Ice Time   作:アイスめぇん

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 思ったよりも波乱であった初任務から暫く。今日も今日とて雨里は、

 

「おら、立て京平。まだまだ授業は終わってねぇぞ」

「は、はい………ッ!」

 

 転がされていた。

 彼を転がすのは一学年上の先輩、禪院真希。その手に握るのは、棍。元々、武具全体的に通ずる彼女だがそれでも長物の方が得意であり手合わせでも刀よりも長物を使う方が多い。

 一方で、雨里はというと素手である。これは、彼自身の持ち合わせた術式を加味しての物。因みに、伏黒も同じく術式由来で両手を空けておきたいタイプなのだが、雨里の場合はその多様性を陰らせない為の措置である。

 呪術師の術式は、想像力の飛躍によってその多様性を大きく変えていく。だからこそ、呪術師はイカレていなければならない、常道手段では常道の術しか行使できないから。

 その点、雨里の術式は汎用性が高い。対象を凍結させて、氷を出現させるだけというシンプルなものであるからこその側面。

 そして、この点を加味しての素手だった。

 

「ぶっちゃけ、お前の術式なら触った時点で大抵の相手には勝てる。だが、そうもころころ転がされてたら触る前に死ぬのが先になるな」

「そ、そうですよね………」

「おーい、真希ー。その辺にしてやれー。京平の眼が死んでってるからー」

「しゃけ」

 

 容赦ない指摘に何度目か地面を転がっていた雨里の眼が死んでいると、横合いからの助けの手が伸ばされる。

 二年の先輩である、狗巻棘とパンダの二人。

 語彙がおにぎりの先輩と、パンダであってもパンダじゃないパンダ先輩。キャラが濃いなどというものではないが、それでも悪い人達じゃない。

 

「いくら」

「あ、狗巻先輩。ありがとうございます」

 

 狗巻に差し出されたペットボトルを受け取って、雨里は口をつける。

 散々動いたにもかかわらず、彼の体は汗一つ掻かない。息は荒れているというのに、マフラーもコートも外せないし、脱げない。ペットボトルの中身も、キンキンに冷えているというよりは人肌に近い程度には温い。

 

「相変わらず、寒いまんまか」

「っぷし!ずずっ………ええ、まあそうですね」

「天与呪縛だったか?真希とはまた違うんだよな」

「はい。禪い……いえ、真希先輩の場合は身体能力が上がってますけど、オレの場合は術式の強化と呪力の強化です。その代わり、年がら年中体が冷えてますね」

「その縛りはどうなんだと私も思ったけどな。まあ、その格好見てると………なあ?」

 

 真希が言う格好というのは、今の雨里。

 運動用のジャージの上にマフラー、更にベンチコートを着た姿。既に六月に入って少し経っているというのにこの格好など、どこぞのダイエット挑戦者か、はたまたドMにしか見えない。因みに、ジャージに関しても夏用の通気性が良い物ではなく、裏起毛の真冬でもこれ一枚で十分な防寒性の高い物だったりする。

 ここまで着込んでも、雨里には寒くて仕方がない。

 同じく天与呪縛と言えども、ある意味では自分の最も欲しい才能が嫌というほど伸びている彼に対して真希は何も思わなかったかと問われれば、首を横に振る。

 だが、まあ、こうして雨里自身の為人に触れてみればその嫉妬心も萎むというもの。

 そもそも、縛りの内容も結構キツイ。主に、日常生活を送る上で。

 まず冷たい食べ物は、NG。食べれば最後、歯の根が合わなくなって唇は紫色になる。プールもアウト。温水だろうとそもそも上半身裸の水着の時点で鳥肌が立つ。

 服装に関しても、今の雨里を見れば分かるように半袖、短パンなどの夏の装いは出来ない。もっと言うならば、少しでも薄着をしようものなら寒気で動けなくなる。

 戦闘に関しては痩せ我慢を重ねざるを得ず、場合によっては戦闘終了、或いは戦闘中に動けなくなるかもしれない。

 体温というのは、それだけ生物にとって大切なのだ。

 

「真希先輩?」

「………どうした」

「いえ、ずっとこっちを見てきてましたから………あの、何かしちゃいましたかね?」

「気にすんな。こっちの話だからな」

 

 座り込んだまま見上げてくる後輩の頭を混ぜっ返すように出鱈目に撫でながら、真希は笑う。

 術師としては、真面な部類で愛想のいい後輩だ。可愛がりこそすれ、邪険にする予定は今の所在りはしない。

 

「さて、休憩終了だ。続きやんぞ、京平」

「お、お願いします!」

「程々にな」

「しゃけ、すじこ」

「お前らも、やるんだよ」

 

 存外、雨里は先輩方に可愛がられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――呪術師はクソ。これが私の得た結論です」

「は、はあ…………」

 

 唐突なカミングアウトに、雨里の眼は点になる。

 本日の予定は、呪霊の討伐。等級は2級相当。だが今回の付添人は伏黒や五条ではない。

 五条の後輩であり1級術師、七海健人。独創的なサングラスにスーツ、ネクタイを締めたサラリーマンの正装のような格好をした男であり、その実力は確か。

 ついでに、イカレの多い呪術師の中でもマシな部類でもある。

 そんな彼との初任務に赴くことになった雨里が、ちょっとした世間話に呪術師に関する話題を含めれば、先の解答が返ってきた次第だ。

 

「あの、それじゃあどうして七海さんは呪術師を?」

「簡単な事です。労働はクソ、呪術師もクソ。であるならば、より適性のある方を選んだ。ただそれだけの事です」

「成る程……」

「覚えておいてください、雨里君。呪術師という職業は、正義の味方やフィクションのヒーローとは全くの別物であると。私たちは、掃除屋の側面が強いのだという事を」

 

 滔々と語る七海に正面から見つめられ、雨里の喉が鳴った。

 この世界に飛び込んで一ヶ月も経っていない。いや、飛び込む前よりその表面をさらう程度の関りは持ち合わせてはいたか。

 一方で目の前の男は、自分よりも遥かに長くこの世界に浸かっている。当然ながらそれだけ地獄を見てきたのだろう。

 雨里とて、自分自身がヒーローに成れるなどとは思っていない。いや、この自分の力に最初に気づいた時には、もしかするとテレビの向こうのヒーローのような憧れを抱いたかもしれない。

 だが、現実を知った。どれだけ化け物が自分の目で見えていようとも、周りの目には映らない。しかし、身を守る為に、誰かを守る為に振るったかもしれない力は、ただ只管に恐ろしいものとしか映らない。

 雨里だって言える。現実はいつだって、クソだと。その結果として、彼は全てを諦めて受け入れることにしたのだから。

 考えに沈んでしまった雨里だが、七海もまた今回の任務に当たって彼の為人を先輩+資料から得ていたりする。

 典型的な、非術師家系出身の術者の境遇。ダメ押しの天与呪縛。思わず、その眉間に寄った皴を解さんと揉んでしまう程度には、七海にとって少々重い過去だった。

 彼としては、もう少し落ち着いてから今回の件を振ってほしかったと思う。

 

(いったい、何を焦っているのか)

 

 七海が考えるのは、信用し信頼もしているが尊敬はしていない先輩の事。

 確かに力があるのだろう。だが、子供だ。その事実もまた七海の気分を重くさせた。

 そんな重苦しくなるような空気の中、二人がやって来たのは森の奥。

 

「………洋館?」

 

 二階建て、歴史を感じさせる洋館。庭も雑草が生い茂り、洋館の壁にも蔦がまとわりつく。窓から見えるカーテンも黄ばんでおり、破れている場所も少なくない。

 

「この館は、三十年以上前に捨て置かれ、無人です。長年管理される事無く放置されていたんですが、昨今のSNSの発展から、どうやら入り込む人間が出てきたらしく、」

「帰ってこない、と」

「その通り。雨里君、仮想怨霊についてはどれほどの知識が?」

「妖怪や怪談みたいな、老若男女問わずに共通の畏怖の感情から生まれた呪霊、でしたっけ」

「概ね、その認識で良いでしょう。今回の場合は、ネットによって煽られた恐怖と、実際に現地に行って消息を絶ったという事実の二つが合わさっています。今でこそ、ネットの海の一部に過ぎずとも広がり切ればどうなるか分かりません」

「だから今回、祓うんですよね」

「正確には、君が祓うんです」

「………オレ一人、ですか」

「私としても気乗りはしませんが、呪術師が推薦制である事は?」

「知ってます」

「今回の任務はその見極めを兼ねていますからね。私が祓ってしまえば、君の実力を見る事は出来ない。分かりますね?」

「了解です」

 

 頷いて、雨里は一度息を吐き出した。

 先程までは陰鬱と色々と考え過ぎていた。故の、一拍挟む。首に巻いたマフラーに顔を埋め直して、洋館の入り口、そのノブへと手を掛けた。

 思いの外、すんなりと回った真鍮製のソレに成る程、これなら誰でも入りたい放題だ、と内心で納得する。

 一歩足を踏み入れ、暗闇に目が慣れるのを少し待つ。

 中は広々としたものだ。

 埃が目立てども、確りとした作りの内部。木製故に腐れがあれども、入り口から出迎えてくるロビーは二階までの吹き抜けがあり、天井が見えそこには蜘蛛の巣の張ったシャンデリアも確認できた。

 ロビー一階で確認できるのは、前方左右それぞれの壁に設けられた扉とその左右の扉が陰になるように配置された二本の緩い弧を描いて対象の階段。

 放置されていた割には、綺麗。雨里の感想は、そんなもの。

 

「私はここで待ちます。危険を感じた場合には直ぐに退避する事。呪術師にとって大切なのは、呪霊を祓う事だけではありませんからね」

「分かりました」

 

 出入り口を背に見下ろしてくる七海に一度頷いて、雨里は前方へと意識を向ける。

 呪霊の捜索で追うべきは、呪力の痕跡である残穢。これは呪術を使用した際に残る痕跡であるのだが、一部呪霊も残す場合がある。そして、残穢が残る場合の呪霊の等級は上にある。何せ、術式の行使が可能な個体なのだから。

 幸いと言うべきか、見た範囲では残っていない。雨里は、右手に若干の冷気を纏わせながら床を軋ませながら一歩前へと踏み出していく。

 カビと埃が入り混じった嫌な臭いだ。見た目だけの綺麗さで、木製の床や家具、壁紙の向こう側は確りと腐っているらしい。

 そんな中を進む雨里が向かったのは正面入り口左手側。階段の陰になっていた扉だった。

 メッキの剥がれたノブを回せば、軋みを上げて扉は開く。

 南側に一定間隔で並ぶ窓と、その窓と反対側の壁には扉が三つの廊下が広がっていた。同時に、頬を撫でる鳥肌の立つような感覚。

 初任務の際に相対した巨大ヤモリとはまた違う、まるで冷えるようなしかし静電気のような独特の気配とでも言うべきか。

 いやな予感を若干覚えながらも、雨里は廊下へと足を進めた。

 軋む床の音を聞きながら、最も呪力の気配が濃い場所。中央の扉の前まで進む。

 

「………ノイズ音?」

 

 ザリザリと耳の奥を引っ掻くような砂嵐の音が、扉の向こうから聞こえて雨里は首を傾げた。

 イメージすると、テレビの砂嵐か。

 だが、ここは無人の館。それ以前に、電気ガス水道のライフラインは全て断ち切られており、そもそもテレビが起動できるだけの環境が揃っていない。

 確実に居る。そう考え、雨里は左手でノブへと手を伸ばて捻り、そして戸を引き開けると同時に右手から極寒の冷気を部屋の中へと叩き込む。

 一切の躊躇なし。たっぷり十秒は冷気を注ぎ込んで、そして彼はやっと大きく扉を開けた。

 中は、ボロボロ。床の木目は腐って一部には穴が開き、窓は割れているし部屋の隅に置かれたゴミ箱は元々鉄製だったのか錆び切っている。

 何より目を引くのは、扉と反対側の壁に据えられた大型のブラウン管テレビ。

 氷漬けとなった部屋の中、そのテレビの画面は未だに砂嵐のまま光を発していた。

 

「出てくるかな」

 

 スパークするテレビを確認して、雨里は息を吐いた。

 砂嵐の画面に影が差す。影は不規則に左右に揺れると、唐突にテレビの画面へと内側から叩くように黒い掌が現れる。

 掌は、何度か画面を叩き、そして突然砂嵐の中へと消えた。

 直後、真っ黒な手がテレビの画面をすり抜けるように突き出される。手は、テレビ自体も覆っていた氷も()()()()()いた。

 果たして現れるのは、影法師。

 テレビの向こう側に居た時のように、不規則に左右に揺れる。

 

「キ、ヒヒ………キヒキヒキヒヒヒヒヒ………」

 

 それは、笑い声なのか。影法師の頭であろう場所に唐突に三日月型の亀裂が走る。

 

「キィィィィヤァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 絶叫。三日月のような亀裂は、口だったのかまっくろくろすけな外観の対比の様に真っ赤な赤色灯の様に怪しく輝いていた。

 何より絶叫と同時に放たれた、紫電と音波による衝撃が雨里へと襲い掛かってくる。

 咄嗟に両腕を体の前で交差して姿勢を落とし、氷もガードに回したが踏ん張ることが出来ずにその体は部屋の外、更に窓を突き破って草地の庭へと弾き飛ばされていた。

 

「ッ、危ないな…………」

 

 ここ暫くの体術訓練が利いたのか空中で体を捻り着地した雨里は、自分が突き破って来た穴を睨む。

 窓だけではない。壁その物が、影法師の吐き出した紫電と衝撃によって粉砕、破壊されていた。その穴より、体を左右に揺すりながら、頭を小刻みに震わせつつ捻る影法師が現れる。

 

「キヒ………ア、ア゛ア゛ア゛………イダイィィィィイイイイ?」

「明らかに、2級じゃないと思うけど………なんだか、デジャビュ?」

 

 言いながら、雨里は右の拳を地面へと叩きつけていた。

 一瞬地面が揺れ、間を開けることなく地面から付きあがってくる幾つもの巨大な円錐。それは数を増やしながら、影法師の真下へと向かって行き、貫いた。

 貫かれて持ち上げられる影法師。

 呆気ない終わりにも見える。だが、雨里にはある予感があった。

 走るノイズ。影法師が、さながら電波の受信が悪いテレビ画面の様に揺らぐとその頭をゆっくりと持ち上げる。

 

「キヒィィィア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」

 

 口が裂けると錯覚するほどに大きく開かれて、絶叫と振動そして紫電がさながら爆発の様に球形で広がる。

 円錐型の氷もこれによって砕かれ、雨里は更に距離を取らされることになる。

 氷に対して熱と同等程度に相性が悪いのが振動だ。というのも、振動というのは()()()()。ここからは、理科系の話になってしまうが簡単に言うと、気体、液体、固体は分子の繋がり方の違いによって生じる現象なのだ。

 そして温度が高ければ高いほどに原子の振動の振れ幅は大きくなり、逆に低ければ低いほどにその振れ幅は小さくなる。絶対零度であろうともこの振動は完全には止まらない。

 何より、雨里には違和感があった。

 

「………凍結呪法・凍装(とうそう)“甲”」

 

 バキバキと雨里の両腕、肘より下の前腕部に氷が纏わりついていく。

 形成するのは、大型の手甲。鉤爪のような指先に、片腕だけでも人の胴体ほどの大きさがある手甲だ。

 呪力を全身に回して、彼は地を駆ける。当然、向かわれる側の影法師は迎撃にその口を開いて待ち構える構え。

 

「キリィィイアァァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 放たれる絶叫。だが、向かってくる脅威に対して雨里は怯まない。

 前へと駆けながら踏み込んだ足を起点にする様にして、氷河の壁が幾つも地面を突き破り現れ術者に迫る攻撃を完全にシャットアウト。

 氷河の壁を超えて右腕を振りかぶるようにして、雨里は影法師へと飛び掛かった。

 振り抜かれる右の剛腕。そして、彼の違和感は実感となって形となる。

 

「やっぱりね。実体が無い」

 

 何かを引き裂いたとするならばあまりにも軽すぎる手応えに、雨里は庭を滑りつつ頷く。

 違和感の始まりは、影法師がテレビから出てきたとき。氷を粉砕するならばまだしも、すり抜けるさながら幽霊のように現れたその姿から。

 二つ目は、同じく氷の円錐で貫いた時。一瞬だが、立体ではなく平面に見えた。

 最後に攻撃手段。叫び、雷撃、音波振動。どれもが接近戦というよりも遠距離から攻撃が可能な手段ばかり。

 彼が思いついた可能性は二つ。

 一つは、実際に目の前の呪霊は実体が無く、その上で攻撃可能な厄介なタイプ。この場合だと今の雨里では手に余る。

 もう一つは、目の前の相手はブラフ。本命から目を逸らさせるための、人形である場合。これは、マイクとコードで繋がったスピーカーの関係性を想像すると分かりやすい。

 雨里は、後者の可能性に賭けて洋館へと駆けだした。目指すのは最初に見つけた大型ブラウン管テレビ。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

 

 後を追ってきているであろう影法師の叫びが聞こえるが、雨里は振り返らない。

 穴を潜り抜け、真っ直ぐに。呪力の供給が途切れ、表面が溶け始めた結果床を濡らした水を踏みつぶし部屋の中へと飛び込んでいく。

 振りかぶるは、左拳。握りしめられたその形状に呼応するように呪力が集まり、手甲の形状もまた変わる。

 前腕上部、円柱のような棒が肘側へと飛び出たそんな奇妙な形。

 

「はぁああああッ!!」

 

 踏み込み、からの体の回転も生かした一撃が未だに氷の中にあったテレビへと打ち込まれる。

 表面を覆っていた氷などまるで飴細工。その下の、プラスチックの側面や画面もその勢いを削いで阻むには至らない。

 それだけではない、左拳がめり込んだ瞬間に前腕部に出来ていた円柱のギミックが起動していた。

 パイルバンカー。杭打機とも呼ばれる、ある種のロマン兵装であり実用性には向かない。

 雨里がこの手法を取ったのは自分の決定力の無さを自覚してからだった。正しくは、近接戦に置ける馬力の低さ。

 遠距離からならば、氷塊を落としたり、地面から氷を生やしたりして攻撃できる。だが、接近戦ともなれば即死技と言えば触れて直接凍結させる位。それにしたって、狙って触れねばならず何より雨里自身が求める()()()とは方向性が違う。

 呪力の強化だけではない一撃。考えて、ついでにアニメや漫画などに出てくるキャラなどを見たりして行き着いたのが手甲そしてこの即席パイルバンカー。

 実戦投入は初だったが、思ったよりもうまくいった。

 元凶?であったテレビは、一度目の衝撃で半壊以上に壊されていたが続く杭の破壊力が上乗せされた一撃によって文字通りの木っ端微塵に。ついでにテレビの背後の壁も思いっきりぶち抜いていた。

 

「アギッ………!?」

 

 悲鳴の様な声が後ろから聞こえる。

 首だけで確認するように雨里が振り向けば、不自然に固まった影法師の姿が。

 その三日月のようだった口は歪み、その体は不規則に揺れる。そして、まるで風に吹かれた埃の様にその姿は搔き消えていった。

 足の先まで完全に消え去ったその姿を確認し、内心で雨里は息を吐いていた。もしも予想が外れて、影が消えなかったならば戦いは更に激化することになったはずだったから。

 ふいに、耳がとある音を拾う。

 

「ァァァ………」

「……小さい」

 

 粉砕された壁と、テレビの残骸の向こう側、中庭となっていたであろう場所に小さな何かが転がっていた。

 手足を丸めた黒い影。目鼻立ちも、性別すらも分からない唯々ノイズが固まったような何かは転がったまま動き出す兆しもない。

 

「………」

 

 警戒は絶やすことなく、雨里はそんな影の傍らに膝をついていた。

 

「ャ………ィャ………」

 

 小さな子供にしか見えなかったから。呪霊を相手に何を、と言われるかもしれないが少なくとも彼はまだまだ甘さを捨てきれない新参者でしかない。

 祓いはする。それでも、そこに優越感や享楽を見出したりはしない。

 右手から放った冷気で完全に凍結させ、そして己の手で粉々に砕く。呪霊の消滅まで見送った雨里は、すぐには立ち上がることなく、その場で手を合わせていた。

 その呪霊が一体どういう結果生まれたのかは分からない。分からないが、何となく雨里はろくでもない理由だろう、と。そんな気がしていた。

 

「お見事でした、雨里君」

「七海さん……」

「少なくとも、君の実力は既に2級術師として十分。準1級への推薦を考えてもいいと言っても過言ではないでしょう」

「………でも、七海さんはオレが2級以上の階級に踏み込むのは反対なんですね」

「なぜ、そう思うんです?」

「勘ですよ。ただ、話していてそう思っただけです」

 

 立ち上がった雨里の表情には、若干の憂いがあった。

 七海は、今回の見極めのために彼の戦いをしっかりと一から十まで見ていた。その最後、呪霊に対して手を合わせたその瞬間まで。

 呪術師の甘さというのは、致命的だ。特に、見境の無い優しさというのは本人を死地へと誘ってしまう危険性がある。

 体術、術式は十分。問題は精神面。少なくとも、七海はそう考える。これは何も甘さを捨てろというわけではなく、一種の仮面を身に着けろ、という大人としての意見。

 だがこれを、押し付ける気はない。仮に伝えれば、雨里は不格好にでも仮面をつけるかもしれない。しかし、それではいけないのだ。

 不格好な仮面では、いずれ破綻する。その破綻に、自分はおろか周りも気づかなくなってしまう。

 その結果の一つを、七海は知っていた。

 大人が考えに耽っている場所から少し離れたところでは、子供は電話を受けていた。

 

「あ、五条先生。雨里ですけど………はい……はい………え?」

 

 その一本の電話は、波乱を運んでくる。地獄へのカウントダウンは始まっていた。

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