Ice Time   作:アイスめぇん

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サブタイトルをすべて数字にしました。特に意味はないです








29

 どこかの神話のような光景が出来上がっていた頃と時を同じくして、伏黒は絶体絶命の窮地に陥っていた。

 無理な領域展開により疲弊した体のままに、突然現れた呪力の欠片もない男に無理矢理外へと連れて行かれ、流れのままに始まった戦い。

 相手は素手だったが、その貫手は容易く人体を貫通し。目晦ましで呼び出した脱兎の式神も飛び蹴りでぶち抜かれる始末。

 その最後は、訳の分からないものであったが、男が己の首を己でへし折った事で終わりを告げた。

 呪力がカラカラに消耗し、男からの受けそこなった打撃で痛む体に鞭打って、今も戦っているであろう仲間たちの下へと向かおうとしたところで、それは起きた。

 呪詛師、重面春太からの不意打ち。背中を深々と切られ、元々疲弊しきった体には、余りにも痛すぎる攻撃だった。

 元々、重面自身はそれほど強い呪詛師ではない。少なくとも、正面戦闘で敗れる呪術師はそれほど居ないだろう。

 だが、彼の術式はジャイアントキリングが可能なタイプ。純粋な実力が劣れども厄介なタイプなのだ。だからこそ、七海にボコられてもこうして死ななかった。

 

「よく動くねぇ、その出血で」

「ッ……」

 

 止めようのない出血を抱えて、伏黒はただ只管に歩を進めていた。

 重面は気付いていないが、そもそも深く考えられる質ではない為気付かないが、彼はただ理由もなく動き回っていた訳ではない。

 伏黒は、正確に己の状態を理解していた。理解していたからこそ、今この渋谷で()()()()()()()()()から限りなく距離を取ったのだ。

 

「十種影法術は、最初に二匹の玉犬が与えられる。そこから手持ちの式神を駆使して、十種の式神を調伏していく事で手札を増やす」

「……で?」

「調伏の儀式は、複数人でもできるんだ。もっとも、この場合は無効。術師にとっても意味の無い儀式になる。だが――――」

 

 出血によって覚束なくなった足が絡まり転ぶが、それでも伏黒は完全に倒れる事だけは無い。

 どうにか上半身を起こして、しゃがみ込んだまま重面へと向き直った。

 

「意味の無い儀式に、使い道が無い訳じゃない」

 

 それは、領域展開とはまた違う伏黒の切り札にして諸刃の剣。

 

「歴代の十種影法術の使い手でも、この式神を調伏出来た奴は居ない」

「待――――」

 

 重面が気付けども、もう遅い。

 奔る呪力。紡がれる言の葉。

 

「――――布瑠部由良由良」

 

 影が広がり現れるのは異界の神将。

 

――――八握剣 異戒神将 魔虚羅

 

 影より現れるのは、異形の人型。目算で、その身長は三メートルほどだろうか。

 隆々とした体格をしており、特筆すべきはその頭部、それから右腕。

 目は無く、その代わりに二対四枚の翼が生え、後頭部からは蛇のように伸びている。そして背負うのは、船の舵輪のような見た目をした法陣。

 右腕には、仕込み剣のような刃が手首より手の甲側を通って指の方へと伸びていた。

 伏黒の見立てであるのだが、この魔虚羅の存在こそが五条家と禪院家の確執の一つである江戸時代の天覧試合における両家当主の死亡理由であると彼は考えている。

 因みに、その際の両家当主は、禪院家が十種影法術。五条家は六眼持ちの無下限呪術。つまりは、伏黒には五条に届きうるだけのポテンシャルを秘めている可能性があるのだ。

 もっとも、

 

「おい、糞野郎」

 

 既に彼は限界で、

 

「――――先に逝く、精々頑張れ」

 

 言い切るなり、彼の体は呼び出した魔虚羅によって殴り飛ばされ近くのショーウィンドウに叩きつけられていたのだが。

 これは調()()の儀式なのだ。術者当人すらも制御できない強力過ぎる式神は、その場にいる全てを標的として暴れまわる。

 非力な重面にはどうしようもない。そもそも、特級呪霊であったとしても恐らく一方的に祓ってしまえる程度には魔虚羅のポテンシャルは高い。

 その剛腕が、重面を捉え――――

 

「――――え?え、え?」

 

 気付けば、血塗れで壁に凭れる伏黒の隣にいた。見上げれば、そこ居たのは呪いの王。

 

「む……」(仮死状態、か)

 

 傷一つ無い宿儺は、片手の重面を下すと徐に伏黒へと手を伸ばした。

 施すのは、反転術式。他者への行使は希少であるのだが、彼は呪いの王だ。呪力の扱いに関してはそんじょそこらの呪術師の比ではない。

 

「死ぬな。お前には、まだやってもらわねばならない事があるのでな」

 

 言いながら、目の前の怪物を宿儺は見定める。

 呪力の質から、目の前の存在が伏黒の式神であることは理解した。そして、この式神を横やりで倒さねば伏黒が殺される事も。

 味見程度で手を出しても良いかもしれないが、しかしここで宿儺は別の道も考えていた。

 そろそろここにも来るであろう、とある人物。

 噂をすれば影が差す、とはよく言ったもの。不意に、交差点に影が差した。

 

「宿儺ァアアアアッ!!!」

 

 常には出す事の無いであろう大声を上げて、その全身から冷気を発しながら雨里は宿儺へと飛び掛かる。

 先の戦闘よりその体は更にボロボロとなり、羽織っていた制服の上着は喪失。その下に着ていたシャツも袖が破れボロボロ。

 それでも、その目だけは異様なほどにギラついていた。

 

「ケヒッ、まだ諦めんか」

「当たり前だ……!」

 

 拳を受け止め振り払い、二人は相対する。

 漏瑚は既に敗れた。あの爆発の瞬間に、雨里は吹っ飛ばされてしまったために諮らずしもその場からの一時離脱を余儀なくされた為に、結果的にこうして未だに咬みつく事が出来ていた。

 

「小僧、面白い催しを思いついたぞ」

「あ?」

「貴様、アレの相手をしろ」

 

 言って宿儺が指で示したのは、魔虚羅。

 すわ、相手方の策略かと警戒する雨里だったが、その異形より感じられる呪力が馴染みのあるものであったからか目を見開いた。

 慌てて周りを見渡せば、ぐったりとした伏黒の姿が確認できる。

 

「察した通り、アレは伏黒恵の式神だ。もっとも、欠片も制御できていないがな」

「……」

「奴を倒さねば、伏黒恵は死ぬだろうな調伏の儀式というものはそういうものだ」

「……ッ、見返りは」

「そんなものは無い……ああ、しかし。奴が強いのならば、()()()暴れねばなるまいなぁ?」

 

 醜悪に嗤う宿儺。対して、雨里には最早選択肢は無くなった。

 態々派手に暴れると宿儺は宣言したのだ。その結果に待つのは、この渋谷の焦土化であるだろうことは容易に想像がついたからだ。故に、雨里は結局のところ戦う以外に道は無し。

 

 改めて、件の式神と相対する事になった雨里。そうして分かる、相手の強さ。

 

(明らかに、あの呪霊より強い……)

 

 この一晩でありえない速度で成長を続けてきた雨里だが、またしても相対するのは格上。

 だが、嘆いた所で始まらない。泣いても喚いても事態は好転せず、寧ろ悪化の一途を辿る事になるのは明白。

 

 だから、戦う(抗う)。後悔しない為に。

 

「ッスーーーーー……はぁー…………」

 

 ありったけを注ぎ込む。

 研ぎ澄まされた呪力は、周囲への影響を与え始め。彼の足元は凍結し始める。

 死地はまだまだ続く。

 彼の息の根を止める、その瞬間まで。

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