アサルトしないリリィ   作:坂ノ下

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親愛なる―― (楓×二水)

 手の平に握った携帯端末の上、流れるような指さばきでキーを叩く。全ての作業を終えて送信の操作をすると、今度は机の上に広げたお気に入りの雑誌に視線を移す。

 そうして十数分ばかり経っただろうか。唐突に、先程の携帯から呼び出しの電子音が木霊した。ディスプレイに示される相手の名を確かめるや否や、携帯の主は待ってましたとばかりに勢いよく通話のキーを押す。

 

紅巴(くれは)さん! どうでした!?」

「あ~う~、二水(ふみ)さ~ん……」

 

 茶色のセミロングを後ろで三つ編みにした少女が、自室の椅子の上で目を輝かせている。寮の二人部屋だが、幸いにも今は同居人が不在。携帯に向ける声はいつも以上に興奮を帯びていた。そしてそれは相手の方も同様らしい。

 

「素晴らしい、素晴らしすぎますっ。何なのですか、この『シュッツエンゲル契約式写真集』は!」

「ふふふ。紅巴さんにそこまで喜んでもらえたのなら、私も張り切って編集した甲斐があったというものです」

「ブーケとか、花冠とか、これもう結婚式じゃないですか! 姉妹で結婚とかしませんよね? それとも私の知らない間に姉妹の定義が変わっていたのでしょうか!?」

 

 相手は遠く離れた東京の、他校のリリィ。しかしいくら離れていようとも、彼女は趣向と志を同じくする魂の同志(ソウル・フレンド)なのだ。

 

「だからこそのシュッツエンゲル、擬似姉妹制度なんですよ。お姉様と呼び、呼ばれ合い、同じ学院で生活を共にし、ヒュージとの命を懸けた戦いで絆を育んでいく。そうして姉妹のように心通わせつつも、しかし実の姉妹じゃないので一線を越えることも可能というわけです」

「はぁ~、そんな深謀遠慮があったなんて。この制度を作られた方は女神様なのでしょうか?」

 

 早口でまくし立てられる解説には多分に願望が混じっていた。けれども、この二川二水(ふたがわふみ)からすれば確信をもって明言できることだった。

 

「だけど、ちょっと心配なんですが。もしも好きになった方が同じ学年だったら、いったいどうすれば? もしや叶わぬ想いに枕を濡らして……」

「あっ、それはそれで尊い……っじゃない。どうかご心配なく。同学年の場合、互いに同室を希望することがシュッツエンゲル契約に相当するとされています。これは学院の制度ではありませんが、全校リリィに認められている不文律です」

「どっ、どどど同室って、つまりそういうことじゃないですか!」

「かくいう我が一柳隊にも同室の方々がいらっしゃいまして。いつも一緒なのに、決定的瞬間は中々掴ませてくれない人たちで」

 

 昼下がりの長電話はまだまだ続く。

 完全寮生活の彼女たちリリィにとって、人の色恋沙汰は食に並ぶ二大娯楽の内の一つ。二水と紅巴はそれが特に顕著である。

 

「ところで二水さん。私、前からずっと気になっていたことがあるんです」

「はい、何でしょう」

「二水さん自身には、どたなか良い御縁のあるお姉様かお嬢さんはいらっしゃらないのですか?」

「私? 私にそういうのは、ありませんよ。リリィとしてもまだまだ未熟だし。地味だし」

 

 華麗で煌びやかなリリィたちに普段から注目している二水だからこそ、自己評価が余計に下方修正されがちだった。

 

「綺羅星の如く輝くリリィの皆さんの尊い関係を世に伝えることこそ、私の使命なんです。言わば語り部です。その肝心な場面を取り逃さない目と耳と運さえあれば、私には十分ですよ」

 

 さっきまでの早口が鳴りを潜めた二水。そんな彼女の机の片隅には、愛用のタブレット端末と並んで真新しい白のコンパクトカメラが置かれていた。

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院をはじめとしたガーデンはリリィたちの教育機関であると同時に、実際にヒュージ討伐を行う軍事機関でもある。卒業は単位制によって判定されるが、これはかなり融通が利くように運用されていた。戦闘、哨戒、待機任務等々により、全てのリリィが揃って同じ講義を受けられないため、必然的な措置と言えよう。

 そんなわけで、朝食後のこの時間に二水たちが校門前に居るのも、別に講義をサボってきたとかではない。

 

「本当に、ありがとうございます! 二、三人のグループで行くのが条件だったもので」

 

 二水が小さな体で大きくお辞儀をする先には、ウェーブがかったレッドブラウンの豊かな髪に豊かなプロポーションの少女が佇む。

 

「このくらい、どうってことありませんわ。講義室でお人形さんみたいにしてるのも退屈でしたし」

 

 何でもない風に答える(かえで)J(ジョアン)・ヌーベル。二水と同じレギオン一柳隊に所属するリリィ。

 

「それで、ヒュージネスト撃破後の環境影響調査、でしたっけ?」

「はい。由比ヶ浜ネストが消失してから、周囲の自然や生態系にどんな変化が表れてるか。それを調査する資料の一つとして由比ヶ浜付近の写真を撮りに行くんです。勿論、防衛軍と環境省が既に同じことをしてるんですが、リリィの視点からも調査して欲しいのだとか」

「で、学院側から二水さんへ資料収集の依頼があったと。人選の基準はもしや……」

「私のっ! 私の『週刊リリィ新聞』が評価されたんです! 学院から!」

「正しくは新聞の写真が、でしょう」

 

 週刊リリィ新聞とは二水が個人的に発行している学内新聞である。百合ヶ丘女学院での重大事を主に扱っているが、作風には筆者の趣向が色濃く反映されていた。

 載せた写真のおかげとはいえ、自身の生き甲斐である新聞が人の目に留まったのは純粋に嬉しい。故に二水はこの話を二つ返事で快諾したし、今もやる気に満ちている。

 

「ところで! 折角のこんな機会ですのに、どうして梨璃さんをお誘いしませんでしたの?」

「それがですね、その……。梨璃さんには座学の方に集中して欲しいな~と思いまして。評価が、その……」

「あっ……。で、でしたら仕方ありませんわね」

 

 楓は不満げな顔をすぐに引っ込め微妙な表情になる。彼女のこういう空気を読める点は、二水も尊敬していた。

 

「それにしても貴方がこの手の催しにご自分から参加なさるなんて。意外ですわね、鶴紗(たづさ)さん」

 

 気を取り直すように楓が門柱の方へ顔を向ける。

 長身で堅牢な柱を背もたれにして立っているのは、二水よりも若干高い程度の背丈。くすんだ金髪を後ろで一つに纏め、真紅の瞳は手にした携帯の画面を所在無げに眺める。彼女、安藤鶴紗(あんどうたづさ)もまた一柳隊の一員だ。

 

「別に。眠たい講義を合法的にサボれるから来ただけ。これに出れば出席の代わりになるって聞いたから」

「まったく、クールぶっちゃって。素直じゃありませんこと」

「と言うかサボりじゃありません! 立派な調査です!」

 

 声を大にして割って入る二水を意に介さず、鶴紗は携帯をポケットにしまって歩き出す。

 

「行くなら早く行こう。日が暮れる」

「あっ、待ってください!」

 

 門柱から離れていく鶴紗を二水が追いかけようとすると、やれやれと肩をすくめた楓も続く。

 

「この顔触れでしたら、私がまとめなければ収まりませんわね。仕方ないですわ。ま、私がいるからには大船に乗ったつもりで安心なさいな」

「ありがとうございます。やっぱり楓さんって、良い人ですねぇ」

「……その良い人っていうのは他意を感じるのでお止めなさい」

「気のせいですよう」

 

 一行は向かう。鎌倉府南端の由比ヶ浜、その西方へ。

 

 

 

 

 

 雲一つない晴天の下、二水たちは緑の生い茂る緩やかな丘陵を歩いていた。

 由比ヶ浜の海岸とその東側の調査には、本職である写真部やその他のリリィが赴いている。二水たち三人が担当するのは浜の北西に広がる山林地帯。由比ヶ浜ネスト構築前はこの辺りにも住宅が並んでいたが、今では廃墟と呼ぶのもおこがましい家屋の残骸が残るのみ。

 今、二水たちが纏っているのは、黒を基調としたシックなデザインの百合ヶ丘制服ではない。黒は黒だが、薄手のインナーの上にジャケットを羽織り、灰色のプリーツスカートとスパッツを身に着けている。いかにも動きやすそうな軽装だ。

 

「どうでもいいけど、何で訓練服?」

「それはですね、百合ヶ丘の制服で学院外を歩き回っていたら、またヒュージかと住民の方々を不安にさせかねないからです」

「こんなとこ来る人間なんて、そうそう居ないと思うけど」

 

 二水の答えに半ば呆れる鶴紗。その視線は頻繁に左右を行き来し、不測の事態に備えている。

 三人とも、背にはチャームを背負っていた。ただし抜き身ではなく、楽器ケースやスポーツバッグと見紛う入れ物に包んで。チャームとはヒュージに対抗する兵器だが、同時にリリィの半身とも呼べるものだった。

 由比ヶ浜ネストの脅威が消えたとはいえ、鎌倉の地が完全に平和になったわけではない。実際、一柳隊も何度かヒュージと交戦している。それでも以前に比べると格段に脅威が減ったのは事実。

 

「お二人ともご存じですか? 最近では鎌倉に遊びに来たり引っ越しに来る人が増えてるそうですよ」

「ええ。ネストが健在だった頃では考えられないですわね」

「私も末席とは言え、百合ヶ丘のリリィとして誇らしいです」

 

 喜色を浮かべてそう言いながら、二水は周囲の風景を両手に構えたコンパクトカメラで次々に収めていく。今回の調査に当たって学院から支給された仕事道具だ。小さくとも、性能に申し分はない。

 

「ただ……市街のほうではその他所から来た()()()()が問題になってるとか。ゴミの不法投棄やら不法侵入やら。不届きな輩もいたものですわ」

「ああ、そうみたいですね。だけどそれもある意味、平和に近付きつつある証拠ですよ。皆さんきっと、浮かれてるんでしょう」

 

 二水のその台詞で、楓は面食らったように瞬きする。

 

「二水さん貴方、意外に人の善性を疑わないタイプでしたのね……」

「どこぞのピンク頭ほどじゃないけどな」

 

 口々にそう言ってくる二人に対し、二水はこそばゆくなり首を振る。

 

「そんなんじゃないですよ。こんなご時世だから、少しでも前向きに受け止めたいだけなんです」

 

 その思いは、彼女が筆を執るリリィ新聞にも体現されていた。ゴシップ染みた記事もあるため難色を示す者もいるが、明るく喜ばしい題材で大方の読者は好意的。少なくとも百合ヶ丘のリリィたちからは。二水はそう信じていた。

 

 

 

 

 

「二水さん。少々よろしいですか?」

 

 数日置いて再び調査撮影へ向かおうとしたところ、一年生寮の新館エントランスにて待ったが掛けられた。

 引き留める声の主は、艶のある亜麻色の髪と左右色違いの瞳が印象的なリリィ。同じ一柳隊の郭神琳(くぉしぇんりん)

 彼女の右手には二つ折りにした新聞が見えるが、二水の書いたものではない。鎌倉府の市民に読まれている地元紙だ。

 

「こちらをご覧になりました?」

「はい。今朝、電子版の方で」

 

 地元紙の一面によると、昨晩の間、鎌倉市街中心部の並木道を彩っていた花壇が荒らされていたとか。根っこごと引き抜かれて散らばったチューリップや白百合の写真が痛々しい。痕跡から、下手人は犬猫の類でも勿論ヒュージでもなく、人間の可能性が高いそうだ。

 

「こんなことを仕出かしては、街にはいられないでしょう。だからこそ窮鼠となり得ます。学外に出るなら十分気を付けて」

「大丈夫ですよ。楓さんや鶴紗さんも一緒ですし。それに私みたいなのを襲う物好きなんて、ヒュージぐらいじゃないかな」

「二水さん」

 

 神琳がもう一度名前を呼ぶ。だがそれ以上引き留めることはしない。

 その代わり、彼女は二水の首元に手を伸ばして訓練服の襟を綺麗に整えた。

 

「どこに行っても、どんな格好でも、貴方は百合ヶ丘のリリィ。それをお忘れなく」

「はい、ありがとうございます神琳さん。行ってきますね」

 

 身を案じてくれる仲間と別れ、門にたどり着くだけでも一苦労の学院を後にする。

 向かう先は前回と同じ場所。かつての人の痕跡が、時間を掛けて緑に覆われた地。

 全てを漏らさずチェックしたわけではないものの、ここで何か新しい事実が見つかるとは思えなかった。

 

「こう何もないと流石に面白みがありませんわね。調査する意味あるのだか」

「ネストが消えて、この短期間ですし。私たち素人目ではちょっと。それに異常が無いのを確認するのも意味あることですよ」

 

 溜め息と不平こそ零す楓だが、今もこうして付き合ってくれている。彼女はやはり()()()なのだと二水は思う。本人にとっては心外な評価のようだが。

 

「私、キャンプ好きだし、自然も好きなんです。ただちょっと、ヒュージが造った光景なのが怖いところですけど」

「ヒュージが自然を造った……。惑星自衛説とやら? あのような人間を病原菌扱いする話、私は気に入りませんわ」

「勿論私だって、トンデモ説だと思ってますよ」

 

 民家の基礎と思しきコンクリートが苔に包まれ、自家用車と思しき鉄塊が蔦に巻かれ。元々あった山林と合わせて、そこはちょっとしたジャングルと呼んでも過言ではない。畏怖と神秘が共存する光景だった。

 

「ところで楓さん。さっきから鶴紗さんの姿が見えないんですが」

「さあ? 大方その辺りで野良猫と戯れているのでは?」

「それは、見てみたいような見るのが怖いような」

「はぁ~。本来なら今頃私も梨璃さんと戯れていたはずなのに。それがこうしてチビッ子や猫娘と遠足するはめになるなんて」

 

 楓が大げさに首を左右に振る。どうしてこうなってしまったのか分からないと言わんばかりに。

 けれども二水は知っている。朝、梨璃が教本を抱えて嬉しそうに上級生寮へ駆けていく姿を。そして楓がそれを知らぬはずがないことも。

 

「楓さんって、やっぱり良い人ですね!」

「貴方喧嘩売ってますの!?」

 

 憤慨した後、ブツブツと何やら呟き始める。そんな楓を置いて一足先に進んでいくと、緩やかな丘陵部の天辺に辿り着いた。

 ここより西は下り道。前回の調査では詳しく見ていなかった。

 

「こっちも同じだよね」

 

 そう自分に言い聞かせながらも、二水はカメラを構えて木々の中へ分け入っていく。調査だから、というのもあるが、これまでとどこか変わった空気を感じたからだ。根拠はないが。

 念のため、携帯用の探知機でヒュージ反応を確認する。反応なし。更に斜面を下る。

 鬱蒼とした広葉樹に廃墟跡。やはり変わらない。

 ふと、草むらの中に鎮座する人工物に目が留まった。また民家か自家用車かと思ったが、違和感がある。

 

「なに、これ……」

 

 お椀のように丸みを帯びた鉄塊に、赤錆と苔の緑がグラデーションを成している。その鉄塊に長く突き出た棒が一本。いや、よく見ると筒のようだった。

 

「戦車?」

 

 正体は戦車の砲塔部分。車体部分は爆散したか、ヒュージに捕食されたのか。防衛軍のものか、ひょっとすると自衛隊時代のものかもしれない。いずれにせよ長い間放置されていたのは間違いないだろう。

 最初、二水は近付くのを躊躇した。志願してリリィになったものの、別に荒事が好きなわけでも血生臭いのが好きなわけでもないのだ。

 

「これも資料、資料」

 

 だが今は個人の新聞のために来ているのではない。

 二水はゴクリと唾を飲み込んだ後、鉄塊の周りをゆっくり回る。様々な角度から慎重にシャッターを切っていく。

 傍らにチャームのケースを置き、膝立ちの姿勢で最後の写真を撮り終えた。それから背後の気配に向き直ろうとする。本当は少し前から気付いていたが、ヒュージの反応は出てないので後回しにしていたのだ。

 ところが――

 

「わ、ぶっ!」

 

 いきなりの衝撃で顔から地面に突っ伏した。カメラはどうにか死守した。

 そのまま地べたで回転し、仰向けになってから上体を起こすと、二水の視界に人影が写る。

 黒ずくめの装いに黒髪。年の頃は二水よりやや上ぐらいか。全く見覚えの無い男性だった。ただ確かなのは、この人物が二水を足蹴にしたということだけ。

 

「お前は、自分のしていることが分かっているのか? これが何なのか分かっているのか?」

 

 大上段から怒りに震えるような声が二水に降り注ぐ。

 

「お前みたいな奴らはいつもそうだ。他人の気持ちも痛みも考えず、他人の領域に土足で踏み込んでくる。何がマスコミだ、何がジャーナリズムだ。他人の不幸に群がる屑め」

 

 台本でもあるかの如く、淀みなく出てくる罵倒の言葉。

 反対に、二水は口を上下にさせるだけで言葉を紡げない。リリィは常に微弱なマギで守られているため、あの程度で怪我はしないのだが。

 どうして見ず知らずの人間に罵られているのか。何故こんな仕打ちを受けねばならないのか。理解が追い付かない。恐怖ではなく困惑が二水の頭を占めていた。ヒュージの奇襲なら想定できても、これは思いも寄らないこと。

 

「女やガキなら許されると思ったら大間違いだ。俺は腐った大人どもとは違う。その罪を……贖え!」

 

 敵意がゆっくりにじり寄ってきても、二水は立てない。この戦車、墓標みたいだったなと、混乱する頭で悠長に考えていた。

 あともう少しといったところで、土を踏む音が消えた代わりにくぐもった呻きが鳴る。

 

「女性の扱いが、なってませんわねっ」

 

 男の右腕を、楓が後ろ手にして捻り上げていた。

 男も必死にもがいているのだろうが、更に捻りを加えられると、だんだん顔がトマトみたいに赤くなる。やがて警察、警察と誰にともなく訴えだした。

 

「警察ならもう呼んだ。子供を暴行する不審者がいるってな」

 

 今までどこに行ってたのか。木陰の向こうからヒョイと現れた鶴紗が見せつけるように携帯を左右に振る。

 すると男は弾かれたように暴れだした。楓はあっさりと手を放す。

 

「都合が悪くなるとすぐに力に訴える。それが人間のやることか!」

「やかましい」

 

 鶴紗に一喝されると林の中へ一目散に走っていった。

 楓も鶴紗も後を追わない。あの後ろ姿に興味をなくしたかのように。

 そうして二人とも、戦車だった物と二水の元に近付いてくる。

 

「74式か。骨董品だな」

「あら鶴紗さん、詳しいんですのね」

「まあ、ちょっとね」

 

 彼女たちのやり取りを見て、二水は立ち上がり服に着いた砂を払う。それからようやく先程の凶行について思考を巡らすことができた。

 

「私が戦車を、戦いの跡を撮ってたから、怒ったんだよね」

 

 そう独り言ちた二水の両肩が、直後に勢いよく楓に掴まれる。

 

「二水さん! 貴方、あの輩の顔を見まして?」

「い、いえ……よく見ませんでした」

「口の端が醜く吊り上がっていましたわ。あれは鬱憤を晴らす獲物を見つけた時の顔。二水さんが思っているような、殊勝なものでは断じてありません」

 

 真っ直ぐな視線を注がれ、諭すような、それでいて有無を言わせぬ調子で掛けられる言葉。

 そこに鶴紗の低い声も便乗する。

 

「そもそも、見た目完全に子供の二水を蹴り飛ばすとか、頭おかしい」

 

 そうは言われても、二水の頭の中ではリリィ新聞のことばかりが跳ね回っていた。自分がこれまでやってきたことは何だったのか。自分の生き甲斐が傍からどう見られてきたのか。今の自分はまさしく矮小な子供ではないか、と。

 

 

 

 

 

 三日ほど過ぎて。調査資料の収集任務は他のリリィが引き継いでいた。当初からの予定通りであり、トラブルが原因というわけではない。

 本校舎一階にあるラウンジの隅。ソファの端に座り込む二水の姿がある。

 

「神琳さんから聞いたのですが、先日の輩が府警に逮捕されましたわ」

 

 二水の傍らに立つ楓が人伝で事の顛末を語り始めた。

 取り調べにおいて、脈絡のない社会批判を繰り返し叫んでいる。しかし精神錯乱とは見なされておらず、鎌倉府警は余罪を追及してるとか。

 

「ちなみに出身は静岡。陥落指定地域、ですわね」

「新聞にそこまで載っちゃうんですね……」

 

 ヒュージの侵攻に抗しきれないと判断された土地、陥落指定地域。そこから逃れてきたとなると、どんな目に遭ったのかは筆舌に尽くし難い。皆が皆、彼女たち一柳隊のリーダーのように腐らずにいられるだろうか。

 

「それとこちらは生徒会の方に伺ったお話。何でも事件を心配して学院に連絡してきた府のお偉方へ、理事長代行が少々大袈裟に話したとか。それが市民の皆さんにも伝わって、随分と捜査を助けてくれたそうですわ。あのお方も沈着冷静なようで、なかなかどうして……」

 

 途中、楓が沈黙する二水に気付いて話を区切る。

 

「二水さん。新聞は書かないんですの?」

 

 そう聞かれて二水はドキリとした。実際、今週は未だネタ集めすらしていない。タブレット端末を持って出ようとする足が躊躇してしまうのだ。

 あれだけ熱意を持っていたリリィ新聞なのに、まさかここまで迷うとは。情けなくて泣きそうになってくる。

 

「どうしても二水さんが書きたくないと言うなら仕方ありませんわ」

 

 そんなわけがない。そう叫びたかったが、言葉が喉の奥につかえる。

 そしてつかえている内に、二水の正面へ楓が移動していた。

 

「だけど私、二水さんの撮る写真が好きですのよ? 楽しそうに撮ってるのがこちらにまで伝わってきて。それに新聞を書いてる時の二水さんも」

 

 ソファに腰掛けた状態で、楓の胸にすっぽりと包み込まれた。体格差があったため本当に綺麗に収まった。背に回された腕に強く締められるが、柔らかな体と甘い香りのおかげか苦しさはない。

 

「と言っても流石に、梨璃さんと夢結様の下着姿を撮るのはどうかと思いますけど?」

「あははっ」

 

 二水はそこでようやく笑うことができた。

 

「駄目ですよ。楓さんみたいな美人さんにこんなことされたら、女の子は勘違いしちゃいますよ」

「罪作りな女の宿命ですから。甘んじて受け入れますわ」

 

 滅入っていた二水の心が軽くなり、カメラを持とうという気が湧く。

 自分でも酷く単純だと思う。抱き締められ、慰められただけで。

 本当にまだまだ子供だったのだ。

 

「楓さんって、素敵な女性ですね!」

「ふふっ、今頃気付きましたの?」

 

 前から知っていましたよ、とは心の中に留めておいた。

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