アサルトしないリリィ   作:坂ノ下

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千香瑠ママのお料理教室 (一葉×恋花)

私事(わたくしごと)で恐縮ではありますが……今この場を借りまして、私、相澤一葉は飯島恋花様とお付き合いさせて頂いていることをご報告します!」

 

 我らがヘルヴォルのリーダーがそんなことを言い出したのは、昨日の夕刻、訓練とミーティングを終えた時のことであった。

 突然の交際宣言は他のメンバーに驚きをもって迎えられた……わけではない。千香瑠も瑤も、そして藍までもが程度の差はあれ察していたからだ。

 また、正式に宣言されたからと言って、表向きでの変化も特には無い。一葉は人前であまり浮ついた態度を取る人間ではないし、恋花は元からスキンシップが多いタイプだった。そういうわけで、本日のヘルヴォルもいつものヘルヴォルであった。

 

「ふふっ」

 

 件の宣言の様子を思い出して、豊かな茶髪をポニーテールに纏めた少女――芹沢千香瑠は笑みを溢す。一葉は一見すると堂々とした態度であったが、頬にはほんのりと赤みが差していた。恋花も普段通りの飄々とした態度だが、どこか照れ臭そうだった。

 初々しくて微笑ましい。そんな感想を抱くなんて、まるでこっちが年寄り染みたようだ。けれども千香瑠はそれが気にならないぐらい、おめでたい気分の方が勝っていた。

 

 千香瑠が居るのはヘルヴォルの控室兼ミーティングルーム。彼女だけ講義が早く終わったので、一足先にここに来て、作りかけの編み物の続きに勤しんでいた。

 ぽかぽかと温かい気分のまま、慣れた調子で両手を動かす。すると赤い毛糸があれよあれよという間に編み込まれ、一枚のマフラーを形作っていく。

 その時だ。千香瑠の中に、とある疑問が鎌首をもたげたのは。

 

「……あの二人、同棲したらどちらがご飯を作るのかしら?」

 

 編み物の手を止めて首を捻る。

 そうして千香瑠はあの二人、一葉と恋花の普段の言動を思い起こす。

 

 

 

 

 

「健康補助食品! サプリメント! カレーは完全食!」

「ラーメン! ラーメン!」

 

 

 

 

 

 そんな想像をしてみたものの、いやいやと首を横に振る。流石にあの二人でも、同棲し始めたら多少の自炊はするかもしれない。

 そう考え直し、千香瑠は改めて想像し直す。

 

 

 

 

 

「恋花様、今日の夕飯は丼物にしましょう!」

「いいじゃん、いいじゃん。カツ丼にしよう、カツ丼!」

「カツ丼ですか……。豚肉は疲労回復やエネルギー代謝に必要なビタミンB1を含みますから、悪くない選択です。ただ、カツに使用する衣は油分も多く含んでしまうので」

「げーっ、あたし肉は食べたいけど太りたくはないよぉ」

「そこで! こうしてカツの衣の部分だけを削ぎ落としていって……できました! 衣抜きカツ丼です!」

「おー、これはこれでイケそうかも」

「では、いただきます!」

「いただきまーす!」

 

 

 

 

 

「駄目よ……。衣抜きカツ丼だなんて、そんなの新婚さんが食べるようなものじゃない……。私が何とかしなくちゃ……」

 

 自らの想像によって、自ら蒼白になる。

 千香瑠の妙にリアルな想像を惹起させたのは、当然ながらあの二人の言動であった。普段からのイメージというものが、いかに重いかを示す典型的な事例と言えよう。

 

 千香瑠が一人で思い詰めていると、軽快な電子音と共に控室の機械式ドアが開いた。

 

「お疲れ様です、千香瑠様。瑤様と藍はもう少し遅れて来るそうです」

「今日は訓練無しのミーティングだけだし、面白いことないかな~。千香瑠は何やってんの?」

 

 噂をすれば影。

 室内に入ってきた一葉と恋花を前に、千香瑠は席からすっくと立ち上がる。

 

「衣抜きカツ丼はダメぇ!」

「はい?」

 

 困惑の声が見事にハモるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平静を取り戻した千香瑠は二人に対して事のあらましを説明した。

 

「同棲とか新婚とか、気が早すぎじゃない?」

 

 恋花は半ば呆れたようにそう言った。

 

「いいえ、千香瑠様が危惧されるのも当然です」

 

 一方、一葉は感心したように頷いている。

 

「ですが、ご安心を。私も流石に衣抜きカツ丼なんて無駄の極みはしません。そもそも、わざわざ手間暇かけて作った料理に、どうして手間暇を上乗せしなければならないのですか。第一、そんなのは食材の浪費です!」

 

 一葉の力強い弁に、千香瑠は全く安心できなかった。確かに一葉の考えは正論なのだが、今言いたいのはそういうことではない。

 そこで千香瑠は話を先へ進めることにした。

 

「恋花さんは、勿論麺派よね。じゃあ一葉ちゃんは、お米とパンと麺、どれが好きかしら?」

「私は米派ですね。米にはたんぱく質の合成を促し体を形作る亜鉛が含まれています。毎日一定量を摂取するのに、米ほど都合の良い食物はないでしょう」

「そう。だったら当然、お米を研ぐのも慣れているわね」

 

 千香瑠の指摘に、一葉は一瞬だけ固まった。

 

「いえ、その、パックご飯で済ませていまして……」

「一葉ちゃん。私もレトルト食品や既製品が全て悪いなんて思っていません。実際、時間が無い時なんかは助かってるわ。だけど、余裕がある時ぐらいは自分の手でお料理をして欲しいの」

 

 子供を諭すかのような千香瑠の言葉に、一葉は声も身も縮こまる。

 

「あははっ! 一葉、お説教だねえ」

「恋花さんは? 普段、ラーメンの具や付け合わせのおかずを作ったりするのかしら?」

「うっ……」

 

 今度は恋花が固まる番だった。ところが彼女の場合、固まった後ですぐに開き直る。

 

「いいもーん、料理できなくても。あたしは千香瑠ママに作ってもらうんだもーん」

 

 子供みたいな言い草。

 しかし当たり前だが、それを許す千香瑠ではない。

 

「恋花ちゃん!」

「ちゃん!?」

「いつまでもママがご飯を作ってあげられないの! どうして分かってくれないの、恋花ちゃん!」

「マ、ママぁ……」

「千香瑠様も案外、ノリがいいですよね」

 

 ンンッとわざとらしく喉を鳴らし、千香瑠は場を仕切り直す。

 

「とにかく、二人には最低限のことはできるようになってもらいます」

 

 穏やかな、しかし有無を言わせぬ空気を纏って宣言した。

 一葉も恋花も異論は無いらしい。さっきからしきりに首を縦に振っている。

 そういうわけで、一行は千香瑠を先頭に場所を移すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を移すと言っても、どこか別の部屋や施設を訪ねたわけではない。控室の中に設けられた調理スペース、キッチンまで移動しただけのこと。千香瑠は使い慣れたこの場所で、ちょっとしたお料理教室を開こうというのだ。

 

「大丈夫です。本当に基礎中の基礎にチャレンジするだけだから。二人ともそう緊張しないで」

 

 不安げな一葉と恋花を安心させようとする千香瑠。だがその試みは芳しくない。千香瑠の料理の腕はヘルヴォル内で周知の事実であるため、身構えられているのだろう。人間、自分にできることは他人にも求めがちになるものだ。

 ちなみに今、三人は制服の上からエプロンをつけている。色は千香瑠がピンク、一葉が青、恋花が黄色。更に頭は同色の手拭いで覆い、ほっかむりにしていた。

 

「まず一葉ちゃん、お米を研いでもらいます」

「米を研ぐ、ですか……」

 

 この事態に陥った切っ掛けとは言え、本当に米を研ぐとは思っていなかったのか、一葉が意外そうに目を丸くする。

 こういう反応が返ってくるのは、千香瑠にとって想定済み。だからこそ敢えてこの課題を選んだのだ。

 

「最初にあらかじめ水を張ったボウルに決められた分量のお米を入れて、手早くすすいでちょうだい。お米を先、水をあとにすると、糠の臭いをお米が吸ってしまうから気を付けてね」

「成る程、分かりました」

 

 言われた通り、一葉はボウルの中で米を軽くすすいだ後、さっと水を捨てて最初の工程を危なげなく終える。

 問題はここから。実際に米を研いでいくことになる。

 

「それじゃあ、今度こそ本当にお米を研ぎましょうか。手はボールを軽く握る形にして。一定のペースで軽くかき回してちょうだい」

「はい」

 

 今度も一葉は千香瑠の指示通りに実行したつもりなのだろう。一葉の真面目な性格上、それは間違いないはず。

 けれども千香瑠からすると、残念ながら及第点とはいかなかった。

 

「一葉ちゃん、力を入れ過ぎよ。それではお米が傷んで旨味や栄養が逃げてしまうわ」

「す、すみません。……こうですか?」

「まだ、もうちょっと。そうね……恋花さんに接するように、優しくしてあげて」

 

 千香瑠の爆弾発言を受け、米をかき回す手が止まる。

 そして当然ながら、一葉の隣から作業を覗いていた恋花がこれに反応しないわけがない。

 

「あっ、かーずはー。今いやらしいこと考えながら研ごうとしたでしょー」

「してませんよ! そんなこと!」

「本当かなぁ? 一葉って結構ムッツリだし」

「してませんったら! 何が悲しくて米粒相手にいやらしいことしなきゃならないんですか。するなら恋花様本人にしますよ!」

「ちょっ、バカっ……!」

 

 台所にて唐突に始まるイチャイチャ。

 この事態に、千香瑠は「料理中に何を」と窘めるでもなく、にこにこと見守っている。そもそも彼女が初めに煽ったようなものなのだ。

 美味しく食べることも大切だが、それと同じぐらい楽しく作って楽しく食べることも大切。千香瑠はそう考えていた。

 手間の掛かる自炊を楽しむなど、どれだけ難しい話であるか。それは分かっている。二人に対して厳しいことも言った。

 ただそれでも、千香瑠は料理の楽しさや充実感を、少しでも仲間たちに知って欲しかった。仲間たちと共有してみたかった。当初こそ二人を心配するが故の行動だったが、今となっては、千香瑠自身の望みのために教えているのも同然と言えるだろう。

 

「うふふ。一葉ちゃんも大分コツを掴んできたみたいね」

「そうでしょうか? まあ要領さえ得られれば、あとは単純な作業ですし」

 

 そうして三回、米を研いで、とぎ汁を取り除く作業を繰り返す。あとは水を加えて炊くだけとなった。

 ちなみに、とぎ汁は捨てずに千香瑠が確保している。これはこれで使い道があるからだ。

 

 そんな時、再び控室の扉の開く音が聞こえてくる。

 ヘルヴォル残りのメンバーが到着した合図であった。

 

「ごめん、遅くなった」

「ただいまー。皆、何してるのー?」

 

 抑揚に乏しいハスキーボイスを発したのは、赤毛のセミショートが似合う少女。初鹿野瑤。

 その瑤と手を繋いでいる幼い娘は佐々木藍。中等部生にも初等部生にも見える彼女だが、歴としたヘルヴォルの一員である。

 

「お疲れ様です、二人とも。一葉ちゃんや恋花さんと夕食の支度をしていたところなの」

「あの二人が料理……。そっか、ならミーティングは食後かな」

 

 千香瑠と瑤が話している横で、藍が制服の袖に隠れた両手を勢いよく振り上げる。

 

「ごはん! ごはん食べる! お腹減った~!」

「藍、もう少し待って。三人が作ってくれてるから」

「む~ぅ……」

 

 長身の瑤と小さな藍の、年の離れた姉妹みたいなやり取り。千香瑠はくすりと微笑んでから、台所の二人の方へ向き直る。

 

「ご飯は炊き上がるのを待つだけね。じゃあ次は恋花さん。恋花さんには鮭と大根の煮物を作ってもらいます」

「って、さっきと比べて急にハードル上がってない?」

「大丈夫。私もちゃんと手伝うから」

 

 恋花の抗議を軽く宥めつつ、早速準備に取り掛かり始めた。

 まず銀杏切りにした大根をステンレスの鍋に放り込んで下茹でをする。

 

「千香瑠、どれぐらい茹でればいいんだっけ?」

「竹串がすっと刺さる程度ね。それと、さっき取っておいたお米のとぎ汁も入れましょう。大根の臭みやアクが落ちるのよ」

「ふーん、そんなことに使えるんだ」

 

 もう一方、鮭の方は一口サイズに切り分けた後、骨を取り除いて片栗粉をまぶす。煮る前に、油を引いたフライパンの上で焼くのだ。

 

「表面がカリッとなるまで、薄らキツネ色になるまで焼いてちょうだい」

「はーい。……それはそうと、キツネ色ってよく分かんないよねえ。あたしキツネ食べたことないしー」

「そうね。私もキツネは調理したことないわ。でもタヌキは今度、挑戦してみようかしら」

「あ、やっぱ今のナシで」

 

 何か嫌な予感を覚えたのだろう。恋花がいとも容易く前言を撤回する。

 

「はい、いよいよ煮ていきましょう。最初は下茹でした大根だけ。水に醤油にみりんに味噌、お砂糖とお酒を入れて」

 

 フライパンにて、大根と調味料が熱を加えられ、ジュワっと香ばしい音と匂いを放つ。これだけでも既に食欲をそそられるところだが、恋花はぐっと我慢してフライパンに蓋をした。

 

「十分経ったら鮭を一緒にして、もう十分煮るの。それで完成よ」

 

 千香瑠の「完成」という言葉を聞いて、恋花は安堵したように息を吐いた。

 一葉もそうだが、恋花だって決して不器用ではない。

 ただ自炊において、最もネックになるのは()()だろう。おかずは一品用意して終わりとはいかず、様々な食材を用いて数種類作らなければならないのだ。栄養のために、そして食事を楽しむために。

 

「恋花さん、自分で作ってみて、どうだった?」

「思ってたよりは簡単だったね。まあ千香瑠のお陰なんだろうけど。でもまあ、おかずを何種類も作るっていうのは大変だよねえ。やっぱ千香瑠は凄いわぁ」

 

 料理自体が嫌いでなくとも、それを毎日の如く続けていくというのはリリィにとって大変な負担だろう。無論、千香瑠とてそれはよく分かる。料理をする人間だからこそ、人よりもよく理解している。

 だからせめて、時々でいいので、こういう場を設けて一緒に台所に立っていきたい。四人のことを思い浮かべ、千香瑠はそう願う。

 

「千香瑠様?」

「ううん、何でもないわ。さあ、残りのおかずも作っちゃいましょう。手の空いた一葉ちゃんにはほうれん草のお浸しをお願いするわ。私はお味噌汁を完成させるから。恋花さんには――――」

 

 千香瑠はまたもやテキパキと指示を出し始める。実は彼女、他の二人の作業を見ながらも、同時に味噌汁の下拵えを進めていた。

 ヘルヴォル控室に用意された調理施設はただの簡易キッチンなどではない。設備も道具も整っており、スペースも一般的な住宅のそれと遜色ない。流石はエレンスゲトップレギオンへの待遇と言ったところか。そのお陰でこうして三人で作業を進められるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ごはんまだー? らん、お腹空いたー。もう待てなーい」

「藍、こっち。こっち来て」

「瑤?」

「はい、プチシュー。皆には内緒だから、こっそり食べて」

「やったー!」

「本当に内緒だからね? 特に千香――――」

「瑤さん? 私、お願いしたわよね? 『ご飯の前におやつをあげないで』って」

「これは、違うんだ千香瑠。これは食育なんだ。シュー生地に使われてる薄力粉に、カスタードに使われてる卵黄やグラニュー糖やクリーム。素材それぞれに含まれる栄養素を身を以って実感することで――――」

「瑤さん?」

「ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中、ちょっとしたハプニングを交えつつも、ヘルヴォル控室のテーブルに出来立てほやほやの夕食が並ぶこととなった。

 茶碗に山と盛られた白米は薄ら湯気を立ち昇らせる。メインディッシュに当たる鮭と大根の煮物は食卓に醤油の香りを振り撒いている。香りと言えば、漆塗りの器に注がれた味噌汁も忘れてはならない。ジャガイモにタマネギにワカメといった定番の具材がたっぷり入ったその器から、味噌とカツオだしの仄かな風味が香ってくる。

 その他、ほうれん草のお浸しやキュウリの酢の物などが見られるが、出された品に共通しているのは()という要素であった。

 

「はっ! 料理に集中して今まで気付かなったけど。これ、肉が無いじゃん!」

「うふふ、今日はお魚料理ということで。お肉はまた今度ね、恋花さん」

「そんなー!」

「恋花、恋花。食べないなら恋花の分も、らんが食べてあげるよ」

「食べますー。食べないとは言ってませーん」

 

 恋花と軽口を叩き合っている藍も、瑤と共に食器や飲み物の準備を手伝った。

 そうして、ヘルヴォル全員で作り上げた食卓を囲むよう席に着いていく。

 

 両の掌を合わせ、食前の挨拶を唱え、各々箸を伸ばす。

 

 気になるのは、勿論実際の出来栄え。味だ。

 しかし心配は要らなかった。顔を綻ばせる一葉や恋花、口を一杯に開けて料理を掻き込む藍、そして黙々と箸と口を動かし続ける瑤を見れば、一目瞭然だ。

 透明な容器に溢れんばかりの水が注がれていくかのように、心が満たされる。この瞬間のために、自分は料理を作っているのかもしれない。

 

「また、今度……」

 

 控えめに切り出された千香瑠の言葉は周りに聞こえなかったらしい。その代わり、一葉の力強い言葉によって上書きされる。

 

「千香瑠様、是非また次の機会にご教授ください。しっかり復習予習の上で、汚名を返上して見せますから!」

「今度はちゃんと肉料理教えてよね。約束したからね!」

 

 恋花も加わってそんなことを言い出すものだから、千香瑠は思わず吹き出し、そしてゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさあ」

 

 食後に後片付けを終え、いざミーティングという流れになったところ、恋花が思い出したかのように声を上げた。

 

「藍はまあチビッ子だからともかく、瑤はあたしらと一緒に料理教わらなきゃ駄目じゃん」

「むーっ!」

 

 機嫌を損ね口をへの字に曲げた藍が席を移動し、恋花のお腹の肉を掴もうと手を伸ばす。本人が一番気にしている点を的確に突いてきたのだ。二人の手は忽ち掴み合いの攻防を開始する。

 そんな中、話に挙がった当の瑤は眉一つ動かさず事も無げに答える。

 

「私は別にいいかな。千香瑠にずっと作ってもらうから」

「残念~それは既にあたしが通った道なのだ」

 

 真顔の瑤に突然そう言われて、直後の恋花によるおどけた茶々も耳に入らず、千香瑠はドクンと心臓を跳ねさせた。

 どうにか顔には出さずに済んだ、と自分では思う。けれども舌の方は上手く回ってくれない。

 

「えっ、えーっと……」

「ちょっとー。あたしの時と反応が違うんですけどー」

「そ、そうかしら?」

「うえーん! 千香瑠ママの浮気者ー!」

 

 オーバーな調子で泣き出した恋花の肩を、藍がぽんぽんと叩く。

 

「恋花、現実を見よう。瑤とはきゃらくたー性が違うんだよ」

「うっさいんじゃい!」

 

 部屋の中に、食卓の周りに、またしても笑みが溢れる。

 お腹も胸も一杯になっていた。千香瑠もまた、ご馳走される側だったのだ。

 

「はい、皆さん。随分ずれ込んでしまいましたが、本日のミーティングを始めましょう」

 

 一葉がそう促すまで、ささやかな喧騒は続くのだった。

 

 

 

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