Ice Time   作:アイスめぇん

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 雨里京平の朝の特訓。彼が入学してから、ほぼ毎朝行われているこの特訓だが高専内では結構有名な話となっている。

 

(すっごい見てくる………)

「………」

 

 今日も今日とて、自己研鑽。地面や壁などの何かに触れずとも、空間で氷を形成できるようにする訓練を今は行っているところ。

 ただ、今日は切れが悪かった。

 というのも、現在進行形でじっとりと見られているから。

 見てくるのは、先日合流したばかりの同級生で紅一点な、釘崎だ。

 一つ補足をすると、呪術師は己の術式を開示することはそれほど多くない。五条のような有名人ともなれば、著名な術式であったならば別かもしれないが。

 これは、単純に術師にとっての生命線であるから。名前だけならばまだしも、中身も迄バレてしまえば発動条件にも差し障る。

 ただ、何事も例外があるというもので、雨里はこちらに当たる。

 何せ彼の術式は、中身を知っていたところで対処法が確立するようなものではない。ついでに応用範囲も広いために底知れない。

 故にこうして高専内と言えども大っぴらに術式を扱えるというのもあるか。

 

「………っぷし!」

 

 冷え切った体に反応して、くしゃみが出る。どうにも、集中力にもガタが来ていた。

 

(今日はこの辺で止めとこ………うん)

 

 集中できない状態で、術式の行使はいたずらに体温を奪うだけ。というのも、雨里の凍結呪法は使えば使うほどに冷やしてしまう。ここに、天与呪縛のダメ押しとくれば、全身にカイロを張り付けても足りない。

 

「なに、アンタってただの一人サウナチャレンジじゃなかったのね」

 

 寒い寒いと両手をすれば、いつの間にか離れて見ていた釘崎がすぐ近くに来ていた。

 第一声がこれは結構アレだが、言われた雨里は苦笑い。

 

「まあね。どうしても、薄着だと寒すぎて動けないからさ。おかげで、半袖短パンとは無縁の生活だよ」

 

 これからもね、と笑えば鼻を一つ鳴らされる。

 

「はんっ………そんな寒がりが、氷の術式なんて皮肉が利いてるじゃない」

「そうだね。オレもそう思うけど………まあ、重宝してるのも事実だからさ。使い勝手も良いし、応用も利きやすいから」

 

 言いながら、雨里が手を動かせばキラキラと氷の結晶が宙を舞って、そして消えていく。もっとも、釘崎はこの手の事でキャーキャー言うほどミーハーでもないのだが。

 もっと言うなら、彼女はどうやら雨里の反応がお気に召さないらしい。

 

「………少しは、反論してきなさいよ」

「はい?」

「だ・か・ら!気に入らない事とか!腹立つことには噛みついてきなさいって言ってんの!」

 

 胸倉を掴み釘崎は食って掛かった。

 時間にすれば、限りなく短い二人の関り。しかし、その中で釘崎は何度となく、雨里の妙に一歩引きさがるような、そんな反応を見た。

 直近だと、同級生四人で懇親会ともいうべき場になった際。

 雨里は真っ先に引き下がると、どこであろうとも否とは言わなかった。

 その姿が、釘崎には癇に障る。

 

「嫌なことは嫌ってハッキリ言いなさい!少なくとも、私は無理強いなんてしないっての!」

「え、あ………と、とりあえず、釘崎さん落ち着いて………!」

 

 振り払う訳にもいかず両手を上げる雨里。彼はなぜ、こうも釘崎が怒っているのかわからない。

 この食い違いは、そもそもの二人の気質の違いによって生じている。

 釘崎は、苛烈な性格であるし、直情型でもあるし、己の我を通そうとする精神的な強さともいうべき面がある。

 一方で雨里は、荒れる前に一歩引く、常の譲歩を忘れない、そんな平和主義的な悪く言えば積極性に欠ける面がある。

 どちらが良いか、と問われればどちらも一長一短。前者ならば、場合によっては周りと拗れる可能性が。後者ならば己のストレスを溜め込むこととなるのだろう。

 

「私が、私であるために。釘崎野薔薇であるために、後悔するつもり何て更々ないわ。そんな選択する気もない。だから、アンタもアンタであるために、雨里京平であるためにそう簡単に折れてんじゃないわよ」

「オレがオレであるために……か………何というか、釘崎さん、かっこいいね」

「当ったり前でしょ。私は、釘崎野薔薇なんだから」

「………オレとは、大違いだよ……」

「後ろ向き発言禁止!次、私の前で温いこと言ったら金づちでぶん殴るわよ」

「うっ………それは、嫌かな………善処するよ」

 

 お手上げのまま目をそらした雨里に対して、釘崎は鼻を鳴らす。

 彼女とて、特別何かしらの考えがあったわけではない。一つ言うなら、なよなよとした軟弱男に一発喝を入れてやろう程度は思ったかもしれない。

 ただ、そこで見たのは軟弱男の術式。

 見事なものだった。感心もした。であるのに、当の本人はなよなよとどっちつかず、というか意志薄弱。そもそも、そう簡単に引き下がるんじゃねぇ、とそんな気持ちが頭にきた。

 

 このやり取りが、後に誰かの命を救う………かもしれない。そんな一幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、五条先生。これから時間良いですか?」

 

 休み時間、職員室にて珍しく声をかけてくる雨里に対して五条は笑顔で応じた。

 

「なんだい、京平。このGLGに何か用事、いや質問かな」

「えっと………そう、ですね。この本なんですけど」

 

 五条の軽薄な態度に苦笑いしながら、雨里が差し出したのは一冊の分厚いハードカバーの本。

 内容は呪術に関したもので、術式の様々な事が載っているというもの。

 

「術式順転と術式反転、それから反転術式に関して先生に教えてもらえないかと………」

「それは追々………いや、京平が言うなら、少し話そうかな」

 

 座って座って、と五条は適当な場所から引っ張ってきたキャスター付きの椅子を勧めてくる。

 言われるがままに雨里が座れば右の人差し指を立てた。

 

「まず、術式順転から。これはそのまま、術式に呪力を流して発動すること。僕の無下限なら、術式順転で蒼が発動する。要は、術式を順当に発動すれば発揮される術式の効果が強化される感じかな。京平なら、氷を発生させる。凍結させることが術式順転になるよ」

「なるほど」

「次に、術式反転。まず、呪力がマイナスのエネルギーってことは分かるよね?」

「はい。それは、知ってます」

「術式反転は、自分の術式にマイナスを掛け合わせて作ったプラスのエネルギーを流すことで発動する。無下限なら、術式順転の場合は無限に収束する蒼が、術式反転なら収縮の反対、発散する赫がそれぞれ発動する。それから、反転術式はプラスのエネルギーを作ること。これで、傷を治せるのは傷を負うという状態が、人間にとってのマイナスだから。要はそのマイナスをプラスで埋めるから傷も治るって事だよ」

「………五条先生も、出来るんですよね?」

「そりゃ、勿論。なんたって、僕は最強だからね。因みに、このほかにも拡張術式なんてのもあるよ。これは、京平の氷の呪骸が当たるかな。要は拡大解釈によって出来上がる術式だよ」

「拡大解釈………ほかにも、術式の種類ってあるんですかね」

「うーん…………あるっちゃ、ある。でも、これに関しては……いや、言葉だけは教えておこうかな」

 

 もったいぶる様な五条。彼としても、教え子の飛躍を求めているし、強くなることに貪欲であることも止めるつもりはない。

 だが、なまじ出来るからこそ、その見極めをしっかりとしなければならない。

 現状五条が受け持つ一年生は、皆揃って才能があるし、上へと昇り詰めるだけの素養も十二分にあると彼自身思っている。これは、親の欲目のような捕らぬ狸の皮算用ではなく、純粋に術師としての立場で考えての事だ。

 宿儺の器、十種影法術、芻霊呪法、凍結呪法。術式だけで見ても相当強力。扱う面々も、雌伏を待たずとも雄飛できるかもしれない。

 

「良いかい、京平。これだけは約束して。もしも挑戦することになったら絶対に僕の目の届く範囲でやる事。そして、失敗の兆候が少しでも見られたら直ぐに術の発動を止めること。良いね?」

「は、はい」

「よし。それじゃあ、教えようか。呪術師の術式、その奥義は領域展開とも言われてる。呪術の極致だからね。この辺りは大丈夫?」

「はい。本に一応載ってましたから」

「よしよし。実はね、術式順転と術式反転を組み合わせる方法もあるんだよ」

「!その二つを、ですか?」

「そう。名を、虚式。イメージとしては、ゼロをその場に作り出す。収束しながら発散するような、そんなあり得ないものを術式によって作り出す。これが、虚式」

「虚式………それは、オレも出来るんですかね」

「それは、京平次第だよ。そもそも、自分に対してすら反転術式を使えない術師なんて五万と居る。硝子が重宝されるのも、そんな反転術式を高いレベルで他人に行使できるからさ」

「コツとかあるんですか?」

「その辺はねぇ………ほら、硝子って感覚派だし。彼女曰く、ひゅーん、とやってひょいっ、だってさ」

「ひゅーん、ひょいっ?」

 

 雨里のイメージとしては、常に目の下に隈を蓄えながらもその美貌が衰えることを知らないクール美人が、高専保険医家入硝子という女性だったのだが、そんな彼女が頭の中でひゅーん、ひょい、何て言えばイメージとの齟齬に目が点になる。

 固まった教え子に、五条は吹き出し、そして乱雑にその頭を混ぜ返す。

 

「ま、それも学生時代の事だからね。今ならもう少しマシな説明をしてくれるかもしれないよ」

「………そう、ですかね。感覚派の人は、大人になっても感覚派だと思いますけど……」

「だいじょーぶ。少なくとも、京平は出来るようになると思うよ。僕が保証してあげる」

「は、はあ…………」

 

 買い被り過ぎじゃないか、と雨里は思うが言葉は紡がない。諦め癖は未だに抜けていないが、それでも今はまだ進歩しようという一種のやる気は残っているから。

 

 ただ、このやる気というべきか、彼のメーターの針がマイナス方面に振り切りかねない事態がこの先待っていることなど、誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 記録

 2018年七月 西東京市 英集少年院

 

 特級仮想怨霊

 

 呪胎を非術師数名が目視による確認。緊急事態と判断し、高専生一年四名が派遣される

 

 内、一名 死亡

 

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