Ice Time   作:アイスめぇん

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 常日頃であるのならば、夜遅くとも人の出入りが激しい渋谷駅。

 だがしかし、今は違う。不気味な静けさがのさばっており、人の気配はまずしない。

 響くのは四つの足音。

 

「五条悟が封印、か。正に青天の霹靂。狐につままれたような気分だな」

「私もです。ただ、今回の件には偽物だとしても夏油さんが絡んでいる。その辺りに、種がありそうです」

 

 禪院直毘人の言葉に返す七海だが、その眉間の皺は取れそうにない。

 地下へと今向かうのは、彼と特別1級術師であり、現禪院家当主の直毘人。それから学生であり、1級査定を受けている真希と雨里の二人。

 特別1級とは、高専に所属していないが実力的に1級相当であるという証拠。事実、直毘人は老齢ともいえる年齢でありながら呪術師として第一線で戦える程度には強い。

 そんな彼だが、例に漏れず呪術師としての性格の悪さは相当なところがある。

 

「俺としては、このまま五条が衰退していく様を見ながら一献傾けるのも良いが……」

「やる気がねぇなら帰れよ」

 

 ふざけた事を言う直毘人に咬みつく真希。最後方をついていく雨里も、恩師を嗤う様な口振りは気に入らないのか、その眉間には皺が寄っていた。

 だが、直毘人は気にした様子もなく真希を見下ろす。

 

「帰れ、というならオマエの方だろう、真希。なあ、七海1級術師殿」

「真希さん。私も直毘人さんの言葉に同意します」

 

 厳しい物言いだが、真希は4級術師。

 如何に実家からの圧力があれども、彼女自身は天与呪縛によって呪力は一般人並み。呪具である眼鏡が無ければ呪霊が見えない。

 そして、これから向かうのは特級呪霊が跋扈する空間だ。それも地下という密閉空間でそう簡単に逃げ道は存在しないときた。

 だがしかし、その点は真希も理解している。無論、直毘人に対する反発心の様なものもあるが、彼女とて覚悟を決めてここに居るのだから。

 何より、

 

「酔っ払いよりは役に立つさ」

「……飲んでるんですか?」

「のんれらいよ……あ゛ッ」

 

 げっぷかます酔いどれ爺の言う事を聞く気はない。

 七海が二人を連れてきたことに若干の後悔を抱え始めた頃、同じくして直毘人の興味は雨里へと向けられる。

 

「それで?そっちの小僧は何だ?」

「……雨里京平です」

「オマエも五条悟の教え子か。伏黒恵の同期だな」

「何で、ここで伏黒君の話が出るんですか?」

「あ奴の術式は、(禪院)の相伝。それもここ暫くは受け継いだものが居なかった代物だ。五条の横槍が無ければ、今頃伏黒恵は禪院となっていたものを」

 

 因みに、禪院家の相伝術式は、伏黒の十種影法術だけではない。他御三家と違って複数の相伝が存在するのがこの家なのだ。ただ、その中でも彼の術式は特別視されているだけの事。

 その一方で、己の同級生の昔話の片鱗を聞かされることになった雨里はその目を細める。

 

「……なら、今も貴方達は伏黒君を狙っていると?」

「さあてなぁ?だが、()()()()()()()()()()は居るぞ。くっくっく……面白いなぁ?」

「何も面白くねぇだろ、飲兵衛。それから、私の後輩に変な事吹きこんでんじゃねぇよ」

 

 酒臭い息で迫ってくる直毘人に顔を歪めていた雨里を、真希が横合いから回収していく。

 呪術師の家は伏魔殿だ。気軽に立ち入って良い場所ではないし、そもそも足を踏み入れるような場所ではないと真希は考える。

 少なくとも、比較的感性の真面な後輩を踏み入れさせる気は毛頭なかった。

 

 そんな会話を挟みつつ進む彼ら。

 

「!七海さん」

「ええ、()()()()

 

 前を行っていた真希と七海が気付く。

 広い空間。本来ならば人々で賑わう筈のその場所に居たのは、一体の呪霊。

 柱の陰に隠れるような様子のタコの様な触手が口?に生えたその姿は、言っては何だが強そうには決して見えない。それどころか、駆け込んだ七海達に怯えているようにも見える。

 しかし、呪霊は呪霊。見た目に誤魔化されるようでは、呪術師としては落第というもの。

 

「私が仕掛けます」

 

 得物の鉈を抜いた七海が一歩前に出る。

 だが、

 

「――――お前たち。ちと、鈍すぎるな」

 

 瞬間、というのは正にこういう事なのだろう。

 気付けば、柱の陰に居た呪霊の背後に直毘人が居た。

 その右手が呪霊に触れれば、その体は薄い板のようなものに封じ込められていた。大きさは、直毘人の身長、その半分といった所か。

 ここに呪力を込めた直毘人の拳が突き刺さる。砕ける板。同時に呪霊の体に拳が着弾し、その体を勢いよく殴り飛ばしていた。

 

「見えましたか?」

「いいえ」

「……」

 

 呆気にとられる三人。だがその中でも、七海は直毘人の動きを術式であると察していた。

 単純な呪力による身体強化とは比べ物にならない超スピード。それも、1級である七海に視界にも映らず、呪霊も反応できないほどの速度。

 

「ヴー……ぶー……うっ」

 

 意味の無い呼吸音なのか呻き声なのか、殴り飛ばされた呪霊は柱に叩きつけられて落ちた所から動こうとはしなかった。

 ただ、呻き声が唐突に止まり、

 

「うっ……オロロロロロロッッ!!!」

 

 その中身をぶちまける。

 吐き出したのは、大量の人骨。肉が残っていないために性別などは分からないのだが、数十或いは百単位で食っていたのかもしれない。

 無惨な光景に、しかし直毘人は鼻で笑った。

 

「フッ……貴様、何人喰ったんだ?」

「ぶぅーーーー……ふぅーーーー……じょうごぉ……まひとぉ」

 

 呼ぶのは、仲間の名前。

 呪霊に正しいのかは分からないが、この個体は()()。それこそ、親の後をついて回る子供のように。

 だがしかし、その幼さが今回は仇となった。

 

「はなみぃ…………?…………」

 

 その名を呼ばれた呪霊は、既にこの世に居ない。

 幼さと素直さというのは、等号で結ぶ事が出来る。そして素直さというのはそのまま感情の志向性に障害が無く、真っすぐとなる。

 呪霊が宿したのは、怒り。それは負の感情より生まれる呪霊が発するには、余りにも相性が良すぎるというものだった。

 

「はなみぃ…………よくも――――」

 

 ざわり、と気配が揺れる。

 呪力の源は負の感情。愛ほど重く強力な呪いは無いと言われているが、だからと言ってその他の感情が弱い訳ではない。

 特に、怒りは爆発に定評がある。

 

「――――よくも、花御を、殺したなッ!!!」

 

 怒りと共にその姿は変貌する。

 古い皮膚を突き破る様にして中身が空へと飛びあがる。

 

「成程、弱いはずだ。まだ、呪胎だったか」

 

 飛び上がったソレを視認した直毘人は納得したように頷いた。

 元の姿の面影を残しながらも、しかしその躯体はより人間の物へと近づきながらも異形としての異質さを失う事の無い見た目。

 完成へと至った呪霊は無言で右手を掲げる。その立った指先に、バスケットボールほどの渦を巻く水の塊が形成されいてく。

 振り下ろされる腕。同時に水塊が落下、フロアの床に着弾した直後に人など軽く呑み込めてしまう様な膨大な濁流が出現した。

 この異常を前に、呪術師はそれぞれがそれぞれに対処していく。

 初動を見た時点で動いていた七海は、そのまま柱を足場に吹き抜けの二階へ。直毘人は術式でガード。真希は持ち込んだ大刀の呪具を壁に刺して足場に。

 そして雨里はというと、

 

「凍結呪法・万結」

 

 白い冷気を放つ右手を突き出し、自身に迫る水全てを一瞬で凍結、同時に砕く事で氷の塵へと変えてみせた。

 同時に、駆けだす。

 見上げれば、七海が術式を付与した一撃を、呪霊が腕で受けているところ。

 押し合いになるが、彼の術式は対象に無理矢理クリティカルポイントを創り出すもの。そこを叩けば、例え特級であろうとも踏ん張りがきかない場では押されるだけ。

 追い込まれて落ちてくる呪霊。そこにタイミングを合わせ、冷気を昇らせる右足による雨里の飛び蹴りが突き刺さった。

 助走による加速に加えて、触れた部分から凍結し粉砕する術式の合わせ技だ。蹴り飛ばされる形になった呪霊は、脇腹を凍らせながら勢いよく近くのエスカレーター、その側面へと突っ込んでいく。

 粉塵が上がり、床に落ちる形となった呪霊。更なる追撃を真希が掛ける。

 振るわれる大刀。だが、その刃が呪霊の肌を捉える前に柄が握られ止められる。

 絶体絶命。だが、動きが止まったのは得物を止められた真希だけではない。

 一瞬の隙をついた直毘人が迫っており、その右手が呪霊の体に触れたのだ。瞬間、先程呪胎を殴り飛ばした時のようなプレートが出現。その中に、触れられた呪霊の体が閉じ込められる。

 このプレート、触れた対象を強制停止させるだけでなく直毘人自身の手によってある程度動かす事が可能。

 ここで迫るのが七海。再度鉈を振り上げて振り下ろす。

 しかし、敵もさるもの引っ搔くもの。強制停止からの復帰直後に術式を行使したのか振り下ろされた鉈の刃は高圧の水流によって阻まれていた。

 物理攻撃殺しの水の壁。それは、鍛え上げられた術師であろうとも突破は容易ではない。

 ただ、この場に居るのは物理攻撃だけではない。

 

「凍結呪法・氷山刺」

 

 踏み込まれた雨里の右足を起点にして床から付き上がってくるのは鋭い先端をした幾つもの氷山だ。

 これを呪霊、跳躍して躱す。だが、上に逃げられる事などこの場の歴戦面々にとってみれば自明の理というもの。

 飛んだ先に居たのは、直毘人。蹴りが振るわれ、吹き飛ばされる。

 粉塵を上げるエスカレーター。一方的な状況だが、しかし楽観できる雰囲気は彼らには無かった。

 

「良い術式だな、小僧。どうだ?うち(禪院)に来るか?」

「勧誘なら後にしてください、直毘人さん」

「オレは行く気ありませんよ。それより、どうするんですかここから」

 

 余裕のある直毘人は別にして、七海、雨里の二人は相手している呪霊の果てしなさを感じていた。

 流石は特級というべきか、畳みかけてもピンピンしている。その上、相手はまだまだ底を見せていないのだから。

 無論、彼らにも奥の手の様なものは少なからずある。あるが、この渋谷駅で相手にするのは何も、この呪霊だけではない。余力を残す必要があった。

 そんな七海と雨里とはまた別に、この場の紅一点である真希は別の焦りを抱いていた。

 

(さっきジジイが居なけりゃ私は……チッ)

 

 無い物ねだりもしたくなる。

 直毘人の投射呪法、七海の十劃呪法、雨里の凍結呪法。いずれも強力な術式であり、格上が相手であろうとも食らいついていけるだけのポテンシャルもある。

 せめて、呪具のレベルがもっと上であったならもう少し話は違っただろう。

 だがしかし、状況は待ってはくれない。

 

「小僧、オマエの術式で水を止めろ。後は俺達がやる。あの呪霊を畳むぞ」

「はい」

 

 術式相性の観点から雨里が壁役として前へ。一方、呪霊もまた瓦礫をかき分けて表に戻ってきた。

 

「呪霊、ではない。私は、陀艮。我々にも、名前があるのだ……!」

 

 ソレは、呪霊、陀艮の怒り。感情という一つの到達点、その発露であった。

 知能を持ち、感情を持ち、仲間意識が芽生えるからこそ呪霊、と一括りで呼ばれる事は我慢ならないらしい。

 故に、陀艮は攻め口を変えた。

 組まれる両――――

 

「させんよ」

「ッ!?」

 

 組もうとした両手が蹴り上げられ、同時に一瞬の強制停止。そこに続いた七海が切り込み床へと押さえつけ、陀艮の脇腹を真希が切り裂いていた。

 

「雨里君ッ!」

「凍結呪法・氷龍」

 

 押さえつけていた七海が飛び退くと同時に、氷の龍が天井より突き出て陀艮へと食らいついてきた。

 ド派手な一撃は容易く床を破壊する。しかし、

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

 鋭い水刃が走り、氷の龍が粉砕されてしまい、そこからほとんど無傷の陀艮が現れるではないか。

 七海の見立てである、果てしないHP(ヒットポイント)。それが今明確に、呪術師に牙を剥いていた。

 どれだけ攻撃を重ねても、決定打には程遠い。

 それでも、攻めるしかない。例え果てしない相手であろうとも、そもそも削り続けなければ生き残る術は無いのだから。

 だがしかし、ここで想定外な事が起きた。

 先陣を切るのは、この場における最速である直毘人だ。

 彼は術式を用いる事で圧倒的な加速と、同時に触れれば相手へのほぼ絶対的な攻撃権を持つのだから。

 しかし、その速度が問題だった。

 直毘人は確かに強く、速く、特別1級としての実力を有している。だからと言って、特級呪霊相手に楽勝であるのかと問われれば、否だ。

 彼の速度に陀艮はついていけないが、ソレは連れである七海、真希、雨里にも当て嵌まる。

 彼らが追撃を加えるには、直毘人が攻撃の機会を与えねばならないのだ。だが、今はその一瞬の隙が惜しい。

 領域対策として印を組む陀艮の両手を破壊した。しかし、相手は呪霊。如何に人型に近づこうとも、その肉体そのものの形に、それほどの意味は無いのだ。

 

 直毘人が、陀艮の腹に浮かんだ紋様に気付いた時には遅かった。

 

「――――領域展開」

 

 発動されるのは、呪術戦の極致。

 人間の文明というものが完全に消え去り、世界を塗り替えるのは穏やかな海と、砂浜。それから、砂浜に接続する南国の森林。

 

「――――『蕩蘊平線(たううんへいせん)』」

 

 特級呪霊が牙を剥く。

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