Ice Time   作:アイスめぇん

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 そこに広がるのは、文字通りの地獄だった。

 

「く、そ……!」

 

 吹き飛ばされめり込んでいた壁から瓦礫を蹴り飛ばしながら抜け出た雨里は、すぐさま拳を握って向かうのは今まさにズタズタに切り刻まれて殴り飛ばされる漏瑚と、それから嘲る宿儺の下。

 最早フロアなど関係ない。地下からビルをぶち抜く勢いで三者は、というよりも雨里と漏瑚は宿儺へと一撃入れるべく挑み続けていた。

 少年院の時とは、最早比べ物にならない。ほんの一瞬でも術式順転を解いてしまえば、その時点で雨里は五体を切り刻まれて骸をその場に晒す事になるだろう。

 それほどまでに、今の宿儺は強かった。それこそ、これで全盛期ではないのだという事が信じられないほどに。

 

「ほら、どうした?俺を止めるのだろう?」

「黙れ!」

 

 あの時よりも向上した体術に加えて、踏み込みと同時に宿儺の足を貫かんと多数の氷に円錐を創り出すが、これらは余裕をもって躱される。加えて飛び上がりながら放たれた跳び回し蹴りが襲い掛かってきて、ガードしてもその上から蹴り飛ばされてしまう。

 この蹴りにしたって、ガードした腕がへし折られたのだ。氷に置換していなければ、再起不能は確実だろう。

 と、ここで漏瑚が戦線復帰。その掌を赤く光らせて宿儺へと差し向け、

 

「宿儺ァアアアアッ!!!」

 

 放たれる熱線は宿儺と、その射線上に居た雨里もろとも消し飛ばさんと突き進んでくる。 

 

「ッ……!」

 

 宿儺は躱せども、雨里はそんな瞬間移動のような高速移動を可能にするフィジカルなど持ち合わせてはいない。

 故に、出来る事をする。

 彼は左手を下から上に斜めの軌道で振り抜いたのだ。呼応するように分厚い氷の壁が出現しワンフロアを完全に分断してみせた。

 そして、激突。

 蒼い氷河の向こう側で赤が揺らめく。

 熱線が氷河の六割を溶かしきったところで、両者相殺。だが、この結果に漏瑚は目を潜める。

 

(どういうことだ、あの小僧。先ほどと比べて明らかに出力が増している。力を温存していたのか?……いや、アレはもっと別物か)

 

 今の雨里の呪力出力は、漏瑚に迫るレベルにまで上昇していた。それでも、宿儺にはまだまだ届かないのだが、彼にはまだ伸び代がある。

 とはいえ、そこを突っ込めるほど現状余裕は彼らにはない。

 宿儺は気紛れだ。それこそ、次の瞬間には気が変わって雨里と漏瑚を惨殺して、この渋谷中を破壊しつくす可能性もあり、一分でも一秒でも気を引くには攻撃し続ける他ないのだから。

 雨里と漏瑚が同時に駆け出し、拳を振り被って宿儺を挟み込む形。

 打ち合わせなどは無い。ただ、両者互いに一撃を入れる事だけに一意専心し続けていた。

 だがしかし、乾坤一擲の勢いで挑みかかったとしてもそこに横たわる純粋な実力差というものはそう簡単にひっくり返ることは無い。

 

「ぶっ!?」

「ぐっ……!」

 

 拳が空を切り、それぞれの顔面が同時に鷲掴みにされる。

 

「ここは、狭いなぁ?もっと広く使おうか」

 

 言うなり、宿儺の口角がつり上がり緩く回転しながら飛び上がるではないか。それもご丁寧にも、掴んだ二人を斜め上に持ち上げて回転しながら天井を突き破るために壁とするおまけ付き。

 地下から地上七階建てのビルすらも突き破って、夜空へと投げ出される三人。

 

「そんなものか?呪霊、呪術師!!」

「「がは……ッ!?」」

 

 嗤う宿儺。普通ならば、この時点で勝敗は決しそうなものなのだが、しかし二人は諦めない。

 

「まだ……まだァッ!」

 

 業火を放たんとする漏瑚。だが、その前にその両腕は切り刻まれ、組んだ両手がその頭頂部に叩きつけられる。

 勢い良く落ちて行く漏瑚だが、雨里はその間に宙に舞っていた瓦礫を足場に宿儺へと接近。その右拳に冷気を一気に纏め振り被り、

 

「――――蒼ノ……ガッ!?」

 

 振り抜く前に体の前面が斜めに引き裂かれて、氷屑が舞った。

 白目をむいて体勢を崩す雨里。その隙を逃すことなく、宿儺は彼の左足首を掴むとまるで棒切れでも振り回すようにぶん回し、そして勢いをつけて叩き落した漏瑚へと投げつける。

 そのまま勢いを殺すことなく二人は、ビルの屋上へと叩きつけられていた。

 粉塵が上がりそこに容赦のかけらもない宿儺の追撃が突き刺さる。

 

「ごぇっ!?」

「ぶぐっ!?」

 

 うつ伏せの漏瑚の上に仰向けで重なっていた雨里の腹に、飛び込んできた宿儺の蹴りが突き刺さる。

 ストンピングの要領でそのまま屋上を突き破り、一フロア、二フロア、三フロア……地上一階まで一気に直通の大穴が開けられた。

 

「月明かりが通っているな。おかげで、お前たちの醜態も、よく見える」

「げほっ……」

あふが(あごが)……!」

 

 大の字で倒れる雨里と、鉄筋コンクリートにぶつけられすぎて崩れた口元を押さえる漏瑚。そしてそんな彼らを見下ろす宿儺。

 戦力差は、圧倒的。漏瑚は、黒幕に宿儺の指八本から九本程度の実力だと評され、今の雨里もそれに迫るものがあったが、現状の宿儺は取り込んだ指の数が十五本前後。倍近い戦力差に加えて、相手は呪いの王だ。一撃入れるだけでも艱難辛苦を乗り越えてもまだ足りない、途方もない差がそこにはあった。

 

「ほら、頑張れ頑張れ。俺が飽きるまで、何度でも付き合うぞ?」

 

 態々近付いてきた宿儺に、二人は動く。

 瞬間、ビルが大きく火を噴き、その直後に一気に凍り付いていた。

 そして飛び出してくる三つの影。

 

「――――極ノ番『隕』!!!」

 

 これぞ漏瑚の領域展開とはまた別の切り札にして、最大の攻撃範囲にして、最上の攻撃の一つ。

 極ノ番というのは、術式の所謂ところの奥義のようなもの。因みに、極ノ番以外に技を最大出力で発動したものを載という。

 人一人消すには過分と言う他ない隕石の一撃を前に、焦ったのは宿儺ではなくこの渋谷にていまだに戦う者たちだった。

 

「うっそだろ……!?」

「く、日下部!流石にヤベーって!」

 

 特級と、それから知っている呪力が混じっているのだから無視できなかったために退避できなかった日下部とパンダの両名も空を見上げていた。

 ソレは、彼らと事をおっぱじめようとしていた呪詛師たちもだ。こちらは、余りの光景に飲まれていたともいえる。

 そんな中でも、ソレは現れた。

 

「――――蒼ノ大人(おおひと)

 

 燃え盛る隕石が空から降ってくるのならば、それは下より現れる。

 アスファルトを割り砕いて這い出てきたのは人一人軽く包む事が出来そうな巨大な手。そこから、手首、前腕、肘、二の腕、肩、と続き、

 

「氷の、巨人……?」

 

 降ってくる隕石と同程度の大きさを誇る、頭の先からつま先まで氷で形成された巨人が渋谷の街に顕現した。

 その頭頂部に立ち空を見上げるのは、一人の術師。

 

「退けい!小童がッ!!」

「そんなもの落とされるのを、むざむざ見逃すはずが無いだろ!!それから、宿儺!お前もな!」

 

 雨里は叫べば、巨人の足が動き宿儺を踏み潰さんと動く。

 あっさりと避けられるが、彼の体は空中、もとい隕石と巨人の間辺りに浮かぶことになった。

 

 そして、突き上げられる巨人の両手と堕ちてくる隕石。

 激突、衝撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪物たちがぶつかり合う渋谷。そこを、二人の少女は駆けていた。

 あの瞬間、彼女らは確かに、濃密な死を感じた。

 それでもこうして生き残り、自分の足で駆けているのは偏に、敵であった筈の少年が自分たちの命を救ったからに他ならない。

 呪術高専関係者に救われたのは、これで二度目。無論、彼は彼女たちだから救った訳ではなく、彼女たちを害そうとした同期の心を守るために動いていたことは分かっている。

 問題は、その先だ。

 彼女らは既に少なくない人数をその手に掛けている。それは、非術師であったり、補助監督であったり。今回の一件でも間接的にとはいえ、これまた少なくない人数の命を奪ってしまった。

 もう、どうしたら良いのかが分からない。

 呪術師として生きる事など出来ない。非術師に混じる事など吐き気がする。しかし呪詛師として生きるには彼女らの実力はまだまだ足りない。

 今は、訳も分からず駆けるばかり。

 

 そして、見た。

 天から落ちてくる災厄の星と、大地より這い出た氷河の化身がぶつかり合う様を。

 かなりの距離があったにもかかわらず、周囲のビルは冷気と熱気の衝突によって弾けた空気の衝撃で粉砕され、攻撃そのものの破壊力も上乗せされた結果地獄の様相を呈していた。

 不意に何かが飛んできて、菜々子の腹部に当たった。

 

「ッ、何か飛んで……」

 

 地面に転がった、何か。

 ソレは円形の平べったい物体。手のひらに収まる程度の大きさで、機械人形のような顔が取り付けられている。

 その口部が開いた。

 

『オマエ達、呪詛師の一派だナ?ここで何してル』

 

 響いてきたのは機械音声。その声の主は、正確に二人の事を認識していた。

 

「貴方は……」

『先に、こちらの質問だ……いや、その時間も惜しいな。さっさと、雨里京平の下に戻らないと』

「ッ、その雨里京平って氷の子?」

『呪詛師に語る事じゃなイ』

「……私らは、そいつに助けられたの。宿儺の前で、アイツだけは飲まれてなかった」

 

 年もそう変わらない筈だが、それでも術師としての格の差とでも言えばいいのか。戦場に立つ気概というものが違った。

 救われた、という事実がその場からただただ逃げる事だけを許さない。

 そんな彼女たちの内心を汲み取ったのか、ソレは再度音声を発する。

 

『オマエ達が居ても無駄死にするだけだゾ。それでも良いのなら、オレを雨里の下にまで連れて行け。』

「連れて行くだけ?」

『あの男の術式は五条悟の様に広範囲だ。監視できる範囲にまで近づければそれでいい。最初は背についていたが、戦闘が激しすぎたナ』

「……ん、分かった」

 

 美々子が頷き、ソレを拾い上げた。そして、二人は再び駆け出す。

 向かう先に待つもの、ソレを彼女らが知るのはまだ少し先の事だった。

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