「くそったれがーー!!」
飛羽真は拳を何度も地面に叩きつけ、悔しがる。
「『視覚・・・強化』」
飛羽真は視覚を強化して悲鳴をあげたり、顔を青褪めたりしているクラスメイト達を見る。飛羽真は見たのだ、ベヒモスへと放たれていた無数の魔法。その内の1つであった、火球の軌道が曲がり、ハジメへと向かったのを。
「(あの火球は南雲を殺すために意図的に軌道を曲げた!誰だ!?・・・いったい誰が!)」
飛羽真は強化した視覚でクラスメイト全員の表情を見る。ほぼ全員が顔を青褪めている中1人だけ、笑っている者がいた。
「(あいつかぁ!?)」
犯人を見つけ、顔の原型が無くなるほど殴りたい衝動に駆られる飛羽真だが、今優先すべきは迷宮からの脱出。飛羽真は怒りを心の内にしまうと立ち上がり、奈落の底を見る。
「(南雲、中村、必ず助けに行く。それまで無事でいてくれ)」
「飛羽真、他の皆は上に行ったわ。私達も行きましょう」
「あぁ」
駆け寄ってきた雫に声をかけられ、飛羽真は振り返ると他のクラスメイト達を追いかけた。
先が暗闇で見えない程ずっと上方へと続いている階段。感覚では30階以上、上がっているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。
「(そろそろ小休止を挟むか)」
生徒達の顔色を見てそうメルドが考え始めたとき、魔方陣が描かれた大きな壁が現れた。生徒達の顔に生気が戻り始める。メルドは駆け寄り壁を詳しく調べ始めた。勿論、フェアスコープを使うのも忘れない。調べた結果、トラップの類ではないことが解る。魔方陣が刻まれた式は、目の前の壁を動かすための物。メルドは魔方陣に刻まれた式通りに詠唱を行い、魔力を流し込む。すると、忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し、奥の部屋への道を開いた。
扉を潜ると、そこは元の20階層の部屋だった。戻ってこれたことに安堵したり、泣き出したり、へたり込む者もいた。メルドも休ませてやりたい気持ちも確かにあった。しかし、まだ迷宮の中、低レベルとはいえ、いつどこから魔物が現れ、襲ってくるかも分からない。彼は心を鬼にし、
「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
生徒達を立ち上がらせた。視線で休ませと欲しいと訴える者が多かったがメルドは睨んでそれを封殺する。光輝がクラスメイトに声をかけ、率先して先を行く。
魔物との戦闘を極力さけ最短距離で地上へと行こうと考えていたメルドだが飛羽真に正規のルートで戻ってくれと頼まれた。安全のためそれは出来ないと言ったが、現れる魔物は全て自分が対処するからと言われ、悩むが飛羽真の内に秘める怒りを何となく察し、許可を出した。
メルドからの許可を得た飛羽真は阿修羅のごとき表情で襲い来る魔物を斬ってく。返り血が顔や服に付着するが、どうでもいいとばかりに無視して魔物を次々と斬っていく。その暴れぶりにクラスメイト達は当然だが、メルド達騎士も戦慄を隠せない。
地上にたどり着いたクラスメイト達は生き残ったことを喜んでいた。だが、一部の生徒・・・・ハジメが奈落に落ちていったのを見て混乱し強制的に意識を奪われた香織はいまだ目を覚まさず、香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、鈴は暗い表情だ。そんな中、飛羽真は檜山に近づき、他のクラスメイトにも聞こえるように大きな声であること言った。
「檜山、南雲に魔法を当てたのはお前だな?」
「っ!?」
『っ!?』
飛羽真の確信めいた言葉に檜山を体を少し震わせ、話を聞いていたクラスメイトは視線を檜山に向ける。
「待て、飛羽真。ハジメと恵理に当たった、魔法は制御を離れ、誤爆したものだというのか?」
「えぇ。俺は走りながらもベヒモスへと放たれている魔法はちゃんと見ていた。だが、無数に放たれる魔法の中で1つだけ軌道を曲げ、南雲へと向かっていったんですよ」
「八神、適当を言うんじゃない。もし君の言う通り、ベヒモスへと撃たれた魔法の一つが故意に南雲に向かったと仮定したとしてもそれが檜山の撃ったものとは限らないはずだ」
「そ、そうだ、それに俺に一番適性のあるのは風属性だ。あの状況で南雲にあたった火球を使うわけねぇだろう」
光輝の援護にしめたとばかりに自分ではないという檜山。だが、檜山の口から出た言葉に飛羽真はにやりと笑う。
「へぇ~~~火球・・ねぇ。何で南雲にあたったのが火球だってわかるんだ?」
「何でって、お、お前が言ったんだろう!」
「俺は“魔法”としか言ってない。そうだよな雫?」
「・・・えぇ。飛羽真は一言も火球だなんて言ってないわ」
「っ!?」
「え?・・・・っ!?」
飛羽真の言葉に檜山は少し前の会話を思い出し、飛羽真が火球という言葉を口にしていないことを思い出す。
「近くでそれを見た俺以外に、何の魔法が南雲に当たったのか知っている者が犯人。つまり、お前だよ檜山」
「あ、あ」
自分の口で犯人が自分であることを告げてしまった檜山の顔はどんどん青褪めていく。そんな檜山を無視して飛羽真は拳を鳴らした後、構え、
「『筋力強化』、『豪腕剛撃』」
武技で強化した拳で檜山を顔を思いっきり殴り飛ばした。殴られた檜山は声をあげることなく入り口付近の柱に激突した。
「や、八神!檜山になんてことをするんだ!」
「・・・庇うっていうのか?出す必要のなかった犠牲を2人も出したこの馬鹿を!?」
「そ、それは」
飛羽真の言葉に光輝はたじろぐ。
「ふん」
そんな光輝を無視して飛羽真は鼻が折れ、気を失った檜山の襟を掴むと、引きずってメルドのところまで行き、引き渡した。
「次、目にしたらうっかり殺しちゃいそうなので、ふんじばって俺の目の届かない場所でも置いておいてください」
「・・解った。アラン、檜山を縄で縛って馬小屋に入れておけ」
「・・・いいんですか?」
「構わん」
「分かりました」
「カイル、イヴァン、ベイル。お前達は檜山と仲の良かった近藤達を見張っておけ」
「「「はい」」」
檜山を受け取ったアランは言われた通りにするため先にその場を離れ、他の3人もメルドに言われた通り檜山とつるんでいた近藤、中野、斎藤の監視を始めた。そして、メルドは20階層で発見したトラップとハジメと恵理の死亡報告をするため、憂鬱な気持ちで受付へと向かった。