Ice Time 作:アイスめぇん
呪術高専の生徒は、生徒であると同時に呪術師でもある。結局のところ、最終的に呪霊が祓える段階に辿り着かねばならない為に、引率の有無など差異はあれども戦場へと放り出されていくことになる。
「はい、という訳で京平の初めての実地訓練に行こうかな」
引率の五条の軽薄な態度を前に、雨里はポカンと首を傾げ伏黒は眉根を寄せる。
雨里の呪術高専から暫く。そろそろ六月に変わりそうな五月の月末にそのイベント?は行われようとしていた。
「唐突過ぎます。急に何ですか」
「いやー、京平も
「………一応、雨里は実戦経験ありますよね。2級を祓える程度には」
「まあね。でもそれは、
まあ直ぐに等級は上がるでしょ、とは五条の言葉だ。
伏黒としても、彼の発言に否は無い。凍結呪法は、強力であるし体術などに関しても筋が良いのか悪くない。ここ最近は、氷で呪骸擬きを作るようにもなった。術式の幅が限りなく広いのだ。
呪術師はイカレてなんぼだと言われているが、これは発想の飛躍こそが術式の効力範囲を広げる事に繋がるから。その点で言えば、雨里はイカレているのかもしれない。
一方で、雨里もまた考えていた。
彼の力は、面制圧に向いている広域攻撃を主とした術式だ。攻撃力に目を瞑るならば、ぶっちゃけ高専程度の範囲ならば氷漬けに出来るだろう。
強力だ。だからこそ、チーム戦には向かない。一対一、もしくは一対多が主な相手。ついでに、市街戦にも向かない。
「………大丈夫なんですかね。オレ、何か考えれば考える程集団戦も市街戦も向かない気がするんですけど」
「大丈夫でしょ。そう考えに至れるだけ、京平は
ね?と問われれば、雨里の反論も閉じざるを得ない。
考えているからなんだと言われそうだが、考え無しよりは考えている方が良い。そして、考えるという事は自分の力と向き合っているという事にもなる。
当人の気持ちはどうあれ、ただ抑えるのではなくその力をどう使うのか。教え子の確かな成長を感じて、五条は満足げにうなずいていた。
「さ、行こうか。今日の授業は、チームプレイ。忘れないでね」
*
首都、東京。高層ビルが立ち並び、多くの命が息づく都市でもあると同時に、多くの感情も集まる欲望の都市でもある。
話は変わるが、大都市の地下には水害対策として広い空間が設けられている場合が多々ある。これは、降水量の多い日本の知恵。アスファルトの地面が増えた現代だからこそ求められるものだった。
「………神殿?」
明かりがあっても薄暗い空間に、建ち並ぶ幾つもの柱。
僅かに湿ったコンクリートのせいか、湿度も高く感じる物のそれもまた神秘性のような物を高めている。少なくとも雨里には、そう思えた。
「首都圏外郭放水路。ここはその中でも調圧水槽って呼ばれる区域だね。ま、詳しくは個人で調べてね」
「ここに、呪霊が居るんですか?」
「そ。それじゃあ、京平に問題。どうしてここに呪霊が居るんでしょ~か」
「ここに呪霊が居る理由?」
ニヤニヤ自分を見てくる五条に、雨里は首を傾げた。
今回の任務は、2級呪霊の討伐。移動の車でもそれ位しか情報は貰っていなかった為に、速答のしようは無い。
故に、雨里は考える。
「………この施設の使用用途は何ですか」
「都市機能で排出しきれない雨水とかの一時的な逃げ場かな」
「それと呪霊の出現の因果関係は?」
「あるかもしれない」
「そうですか………」
情報はそれほど多くない。それでも導き出せる答えもある。
「………雨、ですかね」
「お、良い線いってるよ」
「昔から流れる水は、禊とかに使いますよね?転じて、呪霊を構成する負の感情も雨と一緒に流れてここに澱みたいに溜まった。違います?」
「良い回答だね。初めて、恵に似たような質問をしたときなんて―――――」
「俺の話はどうでも良いでしょ。雨里、行くぞ」
「え?あ、うん…………」
少し離れて周囲の索敵をしていた伏黒が言葉を遮り、無理矢理話題を断ち切った。
困惑しながらも今回の任務は、自分たちの仕事であると頭を一度下げて先を行く彼を追う雨里。
空洞の中に、二人分の足音はよく響く。
「………あの、伏黒君」
「なんだ?」
「ああ、いや………今回の呪霊は2級相当だったよね。どの程度強いのかな、と」
「そうだな……準1級相当の呪霊から、術式を除いた状態、か。やるのは基本的に、肉弾戦。特殊な力も、あくまでも身体能力の延長線上が多い」
「成る程」
「ただ、知能はある。単純な罠を張ったり、な」
「………じゃあ、アレも罠?」
言って、雨里が示したのは少し離れたコンクリートの柱の一つ。
見上げるほどの高さ。その位置に何かが絡みついていた。
「フシュルルルルル………」
先端が二股に分かれた舌を外気に晒し、白濁したようにも見える濁った白い目が外敵を見下ろす。
細長い形状ながらも丸太のように太いその体。指先の丸くなった四本指に八対の手足。長い尾。
「………ヤモリ?」
呟いた雨里。
そう、彼が言うようにその柱に絡みつく巨大なその姿は、化け物ヤモリにしか見えなかったのだ。ただその大きさが異常なだけ。
「………」
「伏黒君?」
「構えろ、雨里。奴は―――――」
伏黒が言葉を言い切る前に、事態は動く。
巨大ヤモリの口が歪な水音をたてて開くと、その内側が赤く光り始めるではないか。
間髪入れずに吐き出されるのは、紅蓮の業火。
反射的に式神を出さんと構えた伏黒だったが、それより先に青い壁が炎を遮った。
「―――――っぷし!…………はぁ……寒い」
隣を見れば、両手を床についた雨里が居りその両手を起点に氷の壁が生成されていた。
「ッ、下がろう伏黒君。無作為に突っ込むのは、賢明じゃない」
「ああ」
氷の壁。その向こう側は仄かに赤く揺らめいている。早晩、突破されるだろうがそれでも下がる分には十分。
柱の一つ、その裏へと回り込むようにして二人は身を隠した。同時に、氷の壁へと供給されていた呪力が途切れ、ただの氷河へと戻った壁は瞬く間に融かされていった。
「………あの、伏黒君」
「なんだ」
「明らかに、2級じゃないと思うんですけど。それとも、あの火を吐くのは火炎放射器でも仕込んでるのかな」
「いや、術式だろうな。炎を扱う術式か」
「相性最悪すぎるんだけど。言ってられないかな」
「恐らく、五条先生は俺たちが本格的に命の危険に陥らなきゃ、手を出してこない。俺たちでやるしかない」
「了解」
どちらからともなくの、グータッチ。からの柱の影から飛び出していく。
「凍結呪法・
打ち合わせた両手を開けば、その間には複数のツララが現れる。
「行けっ!」
雨里が指示を飛ばせば、ツララはさながら砲弾の様に射出され巨大ヤモリへと向かっていく。
だが、その先端は巨体を捉えることは無い。
何とヤモリは、赤熱させた巨大な尾を振るう事によって迫りくるツララの尽くを打ち落とし、叩き伏せて、融かしてしまったのだから。
だが、目晦ましとしては十分だろう。
「鵺!」
ヤモリの背後より、怪鳥が襲い掛かる。
雷が、その巨体を刺し貫いた。
だがしかし、呪術戦が体格差によって差が生まれる事はあまりないとはいっても、今回ばかりは話は別だ。
白濁した目を見開いたヤモリがその大口を開いたかと思えば、燃え盛る舌が一気に伸びて雷を放った鵺を叩き落さんと襲うではないか。
辛うじて、その一撃は空を切ったものの鞭のような撓りと共に叩き付けられたコンクリートの床は大きな焼け跡を刻まれていた。
同時に、ヤモリも動き出す。鵺を完全に追い払った所で、巨躯を動かして柱から床へと降りてきたのだ。
下で相対すると、改めてわかるその大きさ。その口は大きく開けば人一人を縦に丸呑みできてしまいそう、そんな大きさ。
「ッ、凍結呪法・
雨里は両手を床へと叩きつけた。その場を起点に、一気に凍結していく床は真っ直ぐにヤモリへと伸びながら、その表面に先端の鋭い多数の氷山を形成していく。
鋭い先端は腹側からヤモリへと襲い掛かり―――――貫かない。
「………冗談でしょ」
雨里が頬を引きつらせるのも無理はない。
床から這うようにしてせり上がった氷山は、しかしその巨体を刺し貫く前にその先端が熱気によって鈍り巨体を押し上げるに留まっていた。それに加えて、ヤモリに触れた氷も見る間に融かされている。
これは、相手が雨里の力量を大きく超えている、というよりも当人の力が届く範囲に理由がある。
射程距離二十三メートル。それが現状で、雨里の呪力が十全に届く範囲であり、同時に制御が可能な範囲。それ以上となると大雑把になったり、今回の様に力が上手く伝わらずに術が完全に機能しない。
もっとも、今回はその点を差し引いても相性の悪さがあったが。
「無事か、雨里」
「まあ…………本当に、相性が悪すぎる」
「同感だ。鵺の雷撃を受けても殆ど怯んでない。お前の氷もだな?」
「遠距離だと、埒が明かないかな………直で触れば多分凍結出来る、筈」
「確実じゃねぇのか」
「冷気を叩き付けるよりも、直に触る方が冷やしやすいのは確かなんだよ。ただ、相手に近づけるかどうかが問題でさ」
顎で示した先では、体を赤熱させて体の周りの空気を陽炎の様に揺らめかせた呪霊の姿があった。
触れるどころか、近づく事すらも難しいかもしれない。
「………近づければ良いんだな?」
「え?まあ、そうだね」
「………一つ案がある。賭けになるし、何よりお前への負担がデカい。乗るか、反るかはお前が決めてくれ」
「よし、聞かせて」
「………本気か?」
「生憎と、今のオレに浮かぶのは走って近づいて触る位だからさ。だったら賭けでもちゃんとした案がある伏黒君に任せるよ」
まさかの即答に、提案した伏黒の方が面喰う。同時に、呪術師とはイカレてなんぼという担任の言葉を思い出していた。
成る程、確かに目の前の同級生はイカレているのだろう、と。ただ、そのイカレの根底にあるのは一種の信頼でもあるのだから伏黒も無碍には出来ない。
そうして、彼の口から語られた作戦内容。その中身を聞いた雨里は若干目を見開いたものの、直ぐに笑みを浮かべて了承した。
「それじゃあ、手筈通りに始めようか」
そう言うと、雨里は両手の指先をそれぞれに合わせて歪な三角形を象った。
瞬間、せり上がる氷河の壁。
呪霊と二人の間を遮り、物理的にも視覚的にも切り離していた。業火が襲えども、今回の壁は雨里に近い。融かされるよりも先に凍結が上回り、
そして入れ替わるようにして、片手を鵺に掴ませた伏黒が壁を飛び越えるようにして飛び出してきた。
二次元的な動きと、三次元的な動きならばその自由度は後者に軍配が挙がる。
特に今回の呪霊は、動きの遅さを全身への術式行使で隙を無くしているタイプ。要するに巨体故に動きが鈍く、尚且つ場所は柱の乱立する調圧水槽。場所が悪いと言わざるを得ない。
伏黒はその隙を突く。
かく乱するように空を飛び回りながら、鵺の雷撃で呪霊の注意を引きつつ、尚且つその場に縫い止め続ける。
吐き出される火球や、炎の舌が掠めてくる物のこれもまた、作戦の内。
「―――――大蛇ッ!」
伏黒は、現状二体まで式神を同時に使役することが出来る。
今は鵺とそして、もう一体。巨大な白蛇の式神がこの場に顕現していた。
大蛇の傍らには角度を調整された氷で出来たスロープのようなジャンプ台。いや、装填された氷の球体を加味すれば、発射台か。
大蛇の巨体が動く。遠心力を加えた全力の尻尾による殴打を撃鉄にして、氷の球体は強かにぶっ叩かれる。
スロープに沿って打ち出され空を飛ぶ球体。向かう先は、呪霊だ。
物体が風を切る音は、当然ながら呪霊も察知する。勢いよく振り返り、その大口を開けて球体へと向けて業火を吐き出した。
人一人がすっぽりと入りそうだった氷の球体は、見る間見る間にその形を失っていきやがて消える。
呪霊の足りない頭は、これが相手の最終手段であると判断する。そもそも、高熱を発している自分に近寄れる敵は先ず居ないのだ。
残りの障害へと目を向けて、
「―――――チェックメイトだよ」
背中に軽い衝撃。
そこに立つのは、コートを脱ぎ捨てた雨里。両手を開いてしゃがみ込むようにして、打ち付ける。
「凍結呪法・
掌を起点に広がる凍結は瞬きの間に、呪霊の体を包み込む。
氷山と化した呪霊の体からは熱が完全に奪い去られ、機能停止。そして雨里がその上から滑り降りて床に着地すると同時にその巨体には氷もろとも亀裂が入り、崩れていった。
「………っぷし!ッ、イテテ……寒いし、痛いし………ふぅ」
揉み合わされる雨里の掌には火傷の痕が刻まれている。それが、ジクジクと鈍い痛みを発するのだが、同時に冷えていく体のダブルパンチ。
若干泣きたくなるような状態だが、泣き言は言えない。まずは脱ぎ捨てたコートを探そうと顔を上げて、
「わぷっ」
顔面にやわらかな感触。
痛みに我慢して手にとってみれば、それは脱ぎ捨てていたコートだ。
「手は、大丈夫か?」
「うん、まあ…………これ位は成るかなとは思ってたから。寧ろ、靴や服が燃えなくてよかったよ」
「………悪かった」
「?なにが?」
「今回の作戦だ。無茶させて、悪かった」
「ああ、その事。別に気にしてないよ。オレだって無傷で済むなんて思ってないし。何より、伏黒君も怪我してる。無茶をしたのは、お互い様じゃないかな」
ヘラリと言い切ってしまった雨里。その掌は赤くなり、皮膚が剥けている場所すらもある。
それでも、大したことないと彼は肩を竦めて、笑った。
かくして、初戦は幕を閉じる。これからは、雨のよく降る季節になる。
そして始まりの日も近づいてくる。
因みに伏黒の作戦は、
最初に氷による目隠し
→伏黒が囮兼陽動として先行
→この間に雨里が氷のスロープを精製
→凍結呪法によって柱に張り付きそのまま天井まで直行
→大蛇によって氷の球を打たせてあたかもその中に雨里が居るように見せかける
→呪霊が自分の攻撃で視界が埋まっている隙に雨里が天井を伝って真上を取りどさくさに紛れて落下
→止めという流れ
雑ですみません