Ice Time 作:アイスめぇん
真人と虎杖がぶつかり合うのと時を同じくして、釘崎もまた戦闘状態にあった。
相手は、
釘崎の攻撃は、基本的に五寸釘と金槌による殴打。釘自体も弾いてある程度の距離に対処可能だが、残弾管理に問題があり、弾切れすれば後は殴るしかない。
決して体術が得意とは言えない彼女。対して相手は、自由自在にその姿を変える事が可能でただ殴り合うだけでも異常にトリッキー。
「チッ……!」(虎杖や真希さん程じゃなくても、もう少し鍛えとくべきかしら)
釘崎自身も己の接近戦での弱みは理解している。今も放った釘は刺されども、効果はほぼゼロ。
呪力で肉体を強化すれば、常人には不可能な挙動も可能であるとはいえ、それは相手も同じ事。寧ろ、呪霊との押し合いになれば大抵の場合術師が負ける事は珍しくない。
頭を回す釘崎の一方で、真人は己の計画の為に彼女と相対したのだ。
別段、釘崎でなくともよかった。虎杖の
(現状、虎杖の魂のHPは半分以下。あの氷の術師を宿儺が吹っ飛ばしたのが相当効いてる。そして、この女をダメ押しに使う)
肉体の欠損は、宿儺が最悪治してしまう。だが、へし折れた精神はそう簡単にはいかない。
折れた者は戦えない。それは古今東西の真理でもあった。
そして、場は動く。
真人の足元には幾つもの釘が転がっていた。これは、釘崎が何度となく放って転がった釘たちである。
彼女の術式である芻霊呪法は、金槌、釘や藁人形などを用いて対象の相手に呪力を流し込むという比較的シンプルなものだ。
ただ、シンプル故にその幅が広いともいえる。
釘崎が主に使うのは、“簪”と呼ばれる一定の動作をトリガーに対象に打ち込んだ釘を媒体にして呪力を流し込み破壊するというもの。これは、術者自身のタイミングで発動を任意に指定する事が出来る。
もっとも、今この状況では真人の体に穴を開ける事は出来ても、その魂を傷つける事は出来ない。
何度目かの衝突、しかし傷を負って血を流すのは一方的に釘崎の方ばかり。
それは、真人も分かっている。分かっているからこそ、出来るだけ無惨に殺そうとする。
そこが、付け目だった。
(上)
自身目掛けて飛んでくる釘を躱しながら、真人は上を見る。
通気ダクトの上に飛び乗った釘崎は、そこで更に一つの釘を落としていた。
「簪」
スナップと同時に呪力が溢れ、真人の足元が揺れた。同時に、釘崎はダクトより飛び降りてくる。
真人は訝しむ。この場の彼は、術式が使えない。使えないが、肉体の変形は可能なのだ。それこそ、ヤマアラシやハリネズミのように全身を針達磨のようにして自分目掛けて落ちてくる釘崎の全身を刺し貫く事だって可能なのだから。
だが、
「もういっちょ、簪」
落ちてきながら再度発動される術式。その釘より伸びた呪力が真人の足を貫いてその場に縫いとどめてみせた。
しかし、ここまで来ても真人には釘崎の狙いが分からない。
彼女の手札では、真人を傷つけるには至らないからだ。
だがそれも、彼女が全ての手札を見せていれば、の話だったのだが。
「アンタの術式聞いた時から、コレは効くんじゃないか、ってさ」
真人の眉間に据えられた五寸釘。そして構えられる金槌。
ここで漸く、相手の狙いを悟った真人。だが、如何に肉体を変形させる事が可能とはいえ、簪によって縫い留められた状態からラグ無しで逃れられる訳ではない。
そんな行動よりも、確実に釘崎の方が速いのだから。
――――共鳴りッ!!
振るわれた金槌によって、釘が深々突き刺さり、同時に釘崎の呪力が大きくはじける。
この共鳴り。媒体とする部位が希少であればあるほど、その破壊力を増す。血液等はそうでもないが、片腕などになれば、例え特級相当の相手でも致命傷になりかねない破壊力を有する。
そして、今。この場に居る真人は、本体より切り分けた魂による分身体。
魂という唯一無二の希少性。そして、その希少な部位を正確に穿ち、呪力を炸裂させてその威力をフィードバックさせる共鳴りの効果。
「ぶっ……!?」
真人は、本体分身揃って盛大な吐血。
釘崎の狙いとしては、共鳴りによって相手の魂を撃ち抜くつもりであった。
だが、この場に居る真人は魂を切り分けた分身。彼女の狙いは、ある意味で成立し、しかし意図しない副産物も齎していた。
「妙だな。私の呪力が少し離れた場所で弾けるのを感じた……成程なあ?さっきから妙に一発で決めに来ないと思ったら、オマエ分身かなんかで術式使えねぇんだろ?」
「……正解」
五寸釘を引き抜きながら、真人は嗤う。
状況は悪い。相手に分身であることを看破され、尚且つ術式が使えないことまで見破られた現状、相手は恐れずに突っ込んでくるだろう。
この状況で、真人は嗤った。
「上手くいかないもんだね。もっと改良していかないと」
「あん?次なんかねぇよ。アンタは今ここで、私が祓う」
「でも、俺はこれから先アンタの攻撃は食らう気無いしねぇ……あの、氷の術師が居たら別かもしれないけど」
「あ?」
「あ、無理かぁ。だってアイツ、死んじゃったみたいだし」
思わぬ情報に、釘崎は目を剥く。脳が情報の処理に手間取り、思考は空白に染まった。
「何、言ってんの……」
「宿儺がやっちゃったみたいでさぁ。俺も殺りたかったのに、残念ってやつ」
今度こそ、釘崎は完全に止まる。同時に、何故そんな状況になったのか彼女の頭は答えを弾き出していた。
何らかの理由で宿儺が暴走。居合わせた雨里が交戦。そんな流れだろう、と。
そして、彼は負けた。あの、呪いの王相手の敗北だ。結果など予想するまでも無く一つしかない。
ぐらりと足場が崩れるような感覚が、釘崎を襲う。
同期の死。虎杖の時とは訳が違う。
いや、彼が死んだと聞かされた時は、泣くのを我慢しなければならない程度には傷ついたが、それでも彼は戻ってきた。
だが、今回は違う。
雨里京平に死から戻ってくるような素養は無い。腹の中に呪いの王など飼っていないし、そもそも彼は純粋な人間なのだから。
この隙を、真人が逃す道理はない。
本体より合流の旨を伝えられていたが、その前に軽く甚振ろうかとその体の形を変える。
カマキリの鎌のような形状へと左腕を変え、勢いよく釘崎目掛けて振るう。
狙うは、首。刎ねれば上々、そうでなくとも血管の集中する首を切りつければ失血死も狙う事が可能なのだから。
だがしかし、釘崎とて伊達に修羅場を潜ってはいない。
迫る攻撃に対して、咄嗟に金槌を防御へと回す。しかし、体勢は不十分。
「ッ……!」
「逸らされちゃったか……んじゃ、逃げまーす!」
追撃ナシの突然の逃走に、釘崎も当然ながら追いかけようとする。
だが、
「――――えっ!?」
唐突な腹部の圧迫感と、同時に後ろへと勢いよく引っ張られる感覚に釘崎は混乱する。
見れば、太い縄のようなものが彼女の胴にいつの間にか絡みついているではないか。そして、外そうと手を回せどもピッタリと体のラインに合わさっているせいで外せない。
そのまま引っ張られる事暫く。
「ッだあ!?……何なのよ」
唐突に縄が外れ、強かに腰を強打した釘崎はぶつけた箇所を擦りながら辺りを見渡す。
ソコは、更地のようになったスクランブル交差点周辺より少し外れ、倒壊したビルなどが転がった地点だった。
そして、
「こいつで良いの?」
『ああ。こと、
機械音声と、それから遊んでそうな見た目の見知らぬ二人組がそこに居た。
咄嗟に警戒態勢をとった釘崎。そこに待ったをかけたのは、機械音声。
『待て、釘崎野薔薇。お前には、やってもらいたいことがある』
「何で私の名前……アンタ、どっかで聞いた声ね」
『京都校のメカ丸だ。交流戦でも会っただろう』
「メカ丸……あー!ペッパー君じゃない!」
『誰が……いや、この問答をしている時間も惜しい。本題に入らせてもらおう』
「待ちなさいよ!?こっちは何が何だか……それに、あの呪霊逃がしちゃったじゃない!」
『追った所で無駄ダ。それよりも、急げ。
「だから――――ッ、これって」
更に言い募ろうとした釘崎だが、その光景に言葉を失うしかない。
漂ってくる冷気が頬を撫でる。
運命の分岐点が、そこには広がっていた。
真人(分身)が宿儺と雨里の戦闘を知っているのは遠目に観戦していたから、という裏設定があります
話の内容的にその分の細かい描写は要らないかと省きましたので、ここで補足しておきます