アサルトしないリリィ   作:坂ノ下

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舞台第二弾記念。
イルマのリリィたちがわちゃわちゃするだけのお話。


勉強会 (イルミンシャイネス×ハコルベランド)

 芸術学校としての顔も持つイルマ女子美術高校では各人に何かしらの楽器専攻が義務付けられている。イルマのOBである篠田澪瑚(しのだみおこ)教導官も当然その例に漏れず、彼女の部屋――ガーデンの教導官は機密事項を扱うため個室を与えられる所が殆どだ――の中にある戸棚にはかつて表彰を受けた証が慎ましやかに飾られていた。

 今、篠田教導官の元を訪ねた西川御巴留(にしかわみはる)たちの意識が向けられているのはそんな表彰状ではなく、幾つもの腕輪であった。戸棚の高い位置、ガラス戸の向こう側に大事そうに、しかし誇示するかのように収められた腕輪もあれば、壁に掛けられた腕輪もある。

 

「成る程、話は分かりました。つまり貴方たちイルミンシャイネスは新たな戦術・フォーメーションを模索している、と」

 

 部屋の主は上座に当たる執務机から移動して、部屋の中央にわざわざ簡便な丸椅子を持ち出し生徒たちの身近にて話に応じていた。

 

「はい。まずは篠田先生からご意見を伺おうかと」

 

 菫色の髪をアップで縛った切れ長の瞳のリリィ、御巴留が引き締まった表情で答えた。ガーデンの教導官にしてレジェンド大先輩の前だから……というわけでは特段ない。彼女は平素からこうなのだ。

 ちなみに、イルマ女子はガーデンの教導官がレギオンメンバーを選出するトップレギオン制度を長らく採ってきたが、編成面はともかく戦術面はリリィたちに大きな裁量を持たせてきた。元々自由を重んじる校風なのである。ただそれはそれとして、今みたいな指導を受ける・受けようと請う場面は当たり前にあることだった。

 

「それは、これまでシャイネスが続けてきた『徹底的な部隊統制』を崩すことも含まれていると、そう捉えてもいいのね?」

「そうです。もっと言えば、今までどおりの防御力を維持しつつも攻撃力を高められるものを、です」

 

 次に答えたのは同じくイルミンシャイネス所属の手島恋町(てじまこまち)。艶やかで緩やかなウェーブの金髪をした恋町は、御巴留のすぐ近くの斜め横という奇妙な位置に椅子を置いて座っているのだが、これにはちょっとした訳がある。

 

「高いレベルでの防御と攻撃の両立。中々欲張りな注文ねえ」

「先生、高いレベルではなくトップレベルでの両立です。目指しているものは」

「あら失礼」

 

 欲張りと評しながらも、御巴留の言葉を聞いた教導官の顔には期待や好奇心といった色がありありと浮かんでいるようだった。この人物が生徒のチャレンジ精神を取り分け好いていることを、短くない付き合いである御巴留たちはよく理解していた。

 

「釈迦に説法でしょうけど……シャイネスの密集陣形はリリィの防御結界をより硬くし、整列射撃は火力をより引き上げる効果があるわ。リリィ同士のマギを高め合うことでね。それを崩して攻撃的な陣形を組むとなると、今までのようにはいかなくなってしまうでしょう」

 

 普通、戦場で不必要に固まっていては敵からしたらいい的になるだろう。だがそのリスクを考慮しても、イルミンシャイネスの防御陣形は利点が勝っていた。

 

「その点は私たちも検討しました。対応策として、チャームの強化やバトルクロスの装備などを考えたのですが、いずれも従来陣形の水準を維持できるかは疑問が残ります」

 

 既存の装備で能力向上できるのなら既に実行しているだろうし、新たに開発するとなると一朝一夕にはいかない。御巴留が対応策として疑問視するのは当然だ。

 

「であるならば、迅速かつ確実に効果が見込める手は一つ」

「可変フォーメーション」

 

 御巴留と恋町の答えが重なった。

 

「攻勢時と守勢時でフォーメーションを使い分ければ攻撃力と防御力の両立は可能になるわね。理屈の上では」

「はい。ですが機に応じて切り替えていくとなると、やはり容易にはいかないでしょう」

「位置取りとポジションの選定について、更に突き詰めていく必要があるわ。でも幸いここイルマには、ちょうど可変フォーメーションに造詣のある子たちが居る」

「今日の放課後、集まって話をするつもりです」

「それは素晴らしいわぁ。善を急ぐのは良いことよ」

 

 両の掌を重ね合わせて我が事の如く喜ぶ篠田教導官。彼女は御巴留と恋町へにこやかな笑みを向ける。そしてその雰囲気のまま、御巴留と恋町の狭間へと視線を移す。

 

「と・こ・ろ・で! 先生は羽来ちゃんからもお話聞きたいな~」

 

 教導官の視線の先は、部屋の隅っこ。隅の椅子に座る一人のリリィを、部屋の壁と御巴留と恋町が囲むという世にも奇妙な光景。その囲まれたリリィは頭頂部にぴょこんと立てた癖っ毛をゆらゆら揺らしている。

 

「んんーっ、狭いよー」

 

 御巴留や恋町に比べて小柄な日比野羽来(ひびのわく)の体は二人によって守られていた。何から守られているのかというと、篠田教導官の視線からである。

 

「ほらほら、羽来ちゃんもこう言ってることだし」

「お構いなく」

「……あ、そうだ! 寒くないかしら? 扉が開けっ放しになってるから」

「いえ、大丈夫です。実技科目のあとで暖まっているので」

「先生が寒いのよぉ」

「肩を出しているせいでは?」

「心が寒いわぁーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空き教室の一つを借りたイルミンシャイネスの面々は、十数人で囲うような大テーブルを中心にして戦術談義を繰り広げていた。シャイネスの他にも、彼女らの要請を受けて集ったリリィの姿もある。その内の一人は御巴留の対面の席に腰掛け、本件議題に関し思うところを語っている。

 

「我が隊の用いる可変フォーメーションは攻撃型から超攻撃型ともいうべき極端な陣形へと切り替わるもの。ここ一番の局面で仕掛けるものであって、そう頻繁な変更は想定していませんわ。勿論、これは定型的なフォーメーションの可変が少ないという意味であって、状況に応じて陣形から外れ自由に動くことの否定ではありませんが」

 

 白のブラウスに包まれた両肩の上にツインテールの黒髪を垂らした神郡 鞠萠(かみごおりまりも)。イルミンシャイネスと双璧を成すLG(レギオン)ハコルベランドの隊長だ。両レギオンは結成の経緯や戦術思想の点で隔たりがあるものの、メンバー同士の交流が盛んで切磋琢磨し合っていた。また両方に掛け持ちで所属するリリィも居る。

 

「それでもよろしければ所感を申し上げますが……フォーメーションの可変において最もネックとなるのは、可変中のAZに伸し掛かる敵からの圧力でしょう」

 

 元々最前線にてヒュージの攻撃を受ける立場のAZが、隊列の変更で生じる隙のせいで更に危険が増すのは道理だろう。

 

「ただ鞠萠たちハコルベランドの場合、優秀なAZセンターが抑えてくれますので。大した問題にはならないわ」

 

 鞠萠がそう言うと、テーブルの端の方からガタと椅子の脚が鳴る。そこには身の丈180cmに達しようかという女子高生離れした少女が大きな体躯を縮こまらせ俯いている姿があった。そしてそのすぐ横では、対照的に小ぢんまりとした少女が薄い胸を張り小さな鼻を高くしていた。

 

「それはあなた方シャイネスも同じではなくて?」

「ええ、そうね。そちらのセンターと同様、うちも恋町が壁役として前線を維持するから。多少のことではカバーに綻びは生まれない」

 

 隊長二人を中心に議論は続く。が、あまり進展のある議論とは言い難かった。一口に可変フォーメーションと言っても、やはり性質を異にする両レギオンでそのまま共有できる部分には限りがある。

 話が煮詰まりかけた時、教室の出入り口が横開きに開いた。中に入ってきたリリィはすたすたと進んでいくと、御巴留の傍らで止まって書類の山とデータディスクを机上に置く。

 

「御巴留様、使えそうな資料を掻き集めてきました」

「ありがとう、紅々李」

 

 巌谷 紅々李(いわやくくり)。一年生ながらイルマ女子の生徒会長を務める彼女は各ガーデンの可変フォーメーション採用レギオンの情報を纏めてきた。

 紅々李は教室内の様子を一瞥すると、また御巴留の方に向き直る。

 

「そろそろ休憩を挟むべきです。このまま続けても建設的な話になるとは思えませんし」

「そのようね。お茶にしましょうか」

「もう用意してるので。あとは淹れるだけです」

「……ありがとう」

 

 そんなやり取りの後、室内の空気が緩んだ。それまでも一部のリリィたちは割と緩んでいたのだが、休憩の合図によって全体的にざわざわと雑談が始まった。

 席についたまま指で目頭を押さえる御巴留。そんな彼女に踵を返して紅々李が再び教室の扉に向かう。

 校舎内にある調理室に向かうであろう紅々李の前に、立ちはだかる者たちが居た。

 

「あれ~? くりくりちゃ~ん」

「くりくり言うな」

 

 右側から目を丸くした東久世徳子(ひがしくぜとくこ)がにじり寄る。

 

「何だか最近、御巴留様といい感じなんじゃな~い?」

「別に、普通でしょ」

 

 左側からニヨニヨと口角を吊り上げた三輪田俐翔(みわだりと)が詰め寄る。

 

「これ知ってる。ツンデレってやつだ」

「いや、あたしは前々から怪しいと思ってたのよ。やけに御巴留様に突っ掛かってたし」

「俐翔ちゃんと一緒だねぇ」

「それはない」

 

 ハコルベランドの悪童二人は好き放題に言いまくり、両脇から紅々李に付き纏いダル絡みし始めた。

 

「あんたたち、いい加減にしなさいよ! だいたい私には佐保(さほ)様が……」

 

 あまりの煩わしさに足を止めて反論する。ところがそんな紅々李の目の前へ、更に追加でもう一人。

 

「お相手は一人じゃなきゃ駄目ってことはないでしょ。頭固いよー」

「は?」

 

 第三の闖入者、胸元をラフにはだけた赤毛のリリィ。彼女は真正面から刺すように睨まれても、どこ吹く風と言った調子で要らぬ助言を続ける。

 

「イルマでは腕輪の交換も複数認められてるんだし。気になる先輩や後輩や同輩の10人や20人、声を掛けたっていいんだよ」

「あんたと一緒にしないでちょうだい」

 

 極論相手にせずと決め込む紅々李。

 しかし相手もしつこい。俐翔を軽く押しのけ割って入ると、紅々李の肩に馴れ馴れしく腕を回す。

 

「素直になりなってー。愛多きほど芸術もマギも満たされるって、ガーデンも推奨してるんだよ」

「何を推奨してるって?」

「だから、気になる子にはどんどん当たっていって……」

「そんな推奨は無い」

 

 腰よりも長いポニーテールのリリィが後ろから赤毛のリリィの腕を掴む。

 

「あっ、歩結(あゆむ)

「ちょっと向こうで話そうか勇渚(ゆうなぎ)

「あ~~~」

 

 ずるずると引き摺り、引き摺られ、二人は紅々李たちとは明後日の方角へとフェードアウトしていった。

 そんな光景をやや離れた所で見守っていたツインテールの双子の片割れが、眉根を垂れ下げおどおどと口を開く。

 

「だ、大丈夫かな? あの二人、最近仲直りしたばかりなんでしょ?」

 

 すると俐翔は軽く笑い飛ばす。

 

「大丈夫大丈夫。あれはああいうプレイだから」

「ぷっ、プレイって、何……?」

「ちょっとー! 叢雨(むらさめ)の前でおかしなこと言わないでよね!」

 

 双子のもう片方が色をなして俐翔へ抗議した。しかしそこへ徳子が絡んでいく。

 

「あれあれ~? おかしなことってなーにー?」

「それは……っ」

(れん)ちょんは一体どんなことを想像したのかな~?」

「ぐっ……こんの悪ガキども~っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。イルマ女子屋外訓練場。

 イルマ女子には他の強豪ガーデンと同様に屋内シミュレータールームの訓練システムもあるが、青空の下で錬成に励めるスペースも当然ある。基礎運動能力やフォーメーション訓練などは、普通の運動場でもできるというわけだ。

 雲が疎らで風の穏やかな、比較的暖かい訓練日和。この日、二つのレギオンの20名近いリリィたちがこの開けた場所に集合した。勿論各々のチャームを携えて。

 

「習うより馴れろ……と言うわけで、今日は可変フォーメーションのスイッチを実戦形式で試していこうと思う」

「実戦形式と言っても最初の内は動きを確認するのが主な目的だから、肩ひじ張らずにやって大丈夫ですからね」

 

 訓練について、宮本煌椋(みやもとこむく)中林海七(なかばやしかいな)が全体に向け説明する。共にイルミンシャイネスの二年生だ。

 

「始め我々シャイネスは従来の守備型陣形でスタートする。そこへ仮想敵部隊、もとい、ヒュージ役としてハコルベランドが襲撃を仕掛けてくるという寸法だ」

「勿論使用するチャームは低出力の訓練モード。私と煌椋で設定を一機ずつ確認済みです」

「では早速位置につこう」

 

 煌椋の号令で両レギオンのリリィが動き出す。彼女は確かにシャイネス選出のリリィではあるが、同時にイルマ女子の風紀委員長でもあった。また海七は生徒会副会長でもあった。そんな二人がレギオンを越えての活動で音頭を取るのは自然な展開と言えるだろう。

 シャイネスの面々が慣れた密集隊形を組んでいく一方、ハコルベランドはそこから距離を取るべく移動する。

 

「鞠萠様、鞠萠様! どう攻めますか!? ヒュージ役って面白そうですね!」

 

 ハコルベランドの中でもひときわ小柄なリリィ、上田伊万里(うえだいまり)が先輩の周りではしゃぎながら尋ねた。

 

「シミュレーターが充実しているお陰で、ヒュージをわざわざ演じる必要が無いものね。……ああ、でも今回、鞠萠は指揮は執らないの」

「えっ? じゃあ佐保様ですか?」

「残念ながら、わたくしでもありませんわ。お譲りしましたの」

 

 そうすると、自ずと指揮者は決まってくる。

 

「貴方たち、分かってるわね? 中途半端は許さない。やるからには徹底的にやるわよ。勝つつもりで」

「はーい」

 

 個性的なメンツの前で檄を飛ばすのはハコルベランド二年生残りの一人、續木姫翠(つづきひすい)。この時点で既に訓練の趣旨から外れているのだが、彼女のやる気は上げ止まる気配を見せない。

 

「最初にそれぞれの役を決めるわ。俐翔は、すばしっこいからペネトレイ種のヒュージね」

「当然ですね」

夕星(ゆうづつ)はデカくて硬いから、バスター種」

「でっ、でかっ……!?」

「徳子は…………まあ、テンタクル種でいいわ」

 

 特に思いつかなかったらしい。

 

「はーい、姫翠センパイ。あたし触手出せませーん」

「は? 気合で出しなさい」

「うぇ~~~っ」

 

 軽く準備を済ますと訓練開始。イルミンシャイネスの隊列にハコルベランドのリリィたちが襲撃を仕掛ける。

 チャームを用いた訓練には訓練用のペイント弾を使用することもあるが、今回は低出力の光学兵装をその代わりとしている。低出力とはいえ完全に無害というわけではない。至近距離から長時間に渡って照射し続ければモルモット程度なら殺傷できるかもしれない。何にせよマギの防御結界の前では無きに等しい代物だが。

 この訓練、当初は実戦形式の割に地味なものとなっていた。イルミンシャイネスが戦闘中のポジション変更を試すのが本旨であり、より本格的な実戦訓練は後々シミュレータールームにて行なう予定であった。今はあくまで基礎固めの段階なのだ。

 ハコルベランド扮するヒュージからの攻撃の最中、TZやBZのリリィが前に上がり、隊列を整え、反撃の後に後ろに下がり、また隊列を整える。このような動きの繰り返し。地味だが運動量は決して楽なものではなかった。

 しかしながら、やがて状況に変化が訪れる。何しろこの場にはイルマ女子でも随一の実力と癖を備えたリリィたちが二レギオンも存在するのだから。このままただで終わるはずもなく。

 

「クソザコヒュージぃ! ぶっ潰しますわよ!」

「やってみなさいよ! このクソチビリリィがぁ!」

 

 周りのリリィたちを置き去り状態で、なまはげも着ている蓑を脱ぎ捨て逃げ出す形相で剣戟を繰り広げる二人。似た者同士だが、相性は悪いらしい。

 

「あの二人、訓練の主旨も忘れてここぞとばかりに……」

美夜受(みやず)には私から注意しておくわね。姫翠の方は鞠萠に任せましょう」

 

 刃と刃の競り合う高音が響く中、頭を抱える御巴留を、最上級生である吉井霞子(よしいかすみこ)が労わる。

 こうしてイルミンシャイネスの、イルマ女子の新たな挑戦は()()()()()()()()()()な滑り出しとなった。彼女らの挑戦が実を結ぶのは、もう少しだけ先の話である。

 

 

 

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