Ice Time 作:アイスめぇん
十月三十一日、ハロウィン。その起源は、古代ケルトにあるとされておりその歴史はかなりの物。
もっとも、現代に伝わるようなやり方になったのは、アメリカ大陸で広がった辺りから、というのが通説なのだが。
日本においてもここ数年は、祭りの一つとして認知され。仮装というよりも、コスプレの集まりとでも称されるようなお祭り騒ぎとなっている。
だが、この日のハロウィンはお祭り騒ぎの騒がしさではなく。悲鳴と焦りの、そして血に彩られる事になるなど誰も思いはしなかった。
*
2018年10月31日午後19時。東京渋谷にて、一般人が帳に閉じ込められる事態が発生していた。
半径凡そ400メートル。通常規模の帳ではない。その上、一般人のみが閉じ込められており、呪術師並びに補助監督は出入り自由。差し引きとしては十分かもしれないが、明らかな罠。
上層部は、この異常事態を五条悟
「実際の所、どうなんですかね。確かに、オレ達が行くよりも五条先生1人で戦った方が強いことは分かるんですけど……」
いつもの通り首にマフラーを巻いて、コートを羽織った雨里は今回査定してくれる日下部篤也へと水を向ける。
今回、1級術師4名が派遣されており、彼らは五条のこぼれ球処理と合わせて推薦を受けた術師たちの昇級査定も行う事になっていた。
七海の下には、伏黒と猪野琢真。
特別1級である禪院直毘人の下に、真希と釘崎。
1級術師冥冥の下には、虎杖。そして彼女の付き添いである憂憂。
そして日下部の下には、パンダと雨里。
現在の時刻は20時14分。事が始まってから一時間以上が経過しているのだが、全てが現状後手に回らざるを得ない嫌な状況が続いていた。
「まあ、五条が強いのは一人の場合だ。アイツの術式、呪力は共に
「オレは、五条先生ほど強くないです……」
「なあなあ、日下部。被害を最小限に抑えるって話だけど、そりゃ呪術師側の事だろ?一般人はどうなんだ?」
「まあ、上からしてみれば自分たちの手足の方が大事なのさ。何より去年の
日下部自身、仕事へのモチベーションは低いと言わざるを得ないが、それでも術師としての経験はある。この点においては、雨里とパンダは及ばない。
重くなった雰囲気に雨里が指を立てて話を逸らすべく、口を開いた。
「そういえば、去年もこんな事が?」
「ん?……ああ、そういえばお前は今年からだったな。まあ、面倒な事が、な」
「お前らは会ってないけど、去年のクリスマスに憂太を狙って呪詛師が東京と京都を中心に戦争仕掛けてきたんだ。結果は、首謀者死亡でこっちの勝ち。まあ、俺も棘も真希も、その首謀者にボコボコにされたんだけどな」
「そんな事が……乙骨先輩、でしたっけ。今は海外でしたよね。多いんですか?」
「んー、まあ特級ばっかりだな。日下部ー、その辺どうなんだ?」
「あ?あー……任務との相性次第だな。上のメンツ考慮して特級派遣が多いがな。というか、外にも呪術師は居る。そいつらが対処しきれないような相手が出た時に依頼が来るって寸法だ。なら、最低でも1級案件。それも、特級に片足突っ込んでるような奴が相手になる」
海外にも、呪霊を相手にする者たちは居る。
ソレは、シャーマンであったり、エクソシストであったり。名を変えようとも根本的な部分ではそう変わりない。
そんな彼らが居ても任務が来るのは、偏に日本の特級。とりわけ、五条悟が強すぎる点にあった。
彼は、自他ともに認める最強だ。その言葉には偽りなく、特級が相手であろうとも容易く祓う事が出来るだろう。
問題は、現状の全てが彼におんぶに抱っこという事。
同じく特級である、乙骨並びに九十九に関しても、前者は未だ学生。後者はそもそも任務に出ない。
少なくとも、五条悟が機能停止に陥った場合、日本は終わる。ただでさえ特級を相手に出来る術師は少ないというのに、その特級にしても同じ階級であっても力の差が大きく勝つ負けるの領域に落とし込めないものも珍しくないというのに。
それから幾つかの講義が、日下部より行われた。やる気のない彼だが、だからといって教員としての役割を放棄することは無い。
事も無く終わる。それは、ある種のこの場に召集されている呪術師たちの共通認識でもあったのかもしれない。
何故なら、自他共に認めるが居るのだから。特級呪霊が束になろうとも、勝ち目はない。
その筈だった。
遠くより聞こえる同級生の声が、事態の急転を報せる。
「ご、五条先生が、封印……?」
呆然と声の聞こえた方向を見上げる雨里。だが、それも仕方がない。
呪術的に見て、封印というのは無力化も同然。加えて、五条悟という一種の規格外を封印するという事は相手がそれだけの準備を計画していたことに他ならない。
事態は、最悪へと転がり始めている。そこで、日下部は目を細めながら雨里へと言葉を投げた。
「雨里。お前、空から確認できねぇのか?」
「え?……えっと、多分できますけど」
「んじゃ、上から見て回ってくれ。こっちは中を見て回る。んじゃ、行くぞ」
そして、彼らは帳の中へ。
単独行動させる点だけ見れば、日下部の監督責任となるだろう。
だが、雨里は既に黒閃を経験し、術式反転、反転術式を会得済み。既に特級成りたてとはいえ、そんな相手を単騎で撃破。生半可な1級よりも強いと、日下部は判断を下した。
ただその中身と言えば、パンダと雨里の二人を同時に引き連れてこの修羅場をのらりくらり出来るとは思えなかったから、というのもある。
そんな彼の内心など知る由もない雨里はというと、足元から氷柱を出現させて一気に上へと昇っていく。
あっという間に周囲のビルを見下ろすような高さとなった雨里。
眼下に広がる無機質なコンクリートのビル群と、それから少なくない数の呪霊、並びに改造人間たち。
交流会の折に見せた空中に氷の斜面を創り出し、雨里はその上を滑走し始める。
右手で氷を創り出し、ある程度距離を作った所で左手を指鉄砲に構えると、その指先に光が灯った。
放たれるのは、炎の弾丸。それらが空より、地上に居る改造人間や下級呪霊に襲い掛かるのだ。
とはいえ、それで全てを守れるほど事態は甘くない。そもそも、呪霊は兎も角、六眼を持たない雨里には一般人と改造人間の見分けがつかないのだ。それこそ、改造人間がその正体を露にでもしない限り。
故に、一歩遅れざるを得ない。空から広い範囲を眺めているのならば、猶の事。
では下りればいいと思われるが、雨里の術式は五条同様に効果が大規模に及んでしまう。下手に人ごみの中に紛れてしまうと、それだけで多数の被害を齎してしまうのだ。
だからこそ、距離を取った上での狙撃に限定していた。
そうして空を滑りつつ、襲われそうな一般人を助けながら進んでいた雨里の目にとある人物が映った。
「七海さん!」
1級術師七海建人その人である。常に着ているスーツの上着を脱ぎ、拳にネクタイを巻いたその姿は、既に縛りの時間を超過した状態を示していた。
一方の七海も、空から落ちるように滑り降りてくる雨里を確認して足を止める。
「何故、君がここに居るんですか、雨里君。日下部さんと一緒だったのでは?」
「あー……オレの機動力を活かして空から見回ってたんです。で、その……動き過ぎたみたいで」
「ふぅ……とにかく、君は退避を。近くに、釘崎さんと新田さんも居ます。彼女らの方に――――」
「いや、オレはこのまま地下に行きます」
自分の言葉を遮った若い声に、七海の眉が少し動く。
レンズ越しに見下ろせば、年若くともその目には現役術師にも劣らない覚悟の色が見て取れる。
雨里は、言葉を続ける。
「オレの術式は、周りに大勢居たら使い難い。だったら、出来る事をします。このまま引くだけなら、オレは一生後悔する」
「……はぁ……そうも言っていられる状態じゃないんですがね……この場の問答している時間も惜しい。ただし、雨里君。ここから先は、私も、そして他の術師も誰かを守る事はまず不可能であると理解してください。自分の身は、自分で。良いですね?」
「はいっ!」
元気のいい返事。七海は再度ため息を吐いた。
雨里の実力に関しては、過去に一度見たのもあるが、加えて少し前に煩い先輩に自慢の様な電話からも聞き及んでいた。
特級相当の未完成の領域を発動させた呪霊の討伐。少なくとも、己が学生の頃ならば無理だっただろうと七海は思う。
そして二人は、渋谷駅へと足を踏み入れて行く。
その先に待つ地獄など、知る由も無かった。
ふと、思いました。日下部先生と冥さんって同い年何でしょうか?
冥さんは日下部先生を苗字で呼び捨てにしてましたし、年下の男には君付けみたいですから。ファンブックにも二人の年齢載ってなかったんですよね