Ice Time 作:アイスめぇん
御三家の本家の敷地面積は基本的に、頭おかしい。
「……純粋和風建築かと思ったら、そうでもないんですね」
「歴史だけは無駄に長いからな。増改築を繰り返してんだよ。こっちだ、逸れるなよ」
周囲を囲む外壁の規模から相当な屋敷であると見当をつけていた雨里だったが、彼が考えていたのは武家屋敷や平安時代の寝殿造りのようなものだった。
だが、実際の禪院家の屋敷は、見た目こそ日本家屋のソレだが細部には所々に洋風が取り入れられており、和洋が入り混じっている事が確認できる。
お上りさんの様にキョロキョロと周囲を見渡す雨里だが、そんな彼の頭を真依は軽く叩くと左手を掴んで無理やり引っ張っていく。
彼女にしてみれば、ここ禪院家は魔窟同然。当主直々に呼ばれていたとしても決して安心出来る場所ではないのだから。
旅館の入り口のような玄関を潜り、屋敷の中へ。
「靴は、脱がないんですか?」
「ここはまだ、母屋じゃねぇからな。こっちだ」
先導する真希は、すたすたと中を進んでいく。
途中明らかに屋内では?と雨里が首を傾げる場所もあったのだが、二人は靴を脱がなかったために突っ込むことも出来ず、流れのままにそのまま迷いそうな屋敷の中を進む。
そして、とある一室に辿り着いた時、漸く屋敷の住人と顔を合わせる事になった。
「――――あれぇ?帰ってきたんや……酷い面やな、ソレ。もう戻らんのやろ。どうすんの?真希ちゃん」
「女を顔で判別出来たんだな。
「こっちは質問しとるんやけど?どうするか言えや、カス」
完全に相手を見下したその言葉に、自然と真希の後をついてきていた雨里の眉間に皺が寄る。だが、踏み出す前に真依にその一歩を袖を摘ままれる事で止められてしまう。
「真依先輩……!」
「今は押さえて。真希だって、何も言わないでしょ。この家の人間ならいつもの事だもの」
「ッ……だからって――――」
「相手は、禪院家の次期当主候補筆頭なの。お願いだから、事を荒立てないで」
小声で止めてくる真依に、雨里も言葉をどうにかこうにか飲み込む。だが、その腸は決して穏やかな状況ではなかった。
彼に対して、呪術界の権力というのはいまいち効きが悪い。ぶっちゃけ、彼の担任に似始めているのだ。
故に御三家だとか上層部だとかに従う理由は周りに被害を出さない為、というのが最も大きな理由であり、その枷がなければ平気で反旗を翻していた事だろう。
一方の御三家特有の傲慢さと男尊女卑の考え方から、周りを下に見る男、禪院直哉はと言えば更に真希を扱き下ろしていた。
「呪術も使えん、呪霊も見えん、おまけに取り柄やったお顔はぐずぐず。もう誰も君の事、眼中に無いで」
「……」
「惨めやなぁ。また、昔みたいに
「………」
「何とか言えや、カス」
舌打ちを一つ零した直哉は、そのまま流れで真希の後ろに控える形の雨里や真依へと目を向ける。
「なんや、乙骨君、恵君ときて、次はその子かい。ホンマ、尻の軽い女やなぁ?」
「ッ、オレを呼んだのは、直毘人さんです。真希先輩は関係ありません」
嘲てくる直哉に対して、いい加減我慢の限界だったのか真依の制止を振り切って、雨里は一歩前へと踏み出して真希を庇うように乗り出していた。
睨み合う形となるのだが、揺れる右袖を確認した直哉はそんな彼を鼻で嗤う。
「ハンッ、その年で隻腕とは、ホント難儀やなぁ?それに、ご当主様ももう終わりや。高々呪霊の討伐で腕一本落として、義手で補っとるように見えて全盛期にはもう程遠い。隠居させたらな。君も、そう思うやろ?」
「……生憎と、オレは困ってませんから。何より、さっきも言ったようにオレを呼び出したのは
暗にお前など知らない、という含みを持たせた雨里の言葉に、直哉の目線は鋭く、冷たく変化していった。
両者の感想と言えば、面白くない。
直哉からすれば、雨里は得体のしれないガキであり、同時に自分にも噛み付いてくるような生意気な輩。
雨里からすれば、直哉は感じの悪い金髪。真依なども割と憎まれ口をたたくが、彼女よりも圧倒的に可愛げが無く、内側の汚さが滲み出ている分質が悪い。
要するに、相性が悪いのだ。ハッキリ言って相容れない、反りが合わない。
流石に、この場でおっぱじめる気は無いらしいが、それでも険悪な空気が部屋に満ちていく。
「――――行くぞ」
その空気を絶ったのは、真希だった。彼女は、雨里の手を掴むと引き摺る様にして部屋を後にする。
この場で事が起こらなかったのが、幸運なのか不運なのか。少なくとも、今は誰にも分からない。
*
呪術界において、御三家は特別格式ある存在として扱われている。だが、一括りに御三家と言ってもその中身は大きく異なっていた。
無下限呪術に六眼を持つ五条悟がワンマンであった五条家。上層部と密接な関係で、家格と格式を重んじる加茂家。
そして、強力な術式を持つ術師を多く輩出し、戦闘系に特化
過去形であるのは、相伝術式である十種影法術は外に流れており、今いる術者の大半が1級未満の者ばかりであるから。特別1級の術者に関しても数える程度。分家に関しては2級程度が居れば良い方で話にならない。
故に、強力な術式持ちにはアクションを掛けるのだ。
「数日ぶりだな、小僧」
「ええ、まあ……義手、着けたんですね」
「無いよりは、マシ。程度のものだがな」
着流し姿で、一段高くなった上座に腰掛ける直毘人を前にして、雨里には緊張の様子は見られない。
「早速だが本題だ、小僧。お前、嫁を貰う気はあるか?」
「…………は?」
「別段珍しい話でもあるまい。どうだ?そこの、真希、真依のどっちか片方でも――――」
直毘人がそこまで言った所で、思考の追いついていなかった雨里の蟀谷にビキリ、と青筋が浮かぶ。
「――――お断りします」
きっぱりと言い切った雨里のその目には、傍目から見ても分かるような怒りの色が見て取れた。
事実、彼は虫の居所が悪い。先ほどの直哉とのやり取りも尾を引いている事は確かだが、何よりこの僅かな時間で呪術師の家における女性の扱いというのが分かってしまった、というのもあった。
だが、敵もさるもの引っ搔くもの。古狸の様な老獪さを有した直毘人にしてみれば、年若い青い怒りなど受け流せるものでしかない。
「なんだ?こいつらじゃ、不満か?なら――――」
「そうじゃありません。真希先輩にも真依先輩にも、相手を選ぶ権利があります。いくら身内でも、勝手に決めて良い事じゃない」
「……フッ、青いな」
「青かろうと何だろうと、ここは譲れません。古臭い考えに巻き込まれるのは、ごめんですから」
呪術師の大家。それも御三家の当主に対して、お前らの考えは古臭い、と面と向かって批判できるようなものなどどれだけいるだろうか。大抵の場合は、腹の内に抱えるばかりで吐き出す事など出来ずに腐っていくものだが。
そして、直毘人は目の前の少年があの日渋谷で初めて見た時より大幅にレベルアップしている事にも気が付いていた。
協力した上でとはいえ、特級呪霊を最終的に祓ったのは彼だ。その上で、祓った呪霊よりも数段強い呪霊と真正面から戦い、右腕を失えども地獄となった渋谷を最後まで戦い抜いた。
反転術式が使える事、術式反転が可能であることは既に調べがついている。その上、宿した術式そのものも強力であり、何より彼は一種の天涯孤独の身でもあった。
一般家庭に生まれた突然変異。調べた範囲では先祖にも術師は居らず、天与呪縛を理由にしても何故ここまで者が生まれたのか説明がつかないほど。
果たして、直毘人は怒らなかった。それどころか、上機嫌に酒を飲み始める始末。
「……ぷはっ……くくっ、面白いなぁ小僧。普通は、御三家に取り入れると喜んで頷くというのに」
「生憎と、権力闘争には興味が無いんです。そもそも、どうしてそうまでして権力が欲しいんですかね」
「さあてなぁ……お前も、権力の甘い汁を啜れば分かるのではないか?」
「興味湧きませんね…………それはそうと、お話はそれだけですか?」
「まあな」
「――――なら、私らの話だ」
直毘人が頷いた所で、真希が切り込む。取り出したのは、天元に渡された橋渡し。
「ジジイ、アンタが見届け人だ」
「その呪具がお前たちの隠し玉か?」
「私と真依の分だ。この冴えてる後輩の発案でな」
「ほう……」
興味が向いたのか、直毘人の目が再び雨里へと向けられる。
雨里自身も頭を掻くと、真希と真依に視線で説明すべきか問い、そして改めて前に向き直って口を開いた。
「真希先輩の不完全な天与呪縛を完全にできるかもしれない方法です。机上の空論の域を出ていませんけど」
「天与呪縛の完成、か」
「はい。その呪具を使って、真希先輩の呪力を根底から全て、真依先輩へと譲渡します。いや、返還でしょうか……とにかく、呪力を完全にゼロにします」
「それが、呪縛の完成、か。成功率は?」
「分かりません。何分、前例がありませんから」
「実験か…………面白い。見せて見ろ」
もっと突っ込むところがあった筈なのだが、直毘人が示したのは知的好奇心。
そも、彼は別段血に固執している訳ではない。根底にあるのは、強い事。ただ、それだけだ。
そうして、歴史的な一歩がここに刻まれる。
真依の右手首と、真希の左手首にそれぞれ呪具が取り付けられる。その瞬間、二人だけが感じ取れた繋がりのようなものがそこに形成された。
同時に、二人は成程と内心で頷く。呪力が非術師並みの真希ですら、自分の根底から全てを引き抜かれるような感覚を覚え、同時に真依もまた何かが自分の内へと流れ込んでくる感覚を感じ取っていたから。
程なくして、外野の雨里と直毘人にも明確な変化を感じ取る事が出来た。
(この雰囲気、あの時の…………)
(甚爾と同じ、か……!)
それは、術師としての立ち昇る呪力の様な威圧感ではなく、純粋な生物としての格の違いとでも言うべきか。
これにて、“陽”か完成に至る。人間の持ちうるポテンシャルを逸脱した存在へ。
そして、その完成に合わせて“陰”もまた完成へと至った。
「……これ、本当に私の呪力…………?」
自分の両手を見つめる真依は己の内側に渦巻くような呪力に目を見開いていた。
彼女の考えとしては、ただ真希の持つ呪力を貰うだけ、の筈だった。その総量にしたって非術師並みである。であるのならば、仮にその分が増えても精々が呪術師としての平均か或いはそこよりも僅かに低い程度になると考えていた。
だが、今の彼女の内にあるのは平均値よりも更に上の呪力。
呪術は足し引きが存在する。帳などの結界系が分かりやすいが、要は利を得る為には、相応の対価が必要になるという事。
ただ今回の場合は特殊。双子であるという事がこの結果を齎していた。
呪術的に見て、双子は一人の人間とされる。そして今、片割れである真希はフィジカルギフテッドの完成系として成立した。
その真希の完成に釣り合うようにして、真依もまた完成したのだ。今の彼女は、弾丸一発で鼻血が出る程の貧弱な呪術師ではない。寧ろ、弾丸ならば給弾ベルトをマシンガンで射撃しながら補給し続けることも出来るだろう。
これは、純粋に呪力が増しただけではない、呪術師としてのセンスもまた真希のフィジカルに引っ張られるようにして増した結果。
ニヤリ、と真希は頬を歪める。
「改めて、今ここで宣言するぜジジイ。私は……いや、
「……ぶっはっはっは!面白い、女だてらに当主になるか!それも、
「はんっ!呪術的に見て、双子は一人なんだろ?なら、何も間違っちゃいねぇよ」
不敵に笑う真希に対して、直毘人は更に呵呵大笑。
とある男には芽生える事の無かった反骨精神。苦境であろうとも這い上がろうとする精神性。これこそが、真希の何よりも強みであった。
一頻り大笑いした直毘人は、やがて頷く。
「良いだろう。今の貴様を見れば……くくっ、奴を思い出すな」
「それって、禪院甚爾さんですか?」
「知っていたか……いや、真希の結果を見れば知っていて当然か」
「その人は、今どこに?」
「さて、な。あ奴は、心が弱かった」
「それは……直毘人さんたちがへし折ったのでは…………」
「その程度で折れるのならば、そもそも術師としてはやっていけん」
「…………」
度合いはどうあれ、そういわれてしまえば雨里もそれ以上は言えない。
呪霊との戦い、呪詛師との戦い、呪術師としての在り方。心が弱くてはとてもではないが、進んでいく事など出来はしない。
無論、禪院のやり方が正しいかと問われれば否だ。呪力の無い人間を呪具も持たせずに呪霊の群れに放り込むなど鬼畜畜生のやり口でしかないのだから。
とはいえ、真希と真依が当主戦争に名乗りを上げた現状、そしてここは魔窟の禪院家だ。
壁に耳あり障子に目あり、とはよく言ったもの。
「ジジイ、格納の呪霊は残ってるか?」
「忌庫の中だろう。残っていれば、な。なんだ、欲しいのか」
「無いよりは、ある方がマシだからな。んじゃ、忌庫の鍵くれよ」
「それは――――――――お前たちが、勝てば、の話だな」
「は?」
嗤う直毘人。その姿に疑問を覚えた直後、真希は二人の首根っこを掴んで部屋から飛び出していた。
直後、家屋を突き破る様にして地面から突き出すのは巨大な岩石で構成された二本の腕。同時に庭に降り立って靴を履き直した三人を取り囲む黒い面頬で顔の下半分を隠した揃い姿の男たち。
「……嵌められましたかね」
「いや、ジジイのやり口じゃねぇ。多分、他の奴らだ」
多勢に無勢でありながら、雨里と真希は冷静に場を把握していく。自然と真依を守るような立ち位置になるのは、彼女が戦いを恐れているから。
禪院直毘人は知っていた。どうにも周りが何やら画策している事を。
自分を当主から引きずり降ろそうとする動きも把握したうえで放置していた。その上で、雨里を呼び寄せ、彼が来るのならば真希も来るだろうという事も織り込み済み。
割と気に入っている少年を家に取り込むため。その下準備としてこの流れを利用するつもりだった。
真希と真依の件は完全に予想外であったが、計画にはそれほど支障は無し。何より、二人が当主となれば、自然と呪術高専の面々ともつながりができ、禪院にとっても利点になるのだから。
呪術師は手段を選ばない。結果さえよけれそれで良いのだから。