Ice Time   作:アイスめぇん

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 虎杖と真人。その戦闘は、この渋谷においても一、二を争う激しさと、それから尋常ではない成長速度を持ったものとなった。

 途中、()()()()()()()()()と同期の件という要因、加えて脹相戦での敗北などが重なって折れかけた虎杖だったが、参戦した東堂によってどうにか戦線復帰。

 その最後は、全力の黒閃。進化した真人であろうとも、それは致命傷。

 

 これにて落着――――とはいかない。

 

 現れる、今回の黒幕。

 

「助けてあげようか、真人」

「夏油!」

 

 瀕死の真人の逃げ道を塞ぐように現れた額に縫い目のある袈裟姿の一人の男。

 夏油傑の皮を被った、誰か。

 その出現に、虎杖は駆け出す。

 

「返せ……!五条先生を返せッ!!」

 

 既に肉体のダメージは、限界を超過しているのだが目の前にある目標が、虎杖の痛みを無視させた。

 だが、どれだけ死ぬ気で走ろうとも彼の拳が届くことは無い。

 精神論云々の話ではなく、単純な実力差。如何に常人離れした身体能力を有し、その上黒閃を多数経験しようとも、相手は特級術師の肉体を有し、その体に刻まれた術式も行使してくるのだから。

 

「君、歴史は好きかい?鯰が地震と結び付けられて考えられるようになったのは、江戸の中期。地中の大鯰が身動ぎをする事で地震が起きると考えられていたんだ」

 

 行使される術式は、呪霊操術。

 何が起きたのか分からないが、虎杖は駆ける己の足元の地面が消えて大穴が開いたように感じた。

 反射的に踏み込もうとした足を振り上げれば、駆けていた勢いもあって後ろへとひっくり返る事になる。その上、彼の足元に大穴などは一切ない。

 

「なっ……」(何が……!?)

「落ちた、と思っただろう?傍から見れば、君は勝手にひっくり返っただけなんだけどね」

 

 歩み寄りながら、偽夏油は言葉を続ける。

 

「呪霊操術の強みは、その手数の多さにある。準一級以上の呪霊を複数体使役し、術式が解明・攻略されようとも矢継ぎ早に次の一手を送り込み続ける。もちろん、そんな間を与えずに物量で押し潰すのも一つの手だ」

 

 語りながら放たれる黒い液体のような大群。それは、虎杖に着弾すると同時に巨大なムカデの群れへとその姿を変える。

 虎杖には、毒が効かない。宿儺の指という劇物の塊のような代物を食べて無事なのだから、並大抵の毒は機能しない。

 故に、多数のムカデに絡まれようともその足や牙による細かな傷ばかりで振り払える。

 だが、

 

「こんな――――ッ!?」

 

 絡みついてくるムカデを振り払おうと踏ん張ろうとする虎杖。だが、その直後に先ほどの大穴が開いたような感覚が足を襲い、踏ん張れない。

 間髪入れず、今度は上から黒いものが降ってきて、虎杖の体をムカデの群れが押し潰していた。

 一方的。少なくとも、突っ込むしかない虎杖にはどうしようもない。

 血塗れになって這いつくばり、それでもその目だけは諦めを知らない。

 

「返せ……!」

「我ながら流石と言うべきか……タフだね」

 

 怪しげにほほ笑みながら、偽夏油は横合いから伸びてきた手を避ける。

 突っ込んできたのは、真人だった。

 触れればほぼ必殺の無為転変。だがそれは、()()()()()()意味が無い。

 空を切る両手。そして、真人を見下ろす偽夏油の目は、愉悦が浮かんでいた。

 協力関係、ではなかった。互いが互いに利用し合う様なそんな関係――――()()()()()()

 そもそも、偽夏油がその肉体を手に入れた時点で特級呪霊だろうと手駒でしかない。特に、破壊力に富んだ漏瑚や、計画の要であった真人は単なる素材でしかなく、花御や陀艮に至っては相手の戦力を削ぐような壁代わりでしかなかった。

 そして、

 

「――――知ってたさ。だって俺は、人間(お前ら)から生まれたんだから」

 

 調伏の儀式は必要ない。疲弊しきった真人と、万全な状態の偽夏油が対峙すれば軍配が挙がるのは後者なのだから。

 黒い手のひら大の球体へと変えられる真人。この時点で、偽夏油の計画は初期段階をほぼ終えたも同然。

 球体を手に、偽夏油は虎杖へと再び向き直る。

 

「さて、続きといこうか。これからの、世界についての話だ」

 

 何が愉しいのか、男の語り口はまるでどこかの舞台のよう。或いは、歌劇か。

 

「極ノ番、というものを知っているかな?“領域”を除いた術式による奥義のようなものでね。呪霊操術の極ノ番は『うずまき』。使役した呪霊を高密度の呪力の塊へと纏めて相手へとぶつけるものなんだが……ふっ」

「…………何がおかしいんだよ」

「いや、すまない。急にらしい事を始めてしまったと思ってね」

 

 偽夏油の言葉は続く。

 

「『うずまき』は強力だ。だが、その代わりに呪霊操術の強みである手数の多さが失われてしまう。だから、最初はそそられなかったんだがね。ただの低級呪霊の再利用だと思っていたから。しかし――――」

 

 呪霊珠を弄びながら、偽夏油は視線を動かす。

 

「違った。この極ノ番の真価は、準1級以上の呪霊を用いた時に起きるもの。術式の抽出にある」

 

 飲み込む。そうしなければ取り込めないから。生前の肉体の持ち主が精神的に擦り減るほどのソレを、偽物は何の抵抗も無く吞み下してみせた。

 隙。少なくとも、そう見える。

 

「――――馬鹿だな。君が気付く気配に、私が気付かないとでも思ったのかい?」

 

 偽夏油の見上げる上空。かなりの高さに、火が灯っていた。

 京都よりやって来た西宮が箒に乗ってその場に浮かんでいたのだ。愛用の箒には、激しく火を揺らすランプが提げられていた。

 攻撃性は無い。これは合図であり、目印。直後に、偽夏油目掛けて三本の矢が襲い掛かる。

 通常の矢の軌道ではない、のだがそれは当たらない。だが、二の矢は既に迫っていた。

 

「やるね。私としても、術師が相手なら通常兵器は積極的に用いるべきだと思うよ」

 

 螺旋を描きながら呼び出した呪霊を突き破ろうとする銃弾だが、偽夏油に届く前にその威力は完全に殺された。

 弾丸は、真依。矢は、加茂。そして、

 

――――シン・陰流

 

 全てを乗せた剣士が居る。

 覚悟は決めた。思いも載せた。それこそ、己の一振りに全てを懸けた。

 だが、気持ちだけでは埋まらない差というものがこの世界には存在する。

 相手は特級、一方で三輪は3級。等級だけが全てではないし、下の階級が上の階級を打倒する事も少なからずある、のだがこの場合はジャイアントキリングはあり得ない。

 

――――『抜刀』ッ!!

 

 鞘の中で加速された刃が抜き放たれ、しかし止められ砕かれた。

 これが、現実。そして実力差というもの。

 

「極ノ番『うずまき』」

 

 三輪に向き直りながら術式を発動する偽夏油。

 咄嗟に西宮と虎杖が動くが、距離の問題もあり間に合わない。

 

 しかし、ここで新たに援軍が駆け付けた。

 日下部、庵、パンダ。そして、脹相。

 特に最後の彼によって明かされる偽夏油の中身。その情報の一部。

 呪術界御三家である、加茂家の汚点。加茂憲倫。呪胎九相図を生み出した存在であり、脹相の含めた九相図たちに怨敵として恨まれる存在。

 偽夏油へと挑みかかる脹相。だが、疲労と加えての相手の方が実力的に数段上。術式、肉弾戦、共に勝ち目は殆どない。

 加えて、相手にはもう一人呪詛師が介入してきていた。

 裏梅と呼ばれるおかっぱ頭の新手。初見でありながら、脹相の穿血を受け止めるだけの実力はある。

 同時に、他の面々も偽夏油へ。

 狙いは、彼の持つ獄門疆。五条を封印している呪物であり、これを取り戻せたならば少なくとも勝ちの目は見えてくる。

 だが、

 

「――――氷凝呪法『霜凪』」

 

 絶対零度の寒波が迫る。触れるモノ全てを凍結させ――――

 

「――――焔幕(えんまく)

 

 その直前に業火の幕が、寒波を阻んでいた。

 すわ、第三者の参戦か、と緊張が走るがそんな中で虎杖は気が付いた。いや、気付かない方がおかしい。

 幕が途切れ、彼はその場へと降り立った。

 

「おや、君か。陀艮に漏瑚、魔虚羅に宿儺と相手にして、よくもまあ生き残れたね」

「ふぅ……生憎と、オレだけ休んでる訳にはいかないんでね」

 

 感心するような、しかし馬鹿にするような雰囲気も残す偽夏油に対して、雨里は毅然とそう返す。

 だが、彼は決して無事とは言えない。それは、向かい合う偽夏油達のみならず、雨里の背を見る形となった呪術師側にも一目瞭然だった。

 そして、その姿に虎杖は泣きそうな表情を浮かべる。

 

「雨里、それ……」

「君のせいじゃないさ、虎杖君。今は、敵に集中して」

 

 雨里は振り返らない。

 確かに彼は、生きている。生きているが、()()()()()()()()

 シャツと制服のズボンという恰好。何れもボロボロであり、左腕は袖が肘の辺りから無くなり、その下の腕はケロイドの様にズタズタ。腕の機能は果たしているが、その見てくれは酷いと言う他ない。

 問題は、右腕だった。

 彼の、雨里京平の右腕は()()()()()()()。肩口より先は袖事完全に消滅。出血は反転術式によって傷が塞がれた事により起きることは無いが、腕を生やし直す事は彼にはできなかった。

 それでも彼は、ここに来た。その為に、()()()()()戻ってきたのだから。

 

 背後の動揺を感じながら、雨里は構える。同時に、彼の右の肩口に冷気が集まり形成するのは群青の義手。

 雨里京平は止まらない。腕の一本など、彼にとって止まる理由にはなりえないのだから。

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