Ice Time   作:アイスめぇん

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 術師の新たなる参戦。その情報は、しかし陀艮にとって狙いを変える事にはつながらない。

 

(私の領域に自ら侵入してきた少年……だが、やはり圧倒的に厄介なのはあの氷の少年だ……!)

 

 術式による相性の不利。だからと言って呪力量による勝敗の面で見れば、陀艮に分がある。

 故に、雨里を潰す。その為に手を向けて式神たちに彼を、

 

「なに……?」

 

 疑問による空白の時間。この隙を、真希は逃さない。

 特級呪具『游雲』。三節棍の見た目であるソレは、破壊力は文字通り特級相当。

 反射的に腕でガードする陀艮だが、先程までの真希の攻撃だと考えているのは間違いであった。

 容易く腕の一部が抉られ、次いでの一撃はガードした上での吹き飛ばされた。

 

「行ったぞ、京平!」

「分かってます!」

 

 吹き飛んでくる陀艮に突っ込むようにして、雨里は走り込みながらの右ストレートを合わせていた。

 游雲の一撃ほどではないにしても、衝撃と凍結の効果を合わせて発揮する一発はその異形の背中へと着弾。大きくその体を弾き海水へと叩き落してみせる。

 ここで漸く、陀艮は気付いた。

 己の術式の必中効果が消えているという事を。そしてその原因が、侵入してきた少年によるものであるという事も。

 

(必中効果を取り戻すには、あの少年を潰す他ないという事……)「容易い」

 

 必中効果が消えているというだけで、式神を半永久的に呼び出し続ける事が可能な術式まで無効化されている訳ではない。

 何より、伏黒は既に限界が近かった。

 元々完成していない領域だ。加えて、その未完成の状態で特級呪霊相手に領域の押し合いを、いやこの場合は無理矢理穴を開け続けているような状態なのだ。とてもではないが、長くは持たない。

 現に、今の伏黒は領域の維持で精一杯。とてもではないが、式神を呼び出して戦力として参戦する事は愚か、身を守る事すらも怪しいレベル。

 陀艮は腹より引き出した式神を、伏黒へと嗾ける。そしてこの瞬間、雨里は己の失策を悟った。

 伏黒が動けない。かといって、位置的に氷を伸ばして式神を防げるような所に、雨里は居なかったのだ。

 咄嗟に反転して壁になろうとすれども届かない。

 

「伏黒く――――」

 

 せめて声だけでも。そんな思いから出た声は、しかしその前に割り込んだ人物によって遮られていた。

 残っていた氷と伏黒の領域より頭を出していたカエルの頭を足場に海面を渡ってきた七海だ。だが、その姿は痛々しい。

 シャツは破れ、血が滲んでおり何より左目がほぼ完全に潰れてしまっているのだ。それでも、その術式に陰りが見えないのは流石と言う他ない。

 七海だけではない。

 一瞬で陀艮の背後に現れた直毘人。彼もまた、着ていた着物は跡形もなく上半身を晒し、その体には傷が目立ち、何より右腕を二の腕の中ほどから失っていた。

 満身創痍。しかしこの二人の登場は、陀艮に少なからずの衝撃を与える。

 死累累湧軍は無尽蔵に式神を召喚し続け襲わせる術式であるが、そこに時間の縛りを設ける事で威力を高め二人へと仕向けていたのだ。

 時間にして凡そ一分。それだけあれば、人一人食いつくすには問題ない筈であった。

 だがしかし、侮るなかれ。七海も直毘人も一般人ではない。呪術師においても一握り1級術師であり、その実力もさることながら、肉体強度は一般人を遥かに凌駕する。

 七海が伏黒を護衛し、残り三人が攻める。状況は術師側に、僅かにだが傾き始めていた。

 もっとも、それはこの状況が続けば、だが。

 

「ッ……!」

 

 伏黒の鼻から一筋血が流れる。

 既に彼は限界だった。しかし、陀艮を仕留めるにはまだ掛かる。

 真希、直毘人が挟み込むように攻めれば式神を盾に距離を空けられ、その隙を突こうとする雨里には、グソクムシの様な式神が多量に向けられ突破に手間がかかった。

 向かってくる式神を振り払いながら、七海は内心で思案する。彼の強みは鍛え上げた肉体からの体術などもあるが、何よりその冷静さにあった。

 

(伏黒君は、既に限界。直毘人さんは右腕を、私は左目を潰された。真希さんの振るうのは、特級呪具か?……それでも、足りない。雨里君が最も手傷を負っていない……ただ、彼一人には荷が勝ちすぎる)

 

 思わず舌打ちしてしまいそうになるが、七海はそれを飲み込んだ。

 状況の打破を狙うのならば、消耗しきった伏黒に代わって誰かしらが領域を展開する事だろう。だが、七海、真希は不可能。直毘人も落花の情で身を守った事から恐らく不可能。雨里も同じく。

 その他の可能性としては、黒閃だろうか。七海は、四回という記録を持っており、直撃させれば特級相手でも十分に勝算がある。

 問題は、その黒閃を狙って出せる術師は存在しない点。経験者である雨里も極限状態に追い込まれた上で一発が限度だった。

 近接戦闘が得意な面々が残っている現状、やはり頼みは黒閃。

 そんな七海の内心を知ってか知らずか、ここで雨里がグソクムシの群れを突破、陀艮と接敵する。

 

「オオオオオッッ!!」

 

 振り被られた右拳にこの戦い一の冷気が纏わりつく。

 雨里も気づいていた。この状況が長く続く筈はないという事を。呪力の消耗のし過ぎは体への多大な負荷となって最悪命に関わると。

 故に、今ここで祓う。

 その気迫を感じ取ったのか、陀艮の選択は迎撃、ではなく回避。

 だが、その()()をミスした。

 

「さっきも言ったよなぁ?」

 

 腰の生えた飛行には向かずとも対空出来る翼を用いた空への逃走ルートは、しかし蓋をするように行き止まりとなる。

 足で押さえる直毘人は、馬鹿にしたように陀艮を見下ろしていた。

 そこに間髪入れず、真希が追撃してくる。

 遠心力を乗せた上から下への振り下ろし。それが、陀艮の脳天を捉え、その体を地へと叩き落したのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 砂浜に叩きつけられ、その体が跳ねる。特級呪具の一撃は、それだけ重かったのだ。

 そしてそれが致命的な隙を晒す事へと繋がった。

 

「舐め、るなァッ!!!」

 

 牙を晒し、陀艮は吠える。式神を出す暇はない。であるのならば、片腕を犠牲にしてでも目の前に迫ってくる少年を潰すしかない。

 その一心で、陀艮は拳を握り、振り抜いて――――

 

「――――馬鹿な……」

 

 決死の一撃は、しかし正確に見切られ雨里の右の頬を掠めただけとなった。

 繰り出された拳を躱し、懐へと潜り込んだ形となった雨里はその引き絞った右拳を踏み込みと同時に射出する。

 群青の氷河によって象られた右拳による一撃。それは一切阻まれる事なく真っすぐに、陀艮の胴体の中心へと吸い込まれていき、

 

「――――蒼ノ一擲(いってき)……ッ!」

 

 黒い閃光が弾け、同時に白い亀裂が駆け巡る。

 

「カッ――――!?」

 

 呻く事は愚か、断末魔すらも真面に発する事は出来ない。

 一瞬の事。陀艮の拳を受けた胴がまず白く凍結した。それも、表面的なものではなくその内側。臓腑の全てに至るまで。

 そしてその背より歪な形状の氷山が拳の着弾より一拍置いて一気に突き出してきた。

 効果はまだ続く。黒閃発動による打撃の威力は乗算され、加えてその破壊力を凍結してしまった陀艮の体は耐えられなかったのだ。

 結果、爆散する。この間、僅か数秒。

 同時に主が、爆散した事によって領域に亀裂が走り、まるで布が解れる様に消えていった。

 

「……ッ、うっ……」

 

 拳を振り抜いた格好で固まっていた雨里は、一つ呻くと口を押さえて蹲ってしまう。

 タイルの床についた手は小刻みに震え、彼の体はまるで冷凍庫にでも突っ込まれていたかのように冷え切っていた。

 呪力の消耗もそうだが、彼の術式順転は負荷が大きすぎた。その為に、反転ではあるのだがまだまだ先見えない現状、必要以上に消耗するわけないはいかない為においそれと扱えない。

 同じく消耗しきった伏黒には七海が向かい、雨里の下へは真希が来る。

 

「大丈夫か?」

「ええ……まあ……ふぅ…………直ぐに動けますよ」

「……冷え切ってんな」

 

 霜の降りたコートの肩を撫でた真希は、その手の平より伝わってきた冷たすぎる感覚に眉根を寄せる。

 人の体温では、最早ない。少なくとも、ここまで冷え切っていれば内臓系にダメージを与え、最悪心臓麻痺を、四肢の末端が凍傷で腐り落ちてもおかしくないそんな冷え方。

 だが、事態は待ってはくれない。

 

「……何者ですか」

 

 七海が、気付く。

 現れたのは、一人の男だった。

 右の口角辺りに縦一閃する傷があり、そして一切の呪力が感じられないそんな男。

 この場に居る人間の中で、直毘人は気付く、目の前の男がどういう存在であるのか、と。

 

「……ッ!甚爾か!」

 

 その名は、禪院家において落伍者の証。しかし、同時に恐れられてもいた。

 だが、今その名を持っていた男は理性というタガを外され、返事をすることは無い。

 ただその黒い瞳が五人の姿を確認し、

 

「ッ、伏黒君!?」

「恵!!」

 

 瞬間、伏黒と共に男の姿が掻き消え、更にガラスが砕け散る。

 全員の目が割れたガラスへと向けられる中、更に事態は混沌へと転げ落ちていく事になる。

 ソレは、言うなれば熱気の出現だろうか。先ほどの夏日の日差しの様な暑さではなく、火山、マグマの熱気。

 陀艮の消滅していく亡骸の側に膝をつく小さな姿。火山の様な頭をした単眼の人型。

 そして何より、

 

(おいおいおいおい、冗談だろう?)

(先ほどの、陀艮と名乗った呪霊よりも――――)

((格段に、強い……!))

 

 その圧倒的な実力が、煮えたぎる呪力も併せて声高に主張してくる。

 陀艮相手に、ほぼ全員が相当に追い込まれた。そんな相手よりも、更に上の実力を有した特級呪霊など最早悪夢以外の何物でもない。

 そんな怪物が、振り返った。

 

(速――――)

 

 最初の標的は七海。気付いた時には、目の前にその呪霊がおり、その右手が腹に触れる。

 直後、その手より業火が噴き出して、七海の腰から上を一瞬で飲み込んでいた。

 

「七――――」

 

 次の標的は、真希。游雲を振るう間もなく、接近した呪霊に上半身を炎に包まれた。

 彼女が倒れる中、更なる標的は、その傍の雨里。

 左手が至近距離で向けられ、先程の七海の様に業火が彼の全身を包むようにして一気に焼き焦がす。

 そして、最後の標的である直毘人。

 彼は、その経験によりすぐさま術式を行使して戦う、いや抗おうと動いていた。

 投射呪法を用いる彼を捕える事など、早々できるものではない。だが、それはあくまでも彼の両腕が揃っていた時の事だ。

 すぐさま焼かれて――――

 

「むっ」

 

 動こうとした呪霊だったが、急にその体は引き留められていた。

 見れば、己の左腕、その手首の辺りが群青の氷河で作られた右手によって掴まれているではないか。

 その腕は未だに煙を上げる先ほど焼いたはずの少年がいた位置から伸びていた。

 

「術式、順転……人、氷……!」

 

 煙を突き破る様にして現れる雨里。その体は、氷河へと変貌を遂げ、業火とのせめぎ合いによって白い蒸気をこれでもかと上げている。

 その彼が振り被る左拳。

 

「ァァアアアアアッッッ!!」

 

 気迫と共に振り抜かれた一発が、呪霊の頬を捉え殴り飛ばすと同時に掴まれていた左手首から先が凍結によって脆くなり引き千切れていた。

 

「禪院1級!!」

 

 肩で息をする雨里が叫ぶ。

 

「七海さんと真希先輩を救護班の場所にまで運んでください!」

「……なに?」

「これ以上は進めません!仮に進んでも、消耗しきった状態じゃ五条先生は助けられない!なら、()へと繋げるしかない!」

 

 叫びながら、雨里は一瞬だけ直毘人へと左手を振るった。

 すると、彼の失われた右腕に冷気が纏わりつき、あっという間に氷で作られた腕が引っ付いているではないか。

 

「一時的ですけど、呪力を通せば動きます!あとは頼みました!」

 

 一方的だ。返事は聞かない。

 拳を握り冷気を全開にして、雨里は殴り飛ばした呪霊へと飛び掛かっていく。

 七海と真希は、治療すればまだ助かると彼は判断したのだ。であるのならば、術式の相性が良く、尚且つ現状は五体満足で傷の少ない自分が足止めに回るべき。少なくとも、そう考えた。

 決死隊だ。その背を見つめ、直毘人は右腕に目を落とす。

 彼が、雨里の言う事を聞く筋合いはない。何故なら一方的な事であったからだ。

 だがしかし、将来有望な術式持ちの術師と渡りを付けられることは、家の繁栄にも一役買う事になるだろう。

 そんな理由をつけて、直毘人は倒れた二人を担ぎ上げていた。

 もう一度だけ、命懸けの戦場に飛び込んでいった背中を確認して、その姿はその場より掻き消える。

 後に残るのは、大気すらも焦がす熱気と、それらと正面から相対する冷気のみ。

 

「死ぬか、小僧」

「死なせてみろ、呪霊」

 

 混沌の夜は、まだまだ明けることは無い。

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