Ice Time   作:アイスめぇん

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 自然と、緊張感が漂う。

 

「私への挨拶……の前に、特異点っていうのは誰の事だい?天元」

「彼の事だよ、九十九由基」

 

 そう言って、天元が指をさすのは雨里の事だった。

 

「オレ?」

「そう、君だ。雨里京平。君には運命を歪曲させる力がある。如何に天与呪縛によって力を得ようとも、血筋も無く、先祖返りでもない純粋な突然変異。それでありながら、今の君は既に特級相当の力を有している。とある少年の様にね」

「そ、れは……悪い事なんですか?」

「良し悪しではないんだよ。良くも悪くも、君は運命を歪ませてきた、という事。だが、忘れない事だ。君は決して、万能の存在じゃない。大いなる変化には、大いなる代償が付き物。もしも次があるのならばその時は……片腕だけでは済まされない」

 

 重苦しい天元の言葉に、無意識のうちに雨里は左手で右の肩口辺りを服の上から掴んでいた。

 もうそこに、腕は無い。慣れたかと言われればまだまだ。幻肢痛も傷痕が無くとも響いているのが実情であり、これから先の戦いでもっと大きなものを失うかもしれない、という暗示。

 だが、

 

「――――後悔は、してません。歪んで曲がった運命は、それだけの価値があったと、オレは思います」

 

 真っすぐと天元の四つの目を見返して、雨里はキッパリと言い切った。

 利き腕を失ったが、だからと言って死んだわけじゃない。まだ戦える、それどころかその力の成長度合いは、恐らく呪術師としての歴史上でも間違いなくトップクラスであるのだから。

 そして、年若い術師のハッキリとした、青いともいえる返答に九十九は笑みを浮かべ、改めて天元へと向き直った。

 

「良い返事も聞けたところで、話の続きだよ天元。何故、薨星宮を閉じた?」

「……九十九由基。君が、羂索に同調している事を警戒した。私は、人の心までは分からないのでね」

「羂索?」

「かつての加茂憲倫、今は夏油傑の肉体に宿っている術師の事だ」

「慈悲の羂に、救済の索か……皮肉にもなってないね」

 

 意味深な九十九の言葉だが、この場には天元を除き知識溢れるようなメンツが揃っている訳ではない。

 彼女に追求する者も現れず、代わりに虎杖が手を上げた。

 

「天元様は、何でそんな感じなの?」

 

 明らかにこの場でやるような質問ではない、のだがガス抜きにはちょうどいい。

 現に、天元の方も快く答えてくれていた。

 

「私は、不死であって不老ではない。五百年も老いれば君もこうなるよ」

「マジでか」

 

 程よく、場が緩みそして本題へ。

 題は二つ。一つは、羂索の目的について。もう一つは、獄門疆の封印解除。

 だがその前に、天元からも条件が挙げられた。

 

「乙骨憂太、九十九由基、呪胎九相図。そのいずれかの内、二人に私の護衛をしてもらう」

 

 重苦しい言葉に、しかし湧き上がるのは疑問だ。

 

「護衛……?不死なんですよね?」

「封印、とかを危惧してるんですか?」

「フェアじゃないなぁ。護衛の期間も理由も明かさず、特級の力が居るのなら、彼も含まれるべきだろう?」

 

 乙骨、真希、九十九からの言葉は尤も。そして、天元としてもそちらを濁すつもりはないらしい。

 

「……では、羂索について語ろうか。あの子の目的は、日本全土を対象とした国民すべての進化の強制だ」

「それは、聞きました。具体的には何をするつもりなんですか?あの時。羂索は天元様の結界を使って無為転変によって全ての人間を術師にしなかったんです?」

「それをやるには、純粋に呪力が足りないからだ。うずまきによって生成された呪力は術者には還元できない。かといって、術式で一人一人改造していくには、余りにも手間がかかりすぎてしまう。そこで、あの子は別の手段を採った」

「それは、いったい?」

「人類と天元()の同化だ」

「「!」」

 

 驚きが挙がる、が同時に彼らの中には疑問も、

 

「あれ?でも同化って、ほら…あの……」

「星奬体にしかできないはずだ」

()()()私ならば、ね。十二年前より進化を始めた今の私なら、星奬体以外との同化も出来なくもない」

「出来なくも……それって、可能性はあっても、確実じゃないってことですよね?いや、そもそも――――」

天元(オマエ)は一人だろう?どうやって複数と同化するんだ?」

「そこに、私の進化が関わって来るんだ」

 

 一拍。

 

「今の君たちの前に居る私は、私であって私ではない。進化した私の魂は至る所にあり、天地そのものが自我なんだ。そして、私と同化した術師は、今の私と同じように、そこに居てそこに居ない別次元の存在へと変貌する」

「な、なんだかシュレディンガーの猫みたいですね……まるで虚数の塊だ……」

「言い得て妙だな。いわば、今の私は結界術によって無数の私の中から汲み取った形と理性といった所か。だがもし、進化した後の人類が一人でも暴走すれば世界は、終わる」

「何故?」

「個としての境目が無いからだ。言ってしまえば、透明な水槽の中に無限に広がり続ける黒い墨を一滴たらすようなもの。墨は徐々に水を染め上げ、最終的には水槽の中身を真っ黒にしてしまう。人の悪意の伝播は一瞬だ。そして、世界に一億人分の穢れが溢れる。東京と同じ事が世界規模で起きるだろう」

 

 途方もない規模の話。だがしかし、この場に居るのは呪術師であってヒーローではない。

 伏黒は津美紀の為に、乙骨は友達の為に、真希は己の目標の為に、雨里は後悔しない為に、九十九は未来の為に、脹相は弟たちの為に。各々が各々で目的あって動く。

 その中でも善性である虎杖が問う。

 

「いったい、何のためにそんな事すんだよ」

「さぁね。先ほども言ったように、私に人の心までは分からない、と。羂索が何を思うのかは、不明のままだ」

「……さっきの同化の件、天元様が拒否すればいいだけじゃないっすか?」

「確かに、十二年前以前の私であったのならば、その選択肢もあった。だが、進化を果たした今の私は組成としては、人間よりも呪霊に近い――――つまり、私は呪霊操術の術式対象だ」

 

 この日一番の衝撃が突き抜ける。

 呪霊操術の凶悪さは、この場のメンツは特に虎杖、雨里、脹相、乙骨、真希の面々はよく知っていた。

 圧倒的なまでの手数。一人師団とも言うべき兵力を携え、その上、格下が相手ならば問答無用で取り込める上に、特級呪霊であろうとも支配下に置く。

 加えて発覚した、極ノ番による術式の抽出。

 だからこそ、天元の本体は薨星宮を閉じていた。閉じてどうにか羂索を拒絶し、その上で護衛として特級相当の戦力を求めていたのだ。

 

「特異点、雨里京平を省いたのは、君が未だ発展途上だからだ。術師の成長は死地にこそある。その力は、護衛では育まれない」

 

 羂索が攻め寄せればその限りではないかもしれないが、現状の最もな死地は死滅回游への参加となる事だろう。

 

「……この子を護衛に選ばない理由は分かった……だが、なぜ今なんだ?」

 

 九十九が問う。

 

「星奬体の同化阻止、天元を進化させ支配下に置くための呪霊操術の獲得。羂索は、宿儺とも面識があるようだった。つまり、千年単位で術師をやっている中で、何故、今なんだ」

「それには、天元()、星奬体、六眼の因果的繋がりが関係している」

 

 天元は語る。過去に二度、羂索は六眼に敗れているという事を。そして、一度目の敗北を糧に二度目は徹底して六眼、並びに星奬体を生後一か月以内に殺してきたことを。

 それでも、因果は絶てず、結果的に羂索は二度目の敗北を味わった。

 そして、三度目。イレギュラーの介入。

 

「天与呪縛のフィジカルギフテッド。その中でも特異な呪力からの完全な脱却を果たした存在、禪院甚爾の介入によって、十二年前のあの日私たちの因果は破壊された。そして、その場には呪霊操術の使い手もまた居合わせていた」

「フィジカルギフテッド……真希先輩みたいな人が居たんですね」

「私の、完成系だな」

「完成系……」

 

 話の中で、何かが引っ掛かったのか雨里は考え込む様に左手を顎に添える。

 そして、この間にも話は進む。

 曰く、その場には獄門疆以外のピースが揃っていた。同時に、羂索は二度の敗北を経て六眼を殺すのではなく、封印へと指針変更をしていた。

 

「……じゃあ、死滅回游は何のために行われるんですか」

「慣らし、だよ。死滅回游に参加した術者の呪力と、コロニーを結んで形成した境界を利用してこの国の人間を彼岸に渡す儀式だ。要は、同化の前に人々に呪いをかけて、私との同化をよりスムーズに行うための下準備でもある」

 

 死滅回游は止まらない。首謀者であろう羂索を殺そうとも、そもそも死滅回游のゲームマスターが羂索ではないからだ。

 明かされていく情報の数々だが何れも厄介。ただ単に首謀者をぶちのめせば終わる代物でもなく、加えて八つのルールがより一層ことを複雑化させていた。

 幸いなのは、これ以上羂索に対して呪術的に有利に働く事が無い点。これは天元からのお墨付きだ。

 しかし、こうなってくると、この場の面々も護衛を残して死滅回游に参加せざるを得なくなる。

 そして、護衛として立候補したのは、九十九と脹相。対価として取り出されたのは、獄門疆の“裏”。

 

 カギを握るのは天使の存在だ。

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