Ice Time   作:アイスめぇん

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 死ぬかもしれない。自分よりも小柄な目の前の相手を見ながら、雨里は時間が圧縮されるような感覚を味わっていた。

 炎の温度における上限は、現状無い。少なくとも進んだ人間の科学力では観測されていないのが実情だ。

 その一方で、冷気の下限は凡そ-273度。分子運動が限りなく停止する温度こそが下限であるとされている。

 

 その戦いは、宛ら真逆の自然災害が真正面からぶつかり合っているようなものだった。

 

「シャアッ!」

 

 呪霊、漏瑚(じょうご)は手を僅かに動かすだけでそこかしこから小型の噴火口の様なものを創り出し、そこから人一人焼き焦がすには過分過ぎる程の業火を放つ事が出来た。

 この業火を前に、雨里はと言えば冷気を全開にして壁を逐次築く事で対応。時間にして十秒とかからずに突き破られるのだが、回避するには十分役目を果たしている。

 融解していく氷の壁を尻目に、雨里の反撃。

 

「――――蒼ノ月輪」

 

 陀艮戦でも活躍した氷の円盤が複数漏瑚へと差し向けられる。

 複数立ち並ぶ柱を、まるで菓子の様に切断し迫る円盤。しかし、

 

「カァッ!」

 

 漏瑚の手より発せられた業火は、まるで極太のビームの様に視界を埋め尽くし瞬く間に円盤群を飲み込み消し飛ばしてしまう。

 術式としての相性もあるだろうが、漏瑚のソレは他三体の特級呪霊と比べても圧倒的に破壊力に富んでいた。

 ここまでのぶつかり合いで、雨里もその事には気づいている。故に、これは布石だ。

 

「――――接近戦か?貴様に勝ち目はないぞ、小僧」

「それを決めるのは、お前じゃない……!」

 

 視界を狭めてしまう業火を掻い潜った雨里の拳と、漏瑚の掌がぶつかり合い硬い音を響かせる。

 自殺行為にも思える接近戦。事実、漏瑚はそれほど体格に優れているという訳でもないのに、その一発一発はまるで噴石の様な威力を有している。

 しかしそれは、雨里も同じくだ。

 彼の場合は、術式によって創り出す氷よりも己の体の方が冷え切っている。

 故に、こと肉弾戦においてのみ両者はイーブン。同じ土俵で戦う事になるのだ。

 殴る、溶ける。殴る、凍る。互いが互いに凍結と融解を繰り返しながらぶつかり合う。

 

(花御と戦い、陀艮を打倒するだけの事はある、か)

 

 漏瑚は迫りくる冷気を放つ拳を逸らしながら、冷静に目の前の少年を測ろうとしていた。

 本来ならば、この場に居た術師全員を焼き殺して、その上で宿儺の器である虎杖悠仁を探し出し己の目的を果たして居るところだったのだ。

 だがしかし、現実はどうか。氷屑の様な子供一人満足に仕留められず、剰え残りの術師には逃げられる始末。

 漏瑚にとって五条悟以外の術師など塵芥同然。そもそも、この渋谷において、彼に勝てる存在は片手で足りる程度しかいないのだから。

 さっさと、打倒する。そう決めて呪力を練り上げ、

 

「「ッ!!」」

 

 両者は同時に気付く。

 ねっとりとした悪という存在そのものが溢れ出ているようなそんな呪力。それが今この瞬間に、確かに感じ取れたのだ。

 

「宿儺……!?」

 

 雨里は動揺が隠せなかった。

 忘れもしない少年院の件。その後に特級呪霊と相対する事もあったが、絶望感では未だにトップを独走するそんな経験。

 そしてその隙は致命的だ。

 

「――――余所見をするな」

「っ、しま――――」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 足元から全身を包み込むような業火が勢いよく火柱となって噴き出し、雨里の体が飲み込まれたのだ。

 一瞬の出来事。火柱が消えれば、天井は融解し大穴が穿たれて空が確認でき、同時に床はドロドロに溶解し蒸発している場所すらも見受けられた。

 その中心で、しかし雨里は立っていた。

 両腕を顔の前で交差した、なけなしの防御姿勢。その腕の隙間より覗いた瞳は、決して折れることは無い光を宿す。

 しかし、漏瑚は既に彼と戦う気が失せていた。

 もっと別の要件があるためだ。その為ならば、目の前の術師一人の生死の確認など些事に等しい。

 

「火礫蟲」

 

 呼び出されるのは、虫のような姿をした大量の呪霊。それらが一斉に、雨里へと襲い掛かってきた。

 見た目こそ、4級程度に見える。だが、その本質はまた別の物。

 咄嗟に、その鋭い鼻先を氷の壁で防いだ雨里。だが、その直後にこの防御方法が失敗であったと彼は思い知らされることになる。

 

「ッ、これは……!音!?」

 

 尋常じゃない不協和音が鼓膜を揺らす。

 羽音と奇声。これによって敵対象の動きを押しとどめ、そこから二の矢が襲い来る。

 

 爆炎が雨里の視界を一気に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪詛師菜々子と美々子にとって、夏油傑という存在は己が生きる全てであった。

 どん底から救い上げてくれた恩人。決して綺麗な道ではなかったが、それでも彼なりの愛情をもって育ててくれた。

 だからこそ、彼が死に、その亡骸を利用される事になっても唇をかんで協力する事にした。

 だがしかし、縛りの結ばれていない口約束など何の意味も無かった。

 故に行動を起こす。その頼みの綱は、死蝋と化した呪いの王の指。

 幸いというべきか、敗北した(虎杖悠仁)は直ぐに見つかった。指に関しても、どうにか飲ませる事には成功した。

 しかし、彼女らにとっての想定外も起きてしまう。

 そもそも、虎杖悠仁は指一本では宿儺に対して肉体の主導権を与える事はまず無いのだ。例外としては、少年院の件だがこれは彼が入れ替わりの折に色々とミスをしていたから。

 その後に関して、指を一本取り込んでも虎杖は正気を保っていた。

 今回もそうだったのだ。指を飲み込ませて独特の紋様が体に浮かび上がるも、それだけ。

 それどころか、宿儺の呪力を感じ取った漏瑚がこの場に乗り込んでくる始末。

 

「貴様ら!指を何本喰わせた!!」

「い、言わない……!」

「美々子!」

「そうか……では、死ね」

 

 漏瑚は言うなり、掌より発する業火で少女二人を焼きにかかる。

 彼にしてみれば、高々人間の一人や二人問題ではない。問題なのは、今現在進行形で壁にもたれて気絶している器の事。

 徐に、外套の内側へと手を突っ込み、取り出すのは特殊な呪布によって封じる形にした巻物。

 留め具のベルトを外し広げれば、そこに収められていたのは十本の指だ。

 

「起きろ、宿儺」

 

 今回の件の首謀者の談だが、虎杖悠仁は一日一本で二十日かけて指を飲んでも体の主導権を渡すことは無いが、一度に大量に飲ませればその限りではないという。

 漏瑚の目的は、宿儺と虎杖の間で縛りを結ばせる事。永劫的に肉体の主導権が取れる、そんな縛りだ。

 果たして、十本の指が虎杖の中へと取り込まれた。

 同時に、美々子と菜々子の二人も生還してくる。

 二人の生存を確認し、再度消し飛ばそうと漏瑚は左手を彼女らへと向け、そして違和感に気が付く。

 手首から先の喪失。それから、

 

「――――一秒やる…………退け」

 

 圧倒的強者の顕現。

 漏瑚の手の中、両面宿儺はその姿を現したのだ。

 瞬間的にその場から退避する漏瑚と、それから溢れる冷や汗と悪寒が止まらない双子の姉妹。

 ソレは、最強である五条悟が内包するものとは根本的に違う、悪意の権化。

 敵対関係だとか、そんな事は関係が無い。ありとあらゆる全てが、ただその場に存在しているだけで生殺与奪の権利を本能的に握られる。そんな恐怖の象徴。

 息をする事すらも許可を得ねばならないかのような錯覚を、美々子と菜々子の二人が覚える中で反転術式によって傷が完全に消えた宿儺はゆったりとした足取りで三人の下へと向かう。

 そして、

 

「――――図が高いな」

 

 小さく、呟かれるような声量だった。だが、その一言を聞いた者たちは、まるで呪言による束縛を受けてしまったかのように頭を下げる。

 直後、彼らの首があったであろう位置を斬撃が通過。頭の下げが足りなかった漏瑚の火口のような頭頂部が切り飛ばされる事になった。

 溢れる血液に、しかし反抗する気は微塵も湧かない。

 それだけの実力差がこの場には確かにあるからだ。そもそも、刃向かおうと僅かにでも体を動かせばその時点でなます切りにされるのが落ち。

 圧倒的な恐怖の権化は、その立場のままに言葉を紡ぐ。

 

「片膝で足りると思ったのか?実るほど、という奴だ。よほど頭の中は空であるらしいな」

 

 馬鹿にしたように嘲りながら、宿儺が目を向けるのは未だに頭を下げたままである双子。

 

「ガキ共、まずはお前たちだ。何か俺に話があるのだろう?指の一本分ぐらいならば聞いてやる。言ってみろ」

「ッ……下に、額に縫い目のある男が居ます…………そいつを、殺してください」

「夏油様を、解放してください」

 

 彼女らの願い。

 夏油傑が死んだことは、運命であったと受け入れた。その最後は親友である五条悟の手によるものであり、その点も受け入れた。

 だがしかし、死後の亡骸を良いように扱われるのは我慢できない。我慢できないが、しかし彼女らに夏油の死体を扱う存在を殺す事は愚か、傷つける事すらも不可能。

 故に、縋る。例えそれが、呪いの王であろうとも。

 

「……フッ……頭を上げろ」

 

 果たして、宿儺は聞き入れるのか。

 言われるがままに、顔を上げ――――

 

「――――ここで来るか」

 

 直後、冷気が双子の前を突き抜けて宿儺の姿が青い壁の向こうに消えていた。

 それは、純度の高い群青の氷河の壁。それは、先程漏瑚が突っ込んできた通路から伸びていた。

 一同の目が集まる先、現れたのはボロボロの格好となった少年。

 巻いていたマフラーは消し飛び、羽織っていたコートはボロボロになって脱ぎ捨てた。その下に着ていた呪術高専の制服にしても前面が大きく消し飛んで宛らジャケットのよう。

 それでも彼、雨里京平はこの場にやって来た。

 

「両面宿儺。虎杖君の中に、戻ってくれないかな?」

「随分と強気に出るじゃないか、小僧。あの時と比べれば雲泥ではあるが……()()()()で俺に向かってくるか?」

「……その程度でも何でも、お前が出続ければ虎杖君の首が絞まっていくんだ。友人として、そんな事見過ごせるはずが無いだろ。勝てる勝てないの話じゃないんだ。こっちも命懸けで行く」

 

 もしも仮に、この場に雨里以外の術師が居たならば彼を止めただろう。いや、伏黒や釘崎、東堂等ならば隣に並んだかもしれない。

 そんな覚悟示す雨里だが、その一方で宿儺は彼を嘲っていた。

 

「下らん。実に下らんなぁ?この小僧ごときに命を懸ける。剰え、呪詛師を救う。くひっ……随分とちぐはぐな事だ」

「そんな事ないさ……少なくとも、彼女たちを庇ったのは虎杖君の為だからね」

「ほう?」

「彼は優しいんだ。それこそ、両面宿儺。お前が手に掛けたとしても、自分のせいだと責める程度には。彼女たちが呪詛師であっても、凄惨に手を下してしまえばそれだけ虎杖君は思い悩む。だから、庇った。それだけさ」

 

 雨里は決して善人ではない。善人ではないが、それでも友人となった者たちを助けよう、守ろうとする心は確かにあった。

 とはいえ、どれだけ彼が覚悟を決めていようとも、そんな事は宿儺にとっては些事でしかない。

 視線を次いで向けるの未だに膝をつく漏瑚だ。

 

「それで?貴様はどうだ、呪霊。何の用だ」

「ッ、用は……無い」

「何?」

「我々の目的は、宿儺。貴様の完全復活にある。今はまだ、虎杖の適応が追いついていないがために一時的に自由を得ているに過ぎない。それは、貴様自身が一番分かっているのだろう?であるならば、縛りを作れ。肉体の主導権を永劫に得るための縛りをな!」

 

 漏瑚は、宿儺が虎杖から主導権を奪わないのは、奪えないからだと考えていた。

 呪物による受肉体というのは、基本的に呪物に主導権がある。だが、宿儺の場合は別。その毒性すらも無効化する器としての適性がありすぎる虎杖に受肉してしまった。

 しかし、

 

「必要ない」

 

 宿儺の返答は予想外の物だった。

 唖然とする漏瑚であるが、そんな事など彼にとってはどうでもいいらしい。

 

「俺には俺の計画があるのでな……だが、まあ呪霊(お前たち)も随分と必死らしいなぁ?」

 

 言いながら、宿儺は漏瑚、並びに雨里へと目を向けた。

 

「少し、俺の手慰みにつき合え、呪霊、そして呪術師。俺に一発でも入れられたのならば、呪霊。お前ならば俺はそちらの下に付き、手始めに渋谷に居る人間を一人を除いて皆殺しとしてやろう。呪術師、お前ならば大人しく今回は引き下がる」

「……二言は無いな」

「虚言は無しだよ」

 

 圧倒的な強者を前に、呪霊も呪術師も最早関係が無い。

 後に渋谷事変と呼ばれるこの夜の中でも、屈指の地獄が始まろうとしていた。

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