもみない質問に雨里は腕より顔を上げると振り返る。

 彼の印象としては、家入硝子という人は深入りして来ない相手だ。仕事に関しても淡々としており、熱を上げるようなタイプではない、と。

 そんな彼女からの質問。

 

「ええっと………夜蛾学長や、五条先生からは聞いてないんですか?」

「なに、反転術式の監督報酬という奴さ」

「はあ…………まあ、単純にオレが後悔しない選択を果たすためですよ………弱くちゃ、何もできない」

 

 戦いの場に立つ者にとって、力というのは絶対的だ。弱ければ何もできず、淘汰されるのみ。我を通す事も出来ない。

 最初の無力感は、少年院。同級生を救えず、それどころか大事な場面でダウンしてしまった。

 次いで交流会。特級に食らいつけこそすれども、それ以上は無理。結局逃がしてしまい、一方的に削られたと言っても良いだろう。

 担任である五条も、共闘した加茂や狗巻からも労う言葉はあれども責める言葉は無かった。

 それが、()()()()()()

 もっと戦えた筈なのに。それこそ、自分自身の消耗や、術式の使い過ぎによる低体温症、凍傷を無視して戦い続ければ、少なくとも先輩二人に怪我を負わせることは無かったかもしれない。

 傲りと言われればそれまでだが、それでもその事実は雨里の心にささくれとして残っていた。

 だからこその、パワーアップ。その取っ掛かりとして反転術式、というかプラスのエネルギーを作り出す術を身に着けようとしていた。

 一方で、家入もまた彼の回答を聞き、頷く。

 高い志ではない。呪術師の中には、夢を見て臨んでいる者も居るためだ。だが、同時に終わりのない目標でもある。

 人生というのは、選択の繰り返し。医者としての側面の強い家入は特にその場面に遭遇することが多々あった。

 

「後悔の無い選択は無いぞ?」

「あはは………そうですよね……うん、オレもそう思いますよ。性格的に、うじうじ悩むとも思いますから。それでも、という奴です」

「そうか……よし、雨里。少しついて来い」

 

 コーヒーを飲み干して立ち上がった家入は颯爽と、白衣を翻す。

 

「これから、数人の治療に向かう。お前には、その助手もどきをしてもらおう」

「え、でも……オレ、片腕ですよ?」

「その分、術式を回せ。五条の方には、私から話を通しておくから」

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…………っ」

 

 沈んでいた意識が、水面を目指して昇る泡のように浮かび上がる、そんな感覚。

 目を開けた雨里の視界に、最初に入ってきたのは羽毛の舞う空の色。次いで、耳元に響く水の揺れるような音。

 

「……ああ、そっか」

 

 小さく彼の口から、そんな言葉が漏れて体は起き上がる。ふらつきながらもどうにか立ち上がった雨里は、そこで徐にコートの前のボタンへと手を掛けた。

 一つ一つ外し、そして脱ぎ捨てる。

 相対するのは、極彩色の鳥人。

 

「コココ………シ、シンデ、ナイ?」

「まあね。オレも存外頑丈だからさ」

 

 首を回し、力を抜いていく。

 ただ立つ事に特別力は必要ない。寧ろ、余分な力みは次の動作による余分なものとなり、精度を落としてしまう事にも繋がりかねない。

 まるで、呼吸をするように自然に循環する己の呪力。その呪力を、雨里は自然と術式へと流していく。

 

「―――――術式順転『人氷(ひとごおり)』」

 

 吐き出す息は、白く染まる。同時に、彼の両手足は()()()へと変換され右の首筋から頬にかけても手足と同じ色合いの氷が這っている。

 言うなれば、()()()()。それが今の雨里の肉体だ。

 外へと向けていた凍結の力を自分の体の中に圧縮し、バフとする。今の彼は、触れるだけで相手を骨の髄まで凍り付かせることが出来るだろう。

 だが、それだけではない。雨里は、右手の人差し指と中指を拳の状態から開いて立たせ上へと動かした。

 瞬間、鳥人は何かを感じ取ったのかその場より翼を使い()()()空へと逃れていた。直後に、鳥人の立っていた地点を中心として大きく亀裂が走り何かが勢いよく飛び出してくる。

 アメリカの小説家、ハーマン・メルヴィルの有名な著書の一つにとある動物を中心とした小説がある。

 そのタイトルは、

 

「―――――『白鯨』」

 

 純白の巨大なマッコウクジラが宙を舞う。

 ブリーチングという行動が、クジラには存在する。ザトウクジラなどが、海面から勢いよく体を突き上がらせてそのまま倒れるように海中へと戻る、あの行動。

 空を舞う白鯨は、正にそれだった。巨体が宙を一気に突き進み、そして空を飛ぶ鳥人へと向けて倒れたのだ。その様は巨大な白い塔が倒れるかのよう。

 ただ、機動力では鳥人に分があった。その翼を羽ばたかせてその一撃を回避。同時に、大技を無駄撃ちに終わったであろう人間を見下ろそうと振り返り、

 

「―――――やあ」

「キョゲッ!?」

 

 目の前に居た。

 目を見開く鳥人。その顔面に()()()が突き刺さる。

 衝撃が、一瞬周囲を静まらせ直後爆散。鳥人の体は、まるで砲弾の様な速度で下へと叩き落され、水面に強かに叩きつけられていた。

 

「―――――術式反転『焔人(ほむらびと)』」

 

 氷の反対は、炎。そんな考えから生まれた術式反転。順転が、肉体の氷化であるならば、反転は肉体の炎化こそが最大の特徴。その機動力は、順転の比ではない。

 追い込まれたという極限状態と、土壇場で知覚した呪力の流れがこの反転を習得させる鍵だった。

 

(家入先生の擬音には、ちゃんと意味があった。天才特有のアレだっただけじゃない。ひゅーんは呪力の流れ。この流れの中、呪力をフライ返しでひっくり返すのが呪力反転。この反転させたエネルギーを術式に流せばいいんだ)

 

 呪術において重要なのは、解釈。他人に分からずとも、自分がそうであると理解すれば成立するのだから。

 雨里の中で、己の術式は氷と炎を、もっと根源的なものを操ると、そう解釈していた。

 とはいえ、ここまでだ。これ以上の領域には、担任に止められている。何より、雨里自身もどうなるか分からなかった。

 炎の推進力をもって宙を駆け、鳥人の前へと降り立った雨里は左手を振り上げる。

 

「『壊焔(かいえん)』」

「ピギャァァァァァアアアアアアッッッ!?!?!?」

 

 顔を焦がしながらも立っていた鳥人の体が、下から上に燃え上がる。

 絶叫が辺りにこだまする。そして、その影はごうごうと天を舐める紅蓮の業火に飲み込まれ、

 

「ガァアアアアアアッッッ!!!」

 

 極彩色の羽毛を燃やされ、全身がケロイドのようにズブズブになった鳥人が、その鋭い爪を更に鋭くさせて一直線に突っ込んでくる。

 その爪は、容易く雨里の胴、ど真ん中を刺し貫いてトンネルを見事に穿ち抜いた。

 人体のみならず、生物の体の中心というのは生命活動に必須ともいえる主要な内臓器官が詰め込まれている。仮に心臓が潰されずとも、その周辺組織が根こそぎズタズタにされれば、即死せずとも早晩死に至る事になる。

 だが、今の雨里は違った。

 

「満足かな?」

「!?」

 

 自身を貫く鳥人の腕を掴み、真っすぐに彼はその驚愕に歪んだ顔を見下ろす。

 

「今のオレは、人であると同時に炎なんだ。炎の塊に、態々腕を突っ込めばどうなるか、なんて考えなくても分かるよね?」

「ギィィィィ………!?」

 

 如何に呪霊と言えども、呪力を元とした炎に巻かれれば火傷を負う。元々が、炎をベースにした呪霊などでない限りこれは避けようがない。

 焼かれる痛みに悶える鳥人。そこに、雨里はまるで蛇のようにするりと腕をレールに近づいた。

 そして、両手を開き鳥人を包み込むように抱き着く。

 

「―――――『抱結(ほうけつ)』」

「カッ―――――」

 

 音が消えた。

 白目を剥くどころか氷像と化した鳥人。直後砕け散り、氷屑となり果てる。

 主が消えれば、領域もお終い。世界に罅が入って端の方より虚空へと溶けるように、解けるように崩壊していった。

 

「……はぁ…………」

 

 息を吐いた雨里は、その場にへたり込む。疲労の限界。もはやこの場から一歩も動けないと思えるほどに今の彼は疲労しきっていた。

 元々、目覚める前に鳥人にボコられた後だったのだ。それを無意識の反転術式で回復させ、どうにか目覚めた。そこから更に、ぶっつけ本番の順転と反転のオンパレード。

 ランナーズハイではないが、一種のトランス状態から戻ってくれば異常な疲労感が襲い掛かってくる。

 だが、倒れる訳にはいかない。これから、自分の足で待たせている補助監督の元へと向かわなければならないのだから。

 呪力不足でぼーっとする頭を無理矢理覚醒させ、足に力を籠める。

 膝が震えたが、それでも何とか彼は立ち上がった。そのまま時折ふらつく足を気力で立たせて、少し離れたトンネルへと足を向ける。

 そして、そんな彼をあらゆる角度から観察する存在が居た。

 

「特級なりかけの呪霊を単身、か。交流会でも思ったが、強いな」

 

 機械の音と水滴の滴る音を聞きながら、眺める誰かは思考する。

 特級に対抗できる術師は、そう多くない。況してや、領域にでも引きずり込まれようものならもはやその生存はおろか、死んでも骨も残らないかもしれない。

 未完成の領域であろうとも、それは同じ事だ。領域を張れる時点で呪霊としては相当強い。

 そんな相手を単身で祓う。その上、反転術式の習得と術式反転の習得。

 

「アイツなら、()()()()()()()

 

 誰かは、そんな事を勝手に決めてしまう。

 地獄は既に、もう目の前。彼らの未来に希望は無いのだ。

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