Ice Time 作:アイスめぇん
人を助ける。それが、虎杖悠仁の行動理由。その根幹を担っている場所。
だが、渋谷の一件で彼のここには亀裂が刻まれていた。
しかしそれでも進まねばならない。
乙骨へと改めてもしもの時、自分を殺してくれるように頼み、改めて伏黒へと向き直る。
「俺は、何をすればいい?」
「まずは、高専に戻って天元様と接触する」
「一つは、獄門疆の封印の解き方を聞く事。もう一つは加茂憲倫がいったい何を企んでいるのか。そして、今後の出方だね」
「ああ。死滅回游は大規模な、呪術テロだ。事態の収拾には、この二つを熟すのが一番のマスト。何より――――」
「オレ達は、常に渋谷よりも前から、敵の後手に回り続けてるのは現状。だから、東京壊滅なんて事態になっちゃったんだ。情報収集は必須で、オレ達には全てを知ってるかもしれない天元様が居たからね」
「じゃああの……九十九さん、だっけ?あの人は知らないのかな」
「その、九十九さんの案だ。あの人も、今は高専に潜伏してる」
「潜伏?」
「上層部が嫌なんだって。オレも……嫌いになりそうだよ」
上層部に対して良い感情を抱けと言う方が、今までの経験踏まえて不可能というもの。
少年院での虎杖の死。交流会での虎杖狙い。そして、今回の五条の呪術界追放と、夜蛾学長に対する死刑。
ヘイトは溜まり切っていると言っても良い。場合によっては、雨里も九十九の様に上層部に反発しまくるような立場になるかもしれない。
話を戻そう。頭に?を浮かべる虎杖に助け舟を出したのは、乙骨だった。
「天元様の結界の効果だよ。何かから守るというよりも、隠すように特化した結界が高専には張られているんだ。そして、今ある問題の一つもその結界なんだよね」
「問題?」
「天元様の居る場所は、薨星宮と呼ばれる場所でそこに通じる扉は高専にある千以上ある扉の内の一つだけ。その一つに関しても、シャッフルが繰り返されていて――――」
「その一つを引き当てなきゃ、天元……様には会えねぇ訳か」
日本呪術界の要であるため、そこまでの防衛が施されるのは仕方がない事ではある。
だが、今回はその事がマイナスに働いていた。
ただ、虎杖が気にしていたのは、それだけではない。
「……なあ、伏黒、雨里」
「?」
「なに?」
「釘崎は、どうなった?」
「……」
「彼女は、別行動中だよ。この状況だからね。動かせる人員には動いてもらってるんだ。七海さんも付いてるから、大丈夫」
「!ナナミンも無事なのか?」
「家入先生のお陰でね」
雨里のその言葉は、どん底の気分であった虎杖にとっては朗報も朗報。
同期の生存と、大人の中でも純粋に尊敬できる大人の生存はそれだけで彼の表情を柔らかいものへと変えていた。
もっとも、その内容を詳しく雨里が語ることは無い。
今回の渋谷の一件は、術師側の死者が補助監督ばかりであったとはいえ、決して軽いものではないからだ。無論、虎杖が原因となった分は雨里の一件ぐらいであるのだが、それでも伝えればどうなるか分からない。
だからこそ、伏黒は黙り、代わりに言葉遣いの柔らかい雨里が答えていた。
空気が良い方向へと変わっていく中で、暗闇から顔を覗かせる脹相。
「その、隠す結界とやら。何とかなるかもしれんぞ」
「どういう事だ、脹相」
「というか、聞いてたんですね」
「……いつからそこに?」
各々が問う中で、脹相は指を立てた。
「以前真人が
*
夜が明けた。どれだけ地獄が起きようとも、朝日はいつだって知らぬ存ぜぬと世界を照らす。
呪術高専は、その敷地面積と建物の数やその秘匿性から誰も足を踏み入れないような場所も珍しくない。
だからこそ、少年院の後、虎杖を匿う事が出来た。情報統制さえしてしまえば、その秘匿性はそんじょそこらの施設とは一線を画す。
その地下の一室。そこに、九十九そして痛々しい火傷の痕を残した真希が居た。
「久しぶり、って訳でもねぇか」
「真希先輩!?」
「真希さん!……もう動いても大丈夫なの?」
「おう、問題ねぇよ」
驚く虎杖と、それから同期である乙骨は真希の下へと駆け寄る。
特級呪霊に直火焼きされ、尚且つ彼女は自分の体を呪力で守る事が出来ないのだ。痛々しい火傷の痕が残るだけで済んだことは、奇跡に近い事だった。
その説明をするように、九十九が口を開く。
「天与呪縛のフィジカルギフテッド。火傷の痕に関しては仕方がない。反転術式でも痕は残るからね。寧ろ彼女の場合、呪いへの耐性ではなく、生来の肉体強度が最後の生死を分けた。私としては、君も気になるんだけどね」
「……オレは別に……単純に術式の相性が良かっただけですし」
「だが、肉体の構造全てを別の物質へと置換してしまう術式というのは珍しい。君のソレは、一種の呪霊への変化、と言っても過言ではないんだからね」
九十九の指摘に、部屋にはちょっとした沈黙が下りてくる。
そんな空気を換えたのは、後輩を庇うように二人の間に割って入った真希だった。
「今は知的好奇心を満たすよりもやる事がありますよね?……恵、天元様の結界の件、どうなってる?」
「それは――――」
「――――俺から話そう」
一歩踏み出してくるのは、脹相だ。
「少し前、真人は両面宿儺の封印の内側に自分の呪力を仕込むことで忌庫への道を割り出した。そして、薨星宮への道すがらに忌庫はある。忌庫には俺の
「Good!いい案だね」
「……それはいいとして、コイツは誰だ?」
賛同する九十九であるが、同時に真希の疑問ももっともというもの。
「……とりあえず、俺の…兄貴って事で」
「!!悠仁ーーーーッ!!!」
脹相大興奮。とはいえ、方針は決まった。
ぞろぞろと地下室を出ていく中で、するりと真希が雨里の背後に付く。
「京平。ジジイがお前を呼び出してる」
「オレを、ですか?」
「ああ。借りを返せ、とよ」
「……呼び出しに応じるだけで良いんですかね?」
「さあな。だが、この機に私も本家の方にいったん戻る。呪具の回収だな。游雲は、恵の影の中。私としても得物が幾つかほしい」
「分かりました」
真希の言う、借り。それは、仕方が無かったとはいえ借りた相手が悪すぎた。
少なくとも、五条が居れば苦言を呈しただろうし、加茂が居たならば眉間に皺が寄った事だろう。それほどまでに、御三家の取り分け禪院という家は質が悪かった。
だが、雨里には後悔はない。あの瞬間、漏瑚が現れた時、仮に雨里が七海と真希の二人を直毘人へと託していなければ、二人は死んでいたかもしれないのだから。
真希自身もその事は分かっている。反転術式で火傷が癒され、意識が戻った時に理解させられたから。
そして一同は、脹相の案内の下に一つの扉の前へと辿り着いていた。
「ここだな」
押し開かれた扉。その先に広がっていたのは、生い茂る木々が下から生えているという異様な光景。
「降りようか。この先に、薨星宮に通じる昇降機があるんだ」
この場を知っている九十九が促し、一同は下へ。
「凄いな……」
室内のような、屋外のような場所。きょろきょろと当たりを見渡す雨里だが、そんな彼の揺れる袖を真希が掴んで引っ張る。
「行くぞ。流石に、迷子捜索に時間は割けねぇ」
「あ、すいません……」
「まあ、目を引く場所ではあるけどな」
そうしてしばらく進み、この異様な光景とは似ても似つかない機械的な昇降機で降りた先は石造りの建造物のような場所。
それから、
「血の跡?何かあったのかな」
「かなり、古いね。ここ最近の物、じゃなさそうだ」
「十二年前のものだよ……今思えば、全ての歪はあの時に生まれたのかもしれない」
「「「「?」」」」
意味深な九十九の言葉に、しかし彼らには分からない。それ以上の説明も彼女からは無く、一同は本殿へと踏み入れ、
「……なんもねぇ」
「これが、本殿?」
虎杖と伏黒が困惑するのも無理はない。
そこに広がっていたのは、只管に真っ白な空間。入ってきた通路のみがぽっかりと開き、それ以外は上下左右の間隔を殺してしまいそうな真っ白の実が広がっていた。
「クソッ……私たちを、拒絶してるな」(いや、拒絶されているのは、私か……?)
「拒絶ってどういうことですか?」
「天元は、現に干渉しない……が、今は六眼が封印される異常事態なんだ。今なら接触も可能と踏んだんだが……見通しが甘かった」
「……」
「なら、戻ろうか。津美紀さんには時間が無い」
希望が断たれたような状況で、伏黒の焦りを汲んだのか乙骨がそう切り出す。情報と同程度には今の彼らには時間が惜しかったからだ。
だが、
「―――帰るのか?」
踵を返そうとした彼らを引き留める声が響く。
振り返れば、そこに居たのは人型をしているが、人としての元の形状を逸脱したナニか。
そのナニかは真っすぐに、その瞳孔の無い瞳で来訪者たちを見つめ、口を開いた。
「初めまして、禪院の子、道真の血、呪胎九相図、特異点、そして宿儺の器」
名乗られずともわかる、探し人。
天元その人が、そこに居た。