アサルトしないリリィ   作:坂ノ下

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やきもきカップルの中に亜羅椰さんぶち込んでみた 前編 (勇渚×歩結)

 背高のビルが立ち並ぶ東京の街の中、黒舗装の分厚い道路を一台の中型バスが疾走する。

 バス車内の客席には十数名の女子学生が肩を並べていた。ブラウンとホワイトを基調にする同一の制服のはずなのだが、細かなデザインが異なる者ばかりである。

 

「フ~ン、フフ~ン、フフ~ン~♪」

 

 座席の最後尾、窓際の席で頬杖を突いて陽気な鼻歌を口ずさんでいるのは、情熱的な炎の如き赤毛の少女。セミショートの間から覗くツリ目が高速で流れる東京の街並みを眺めている。

 

「ご機嫌だねえ、勇渚」

 

 赤毛の少女、辻本勇渚(つじもとゆうなぎ)の隣席から同輩が声を掛けてきた。

 勇渚は窓に向けていた首を反対方向へと回す。

 

「そりゃあそうでしょ。御台場での戦技交流会、うちだけじゃなくて近隣ガーデンのリリィも呼ばれてるわけだし」

「あぁ~、色んな女の子来るからね」

 

 勇渚からの返答を受け、青髪ショートにリボンカチューシャを付けた東久世徳子(ひがしくぜとくこ)はフワフワな相槌を打った。

 勇渚のプレイガールぶりは同学年では有名である。同じレギオンメンバーなら尚更だ。

 なので徳子もそれ以上突っ込むことはなく、腕の中に抱えていたプラスチックの容器から飴玉を取り出して舐め始めた。

 

「そう言えば、百合ヶ丘からも参加するみたいね。あそこも御台場と仲良いから当然と言えば当然なんだけど」

 

 中央の通路を挟んだ向こう側から、透き通るようなロングヘアを伸ばした少女――三輪田俐翔(みわだりと)が話題を引き継いだ。

 俐翔が「あそこも」と言ったのは、彼女らの通うガーデンもまた、これから向かう御台場女学校と友好関係にあるからだ。

 

「百合ヶ丘かー。どんな子が来るんだろ? 可愛い子だったらいいなー。楽しみだなー」

 

 わざと大きめの声を出しながら勇渚が横目でチラリと視線を流す。

 視線が向かう先は、俐翔の更に奥の席。勇渚と反対側の窓際席に座る緑髪ポニーテールの少女に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イルマ女子美術高校。東京は清澄白河に校舎を構える勇渚たちのガーデンだ。

 御台場で開かれる戦技交流会に当たってイルマは十五名のリリィを派遣しており、勇渚の所属するLG(レギオン)ハコルベランドからは二年生一名と一年生四名の計五名が参加する。

 ちなみに、イルマのトップレギオンたるLGイルミンシャイネスのメンバーは今回お留守番となっていた。

 イルマは多国籍企業G.E.H.E.N.A.(ゲヘナ)と繋がりの深い親ゲヘナ主義のガーデンだ。

 一方で御台場はゲヘナの過激な人体実験に反対する反ゲヘナ主義である。

 ただしイルマが提携しているイルミンリリアンラボは人体実験や強化リリィの施術に慎重な穏健派のラボであり、過激派のラボとはある種の冷戦状態にあった。

 そんな事情もあって、イルマと御台場は特に工廠科同士の技術交換などで交流を持っている。

 

 清澄白河からお台場まで、首都高速を南下すればあっという間だ。両者とも江東区に属し、距離的に近くアクセスも良好である。

 御台場女学校に到着したイルマのリリィたちはまず他校のリリィたちと同様に講堂へ集められ、そこで交流会の進行役を務める御台場のリリィ――なんか小さくて鬼の角みたいなヒュージサーチャーを付けてる――から挨拶と交流会の趣旨、進行予定を聞かされた。

 そこそこ長い話が終わり、講堂から解放された勇渚は日の光の下で大きな伸びをする。

 

「っ、んんーーーっ、終わったー!」

 

 開会式の次は早速戦技のお披露目……というわけではなく、自由時間という名のリリィ同士での交流機会が設けられていた。

 勇渚はその事実にほくそ笑む。

 

「ちらっと見ただけでも可愛い子、いっぱい居たなあ。どの子とお近付きになろっかな~?」

「うわー、もう物色し始めてるよ。俐翔ちゃんどう思いますぅ?」

「品位を疑う」

 

 徳子と俐翔の冷やかしも意に介さず、皮算用を口に出しながら勇渚は周囲に目を走らせる。

 講堂の幅広な出入り口から、様々なガーデンの色取り取りの制服が外へ出てきていた。

 御台場の青、メルクリウスの白、神庭の赤、百合ヶ丘の黒などなど。

 一見するとそれら他校の生徒に目移りしているようで、勇渚はただ一人のリリィを見ていた。

 腰まで届く長い緑髪を後ろで一本に纏め、キリリと引き締まった眉に意志の強そうな瞳。レギオンの先輩と何事か話している彼女、田代歩結(たしろあゆむ)

 かつてパートナーだった歩結を勇渚はずっと見ていた。

 そんな中、歩結と話していた先輩がパンパンと軽く手拍子をして後輩たちの注意を引いた。

 

「さて、これから自由時間ですが。折角の機会なのです。他校の方々と思い思いに語り合い、親交を育むのも己の糧とするのも良いでしょう。ただし、あまり羽目を外し過ぎないこと。イルマのリリィである自覚を常に忘れないように」

 

 ふんわりとウェーブがかった黄金のロングヘアが眩しい、ハコルベランドの司令塔の一人。諸井佐保(もろいさほ)はこの場での唯一の上級生として一年生四人を引率していた。

 佐保、勇渚、歩結、俐翔、徳子、以上五名がハコルベランドから交流会に参加するメンバーだった。残りはやはりイルマでお留守番となっている。

 今回は戦技交流会なのでこの人選だが、戦術交流会だったらまた違ったメンバーになるだろう。

 

「ちょっと勇渚ぃ、言われてるよー?」

「あたし?」

「勇渚しか居ないでしょ」

 

 佐保が他校のリリィと交流しようと離れた途端、徳子にダル絡みされる勇渚。

 一方、歩結の方には俐翔が問い掛けてくる。

 

「歩結は誰か気になるリリィとか居るの?」

「うん、戦闘スタイルとかポジショニングとか聞いてみたい人は何人か居るけど……。今はそういうの関係無く話すのも良いかもしれないと思って」

「まあ実戦のことは明日の実演でも話せるからね」

 

 周囲を見ると、ハコルベランドのように講堂付近で話し込む者も居れば、校内の別の場所へ移動する者も居た。

 早速異なる制服同士で入り混じっているのは、リリィたちの自由闊達な気風をよく表していた。

 漏れ聞こえてくる会話の内容も、真面目な戦術論やチャーム批評から取り留めの無い世間話や恋バナなど多種多様である。

 

「ちょっとよろしいかしら?」

 

 不意に、歩結たちの方へ声が掛けられた。

 歩結と隣に居た俐翔は勿論、徳子と勇渚もそちらに注目する。

 

「イルマの田代歩結さんですね。ご迷惑でなければ私とお話し致しませんこと?」

 

 艶やかな薄桃色の長髪を靡かせる少女が右の手の平を差し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚武のガーデンたる御台場女学校といえども、常在戦場なのはあくまで心構えの話。

 校舎内には憩いの場が幾つもあり、中庭を臨むガラス張りのカフェテリアもその内の一つである。

 今もそうだが、これまでにも何かの機会に呼ばれた他校のリリィがここを利用する光景が多々見られた。

 

『ガーデンは閉鎖的で思考の硬直化した時代錯誤者である!!!!!』

 

 ――――というのは意識の高い社会派市民たちの弁ではあるが、実際にはご覧の通り。

 そもそも軍事施設なら立ち入りがある程度制限されるのは当然で、防衛軍の駐屯地でも『一般市民をフリーパスで通さないのは閉鎖的』とはならないだろう。

 ただの学校だとしても、生徒と無関係な人間が用も無く侵入すれば不審者扱いされるのは無理からぬこと。

 もっとも、閉鎖的云々などと義憤に駆られている人間は往々にして『ガーデンは行き過ぎた自由主義に毒された欧米かぶれ!!! よそはよそ、うちはうち!!!』と同じ口でのたまっているので、単なるポジショントークと見るのが通説であった。

 

「歩結ちん、どうするんだろうねぇ」

 

 カフェテリア内の奥まった席を陣取った三人の内、興味津々といった様子の徳子が遠く離れた窓際の席を眺めてそう言った。

 視線の先では、四角いテーブルを挟んで歩結と件の桃髪リリィが何やら会話に花を咲かせているようだ。

 

「どうって、戦術について話すって言ってたし、歩結なら変な話に乗ったりしないでしょ」

 

 徳子と同じテーブルを囲む俐翔が当たり前のように答えた。

 

「ん~、でもなあ。百合ヶ丘の遠藤亜羅椰(えんどうあらや)ちゃんって、すっごい女の子好きだって有名らしいよ? もしかしたら、もしかするかも!」

「いや、だからって。直接会ったのは今日が初めてなんだし、そんなまさか……」

 

 あれこれと続く二人の議論は徐々に熱を帯びていく。こういうところは彼女らも年相応の少女である。

 ところが勇渚はと言うと、最初から議論とは距離を置いており、椅子にどっかりと腰掛けて明後日の方向を向いていた。

 

「別にいいんじゃない? もしかしても」

 

 投げやり気味に吐かれた台詞に、二人が一斉に勇渚へと振り向いた。

 

「歩結が誰と付き合おうが、いいじゃない。むしろ折角のこんなイベントなんだし、色々じっくり交流した方がタメになるかもね」

「……勇渚、あんたそれ本気で言ってんの?」

 

 俐翔に低いトーンで問い質されるものの、勇渚は肩をすくめて素知らぬ顔。

 三人のテーブルを微妙に剣呑な空気が包む。

 異変に周囲のリリィたちも気付いているかもしれないが、あえて首を突っ込もうとする者は今のところ居なかった。

 そんな折、テーブルの横を御台場の制服を着た何か小さくて可愛い紫のサイドテールの女の子が横切った。

 次の瞬間、飴玉の容器を弄っていた徳子が勢いよく席を立ち上がる。

 

「わぁぁぁぁぁ! 君、可愛いねぇぇぇ!」

「ふぇっ? わ、私のこと?」

「アメちゃん食べるぅ?」

「えっ、えっ?」

「一緒に遊ぼうよぉ」

 

 あたふたして立ち尽くす御台場の子に対し、徳子は勢いのままぐいぐい迫ってその手を取ると、何処かへ連れて行こうとする。

 徳子の奇行はいつものこと。

 窘めるべく俐翔が腰を上げたところ、新たに御台場のリリィが二人現れる。小さい子の両脇を固めるように、金髪で優雅な子と青みがかった黒髪の凛々しい子が。

 

「なっちゃんは差し上げません」

「不審者ですね。風紀委員に通報します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員室。

 

「お騒がせ致しました。以後同じことが無きよう指導致しますので……」

 

 騒動を聞きつけた佐保が詫びを入れに来た。

 無礼講というわけではないが、こういう場であるし、そもそも実害が発生する前だったので注意ですらなく聞き取り程度で済んでいた。

 しかしそれはそれ、これはこれである。

 

「あっはっはっー。まあこういうこともあるよ」

 

 一方で当人の徳子はどこ吹く風。廊下へ出てからもこんな調子であった。

 彼女はたとえ先輩相手でも、誰が相手であろうとも、常に我が道を行くマイペースである。

 

「…………」

 

 諸井佐保が、イルマの太陽がニコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんぎゃあああああああああっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、まだ日が完全に昇り切らない早朝。

 今回の戦技交流会では、御台場女学校南東の非居住区域におけるヒュージ討伐を通して交流を図ることとしていた。要は敵の()()()を兼ねた実戦交流である。

 なお大型ヒュージが確認される等、不測の事態が発生した場合は直ちに交流会を中止、御台場司令部の下で作戦行動に移行するよう予め通達されていた。

 ただそれまでの間は皆、思い思いのリリィと二人以上のグループを組んで沿岸部を進む。

 歩結もまた昨日誘ってきた百合ヶ丘のリリィと共に、二人で荒廃した埠頭の横を歩いていた。

 

「ハコルベランドの採用する(ファイブ)トップシフトには以前から興味があったの」

「それは、光栄だな。あのアールヴヘイムのAZにそう言われるなんて」

 

 AZ、即ちアタッキングゾーンとはレギオンの前衛として真っ先にヒュージとぶつかるポジションのこと。必然的に武勇が求められる役割だ。

 そして遠藤亜羅椰の所属するLGアールヴヘイムは世界トップクラスと評されるレギオン。

 歩結は一人のリリィとして彼女らアールヴヘイムを尊敬すると同時に、自分と似た戦闘スタイルを持つとあるリリィに注目していた。

 

田中壱(たなかいち)。貴方はTZで壱はAZだけど、スタイルがよく似てる。レアスキルやサブスキルだけじゃなく、前線でチャームを振るいつつ戦場を広く俯瞰し先を見据えて動く点。デュエルをこなしながら隊としての連携を高いレベルで図れる点。口にするのは簡単でも実践できるかどうかは別」

 

 今の歩結がこなしているT(タクティカル)Z(ゾーン)は言わば中衛。AZとB(バック)Z(ゾーン)の中間にあって、それら双方の役を補ったり隊の指揮を執ったりするポジションである。

 

「……私がAZからTZに転向したのは、個人だけでなくレギオンとして向上しないと戦いに付いていけなくなると思ったから。そのためには一歩引いて、司令塔的な視野も必要なんだ」

「そこはTZからAZへコンバートされた壱と逆なのね」

「壱さんは、この世の理のベクトル把握を最大限生かして前衛においても戦術を組み立てることが可能だとか。似たポジションのリリィとして尊敬してる」

 

 歩結は前々から百合ヶ丘のトップレギオンのメンバーと自分が比較されていることは知っていた。その比較対象について知ると、敬意の念を覚えた。

 

「ふうん……。ますます貴方に興味が湧いてきたわ。では貴方たちの誇る5トップシフトについてはどんな認識なのかしら? AZ五人体制なんて突破力は大層なものでも、その分ヒュージに浸透される危険も上がると思うのだけど」

「ハコルベランドは確かに外征を主眼に置いた攻撃重視のレギオンだ。でもそれと同時に可変フォーメションを採用したレギオンでもある。いつもいつも()()()()になるわけじゃないよ」

「成る程、つまり使いどころは弁えていると」

「アールヴヘイムに居る亜羅椰さんならよく分かるんじゃないか?」

「フフッ、そうね。仰る通りうちも可変フォーメション。状況に応じて陣形を変える。そのための複数司令塔。私たちと貴方たちの共通点ね」

 

 亜羅椰は切れ長の瞳を細めて笑みを浮かべる。その整った容姿と蠱惑的な雰囲気はどこかネコ科の肉食獣を思わせる。

 ネコ科と言えば、歩結は真っ先に一人のリリィを頭に浮かべる。

 気分屋で享楽的で、しかし胸の内に熱いものを抱えたリリィ。歩結にとって掛け替えのない存在で、しかし歩結自身が突き放したリリィ。

 いつも彼女のことを考えていた。歩結の中から彼女が離れていくことなど無かった。今この瞬間も。

 

「貴方というリリィについて、もっと知りたくなったわ。戦術やレギオン以外のことでも」

 

 目の前の亜羅椰が一歩前に踏み込んでくる。

 歩結も同年代の女子の中では背の高い方だが、亜羅椰もまた同じなので両者の目線がほぼ一直線に重なった。

 

「私たち、お付き合いしてみない? 勿論恋愛的な意味で」

「いや、それは流石にっ。私たち互いにまだ知らないことばかりなのに、性急過ぎるだろう」

「あら、知らないからこそ理解を深め合うのではなくて? 人はそうやって愛情を育むものでしょう」

「それはそうだけど……」

 

 歩結は予想外の事態に困惑した。

 遠藤亜羅椰が積極的な人物であることは短い交流の中ですぐに分かったが、昨日今日で交際を提案されるとは思いも寄らなかった。

 そもそも例の件以降、気を遣っているのかイルマには歩結に直接色恋話を振る者は少なかった。よりを戻すよう勧める者は居たが。

 

「ところで貴方、昨日からそうだけど、今日も私じゃなく別の何かを見てるわね。ほら、今この時も」

「……っ!」

「フフフッ。何となく、だけどね。そわそわしてるというか、気も()()()というか」

「すまないっ、失礼だった……」

「別に責めているわけじゃないの。ただ気になって。貴方にそこまで想われてる相手がどんな子なのか」

 

 歩結はまるで心臓でも掴まれたかのようにドキリとした。心の内を見透かされたようだった。

 不思議と嫌悪感や不快感が薄いのは、亜羅椰の話術や纏う空気のせいか。

 

「その子、イルマでお留守番?」

「…………」

「――――ではなさそうね。何かしら事情があるってわけ。でもどんな事情にせよ、共に歩んでないのなら、想いを形にしていないのなら、その事情を超えるまでの想いではないということになるわね」

 

 違う、と否定したくてもできない。()()を遠ざけてきたのは紛れもなく歩結なのだから。

 

「貴方が貴方自身を振り返ってから、それからもう一度返事を頂けないかしら」

 

 亜羅椰はそれ以上距離を詰めて来ず、微笑だけ残して沈黙する。

 そこには人の営みが途絶えた廃墟区画に似つかわしく物悲しい静けさが戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩結と亜羅椰が二人きりで埠頭付近を回っていた頃、勇渚たち残りの一年生三人組は内陸寄りの巡回エリアを進んでいた。

 お台場を含む東京湾埋立地の中でも、より沖合に近い南東部は再三再四ヒュージの襲撃を受けてきたことで現在では「廃墟か軍の施設か」といった状況にある。

 そんな最前線より幾らかマシとは言え、勇渚らの視界に映る倉庫群も首都の港とは思いたくないほどには寂しく映った。

 

「暇だねー」

 

 チャームを両腕の中に抱えた徳子がお気楽な台詞を発した。

 実際、彼女たちが巡回を始めてから遭遇したヒュージはスモール級がたったの二体。ケイブなどではなく、海の方から飛んできた者の討ち漏らしと思われた。

 

「こっちは外れみたいだけれど。貴方たちは良かったわけ?」

 

 俐翔が後ろを振り返ってそう尋ねた。

 若干棘を感じる物言いだが、別に他意は無い。これが彼女の()なのだ。

 

「はい。色々勉強になってますから」

「ガーデンからの指示でもありますので。桂も異存ありません」

 

 イルマの三人と行動を共にしている御台場のリリィ二人。竹久央(たけひさなかば)速水桂(はやみかつら)。昨日、徳子が少しばかり世話を掛けたリリィである。

 彼女らが徳子たちに同行しているのは、御台場のガーデンと佐保の間で話し合った結果であった。喧嘩両成敗、という意図では決してない。あくまで()()である。

 ただ央と桂、台詞に反してどこか不満そうに見えたりするのは、昨日のお姫様が一緒でないせいだろう。

 勇渚としては御台場のリリィたちに思うところは無いので別にいい。それよりも気を揉むことが彼女にはあった。

 

「歩結ちん、どうしてるかなあ」

 

 徳子が勇渚の内心を代弁するかのように――無論徳子のことだからただの気まぐれだろうが――呟いた。

 

「亜羅椰ちゃんと二人だってー。これは、あれかな? 吊り橋効果ってやつで急接近とか」

「うちの歩結とアールヴヘイムのメンバーに吊り橋効果を与えられる強敵(ヒュージ)が居るなら、是非とも私がお相手願いたいわね」

 

 俐翔が不敵な笑みで軽口を叩く。勇渚に気を遣っているとかではなく、ただの本音だろう。俐翔はそういう人間だった。

 

「まあ私たちはのんびり行こっか。はい、アメちゃんあげる」

「桂は遠慮しておきます」

「私は貰おっかな」

 

 いつの間にやら御台場の二人の前へ移動していた徳子が飴玉を配ろうとしていた。

 幾ら徳子といえども戦場に嵩張る容器を持ち込みはしない。ただ制服の至る所に飴玉をバラで詰め込んでいた。

 

「こんなにヒュージが出ないんじゃ、戦技も何もないでしょ」

「……確かに妙ね。事前の説明だともっと敵が多い感じだったのに。この程度の障害を設定するなんて、スパルタな御台場らしくない」

 

 勇渚の何気ない発言を受けた俐翔は目を細めて考え込む。

 

「さっさと巡回コース回って、終わらせようよ。詰まんないし」

「えぇーーーっ? 私、さっきのんびりしようって言ったじゃん。こういう時ぐらいさー」

「徳子はいつものんびりしてるでしょ」

 

 先へ急ごう急ごうという気持ちを勇渚は遂に外へと出した。

 すると徳子だけでなく、俐翔までこれに反応する。

 

「勇渚、何をそんなに焦ってんの」

「別に……焦ってないけど」

「バレバレなんだよね。誰かさんのことが頭から離れませんって」

 

 やけに突っ掛かってくる俐翔。

 彼女の言わんとするところは勇渚にも勿論分かる。分かった上でしらばっくれようとする。

 

「そんなに気になって仕方ないなら、歩結と一緒に行けば良かったじゃない」

「何で? 歩結は他の子と仲良くなりたいんだから。あたしじゃなくて」

 

 中等部二年の時、イルマ本校に押し寄せてきたヒュージとの戦闘の最中、勇渚は歩結を庇って大怪我を負った。そのことを激しく悔いた歩結は勇渚とすれ違うようになり、遂にはパートナーの関係を解消するに至った。

 二人の不和は今も続いている。勇渚の望みに反して。

 

「じゃあ歩結のことは置いといて、あんた自身はどうなのよ? どう思ってんの? 本当にこのまま終わっていいわけ?」

「…………」

 

 俐翔と勇渚の只ならぬ雰囲気に、事情を知らない御台場の二人は空気を読んで距離を取っていた。

 事情を知っているはずの徳子はというと、そんな状況お構いなしに、央から飴玉との交換で貰ったチョコレートをペロペロ舐めている。

 

「あーーーーーーっ! ったく! 私はねえ、まどろっこしいのが大っ嫌いなのよ! 遠回しに気を引こうとするぐらいなら、正面から突っ込んでいきなさいよ! このバカちんが!」

 

 尚も目を逸らす勇渚に痺れを切らした俐翔が襟元に掴み掛かる。

 分かっている。言われずとも分かっていることなのだ。

 勢いに押されて何歩か後ずさった勇渚だが、地面を踏み締めて俐翔の襟元を掴み返す。

 

「分かってるよ! やったよ! でも……! 歩結は『無理』だって、『元通りにはできない』って」

 

 至近距離で睨み合い、思いの丈を吐き出していく。

 同じレギオンメンバーでも、勇渚があの想い人についてここまで吐露したのは久方振りのことだった。

 

「押しても引いても駄目なら、押して押して押しまくるしかないでしょうが! 泣き落としでも何でもしてさあ!」

 

 互いの想いが視線に宿って火花を散らし合う。

 俐翔を掴む勇渚の手が震えていた。勇渚を掴む俐翔の手もまた震えていた。

 やがて密着していた二人の体が弾かれたように離れる。勇渚が俐翔を突き飛ばしたのだ。

 それから勇渚は俐翔たちに背を向けて一目散に駆け出した。無論、向かう先は決まっている。

 見る間に距離の空いた俐翔や徳子が何やら声を上げているようだが、今の勇渚の足を緩めるには至らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……全く世話の焼ける……」

 

 走り出した勇渚の背を見送った後、俐翔は大きな溜息を吐いた。

 

「俐翔ちゃ~ん?」

 

 そこへニヤニヤしながら猫撫で声を発する徳子が近付いてくる。

 

「何よ、気持ち悪い声出して」

「いや~、友達甲斐があるなーって。うじうじしてた勇渚がすっ飛んでったよ」

「別に、ただ言いたかったことを言ってやっただけよ。もしあれで駄目だったら……その時はまあ、ブリトーでも奢ってやるわ」

「はぇ~、これは恋愛巧者の貫禄」

 

 正直なところ、人間同士の惚れた腫れたの問題なんてどう転ぶか分からない。余計に拗らせて破局する可能性だってある。

 無責任だったかもしれない。

 ただそれでも俐翔は勇渚の背中を蹴り飛ばしたことを後悔していない。

 

「でも俐翔ちゃん彼女居ないよね」

「は?」

 

 俐翔、キレた。

 徳子のモチモチ柔らか頬っぺたを左右から摘まむ。

 

「この口がっ、この口がっ! ねじりパンみたいにしてやろうか!」

「いひゃいいひゃいいひゃいっ、こ゛へ゛ん゛な゛さ゛い~」

 

 タイプは違うが息はピッタリな二人の漫才に、遠巻きに見ていた央と桂は興味半分呆れ半分の視線を注ぐ。

 実戦の場とはいえ、交流会と呼ぶにある意味相応しい空気。

 だがそんな空気は突如としてお台場全体に鳴り響いた警報のサイレンによって掻き消えてしまう。

 表情を一変させた四人の耳に、続いて街頭スピーカーから御台場司令部の声が飛び込んでくる。

 

「東京湾埋立地南西及び南東方面よりヒュージの大集団を認む。戦技交流会参加中の全リリィは御台場司令部の指示の下、直ちに迎撃行動に移れ。これは訓練に非ず。繰り返す、これは訓練に非ず」

 

 

 

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