Ice Time 作:アイスめぇん
「―――――待ってください!」
事態が一気に転がり始める前に、伏黒は声を上げていた。
自分で呼んだ手前、強く言うのはどうかとも彼自身思うのだが、それでも呪術師に成るかどうかは雨里の判断に任せたいというのが本音。
「なに、恵」
「性急すぎます。何より、雨里の返事を聞いてない」
「そうも言ってられないよ。さっきも言ったけど、このレベルの術師が今の今まで見つかって無い事が最早奇跡と言うか、ある種の怠慢なんだよね」
「だからって………」
「第一、恵も気づいてるでしょ。このまま問題を先送りしても、もっと面倒なギャラリーを呼び寄せるだけだってさ」
「…………」
五条にここまで言われて、伏黒は唇をかむ。
一端の呪術師として、彼もまた雨里の中に宿る力を感じ取ってはいる。そしてそれが、この先も強くなり続ければ個人の力ではどうしようもなくなる事も。
最悪、呪詛師として命を狙われる可能性が無きにしも非ずという事も、彼は理解していた。
黙ってしまった伏黒から視線を外して、五条は未だに頭にハテナを浮かべた雨里へと視線を向けた。
「えっと、君の名前は?」
「………雨里、雨里京平です」
「そっか。それじゃあ、京平。転校の手続きをしようか」
「…………さっきも言ってましたね。急すぎませんか?」
「むしろ、僕としては遅すぎると思うよ。だって今も、ギリギリでしょ呪力抑え込んでるの」
「さて、何の事ですかね」
「残念だけど、こっちとしても話し合いでどうこうできるもんじゃないんだよね」
「…………」
飄々とした態度のままの五条に対して、雨里は目を細めると背中側に回した左手より僅かに冷気を流し始める。
彼のスタンスは、今の所専守防衛。相手が仕掛けてこなければ、自分から仕掛ける事は少なくとも人間が相手ならば、無い。
ただ、今回に限れば自分からさっさと仕掛けるべきだった。それこそ、周囲への被害を度外視した範囲攻撃、もとい部屋丸ごと凍結させる位はすべきだった。
「―――――遅いね」
気付けば雨里の額に添えられている五条の指先。瞬間、彼の意識は暗転する。
崩れ落ちる雨里の体を小脇に抱える五条。そして、そんな担任へと伏黒は胡乱な目を向ける。
「…………強引過ぎませんか」
「かもね。本当なら、もっと相手の意思を尊重すべき……何だろうけど、やっぱりそうも言ってられないかな」
「雨里の術式は、そんなに強いんですか」
「術式だけじゃない。呪力の量も半端じゃないよ。元々の素質だけじゃない、彼何か言ってなかった?」
「…………体が冷えるって事位です」
「それだ。京平の天与呪縛は冷え続ける体。その代わりに、術式の精度と完成度がずば抜けてる。呪力に関しては…………まあ、今までのストレスかな」
五条の言葉に、伏黒は思い当たる節がある。
十年以上のみ込み続けた、不平不満とストレスの塊たち。呪力は、負の感情より発するエネルギーだ。その全てが呪力へと変換されて蓄え続けられてきたのならば、相当な量と言えるだろう。
「天与呪縛のお陰で、制御が間に合っていてもこれから先で呪力の量が増えていけば間違いなく抑えきれない状態になる。そんな状態で力を振るえば、待っているのは暴走。最悪、街一つが凍り付いてもおかしくないね」
「……雨里の術式ですか?」
「そ。凍結呪法って言うべきかな。対象を凍り付かせる呪術で、割とポピュラーだね。本来なら、攻撃能力もそこまでない術式なんだけど、ここで京平の天与呪縛が絡んでくるって訳」
「…………」
「納得できない?でも、こればっかりは恵が相手でも曲げられないかな。彼の為でもあるからさ」
ぽん、と気絶した雨里の背中を、五条は軽く叩いてみせた。
非術師の家系に生まれた故に冷遇される術師は珍しくない。その結果、歪みが生まれる事も五条はよく知っていた。
*
日本の主要機関のほぼすべてが集中する場所、東京。
大都会、の印象が強いがその実郊外ともなれば未だ自然の残る場所も珍しくはない。
「…………」
「ほらほら、早く行くよ京平」
気絶から目覚めた雨里は、あれよあれよと流されるままにこうして寺の山門のような校門の前にまで辿り着いていた。
「ここが、呪術高専ですか?」
「そっ。日本国内にも二校しかない片割れだよ。恵には、どの程度説明を受けたかな?」
「……もう一つの呪術高専が京都にある位、ですかね。呪術も、呪術師に関しても説明はほぼ受けてませんよ」
「そっか。まあ、呪術師っているのは、呪術を使って呪霊を祓う職業なんだけど…………その数は圧倒的に少ないんだ。この辺までは大丈夫?」
「ええ、まあ………」
「それは重畳。そんな数の少ないからこそ、呪術師は常に人手不足。だからこうして、力を持ってる人間をスカウトする事も珍しくないんだけどさ」
「…………いつもこんなに、強引なんですか?」
「いいや?最終的には、呪術師になってもらいたいとは思ってるけど、ここまで強硬策をとる事は基本的にないよ」
「…………」
「じゃあ、どうして京平の件はこんなに強硬策で出たのか。答えは簡単、君の力が単純に個人の段階で留めきれなくなる可能性があったから」
「……暴走すると?」
「そう。そして、術式が暴走した結果一般人を手に掛けた場合、君は呪術界全体からお尋ね者、呪詛師として追われる事になる」
「呪詛師?」
「呪詛師って言うのは、非術師を呪術を使って呪った人たちの事。事故だった場合は、情状酌量の余地があるかもしれないけど、君は無いだろうね」
「何でですか?」
「強いから。どの世界でも言える事だけど、上層部って言うのは権力が大好きなんだよね。そして、自分の今の地位を守る為に必死だ。そこに、自分の地位を脅かすような存在が現れちゃったら、飼い殺しにするか或いは、秘匿死刑だろうね」
「…………」
五条の言葉に、雨里は露骨に顔を顰めた。
今も、納得はしていない。していないが、ここまで言われてしまうと最早なるようになれと開き直らざるをえなくなる。
元々諦める事で自衛してきた男だ。この辺の切り替えも早い。
「…………秘匿死刑って……許されるんですか」
「許す許さないの話じゃないんだよ。京平も自覚あるでしょ。生半可な銃火器よりも、呪術は強いって」
「それは…………」
「ハッキリ言って、呪術で人を殺すのは息をするのと同じぐらいに簡単だよ。当然だよね。非術師よりも遥かに頑丈な呪霊にぶっ放すようなモノなんだから」
「だからって……」
「だからこそ、だよ。呪術師を始末できるのもまた、呪術師って事。さ、着いたよ」
話し込んでいたからか、雨里が気が付くよりも先にその足は止まっていた。
そこは、お堂のような建物。扉を開ければ、中は薄暗くろうそくの明かりが揺らいでいた。
「遅いぞ、悟。六分遅刻だ」
「まあまあ、そう言わないで。ほら、京平。挨拶、挨拶」
「あ、えっと……雨里京平です」
「君が……悟からの連絡である程度は聞いている…………その厚着は、君の天与呪縛か?」
「てん……?まあ、はい。オレは、真夏でも真冬みたいに体が冷えてしまいますから。あ、脱いだ方が良いですかね?」
そう言う今の雨里の恰好は、丈の長い厚手のモッズコートにいつも巻いているマフラー。スノーブーツという真冬のようなもの。五月の気候にはそぐわない。
「いや、構わない。動きに支障が無いのなら、な」
「動き……?」
「君はなぜ、
「え…………ッ!」
突然の問いに、雨里の思考が止まる。だが、その直後にほぼ反射的に彼はしゃがんでいた。
一拍置く事無く、先程まで雨里の頭があった場所を何かがものすごいスピードで突き抜けていく。
突き抜けていった何かへと目を向ければ、視線とかち合うつぶらな瞳。
「ぬい、ぐるみ…………?」
「それは、呪骸と呼ばれるものだ。さあ、質問に答えてもらおうか」
問いのままに合わせるように襲い掛かってくる呪骸。
一瞬、五条へと視線を送った雨里だったが、助けてくれることは無いらしい。
どうにかこうにか回避だけに絞って躱しながら、雨里は頭を回す。もっとも、分割思考などろくにしたこともない為出来るはずもなく、呪骸の対処に追われていくことになる。
「ふぅー…………」
息を大きく吐き出して、体の力を抜く。イメージするのは、風に揺れる柳だ。
二度、呪骸からの突撃を躱した。そして、三度目の突撃に合わせて動く。
「―――――止まってね」
横をすり抜けるようにして、そのやわらかな表面を撫で一息に凍結させていく。
まるで氷山の中に押し込められたように呪霊は、その動きを止められお堂の床を滑って暗がりへと消えていった。
空白が、ここで生まれた。未だに戦闘に際した状態の雨里の頭はこのタイミングで勢いよく思考を回す。
五条に、無理やり連れてこられた。そう伝えれば、良いのかもしれない。だが、この案は雨里自身が思い浮かんだ時点で却下していた。
ここまで来たのだ。最早、雨里に呪術師に成らない選択肢はない。ならば、呪術師を続けるだけの理由が無ければいけない。
思い出すのは、このお堂に来るまでの五条との会話。彼は態々、術式の殺傷性に関して説いてきた。であるならば、呪術師とは
人を殺すだけの覚悟。それはそのタイミングにならなければ抱けるかどうかは分からない。だが、予め自分の中である程度の下地を整える事は出来る。
では、自分はどうするのか。
「―――――必要な時に、必要な動きを実行する為に、ですかね」
「ほう。その心は?」
「こうして、力を持っているなら遅かれ早かれ巻き込まれる、と言われました。だったら巻き込まれた時、オレ自身が後悔しない選択を出来るだけの力が欲しい。そう思います」
全てを諦めるからこそ、
「…………良いだろう、合格だ。ようこそ、呪術高専。俺は、夜蛾正道。ここ呪術高専の学長をやっている」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ああ。後の案内は、悟に任せている。そいつの指示に従ってくれ」
「分かりました…………よろしくお願いします、五条先生」
「オッケー。と言っても、寮に案内するだけなんだけど。授業に関しては明日からね」
「はい」