Ice Time   作:アイスめぇん

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 上層部の目の上のたん瘤であった五条悟。

 実力で排除できない相手に対して、彼らのとった手段は遠回しな嫌がらせばかりであった。

 その情勢が変化したのは、彼が封印されたからだろう。

 獄門疆は、そのプロセスと希少性、並びに定員一名という制限を幾つも有しており、その結果として並大抵の手段では封印の解除は愚か、破壊する事も不可能という代物。

 

 そして、彼の封印による影響は様々な場所へと波及していた。

 その一つ、突然変異呪骸の生みの親、夜蛾正道もまた危機的状況に瀕していると言っても過言ではない。

 彼が上層部に危険視される理由は、上記の呪骸を、つまりはパンダを生み出してしまったから。

 本来呪骸は、その多様性のある動きの代わりに、動く際に必要な呪力は術師からの供給によって行われる。

 だが、パンダは違う。彼は、彼自身が発した呪力によって行動し、自我を持ち、一人の術師として成立してしまっていた。

 それはイコールとして、呪術師という存在の人工的な生産に他ならない。

 上が危惧するのは、この突然変異呪骸を大量生産できるのか、という点。出来る場合は、そのまま術師の軍隊を作れることへと繋がり、上にも牙を剥きかねないから。

 彼らは、己の座る権力の椅子こそが最も大切であり、脅かす相手には容赦しない。だから救いようが無く、場合によっては皆殺しにされる事も普通にあり得る程度には恨みを買っているのだが、耄碌した老人たちはその事実を直視しない。

 ついでに、この突然変異呪骸を制作方法が判明すれば、最低でも2級以上の実力を持つ術師レベルの存在を大量に戦力として保持できることにも繋がる。

 なまじ、権力を持った老害ほど厄介な存在は居らず。加えて、周囲もそれを容認し、剰え甘い汁を啜るものばかりであるのだから余計に腐敗は加速するばかり。

 

 話を戻すと、夜蛾は今まさに危機的状況にあった。いや、彼自身覚悟をした上でこの場に居るのだが、その覚悟と状況は等号では結ばれない。

 総監部使いに加えて、楽巌寺学長という刺客の登場。一方で、夜蛾の術式は傀儡操術。呪骸を創り出して戦わせるというものなのだが、今の彼はその肝心の呪骸を連れていない。

 1級術師であり、危険性から特級認定を受ける事になった彼だが、勿論素手でも戦えない訳ではない。その恵まれた体格に加えて鍛えているから。

 だがしかし、相手は老齢に至るまで前線に立つ現役バリバリの術師だ。術式の使えない状況では勝ち目は薄いと言う他ない。

 いや、九分九厘殺されるだろう。少なくとも、このままならば。

 遠く響く、エンジン音。甲高いそれは、合間にブレーキ音を挟みながら三者の下へと近づいてくるようだった。

 程なくして、月明かりや街灯とはまた違う光源が割り込んでくる。

 

「この車は……!」

 

 夜蛾はサングラスの下でその目を見開いていた。見覚えがあったからだ。

 止まったスポーツカーより降りてくるのは、顔の左側含めて酷い火傷痕が残り、加えて左目には眼帯を着けた白いスーツに金髪のガタイのいい男。

 

「お迎えに上がりました、夜蛾学長」

「七海……!?なぜ、お前がここに居る?」

 

 困惑する夜蛾に対して、1級術師七海建人は揺らがない。

 隻眼となった彼は、その残った右目で楽巌寺と総監部の使いへと視線を送る。

 

「お久しぶりです、楽巌寺学長」

「……いったい何の真似じゃ、七海1級術師。夜蛾は既に死刑が決まっておるぞ」

「ええ、その死刑に待ったを掛けさせてもらいます」

 

 既に臨戦態勢である楽巌寺に対して、七海は得物である鉈を抜く事もせずただ見返すばかり。しかし、その行動には彼らしい合理性のような部分が欠けているようにも見えた。

 得物であるギターを構えながら、楽巌寺はその目を細める。

 

「言っておくが、既に総監部による通達によって決まった事じゃぞ。1級術師程度の言葉で止まるようなものではない」

「ええ、それも存じています。ですので、既に総監部の方にも私よりも上の階級の方が差し止めを行っているところです」

「上、じゃと……?」

「九十九特級、並びに乙骨特級両名に加えて数人の1級術師の名を連名として、夜蛾正道特級の死罪の一時保留。監視を付けた上で、死滅回游並びにその後の指揮権を委譲。私がここに居るのは、単なるメッセンジャーでしかありません」

 

 その一手は、総監部としても決して無視できるものではない。

 五条悟が特筆して睨まれているだけで、特級術師の戦力というのは決して彼らにとって無視できるものではないからだ。

 過去に楽巌寺は、特級という存在を呪術師の階級の内斜めに外れた存在であると称したが、言ってしまえばその実力は通常の術師が二次元ならば、特級は三次元とでも言うべき差でもある。

 乙骨憂太はまだ良い。まだ制御が効く(と、上層部は思っている)。

 だが、九十九由基はダメだ。彼女は五条以上にいう事を聞かず、手元に置く事も不可能。実力は特級でその上、弱みが握れない。

 そんな二人に加えて、1級術師数名の上奏ともなれば、上も無視はできない。

 

「……何故、そ奴らが出てくる?何故、今?」

「今だからこそ、ですよ。現状、我々呪術師は全てが後手に回され続けている。最終的に祓えればいい、と上は考えているかもしれませんが、その()()()()、の段階で国そのものが終わりかねないのが実情です」

 

 淡々と語る七海の言葉には、それだけの凄味がある。

 なぜ彼がこの場に送り込まれたのか。それは、感情と理性を切り離す事が出来るから。少なくとも、熱くなって乱れるという事はない。

 だからこそ、選ばれた。淡々と語るその言葉と態度こそ、事態の重みを表してくれるから。

 

「戦力はどれだけいても、足りません。その中でも、夜蛾学長の傀儡操術は索敵、戦闘、誘導と熟せる幅が広い。突然変異呪骸を危険視する事は、私としても分からない話ではありませんが、彼は五条悟の様に制御の利かない存在でしょうか?」

「……七海1級術師。お主も渋谷に居たのであろう?何を見た」

「地獄を。特級呪霊が跋扈し、1級術師()を一蹴するような怪物が複数。渋谷(あそこ)で補助監督以上の被害が少なく済んだのは、偏に運が良かった、そして残った者たちが文字通り死力を尽くしたからに他なりません」

 

 実際の所、七海が覚えているのは陀艮を打倒し、そして気付けば漏瑚に焼かれたところまで。

 気付けばベッドに転がされ処置が終わり、渋谷事変は術師側の敗北と新たな騒乱の幕開けが彼に告げられた。

 情けない、と言えば情けない。何故なら、あの事変の最後まで立ち会った大人は、日下部や途中参戦の庵、九十九位のものであり、大半は高専生であったのだから。如何に階級を持とうとも、子供は子供。彼の内心は複雑だった。

 一方で、楽巌寺としても先の言葉を無視することはできない。

 彼は上層部の一角であると同時に、教育者でもある。保守派であれども、だからといって現実に対して目を閉じて情報を遮断し、現実逃避をするようなタイプでもない。

 故に、考える。この場の最善を。

 

「……学長殿」

「総監部からの通達に変更はあったか?」

「はっ……」

「そうか。ならば、今回は退くとしよう」

「……御意」

 

 踵を返した楽巌寺。総監部の使いも夜蛾と七海を相手に出来るような実力は無いため、引き下がるしかない。

 二人の姿が闇に消えたことを確認して、七海は一つ息を吐き出した。

 

「はぁ……とにかく、行きましょうか夜蛾学長」

「……何がどうなっている?」

「さっきも言った通りです。貴方にはこれから、高専に戻って陣頭指揮を執ってもらう事になるでしょう」

「それが解せない……乙骨は兎も角、何故九十九由基まで……」

「絵図を描いたのは、渋谷の功労者たちだと、私は聞いています。彼ら彼女らに、貴方を見捨てるような選択肢を採れるとでも?」

「……」

 

 呪術師の選択としては、甘すぎる。だが、同時に納得する事でもあった。

 覚悟を決めたとはいえ、夜蛾とて死にたくて死ぬわけではない。故にそれ以上の言葉を重ねることは無い。

 沈黙。だがそれは長くは続かなかった。

 

「まさみち……!!」

「パンダ……」

 

 白と黒のカラーリングで全速力で駆けこんできたパンダの姿。

 

「無事だったか……」

「日下部が、助けてくれた。正道も怪我ないな?」

「ああ、問題ない……高専(そっち)では何が起きている?」

「……再会を邪魔するようで申し訳ありませんが、まずは場所を移しましょう。パンダ君。君は、後部座席に押し込む形になると思いますが、大丈夫ですか?」

「おう……というか、七海さんが正道助けてくれたんだな」

「私ではなく、九十九さんたちにお礼をどうぞ。私はただのメッセンジャーでしかありませんから」

 

 眉間を揉む七海は、いつも通りで変わらない。左目を失ってはいるが、呪術師としての貫禄というか、箔というか、雰囲気は満ち満ちているようにも見える。

 

 かくして、一人は救われた。運命は更に歪曲していく事になる。

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