Ice Time 作:アイスめぇん
呪術戦の極致、領域展開。
術式の必中効果に加えて、展開した者に対するバフが付与されぶっちゃけ、引き入れた時点で勝ちが決まると言っても良い。
死地というには余りにも、穏やか。しかし、やはりそこは特級呪霊の
腰ほどまで海に浸かっている陀艮に対して、呪術師たちは砂浜。まずは、距離を詰めるところから始めなければならない。
だが、
「「ッ!?」」
気付けば、七海と真希の右肩と左脇腹が喰い千切られていた。
見れば、口元を血で汚した宙を泳ぐ魚がいつの間にかそこに現れているではないか。
七海も真希もここで、相手の術式必中効果が、この式神であると気が付いた。その一方で、陀艮もまたこの小手調べで相手への脅威度をより正確に測り直している。
(やはり、あの二人か……)
瞳孔の無い瞳が捉えるのは、二人。
一人は、呪力で全身を包んで必中の式神に対してカウンターを合わせた直毘人。もう一人は、式神が噛み付いた瞬間その体は一瞬で凍結し砕け散らせた雨里。
――――秘伝『落花の情』
「術式順転『人氷』」
直毘人の場合は、御三家に伝わる対領域用の術であり全身を呪力で包み、必中の術式が発動した瞬間に呪力によるカウンターを加えるというもの。
一方で雨里は単純に術式の相性。
彼の術式順転は、いわば肉体そのものを生きた氷へと変化させる。その身は極低温で安定しており、触れれば相手をそのまま凍り付かせる事も可能だった。
そして、場は動き始める。
「術式展開『
印を組む陀艮。出現するのは大量の肉食魚を模した式神たちだ。
これを見た瞬間、七海は一瞬血の気が引いた気がした。
この領域下における式神の必中は、気付いた時には肉を抉られている。それが、視界を埋め尽くすような量で襲い掛かってくるのだ。対処などまず出来るはずもない。
しかしここで、両陣営にとって予想外が起きた。
「!京平ッ!」
真希が気付く。己の後輩の突飛な行動に。
なんと彼は、海へと一気に駆け出し陀艮への距離を詰めにかかったのだ。
両者の間には、深さの分からない海が広がっている。そこに駆けこむ事など、肺呼吸であり鰓も水掻きも無い、水中の機動力はかなり低い人間にとっては自殺行為。
だが、彼が一歩海に踏み込んだところで、その認識は改められる。
なんと踏み込まれる一歩一歩に合わせて、海面が凍結していくではないか。これにより、即席の足場を形成。雨里は海面を疾走する。
この特攻にも見える突撃には、しかしちゃんとした理由がある。
まず、七海と真希はこの領域に対応できない。肉弾戦が基本である彼らは全身を常に防御し続ける方法が無いからだ。
ついで、直毘人。彼の防御法も、呪力を多分に食う。呪霊に対して呪力量で劣る事の多い呪術師では根競べでは分が悪いのだ。何より、直毘人の防御はその場から動けない。
だからこそ、雨里は前に出た。現状、式神は脅威足りえない。であるのならば、自分へと注意を向けさせて場の打開を狙う他ない。
「――――
海面を駆けながら掲げられた右手。掌が偽物の空へと向けられ、そこに現れるのは群青の氷河によって形成された直径二メートルほどの薄い円盤だった。
円盤は回転し、雨里はそれを投擲する。
「速いッ!」
迫る円盤を視認し、陀艮は式神を展開。壁にするように何体も差し向けていた。
しかし、この『蒼』を冠する雨里の術式は、既存の凍結呪法とはそもそもレベルが違う。
「なんだとッ!?」
陀艮は、その異形の無表情のままに驚きの声をあげた。
壁としようとした式神たち。それらと氷の円盤がぶつかった瞬間、まるで水を切る様に式神たちは上下に寸断され、同時に切り飛ばされた上部は凍結し、粉砕されたのだから。
驚愕する陀艮ではあるが、そんな事は雨里には関係ない。
「まだまだ……!」
二つ、三つ、と追加で投擲されていく氷の円盤。
そう、あくまでもこの技は円盤を創り出して投擲するだけというもの。別段、追尾性能など存在しないし、回転させる事で切れ味を上げているが、それはあくまでも雨里自身の操作でしかない。
陀艮は歯噛みする。そして同時に、標的を雨里一人に定めてもいた。
故に、邪魔をしかねない周りを封じにかかる。
「死累累湧軍……!」
「行かせない!」
「無駄だ!貴様の凍結は、
差し向けられる式神の牙。直毘人に六割、七海に四割。真希には、数体。そして、陀艮本体は雨里と相対する。
陀艮が選んだのは、肉弾戦だった。そしてそれは、雨里自身も望むところ。
人の頭を容易くつかみ、握り潰せそうな手より放たれる拳と、群青の氷河によって象られた氷の拳が真正面からぶつかり合う。
驚くべきは、領域を展開する特級呪霊相手に、力負けをしていない点だろう。
肉体を氷へと変化させる術式順転。それは、一時的とはいえ人を止めるという事に他ならない。言ってしまえば、一時的に肉体が呪霊化しているようなものであった。
何より、雨里と陀艮では戦闘経験における差が明確だ。
「ぶぅッ!」
突き出される左拳を胸の前で雨里は受け止める。さらにそこから手首を掴むと、体を反転させながら陀艮の懐へと背中から突っ込んでいた。
「オオッ!」
簡略式背負い投げ。相手への配慮など知った事かと、腕を肘関節でへし折りながら一気に背負い、同時に海面を一気に凍結させて、そこに背中から叩きつけた。
硬い氷に叩きつけられ跳ねる陀艮。そこに、頭を踏みつけんとする雨里が右足を上げる。
だが、
「舐めるなァあああああッ!!」
突き出される陀艮の右腕。同時に、雨里の体に海面から付き上がってきた式神が襲い掛かってくる。
如何に触れただけで凍結させ、砕くと言えどもその衝撃までは完全に殺す事は出来ない。腕を交差させて身を守る雨里だったが、その体は一気に偽物の空へと押し上げられていた。
「ッ、くそっ……!」
ダメージは無い。仮に五体を砕かれようとも、今の雨里の体は氷。修復が可能だ。
ただ、ここで間が空いた。少なくとも、陀艮の有している情報では空へと吹き飛ばされた雨里が戻って来るには落ちてくるしかないのだから。
陀艮が向かったのは直毘人の下。
落花の情によって式神を防いでいるが、際限ない式神の特攻は視界を潰すには十分すぎる威力を有していた。
故に、反応は遅れてしまう。
「……チッ」
殴り飛ばされ、空中で式神に食いつかれた。そして、七海もまた式神に飲み込まれている。
後は真希だが、彼女は彼女で単身特級を相手に出来るような状態ではなかった。
「オマエが一番、弱い」
「ッ……!」
式神に食いつかれながら大刀でガードすれども、真希は蹴り飛ばされていた。ただし、追撃は出来ない。
「――――蒼ノ手」
海面を凍らせて着地した雨里からの攻撃が来たからだ。
先ほどの円盤と同じく、群青の氷河で形どられた人一人容易く包み込めそうな巨大な腕が海面を突き破って二本、陀艮へと迫っていた。
「速い……!」
巨大な見た目に反して、式神に勝るとも劣らない軽快な機動力。
腕はそれぞれ右腕と左腕を形作っており、その二つは陀艮を挟むような対極の位置をとって、
「拍手ッ!」
打ち合わされた雨里の両手の動きに合わせて叩き合わされる。
それは宛ら、羽虫を潰すが如し。打ち合わされた氷河の両手が砕けて崩れる中で、陀艮は膝から崩れていた。
完全な不意打ち。加えて、全身そのものを粉砕する一撃。如何に特級であろうとも、全身そのものを完全に粉砕されれば、祓われずとも再生には割を食う。
体を修復しながらこの場における一番の脅威に向き直ろうとする陀艮。だがその前に、その体を大刀の刃が刺し貫いた。
「貴様ッ……!」
「余所見すんな!」
真希の大刀は柄を折られてしまったが、呪具となっているのは、その刀身だ。祓うとまではいかずとも、少なからずダメージは与えられる。
ここで陀艮は迷った。海面を駆けて砂浜へと向かってくる雨里と、現在進行形で刃を突き立ててくる真希この二人の内、どちらから排除すべきなのか、と。
順当にいけば、手間のかからない真希を殺すのが手っ取り早いだろう。しかし、だからといって雨里から目を離せば再び不意打ちを貰いかねない。
如何に再生できても、限度がある。そう何度も何度も全身を粉砕されてしまえば、例え領域内であろうとも敗北は必至。
故に、隙が生まれてしまった。
――――領域展開
響く、外部からの声。直後には海面を突き破る様にして黒が現れる。
――――『
馴染みのある呪力。その出現、知らずの内に雨里の頬がほころぶ。
「真希さん!雨里!」
伏黒恵の参戦。同時に、一筋の影が、真希へと伸びる。
影より吐き出されるのは、とある代物。
特級呪具『游雲』顕現。