Ice Time   作:アイスめぇん

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 新しい朝。希望の朝………ではないか。

 

「ふぅー…………」

 

 両手の指先をそれぞれに合わせた雨里は、長く長く息を吐く。その周りでは、デッサン人形のような氷の塊が合計で六体出現していた。

 呪力が練り上げられ、雨里を中心として六芒星の様に先端が人形へと伸びてつながる。すると、氷の塊がわずかに震え始めた。

 氷で象っただけの関節が、徐々に徐々に動き六体の彫像はまるで動きの悪いロボットの様に動き始めるではないか。

 これは、雨里なりの傀儡術式の一種の形。氷の人形を創り出し、呪力を注ぎ込んで呪骸とする。

 七海と共に行った任務を経て、晴れて2級となった彼だがその研鑽に終わりはない。

 監督役の夜蛾や五条は今回居ないが、代わりにとある呪具を貸与されていたため、朝の特訓に精を出している次第。

 それが、彼の右手首につけられた輪を二つ組み合わせたような見た目の代物。これは、等級としては2級相当。装着対象が、設定された出力以上の呪力を瞬間的に放出、且つ五秒継続した場合において対象の肉体を拘束、呪力を制限するというもの。

 今回ならば、呪術による広範囲攻撃などを敢行した場合拘束されることになっている。

 

「………あ」

 

 呪力操作を誤ったのか、デッサン人形から更に発展させようとした氷の人形は唐突に亀裂を走らせて粉々に砕けてしまう。

 砕けた氷屑を呆然と見下ろした雨里は、しばらくの間固まり、そして合わせていた指先を離した。

 呪骸に必要なものは、入れ物である人形と核となる呪力。今回もそうだが、どうにも雨里は呪力の注入が下手だった。

 もともと、呪術師として新米であることを差し引いても下手。イメージとしては、蛇口。彼の場合は捻りすぎ。

 自分の体を呪力で強化することは、特に苦心していない。体の感覚で限界値が分かるからだ。

 

「もっと、氷の強度を上げるべきかな。もしくは、呪力を―――――」

 

 うーん、と首をかしげる雨里。この術が完成すれば、戦術の幅はさらに広がる。広がるのだが、その為には己の呪力に対する理解を更に深めるしかない。

 マフラーに口元を覆って冷え切った手をコートのポケットに突っ込みその場に佇んだ雨里。そんな彼へと向かう人影があった。

 

「お、アレがもう一人の同級生ってやつ?」

「ああ」

「めっちゃ、厚着じゃん。というか、アレってコートと………マフラー?六月に?」

「体質だ。お前の運動神経と同じ、生まれつきの縛りだからな」

「縛り?」

「詳しくは、本人に聞け………雨里」

「あれ、伏黒君?早いね……そっちの彼が?」

「あ、俺虎杖悠仁。よろしく!」

「初めまして、虎杖君。オレは、雨里京平。よろしく」

「おう!」

 

 にこやかな虎杖と、同じく穏やかな表情の雨里が握手する。

 その傍らで、伏黒は疲れたようなため息を一つ。

 というのも、この虎杖悠仁。突っ走ると止まらない気質があった。その結果、今回呪術高専に転入()をする事になってしまっている。

 どうしてこうも自分の同級生は一癖も二癖もあるというのに見捨てきれない善人揃いであるのか。助けたことには後悔無いものの、考えないことはない。

 

「そういえば、二人はどうしてここに?まだ授業には早いよね?」

「お、そうだった。五条先生が、最後の一人を迎えに行くから雨里を呼んで来いってさ」

「オレを?というか、新入生って四人だけ………」

「呪術師が少数派(マイノリティ)なのはお前も知ってるだろ、雨里。それよりも、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 若者の街、原宿。平日の昼間でも多くの人通りでにぎわうこの街で、しかし目立つ一団が。

 

「いやー、良かったよ。悠仁の制服も間に合って、さ」

「あ、うん。でも、伏黒とか雨里の制服とは形が違うんだよな」

「呪術高専の制服は、希望を出せばカスタマイズができるんだよ。術式によって術師の戦闘手段は個人差が大きいからね。因みに、雨里の場合は着てるコートが特別性。そのまま制服の代わりにもなるよ」

「そうなんだ………でも俺、希望なんか出してないんだけど」

「そりゃそうだよ。だって、希望出したのは僕だから」

「えぇ………」

「諦めろ虎杖、五条先生はそういう所あるからな」

 

 注目を集めるのは、モデルも裸足で逃げ出す高身長に加えての白髪、全身黒づくめに目隠しをした五条。それから、男子高校生の平均身長程度で前を閉めたピーコートに厚手のマフラー、灰色のニット帽を被った雨里。この二人の奇抜さは群を抜いている。

 ただ、天上天下唯我独尊を地で行く五条は周囲の視線など気にも留めないし、片や雨里も周りから変な目で見られることには慣れてしまっていた。

 

「お、ポップコーン売ってんじゃん。ちょっと買ってくるわ」

「あ、悠仁僕のもお願い。お金は渡すから」

「りょーかい。伏黒と雨里も何かいる?」

「俺は別に」

「ええっと、何か温かいのを」

「おっけー」

 

 人混みの中へと消えていく虎杖の背中を見送って、雨里はポケットの中へと仕込んだカイロを握りこんでいた。

 ほどなくして戻ってきた虎杖。その手には、ポップコーンの入ったカップとそれから湯気の上がる飲み物。それから、ダサいサングラス。あまりのダサさに、飲み物を受け取った雨里の頬がひきつるほどに、ダサい。

 

「あの、虎杖君。そのサングラスはいったい………」

「あ、これ?いいだろ?そこの出店にあったんだけどさ」

「そ、そうだね」

 

 人間的に、甘い感性を持つ雨里は嬉しそうな虎杖の顔を曇らせることなどできなかった。曖昧に微笑み、買ってきてもらった温かい飲み物の代金を渡して大人しく引き下がる事しかできない。

 カップに口をつけながら、視線を前へ。

 雨里の出身地も田舎というほど田舎ではないが、それでも東京の賑わいに比べれば一枚も二枚も落ちるのは否定できない。

 そして、人が居るからこそ己の異物感もまた再認識することになる。

 

「はぁ…………っぷし!」

 

 体から力を抜けば寒気が走ってくしゃみが飛び出る。

 

「大丈夫か?」

「ずずっ………うんまあ、いつもの事だからね」

「ええっと、天………何とかだっけ?」

「天与呪縛な」

「自分で結んだものじゃなく、生まれた時からある縛りの事だよ。人にもよるけど、オレの場合は冷え続ける体が縛り。その代わり呪力の量や操作技能が高いっていうのがあるんだけど」

「もっとも、京平はまだまだこっちの世界には足を踏み入れたばかり。呪力操作の恩恵はまだまだ無さそうだけどね」

「それは、自覚してますよ」

 

 男四人で和気藹々、とはいかないまでも険悪な空気はない。

 そうして辿り着く待ち合わせ場所。目の前で起きるスカウトの現場。

 

「―――――ねぇ、私は?」

「え゛?」

 

 今まさにスカウトを断られた小太りの男に絡みに行く、学ランにスカート姿の彼女。何というべきか、メンタルが強い。

 

「俺たち、アレに話しかけんの?ちょっと恥ずかしいな」

「チッ、お前もだよ」

「いやまあ………あはは…………」

 

 割と、虎杖も恥ずかしい格好といえば恥ずかしい格好であるのだがアホが増えたと眉間に皺を寄せるのは伏黒ぐらい。苦笑いして言葉を濁した雨里も似たり寄ったりではあるものの。

 生徒たちの横で、五条はというと彼は彼で一般的な価値観からは離れた視点を持っている。自分からスカウトに対して売り込んでいくその唯我独尊っぷりも好意的に見れていた。

 そうして、合流。

 

「釘崎野薔薇。喜びなさい、男子。紅一点の登場よ」

 

 ビシッと自分を親指で示す釘崎に一方の野郎共の反応は芳しくない。

 

「おう、よろしく。俺、虎杖悠仁」

「………伏黒恵」

「雨里京平。初めまして、釘崎さん」

 

 色めき立つこともなければ、いたって普通。伏黒に至ってはその端整な顔立ちの眉間に皺が寄っている始末だ。

 

(野暮ったい感じよね。小学生のころ、鼻くそ食ってそう。それにこっちは、カモメに重油かけて火をつけて遊んでそう。オマケに最後は、季節感覚バグってるのかしら?)

 

 なかなか酷い評価。ただ、口に出していないために周りが訂正のしようもないのが質悪い。

 

「―――――行くでしょ、東京観光」

 

 中身を飲み干したカップを捨てて雨里が戻ってくれば、そんな話になったらしい。

 どういう状況、と傍らの伏黒へと目を向ければ首を振られる。

 

「俺達には、関係ないだろ」

「観光………ああ、実地訓練だね。二人の力量確認かな」

「だろうな」

「………教えるべき?」

「ほっとけ」

 

 五条とは初顔合わせな二人は、彼の中身が割と屑であることを知らない。そして、雨里と伏黒はそんな彼の中身をある程度知っているためにその言葉の裏まで何となく察している。

 絶対まともに、観光などさせる気ないだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「嘘つきーーーっ!!!」」

 

 ギャンギャンと騒ぐ地方民二人。一方で結末の見えていた二人は距離を取っている。

 

「それじゃあ、このビルに居る呪霊を悠仁と野薔薇の二人で祓ってきてね」

「先生、オレ達は?」

「恵は病み上がりだし、京平が出ちゃうとすぐに終わっちゃうからね。あ、それから悠仁はコレ、持って行って」

「?なにこれ」

「呪具、屠坐魔。まあ、悠仁なら素手でもある程度戦えるかもしれないけど、保険だね。それから、宿儺は出しちゃダメだよ。ここら辺の呪霊全滅させても余裕があるからね」

「うん、分かった」

「宿儺って何の話よ」

 

 五条の言葉に首を傾げた、釘崎。

 そんな彼女に説明がなされるが、その内容は割と飛んでいる呪術師であっても、いや呪術師だからこそ引くようなものであるわけで、

 

「―――――特級呪物を飲み込んだ!?」

 

 文字通りのドン引き。とはいえ、釘崎の反応も致し方ない。

 何せ、どれだけ追い込まれていたとは言えども、千年物の死蠟。それも鋭い爪のある指だ。口をつけることはおろか、触れることすらも嫌悪する人間が居てもおかしくない。

 そんな代物を、虎杖は飲み込んだ。その上、体の制御を奪われる事無く受肉させてしまった。

 結果、両面宿儺の復活と相成ったわけだが、そこは保守が骨の髄にまで染み込んでいる上層部。即刻、秘匿死刑しようとした。だが、そこに待ったをかけたのが何を隠そう、五条だ。

 紆余曲折経て、虎杖はこうして呪術高専の一年として編入することと相成った。

 何やら言い合いながらビルへと消えていく二人の背中。残った三人は壁際によって待つ構えだ。

 

「悠仁はさ、イカレてんだよね」

 

 おもむろに、そう五条は切り出した。

 

「いくら呪霊が相手だって言っても、生き物じみた相手に、躊躇なく向かっていけるんだからさ。ま、今回試されてるのは、野薔薇なんだけど」

「………虎杖はともかく、釘崎は実戦経験済みじゃないんですか?」

「そうなんだけど、恵も知ってるでしょ。地方と東京の呪霊はレベルが違う。等級は同じだったとしても、人の坩堝から生まれる呪霊はずる賢い。だから呪術師はイカレてなきゃね」

「でも、オレがついて行っても良かったんじゃないですか?後ろから手を出さないなら………」

「ずる賢さに自分で気づくのも授業だからね。京平も恵も、罠にはある程度気付くでしょ?その察知を、他人任せにしてたら肝心の本人のセンサーが育たない。それじゃあ、この先この業界じゃ生きていけないからさ」

 

 殊勝にそんな事を言う五条。教え子二人はというと、そんな担任の言葉に感動―――――ではなく、意外にこの人考えてるんだな、程度の感想しか抱けなかった。尊敬できない大人というのは、担任であろうとも変わらない。

 ほどなくして、ガラスの割れる音が空から響く。見上げれば、ビルの上階の窓が割れ、呪霊が一体逃げ出そうとしていた。

 

「祓います」

「………」

「大丈夫だよ」

 

 とっさに、それぞれ術式を発動しようとした二人を五条が手で制した。直後、呪霊が祓われる。

 

「よかった、ちゃんとイカレてた」

「………それは、良いことなんですかね」

 

 

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