「断る」
ハジメの言葉が静寂をもたらした。何を言われたのか分からない、と言った表情のシアは、口を開けた間抜けな姿でハジメをマジマジと見つめた。そして、一方的に話を終らせたハジメがバイクに跨ろうとしたところで我を取り戻したシアが物凄い勢いで抗議の声を張り上げた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!何故です!今の流れはどう考えても『なんて可哀想なんだ、安心しろ!俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ!さすがの私もコロっといっちゃうところですよ!何、いきなり美少女との出会いをフイにしてるんですか!」
「(あの馬鹿勇者ならいいそうな台詞だな。でも、助けられるかどうかって聞かれたな答えは限りなくNOに近いだろうな)」
シアの抗議の言葉を聞いていた飛羽真は、王国にいる後先考え無しの馬鹿勇者を思い出す。そして、同じ考えだったのか飛羽真も車に乗り込むため歩き出す。
「って、無視して行こうとしないでください!逃がしませんよう!」
シアの抗議の声を無視して行こうとする飛羽真の脚に再びシアが飛びつく。さっきまでの真面目で静謐な感じは微塵もなく、形振り構わない残念ウサギへと戻った。
足を振っても微塵も離れる気配がないシアに、飛羽真は溜息を吐きながら睨む。
「はぁ~~~お前等を助けて、俺達に何のメリットがあるんだ?」
「メ、メリット?」
「帝国から追われ、樹海から追放された、お前は厄介の種、俺達にとってはデメリットだらけだ。仮に渓谷から脱出出来たとして、その後どうするんだ?また帝国に捕まるのが関の山だ。で、それを避けるためにまた俺達を頼るんだろ?今度は、“帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行って欲しい”ってな」
「うっ、そ、それは・・・でも!」
飛羽真の言葉に図星を突かれたシアは一瞬たじろぐ。
「お前達の境遇には同情する。だが、俺達にだって旅の目的があるんだ。そんな厄介事を抱える余裕はないんだ」
「そんあ・・・でも、守ってくれるって見えましたのに!」
「見えた・・か。さっきもそんなこと言っていたが、それは話に出ていたお前の固有魔法と関係あるのか?」
さっきから気になる発言をしていることが気になった飛羽真がシアに尋ねる。
「え?あ、はい。“未来視”といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるのか?みたいな・・・・後、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対と言うわけではないですけど・・・。っ!そ、そうです!私、役に立ちますよ!“未来視”が有れば危険とかも分かりやすいですし!少し前に見たんです!貴方方が私達を助けてくれている姿が!実際、ちゃんと貴方方に会えて助けられました!」
「・・・・そんな凄い能力を持てって、何でばれたんだ?危険を察知できるなら追放される未来も見えたんだろう?」
「うっ!?」
飛羽真の指摘に唸った後、シアは目を泳がせてぽつりと呟いた。
「じ、自分で使った場合は暫く使えなくて・・・」
「ばれた時、既に使った後だったと。・・・何に使ったんだよ?」
「ちょ、ちょ~~とですね、友人の恋路が気になりまして・・・」
「ただの出歯亀じゃねぇか!」
「貴重な魔法をそんなことに使ってばれたとか、完全に自業自得だろ」
「うぅ~~猛反しておりますぅ~~」
ハジメと飛羽真のぐうの音もでない正論にシアは小さくなる。
「やっぱ、駄目だな。もうちょっとマシな理由だったら助けてやってもいいと思ったが、お前がダメだわ。この残念ウサギが」
呆れたようにそっぽを向く飛羽真にシアが泣きながら縋り付く。いい加減引きずってでも出発しようと考え出した矢先、意外な所から援護が来た。
「・・・・皆、連れて行こう」
「ユエ?」
「!?最初から貴方のこといい人だと思っていました!ペッタンコって言ってゴメンなっあふん!」
ユエの言葉にハジメは訝しそうに、シアは興奮して目をキラキラして調子のいい事を言う。ついでに余計な事も言い、ユエのビンタを貰い、頬を抑えながら崩れ落ちた。皆にシアを連れて行こうと言った訳を話そうとすると、
「・・・樹海の案内に丁度いいっと思ったからだろうユエ君?」
話を聞いていたオスカーがかわりに理由を告げた。
「あ~~~」
亜人族が住む、樹海は多種族から身を守るため、森全体に方向感覚等を惑わせる霧などがあり、そこで暮らす亜人族以外は必ず迷う言われている。
「確かに兎人族がいれば、考えていた対策をしないで済むが・・・でもなぁ」
シア達、ハウリア族はあまりに多くの厄介事を抱えているため逡巡するハジメ。
「俺はユエの意見に賛成だ。確かにハウリア族を助けることで他の亜人族や帝国兵ともめるかもしれない。だが、ベストな道が目の前にあるのに敵の存在を理由に避けるなんてあり得ないだろう。それに人という領域を超えていない奴等に俺達が負けるわけがないだろう?」
「・・そう・・だな。って言うか飛羽真。人外だってこと認めたな?」
「何の事かな?っと言うことだ、残念ウサギ。お前らを樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」
ヤクザや悪徳業者のような物言いをする飛羽真に全員が苦笑いする。逆にシアは渓谷において強力な魔物を片手間に屠れる強者達が生存を約束してくれたことに喜び顕わにした。
「あ、ありがとうございます!うぅ~~よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」
嬉し泣きするシア。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直に立ち上がる。
「あ、あの、よろしくお願いします!そ、それで皆さんのことは何と呼べば・・」
「ん?そう言えば名乗ってなかったか・・・俺はハジメ。南雲ハジメだ」
「私は中村恵理だよ」
「・・・・ユエ」
「八神飛羽真だ」
「ゼシカ・アルバートよ」
「シュテル・スタークスです」
「ゼストと申します」
「世紀の大天才篠ノ之束だよ~~」
「オルクだ」
「ハジメさん、恵理さん、ユエちゃん、飛羽真さん、ゼシカさん、シュテルさん、ゼストさん、束さん、オルクさんですね」
「・・・さんを付けろ。残念ウサギ」
「ふぇ!?」
全員の名前を何度か反芻し覚えたシアだったが、ユエの不満顔、更にらしからぬ命令口調に戸惑う。外見から年下と思っていたが、吸血鬼族で遥かに年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。
「(ユエの機嫌かなり悪くないか?)」
「(まぁ、何となく理由は分かる)」
シアの体の一部を憎々しげに睨んで見ていることでユエの機嫌の悪さの理由は察することが出来るが、ハジメはあえて何も言わない。
「・・・案内をさせるのに車に乗せる訳にはいかないな。シアはユエを抱えるようにしてサイドカーに乗ってくれ」
「は、はい」
仲間の元に案内させるため、バイクに乗るよう飛羽真はシアに指示を出した。見たことのない物であるため戸惑うシアだったが、取り合えず何らかの乗り物であることは分かるのでシアは恐る恐る、サイドカーに乗り込む。シアが座ったのを確認するとユエがシアの膝の上に座り、コンマ数秒で立ち上がった。
「・・ユエ?」
いきなり立ち上がったユエにハジメが声を掛けるも、ユエは何も言わず絶望した表情をしながら器用にハジメの前へと潜り込んでいった。