Ice Time   作:アイスめぇん

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 禪院家は独自の戦闘集団を有している。

 一つは、躯倶留隊。術式を持たない、禪院家男児が入隊を義務付けられ、日夜鍛えている隊だ。因みに、真希も過去にこの隊に籍を置いていた。

 もう一つは、炳。こちらは、高専資格条件で準1級以上の実力を持つとされる術師たちで構成されており、その戦闘力は中々の物。

 更に、上記の炳の条件を満たしていないが術式を持つ者たちを灯と呼ぶ。

 

 それぞれが得物を握り取り囲む躯俱留隊の隊員たち。そして、炳の面々は屋根の上からその状況を見下ろす形をとっていた。

 

「どうします、真希先輩」

「忌庫の中に用がある。全員ぶちのめすのが早いだろ」

 

 危機的状況に見えるこの場において、しかし囲まれている真希と雨里には一切の緊張は無かった。

 単純な話だ。囲まれているだけで、危険だとは二人揃って思っていないから。これは油断などではなく、純粋な事実。

 

「……でも、あの金髪の人は真希先輩にロックオンみたいですけど」

「なら、ちょうどいいだろ。私は、直哉を潰す。そうすりゃ、当主候補の筆頭は私になって、ついでに力も示せる」

「それじゃあ、露払いは任せてください。真依先輩にも、指一本触れさせませんから」

 

 明らかに舐め腐った態度。直後に場が動き出す。

 真希の姿がその場から掻き消えたかと思えば、現れるのは屋根から彼女を睨むようにして見下ろしていた直哉の前。

 目を見開く彼だが、直ぐに術式を行使して二人の姿はその場からすさまじい勢いで移動していった。

 一方で残った雨里と言えば、彼は着ていたコートを脱いでいるところ。そして、脱いだそれをその場に座り込んでいる真依に羽織らせた。

 

「着ておいてください、真依先輩。冷えますからね」

「ッ、大丈夫なの?」

「真希先輩にも約束しましたからね。まあ、見ていてくださいよ」

 

 制服の右袖を風に揺らす雨里は、そう言って改めて囲む者たちへと向き直る。

 真希と直哉を追ったものはどうやら居ないらしい。もっとも、追った所で直哉の術式は投射呪法。加勢するどころか置いて行かれるのが関の山。真希にしたって、現状の彼女のフィジカルに追いつけるものなどまず居ない。

 とはいえ、この場に残ったからといって、勝てる見込みは0なのだが。

 

「とりあえず、場を作らせてもらいますね」

 

 言うなり、雨里はその場で右足を軽く持ち上げると真下へと振り下ろした。

 瞬間、踏みつけられた地面は一瞬の内に凍り付き、同時に彼の周りを囲んでいた躯俱留隊の隊員たちの体、首から下を氷の中へと閉じ込めてしまう。

 あまりの光景に真依は、羽織らされたコートの前襟を掴んで抱き込む様に縮こまる。

 この時点で、躯俱留隊の隊長を除いて隊はほぼ壊滅している。呪力を持っていようとも術式が無ければ精々が3級から準2級程度の実力だ。そもそも雨里の敵じゃない。

 だが、凍り付いた庭の光景に炳の面々は動いていた。

 凍った庭に降り立ち、両手を地面につけるのは、禪院長寿郎。初撃の岩石の手は彼の術式による攻撃だ。

 しかし、

 

「ッ……!?」(岩盤まで凍り付いておるのか!?)

 

 その対策を、既に雨里は終えていた。

 彼の凍結は地中深くにまで到達しており、どれだけ長寿郎が動かそうとしても凍り付いた岩盤はピクリとも動かない。

 この間に、雨里はというと周りを囲む形で凍り付いた俱留隊の隊員たちを氷漬けのまま、これまた氷の巨大な手でつかんで摘み取り遠くへと放り投げていた。

 彼には殺意はない。そも、禪院家には呼び出されてきただけなのだ。無益な殺生を楽しめるような性格ではなかった。

 しかし、これを隙と見たのか、禪院蘭太が動く。

 彼の術式は、見ている対象をその場に縫い止め、動きを封じるというもの。

 そして攻撃を仕掛けるのは、禪院甚壱。彼の術式は、体術などの打撃に合わせて呪力による拳などを形成し、雨あられの様に降らせたりすることが可能な物。創り出される拳などもかなり大きく、上から下へと放てば隕石が降り注いだかのようなありさまとなる。

 1級呪霊は愚か、そこらの特級すらも祓える、ないしは手傷を負わせる事が可能なコンボだ。

 だが、彼らは勘違いをしている。

 

「――――蒼ノ天蓋」

 

 第一に、雨里の術式にはモーションが必要ない。

 その場に突っ立ったままの雨里の右手がいつの間にか蒼い氷河で形成されており、同時に真依含めた二人の頭上を覆うようにして氷河の天蓋が形成される。

 ぶつかり合う拳と氷。派手な衝撃音と、粉塵が舞った。

 

「ッ、まだだ!甚壱さん!ぐあっ!?」

 

 その派手な惨状の中で、蘭太の悲鳴。

 気付けば、彼の足に氷が這っており、それは文字通り瞬く間に彼の全身を覆ってしまう。時を同じくして粉塵が晴れれば、そこにあるのは()()の氷の天蓋。

 雨里は一歩もその場から動いてはいない。動く必要が無い。

 そこに迫る黒い影。

 

――――術式解放 焦眉之赳

 

 炎をちらつかせる鯉口を切った刀を構えた状態からの懐に飛び込んでの居合。直毘人の弟であり、真希と真依の父親である禪院扇が突っ込んできていた。

 最速の居合。同時に撒き散らす炎は容易に対象を焼き尽――――

 

「――――温い火ですね」

 

 聞こえた声。そして目の前の光景に、扇はその目を見開いた。

 

 彼には、自負がある。ある一点を除いて、兄である禪院直毘人に劣った事など一度も無い、と。

 その一点とは、即ち子の出来。

 片や相伝の術式を継ぎ、当主候補筆頭に挙げられる直哉。片や忌み子である双子の上に女子。加えて片や呪霊も見えない出来損ないのフィジカルギフテッドと呪力が術師の最低限レベル。

 扇の語る、自らの唯一の汚点。裏を返せば、彼は自分自身にそれだけの自信と自負があったという事。

 事実、特別1級術師でありその術式のみならず、剣技なども含めて術師として高水準で纏まっている事だろう。

 

 故に目の前の光景に理解が追いつかない。

 扇の見立てでは、居合のままに雨里の首を刎ね飛ばし、続く二の太刀で真依を切り殺すつもりであった。が、その一手目。彼の居合は、至極あっさりと雨里の右手に受け止められていたのだ。

 特別な事は何もない。ただ単に、扇の一振りが雨里の動体視力に劣っていた、それだけの事。

 それだけではない。

 

「こ、れは……!?」

 

 異変は刀身から。

 なんと扇の発する炎ごと、その体は氷へと包み込まれていくではないか。気付けば、首から下は完全に氷の中。

 瞠目する扇だが、雨里にしてみればこの()()の炎などぬるま湯に等しい。特級呪霊の炎に巻かれたのは伊達ではない。

 そして、雨里は気が付いた。どうにも、扇は真依を気にしている。更に、その気に掛け方は恨みのような感情が募ったものであるという無視のしようが無いもの。

 

「……真依先輩のお知合いですか?」

「…………父親よ」

「は?…………今、オレだけじゃなくて、真依先輩まで斬ろうとしてましたよね?」

 

 剣呑な色が、雨里の目に宿った。それこそ、先程までは無かった殺意のようなものが見え隠れしている。

 だが、自尊心と同時に劣等感の塊のような男である扇は怯まない。

 

「汚点を拭って何が悪い。()()()さえ居なければ、私が当主となっておったのだ……!」

 

 八つ当たりともいえる怒りを吐き出す扇。

 しかし、彼とは別に周りの空気は一気に冷え切り始めていた。感じていないのは、真依を睨みつける扇のみであり今この場で動ける者たちは全員がその寒気を感じ取っている。

 その原因は、雨里。軋むのではないかと思えるほどに握りしめられた左拳と、キュッと絞られた瞳孔、僅かに逆立った髪がその内面の荒れようを表していた。

 

「貴方が、当主……?ハッ!笑わせないで下さいよ」

 

 普段の彼らしくない嘲笑を多分に含んだその嗤い方。だが、その目は、表情は、一切笑ってはいない。

 

「他人を見下して、その上肉親の、自分の娘すらも汚点呼ばわりする器の小さいお前が、当主?笑わせるなよ、ド三流」

 

 ドスの利いた地を這う様な低い声。そこで初めて、扇は目の前のクソ生意気な子供の目を見て、昔覚えた恐怖を呼び起こされる事となる。

 それは、この家に居たフィジカルギフテッドとはまた別の物。数百年に一人の逸材にして、現最強の呪術師に覚えた恐怖と同じもの。

 無論、今の雨里と彼は雲泥の実力差が存在している。存在しているが、その片鱗は既にあった。

 そして、ソレは始まった。

 氷で拘束されていた蘭太、長寿郎、そして扇が解放される。同時に、昂る呪力の奔流。

 

 両手の薬指と小指を噛み合わせ、親指人差し指中指のそれぞれ指の腹を合わせ印を組む。

 その姿に、甚壱が阻止に動くが、距離もあり、何より遅すぎた。

 

「――――領域展開」

 

 世界は一気に塗り替えられる。

 

「――――『零下八寒大極殿(れいかはっかんだいごくでん)』」

 

 染め上げるのは一面の銀世界。

 白、白、白。そして、群青。

 領域の主である雨里の背後にそびえるのは、氷河によって形成された巨大な大極殿。

 呪術戦の極致とされる領域展開。その莫大な呪力消費と、領域使用後一時的に術式が焼き切れてしまうというデメリットが存在するが、引き入れればまず勝ちが確定する。

 対応するには同じく領域を展開するか、術者本人を潰す、或いは御三家秘伝の落花の情位の物か。

 そして、雨里の領域は引き入れた時点で勝敗が決するタイプのものだった。

 

 領域に引きずり込まれた瞬間、炳の面々は落花の情を発動していた。

 だが、

 

「な、に……!?」

「無駄ですよ。ここでは、あらゆる全てが凍結していく。そも、その技は既に見ました。高々、その程度の呪力で体を覆う位で防げると思わない方が良い」

 

 現実は無情だった。

 どれだけ呪力を纏っても体の末端から凍結が徐々に徐々に、まるで真綿で首を締めるかのように這い上がって来るのだ。それどころか呪力そのものすらも凍結し始めている。

 恐ろしいのが、未だに雨里の後方で座り込んでいる真依は、少し肌寒い程度で凍結の一つも受けていない事だろうか。

 何より、雨里はこの領域の真骨頂を未だ発揮していない。裏を返せば、ただ領域を展開するだけで禪院の精鋭(笑)に勝てるという事。

 

「殺しはしません。ですが、少なくとも、貴方は術師として終わってもらう」

 

 雨里が指さすのは、扇。

 今も炎によってどうにかこうにか凍結に抗おうとしているのだが、その炎そのものが凍らされるという現状、既に体の六割は氷像と化していた。

 そして、向けられた氷河の指先。

 

 直後、扇の両手足が付け根近くより粉々に砕け散った。

 

「内臓、各種器官を生存できる最低限度まで機能を低下させる。今のお前は、人でも呪術師でもない、強いて挙げればミノムシだな」

 

 淡々と語る今の彼には、一切の慈悲が存在しない。

 殺しはしない。しないが、しかし生き地獄を味合わせる。

 首から下を氷像にされた甚壱は、恐らく今生でもっとも強い恐怖を植え付けられていた。それは、蘭太、長寿郎も同じくだ。

 凍り付いた体は、領域の主である少年のちょっとした気まぐれで粉砕される事になる。その上、主要な内臓器官の機能を冷却して低下させ、治癒不可にもしてしまうオマケ付き。

 加えて、それら全てが術式解放を行わずに行われているのだから、恐怖も一入だ。

 

 強者に対する、恐怖。それを年端もいかない子供に植え付けられたという事実。

 覆す事が出来ない現実。

 

 この日、御三家の一角(禪院)は一人の少年に敗北を喫した。

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