Ice Time 作:アイスめぇん
その日は、朝から気が滅入りそうな曇天が空を占めており直ぐにでも雨が降ってきそうなそんな天気だった。
「四人そろって任務とか、初めてじゃね?」
「はしゃいでんじゃないわよ、虎杖」
「は、はしゃいでねぇーし!」
ギャーギャーと騒ぐ、虎杖と釘崎。これから任務であるというのに、緊張感に欠けていると言わざるを得ない。
とはいえ、任務前で余計な体力の消費は避けるべきこと、雨里はいつも巻いているマフラーに顎をうずめて苦笑いするだけであるし、伏黒は補助監督としてついてきた伊地知と任務の情報共有に勤しんでいた。
もっとも、そのまま放置し続けるわけにはいかない。呪術師の任務だけでなく、情報というものはいつだって知っている事と知らない事の差は大きいのだから。
「おい、はしゃぐな。今回の任務、分かってんのか」
「だね。少し落ち着いてよ、虎杖君、釘崎さん」
「アンタらもよ、伏黒、雨里!もっと、コミュニケーション能力磨いて出直してこいっつうの!」
「………飛び火してきたね」
「チッ………」
残る二人とも情報共有をしようとすれば、これである。伏黒は舌打ちを返して、雨里は苦笑いして両手を軽く上げた。
ただ、流石にこのままにして置ける状況ではないため、この場の大人である伊地知が一つ咳払いをすることでこの場を一先ず締めることとなる。
「んんっ………いいですね、皆さん。今回の任務は、この少年院で確認された呪胎の調査、および行方不明者五名の捜索です。重要なのは、ここから。“窓”の報告から、今回の呪胎は特級相当の存在にもなりかなねい相手です。もしも接敵してしまった場合は、真っ先に逃げてください。良いですね?」
「えーっと、俺っていまいちその、特級?っていうのが分からないんだけど」
「では、そちらを簡単に説明しましょう。呪霊には、等級が設定されています。一番下の4級から始まり、3級、準2級、2級、準1級、1級、そして特級。ここまでは大丈夫ですか?」
「おっす」
「続けますね。仮に、呪霊に対して物理攻撃などが通ると仮定した場合、4級は木製バットで討伐可能。3級ならば拳銃があると心強いでしょうね。2級ともなれば、散弾銃でもギリギリ。1級なら戦車でも心細く、特級ともなるとクラスター爆弾による絨毯爆撃と同程度の破壊力を有します。そして、呪術師にも同じく等級が割り振られていることを、虎杖君はご存知ですか?」
「それって、学生証に載ってる数字のやつ?」
「そうです。この場ですと、伏黒君、雨里君が2級。釘崎さんが3級となりますね。そして、この呪術師の等級というのは、同じ等級の呪霊を祓えて当然となります」
「ふーん………え?今回って特級だったよな」
「元々は、五条先生に回されるはずの任務だ。あの人は、現状三人しかいない特級呪術師の一人。もともと、高専で教鞭とっていられるような人材じゃない」
「その五条さんは、今回出張ですが………良いですか、皆さん。もしも、特級と遭遇した場合、“死ぬか”“逃げるか”この二つしか選択肢はないと肝に銘じてください。1級術師の中でも上澄みとも言われる方々ならば、対処可能かもしれませんが現状のあなた方では勝ち目がありません」
言い切った伊地知だが、彼の言葉に間違いはない。特級とは、それだけ規格外なのだから。
そもそも、1級の呪霊であっても2級以下の術師は一蹴されてしまう。特級は更にその上なのだから、勝つ負ける以前の問題と言えるだろう。生殺与奪の権利は、相手にある。
その後も、いくつかの情報のすり合わせと方針を話し合う中、少年院に服役する一人の母親が割り込んでくる。
善人である虎杖は別にして、伏黒は良い顔をしない。
何故ならここは、
*
踏み込んだ瞬間、空気が変わる。
「ッ、扉は!?」
焦った伏黒の言葉に全員が振り返れば、そこにあるのは出入り口ではなく壁。
「壁ぇ!?」
「い、いいいい今、ここから入ってきたはずよねぇ!?」
唖然と扉があったはずの壁を見る虎杖と釘崎。一方で、眉根を寄せた雨里は若干の警戒を滲ませながら三十センチほどの氷の棒を創り出すと壁に近づき、その先端で突いてみる。
「………隔離されたかな。領域展開となると、相手は特級(仮)から特級(確)になるかも」
「いや、多分領域展開じゃないはずだ。生得領域を無理矢理張り付けた未完成の領域じゃないかと思う」
「そうだと良いんだけど」
「………最悪の場合、お前が二人を連れて逃げろ」
「!伏黒君?」
「………」
不吉な言葉を言い残した伏黒は、玉犬を傍らに従えて混乱している二人の元へ。
問い質そうにも、彼のそばには虎杖と釘崎が居る。二人にまで、伏黒の不吉な言葉を伝えて余計な不安を煽る事など雨里には出来なかった。
ただここで思ってしまうのが、足止めなら自分の方が向いているだろう、という犠牲の思考というあたり彼の精神性の歪みが見え隠れするというもの。
そうして、玉犬を伴った伏黒が先導。その後を、二人が続き、殿を雨里が務める並びで四人は通路を進んでいく。
「なあ、雨里」
「うん?」
「さっき言ってた、りょーいきてんかい?って何なんだ?」
「領域展開ね。呪術の極致とも言われる、結界みたいなものだよ」
「………ここも?」
「いや、多分違う。さっき、伏黒君も言ったけど術式が付与されてない。未完成の領域だよ、恐らく。ただ、油断はしないで。ここは言ってしまえば相手のテリ、トリー…………」
不自然に尻すぼみになった雨里に説明を聞いていた虎杖と釘崎は振り返る。
件の彼が見るのは、二人よりもさらに先。伏黒の背を超えた空間の先だった。
「「「「………」」」」
広々とした空間だった。人の手では作る事すらも難しいであろう内観。
そして、その空間に転がる三つの肉の塊。内二つは、原形すらもとどめていない球体。もう一つは、上半身だけとなった男の体。
「………遊ばれてる」
惨たらしい光景に、雨里はそう呟く。
呪霊が人間を襲うのは、その本能によるところが多い。それ故に、直接的である事が多く、そのまま捕食することも珍しくない。
だが、目の前の光景はどうだろうか。
原形を留めない球体。それも、ただ丸めたのではなく皮を引きはがしたり、内臓に手をかけて骨をへし折ったような痕が見受けられた。
食べるためでも、殺すためでもなく、己の欲求に従うままのその行動。それらを踏まえて、雨里は目の前の光景を“遊ばれている”と称したのだ。
「―――――この遺体、持って帰ろう」
物怖じすることなく、死体に近づいて胸元の名札を確認した虎杖が、そう進言する。
他二つと比べて、上半身が原形を留めている死体こそ、どうやら少年院突入前に割り込んだ女性の息子であるらしい。
だが、これにいい顔をしないのが伏黒だ。
「あと二人の安否確認をしなくちゃならない。それは、置いていけ」
「振り返ったら、道が消えてる。ここに戻ってこれる保証何て―――――」
「違う。後にしろ、って言ってるんじゃねぇ。置いていけ、って言ってんだ」
「………どういう事だ」
噛み合わない二人。互いが互いの胸倉を掴む状態にまで発展する。
「そいつは、二度無免許運転して捕まってる。それも、二度目の無免許で子供を撥ねた。分かんだろ」
「分かんねぇよ。遺体もなくて、息子が死にました、何て言ってあの人に納得してもらえってか」
「納得する、しないの話じゃねぇんだよ」
「ちょ、二人とも!今はそんなことしてる場合じゃ―――――」
「そうだね、少し落ち着―――――」
蟀谷に青筋を浮かべる二人を諫めようと動いた、釘崎と雨里。
だが、その言葉を言い切る前に二人の体は突如沈んでいた。
先に釘崎が、続くように雨里は床に現れた黒い影のような、淀みへと飲み込まれていく。
反射的に、伏黒は己の式神に姿を探していた。呪霊が接近すれば、玉犬が吠える筈であったからだ。
「なっ………!」
そして、見つける。少し離れた壁にめり込むようにして、玉犬の頭部が突き刺さっていたのだ。確認するまでもなく完全に破壊されているのは明らか。
伏黒は、己の産毛が逆立ち、毛穴が開いて脂汗がにじむのを実感した。
「虎杖!逃げる―――――」
逃走を選択し、連れに声をかけようとして彼に喉が詰まる。
なぜ気づかなかったのか。そう問われそうなほどに近い。
絶望は、いつだって直ぐそこにある。
「―――――これは、不味いかも」
「―――――何よ、この数」
最初の試練は既に、牙を剥いているのだから。