私立百合ヶ丘女学院。下級生の集う新館寮の一角に、三部屋ぶち抜きの豪華豪勢スペシャルルームが存在した。ロココ調のフレンチ・アンティークが並ぶその場所で、今日から新たなに加わった部屋の住人が目を丸くする。
「これ、なーにー?」
浅紫の髪をお下げに結った少女、
「サポートロボットのモンちゃんですわ」
答えたのは結梨をここに連れてきた部屋の主。
すると件の物体は紫色をした2.5等身の体を揺らして口、もとい嘴を開く。
「ただいまご紹介にあずかりました、モンちゃんだペン! フランスはグランギニョル社出身。特技は炊事、洗濯、家事、子守に戦闘サポート。気軽に『モンちゃん』と呼んで欲しいペン。よろしくお願いしますペン!」
円らな瞳にずんぐりむっくりの体、翼と一体の前脚。それは紫色をした喋るペンギンだった。少なくとも見た目の上では。
結梨はその見た目以上の幼さからくる好奇心を顔に表しながら、ポケットの中からゴソゴソと何かを取り出す。
「何食べるの? 葉っぱ? ドングリ?」
「ペン! モンちゃんは皆のお友達だペン。皆と同じものを食べるペン」
だがしかしモンちゃんの主は非情だった。
「その子は体内で有機物を分解しエネルギーにできるので、鉄やガラス以外は食べられますわ」
「ぺェェェェェェェンっ!!!」
翼をパタパタ振って猛抗議。
「楓ぇー! 子供の前で夢を壊すようなことを言うんじゃないペン!」
「何を仰いますの、テーマパークじゃあるまいし。それに子供向きと子供騙しは別物ですわよ。あるがままを示すのが、誠実さというものでしょう」
「屁理屈! 屁理屈! 楓にはグランギニョル令嬢としての自覚が足りないペン!」
「そんな大袈裟な」
部屋のベッドに腰掛け『暖簾に腕押し』な調子の楓。そんな主に食って掛かるモンちゃん。一方で結梨は後ろから横から角度を変えつつ、体長40cmばかりのペンギンを観察している。
「結梨さん、欲しいなら差し上げますわよ」
「ペェン!?」
しかし結梨は「うぅん」と少しだけ唸ってから首を横に振った。
「いらなーい。あんまり可愛くないもん」
「ペェェェンっ!?」
クレーンに取り付けられた鉄球でぶん殴られた山荘の如き衝撃。モンちゃんは短い足で飛び跳ねながら必死にアピールする。
「そ、そんなことないペン。それにモンちゃんお掃除得意だし、お料理だってできるペン。お得だペンよー」
「ペットとしてどうなんですの、それ」
「ペットじゃないペン! サポートロボットだペーーーン!」
この日から奇妙な二人と一匹の共同生活が始まるのだった。
◇
ペンギン型サポートロボット、モンちゃんの朝は早い。この日も陽が昇り始める前にスリープモードから起動すると、その場に直立したまま自身に内蔵された電子メールと電子ジャーナルのチェックに入る。
「なになに~? グランギニョル社オルレアン工場の増築工事が完了、ペン。僕の生まれ故郷だペン。オプションパーツをどしどし作って欲しいペン」
ちなみにスリープモード中も部屋の隅っこに直立したまま。知らぬ者が見かけたらまさにぬいぐるみと映るだろう。
「百合ヶ丘戦技競技会のお知らせ。今年は一段と豪華なエキシビションマッチ、ペン。楽しみだペ~ン。僕も参加したいペン」
チラとベッドの方を見るモンちゃんだが、動き出す気配は無い。
「……あっ、卵が値下がりしてるペン! 今日は良いことありそうだペン」
それから暫く経って、モンちゃんは歩き出す。行き先は無論、ベッドの上に盛り上がった小山である。
「楓ぇー! いい加減に起きるペン! もう朝だペン! 楓ぇーーーっ!」
両の羽を使って思い切り小山を揺さぶると、小山がモゾモゾと自分で動き出す。
「んんぅ……いけませんわ
「寝言を寝て言ってる! 100点! でも起きるペン、今すぐに!」
「んんんんっ……」
蝸牛に等しき動きで寝具の奥底から楓が這い出して来る。と同時にベッドの上にできあがっていたもう一つの小山が小刻みに震える。
「まったく……ペン。今日は結梨ちゃんに身だしなみを教えてあげるって言ってたペン。それがこの体たらくペン」
「まだ早いじゃありませんの……」
「ペン! つべこべ言うんじゃないペン」
楓と寝ぼけ眼で起き上がってきた結梨を尻目に、モンちゃんはベッドから離れた部屋の壁際に歩いていく。そこで折れ戸を横開きに開け放った収納スペースから掃除機を引っ張り出した。全長で見れば自身よりも大きなその機械を、若干の苦戦を経てスタンバイさせる。傍らには雑巾の垂れかかったバケツや羽毛豊かな
そんなペットの姿を前に、楓は就寝前よりも癖のついた茶髪を掻き上げる。
「モンちゃん、結梨さんが来たからといって、張り切り過ぎですわ。淑女なら、いつ如何なる時でも自然体でいなければ、お里が知れますわよ」
「大言なら一人で全部掃除してから吐くペン。無駄に馬鹿みたいに大きな部屋にするから、お掃除大変ペン」
「んまぁ~、相変わらず口が悪いですわ。一体どこの誰に似たのやら」
「今モンちゃんの目の前に居るペン」
グランギニョル社が誇るAI技術の賜物である。
◇
鎌倉の丘陵地帯に校舎を構える百合ヶ丘女学院は広大なキャンパス内に豊かな自然を擁している。
ある日ある時、住処であり仕事場でもある新館寮から屋外に出たモンちゃんはキャンパスの中を歩いていた。誰に指示されたわけでもなく、あてどなく。ただでさえ広い土地が、ペンギンの短い足ではより一層広大なものと化していた。
「ペン、ペン、ペンっ……」
やがて小高いの丘の上に到着した。ここから前方に臨む一際巨大な建築物こそ本校舎。今頃はちょうどリリィたちが学びを終えて、自主訓練なり何なりに移っている頃だろうか。
「ペン! 本日18:30より突然のにわか雨の恐れ」
モンちゃんには天気予報の通知システムも搭載されていた。飼い主からはあまり活用されていなかったが。
「……ペン?」
その時、モンちゃんは校舎の方角から近付いてくる人物を見つけた。黒衣の百合ヶ丘標準制服に、明るい桃色のセミショート。モンちゃんの居る丘の方へと走ってくる。
「梨璃ちゃん!」
モンちゃんがその場で飛び上がってアピールすると、彼女はすぐ前までやって来て足を止める。
「モンちゃん!」
「ペン! 梨璃ちゃんどうしたんだペン? もうお勉強は終わったペン?」
彼女、一柳梨璃は結梨の名付け人であり、由比ガ浜の海岸で遭難していた結梨を最初に発見したリリィ。現状、結梨の保護者のようなポジションに収まっていた。幼さの残る言動と見た目だが、一レギオンの隊長である。
「それが……講義が終わった途端、結梨ちゃんが飛び出しちゃって……。今捜しているところなんです!」
結梨は発見された経緯と身元不明な点から外出を制限されていた。まさか行方をくらましたりはしないだろうが、梨璃が慌てるのも無理はない。
「大変ペン! モンちゃんも結梨ちゃん捜すペンよ!」
「うん、お願い!」
当然の如く協力を申し出たモンちゃんは、梨璃とは別方向に走り出す。その先に校舎や寮は無い。代わりに背の高い木々と緑の繁みが広がっている。学舎の中の山川草木。否、それらの中に学舎が置かれたというべきか。
林の只中を縦断するように伸びた石畳の小道を進んでいく内、モンちゃんは早くも目的の尋ね人を発見した。進路上の小道の上に居た。梨璃よりも先に見つけたのは完全に偶然だ。何か明確な根拠をもとに捜索していたわけではない。
「結梨ちゃーんっ!」
声を掛けられた結梨はというと、背を向けたまま中腰の姿勢を続けている。小道の脇に広がる繁みの奥を見つめているようだ。
「ペン?」
減速して立ち止まったモンちゃんは小首を傾げた。胴体に埋もれて有るんだか無いんだがよく分からない首を。
そうしている内、件の繁みがガサゴソと揺れ出して、小枝をしならせ葉を散らして中から生首が露わとなる。
「ペぇン!?」
「ネコー」
思わず尻餅をついてしまったモンちゃんとは対照的に、嬉しそうな声を上げる結梨。それもそのはず、生首の正体は茶トラ模様の猫だった。
百合ヶ丘の敷地内では何匹もの猫が放し飼いされていた。地域猫ならぬ学院猫だ。無論全て検疫済み。その昔、「小動物がヒュージ化する」という説が囁かれていた頃とは隔世の感がある光景。
百合ヶ丘に限らず、都心から離れたガーデンがこんな風に生き物を身近に置いているのはアニマルセラピーとしての側面が大きい。現に今もこうして一人のリリィが夢中になっている。
「あっ、待ってー」
「ゆっ、結梨ちゃん待つペン!」
再び首を引っ込めた猫を追って結梨が繁みの向こうに突撃すると、モンちゃんも慌てて後を追いかけた。
緑が視界一杯に広がる中、結梨の気配を頼りに、不安定な足元に何度かバランスを崩しそうになりながら必死に走る。しかし悲しいかな、歩幅の差だけは如何ともし難い。モンちゃんは一向に結梨の背中に追い付けないでいた。
「待って、待って、結梨ちゃ~ん……」
やがて林の中を潜り抜けて見通しの良い開けた場所に出てくる。目標を見失わずに済むのは良いのだが、相変わらず距離は縮まっていない事実が明らかとなった。それでもモンちゃんは走り続ける。人工羽毛に覆われた体と顔に葉っぱを張り付けたままで。
ところがそんなモンちゃんに近付く不穏な影。突如として自分に覆いかぶさるように地面に移った黒い影に、足を動かしながらも横目で空を見やる。するとそこには翼を大きく広げた一羽の鳥が。
「タカぁーーーっ!?」
人間の子供でも圧倒され得るサイズ感だ。左右一杯に両翼を広げた飛行形態なら尚更である。地の上を這いずり回るペンギンからしたら、その威容と威圧感は如何ばかりのものか。
モンちゃんの絶叫がトリガーになったのかは定かでないが、鷹は頭を下方に傾け降下を開始した。グンと高度を下げて眼下のモンちゃんに迫る。
明らかに逃げ切れない。そう確信したモンちゃんだが、次の瞬間、地面に埋もれていた石に蹴躓いて思考を中断させられた。
「ぶぺっ」
期せずして盛大なヘッドスライディングをきめたモンちゃんのすぐ上を襲撃者が掠める。人と触れ合うためにあえて丸みを帯びて作られたサポートロボットの嘴と違い、本物の猛禽が備えたそれは正しく凶器。頭部の羽毛を幾らか持っていかれてモンちゃんは己が幸運に感謝する。
しかしながら、これで終わりだと思うのは些か虫の良すぎる話。前方へ通り抜けた鷹は低空を滑空した後、再び高度を上げてから旋回してきた。
「ペ、ペェン! モンちゃん食べても美味しくないペン!」
そう言ってモンちゃんは踵を返すが、当然相手に通じるはずもない。あっという間に追い付かれて頭上に陣取られると、嘴が飛んできた。今度は渾身の一撃ではなく、小技の連打。鋭い突きの嵐がモンちゃんを襲う。
「あっ、いたっ、痛い痛い痛い! つつかないで、つつかないでーっ!」
大空の狩人から獲物が逃げ惑う。そうして狩場と化した広場を駆け回っている内、いつの間にか鷹は姿を消していた。が、結局モンちゃんが落ち着けたのは小一時間も経ってのことだった。
◇
新館寮から程近い並木道。再びこの場所に戻ってきたモンちゃんは、植え込みの前に設置されたベンチの上に結梨を発見する。満足顔の両腕の中には茶トラの猫が収まっていた。がっちりと抱き抱えられて観念したのか、猫は抵抗する素振りも見せず「ニャア」と小さく鳴くだけだった。
「ネコネコー♪」
「結梨ちゃ~ん……。見つかって良かったペン……」
時は既に日が傾きかけた頃合い。にわか雨の予定時刻よりも早く見つかってモンちゃんは安堵した。そしてそのままフラフラとベンチに近付くと、地べたにペタンと腰を落とす。エネルギーを大分消費してしまった。駆けたり跳んだりは、ちょっとできそうにない。
「モンちゃんも食べる?」
そう言って結梨が右手を差し出してきた。その指先に摘ままれているのは小さく不格好な赤い果実。野苺だ。
本当はすぐ梨璃に連絡するなり寮の中に戻るべきところだが、空腹――という名のエネルギー不足――に負けたモンちゃんは野苺を受け取り嘴の中に放る。
「……すっぱ。でも美味しいペン」
一応、味覚機能も付いている。グランギニョル驚異の技術力。
「ニャ!」
猫が腕を伸ばして結梨にお代わりを強請る。基本的に猫は酸味を好まないはずだが、この味は嫌いでないらしい。
そんな光景を眺めつつ、苺を頬張りつつ、モンちゃんは眦を垂れ下げ顔を綻ばせる。
「えへへへ」
それから少し経って突然の雨に降られた。モンちゃんは梨璃が取り成しに来てくれるまでの僅かな時間、楓の説教を食らうのだった。
◇
にわか雨が百合ヶ丘に降り注ぐ少し前。ガーデン敷地内の庭園から離れた林に一人の女性の姿があった。一般の生徒があまり立ち寄らない林の中の、ぽっかりと開けた空間。妙齢の女性が見上げる曇り空に、一羽の鷹が翔ける。
ガーデンの中でもガンシップを運用するところは猛禽類を飼っていた。周囲の空を定期的に巡回させることで野生の鳥を遠ざけ、ガンシップ離着陸時のバードストライクを減らすために。ただ今回の出撃に際しては、また別の任務が課せられていたようだ。
円を描きながら女性のもとにゆっくり降下してきた鷹が、折り曲げられた左腕に着陸する。その直後、鋭い嘴を上下に開けて「ゲェ」と
「紫の毛玉とは、面妖な。……ああ、あ奴か」
・モンちゃん
アステカ帝国の指導者ではない
・楓
ペットは飼い主に似るとかなんとか
・結梨
モンちゃん一人だけでは運命は変えられないが……?
・鷹
タカ目タカ科
モンちゃんの天敵
理事長に飼育されているらしい