アサルトしないリリィ   作:坂ノ下

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モン・ストーリー ⑤ (モンちゃんと愉快な仲間たち)

 屋上。給水塔と転落防止用のフェンスがあるばかりの空間。そこに他所から持ち込んだであろう椅子が一つ、ポツンと取り残されていた。

 一つだけある屋上の出入り口から椅子の前まで歩いてきた楓は踵を返す。すると足元に、椅子と同じくこの場に取り残された物を見つけた。ハサミである。余計な装飾の付いていない、ただ切るためのハサミ。

 一瞥しただけで椅子にもハサミにも手を伸ばしたりせず、楓は繋がらない携帯電話を片手に元来た出入り口へと向かう。身を刺すような晩秋の風に吹かれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンちゃんは寮の部屋の中でいつものように掃除機をかけていた。掃除が終わって部屋を出てからもいつも通り。廊下を歩いている内に騒がしいことに気付くが、それでもいつも通り。やがて漏れ聞こえる話により結梨と梨璃に異変が起きたと知ってから、初めて焦り出した。

 

「ぺ、ペンっ、楓ぇー!」

 

 廊下を走る中、モンちゃんは視界に映った主の後ろ姿に向かって呼び掛けた。しかし彼女が振り返ることはなく、モンちゃんの足は仕方なしに速度を上げていく。

 

「楓! 楓っ! 何があったペン? 結梨ちゃんと梨璃ちゃんは、大丈夫ペン?」

 

 すると茶色の髪を向けたまま、楓の声が返ってくる。

 

「モンちゃんは暫くの間、部屋の中に居なさいな」

「何でだペン? 結梨ちゃんと梨璃ちゃんはどうなったんだペン?」

「少々面倒なことになっていいますのよ。だから、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていなさい」

「それじゃあ何が何だか分からないペン! 楓ぇ!」

 

 追い掛けっこでもするかのように暫く歩き続けていた二人は、やがて楓の自室の前に辿り着いた。モンちゃんからしてみれば、いつの間にか出発地点まで戻ってきたことになる。楓が扉を開けたので、モンちゃんもあとに続いて部屋の中へと入っていく。

 そこで楓はようやく正面からモンちゃんと顔を突き合わせる。

 

本社(フランス)から連絡は来ていませんの?」

「……今、来てたペン」

 

 モンちゃん内臓の電子メール、その内容は正直本人の理解を大きくはみ出すようなものだった。

 

「結梨さんについて、色々と言っていたでしょう」

「ペン……。実験がどうのとか、ヒュージ細胞がどうのとか、詳しいことはよく分からないペン。でも結梨ちゃんの居場所を探すように言われたペン」

 

 一柳結梨は、チャームメーカー『グランギニョル社』とマギ研究開発機関『G.E.H.E.N.A.(ゲヘナ)』が共同開発した人造のリリィである。その身柄を百合ヶ丘から奪還すべく、陰に陽に圧力が加えられている。それがこの騒ぎの全容というのだ。

 

「であるならば、今自分が何をすべきか分かっているのではなくて? グランギニョルのサポートロボットとして」

「そうだけど、そうなんだけど……。それじゃあいけない気がするんだペン」

「では会社の意向に歯向かうと?」

「ペン……」

 

 モンちゃんは答えられずに沈黙してしまう。楓は自身よりもずっと背の低いモンちゃんを黙って見下ろし続けている。

 

「楓は、これからどうするんだペン?」

「わたくしはわたくしが為すべきだと思ったようにしますわ。梨璃さんが今そうしているように。一柳隊もこれから、きっと同じようにするでしょう」

 

 話は済んだと言わんばかりに再び部屋を出ていく楓。一方モンちゃんは楓のあとを追わない。あとは追わないが、同じく部屋の外へと出る。そしてそのままフラフラと廊下を歩き出した。少し前までざわついていた寮の廊下は、不穏を感じる程に落ち着いている。

 モンちゃんのAIはパンク寸前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新館寮を出て道なりに進んだ先、緩やかな丘。

 

「ペン……。結梨ちゃん、今どこに居るんだペン。何をしてるんだペン。ご飯、ちゃんと食べてるペン?」

 

 芝生の上にペタンと座り込み、空を見上げる。

 

「僕はどうすれば良いんだペン?」

 

 返事は返ってこない。返事する者が誰も居ないからこそ、口に出したのだが。

 ところがそんなモンちゃんの思惑に反し、後ろから気配が近付いてくる。

 

「やあ☆」

「チャーミィ……。今はチャーミィと遊んでる場合じゃないんだペン」

 

 背後から短い手で頭をポンポンと触られるものの、いつものように突っ込む気が起きない。

 

「何だか大変なことになってるね☆ レギオンも幾つか出撃したみたい」

「ペ、ペン……。結梨ちゃんを、捕まえるためペン?」

「さあ? それは分からないよ」

 

 思わず最悪の事態を想像してしまったモンちゃん。恐る恐る問うが、チャーミィはチャーミィらしく飄々とした様子で答えを返してきた。

 いよいよ焦燥が極まって、モンちゃんはチャーミィにも内心を吐き出す。

 

「結梨ちゃんが危ないペン。助けないといけないペン。でも、どうすればいいペン? 会社はゲヘナと一緒に結梨ちゃんを捕まえる気ペン。ガーデンもそのつもりみたいだペン。こんな状況で、どうすれば」

 

 楓も言っていたように、一柳隊なら結梨と梨璃を守るために動くだろう。しかしモンちゃんはグランギニョル社のサポートロボットで、皆からも当然そう見られている。頼ることはできない。

 また同時に、チャーミィに打ち明けても仕方ないことも勿論分かっていた。だがチャーミィだからこそ打ち明けられたのだ。リリィの誰かではなく、この自称『チャームの妖精』だからこそ、気兼ねなく振舞えることもある。

 

「なーんだ、そんなことかあ。簡単さぁ! この前みたいに、ビューンと空を飛んでいけばいいじゃないか!」

 

 それができれば苦労はしない。今この情勢でそんなことをすれば、下手したら撃墜されかねない。しかしモンちゃんは話に乗る。

 

「それで、空飛んでいって結梨ちゃん梨璃ちゃんを見つけて、そこから先はどうするペン?」

「えっ? 二人を助けに行くんでしょ?」

「ぺ、ペン……」

「いや~残念だなあ。チャームの妖精としてボクも一緒に行きたいところだけど、『チャーム力』が溜まるのにもうちょっと時間が掛かるんだ。残念だなあ」

 

 チャーミィにそう言われたモンちゃんは俯き、次いで周りを改めて見回す。

 

「そう言えばここで、結梨ちゃん追い掛け回ったり一緒におやつを食べたりしたペン……」

 

 考えてみれば結梨がこのガーデンに来てそう月日が経ってないものの、過ごした時間は濃密だった。

 

「ペン……。結梨ちゃんにはまたここに戻って来て欲しいペン」

「今すぐには無理でも、ボクの『チャーム空間』に避難しておけばいいよ!」

 

 チラホラ混ざるわけの分からない単語は置いておいて、モンちゃんはチャーミィにちょっとだけ感謝した。

 

「ペンっ! どこまでできるか分からないけど、やってみるペン」

「ボクもチャーム力が溜まったらすぐに追い掛けるよ!」

 

 決心がついたモンちゃんはまず楓と連絡を取ることにした。何だかんだ言って、最後に頼れるのは自身の主なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧鎌倉市郊外、森林地帯。かつて鎌倉の町だった場所は、ヒュージ侵攻の影響により住民が避難したため、現在では廃墟と化していた。

 楓から電話で「一柳隊として廃墟地区に向かっている」と聞いたモンちゃんも同じくそこを目指す。やはり結梨と梨璃のことを一番分かっているのは彼女たちだろう、と思ったからだ。二人を発見できる可能性が高いはず。

 しかし今、モンちゃんは背中のブースターに火を灯すこともせず、ろくに道の無い森の中をひたすら歩いていた。ガーデンを発つときは飛んでいたのが。

 

「ま、まさか、あんなにドローンが飛び回ってるなんて」

 

 軍も結梨の捜索のために出動していると、楓から聞いてはいた。だがその動きはモンちゃんの想像よりずっと早かったのだ。

 

「い、急ぐペン。急がないと、結梨ちゃんが……」

 

 気は逸るが、飛んで行くわけにはいかない。地道に、徒歩で、短い足を前後させて地べたの上を行く。犬猫しか通りそうにない緑の中を。しかしそうやって目的地に辿り着いたとして、広い廃墟地帯から人二人探し当てるのは容易ではない。

 

「ペンっ」

 

 真上をドローンが通過する度、木の根元に伏せてじっと息を潜める。偵察用ドローンにはセンサーが載っているだろうから、電子機器を狂わせるマイナスマギ下でもない限り意味の薄い行為なのだが、この時のモンちゃんはそこまで考えが及ばなかった。

 そうして立ち止まりながらも廃墟地区にまで達すると、ようやくここからが本題である。結梨たちを見つけなければならない。だが想定される捜索範囲は広かった。元々この辺りは大都会というわけではないが、それでもそこそこの住宅や商業施設が並んでいたのだ。故に隠れられる廃墟にも困らない。

 

「流石に日が暮れちゃうペン。楓と協力して結梨ちゃん捜すペン!」

 

 モンちゃんは内蔵の通信機によって楓の携帯に繋げる。電話に出た楓の第一声は、幾分か焦れた様子。

 

「――――モンちゃん、ちょうど連絡しようと思っていたところですわ」

「どうしたんだペン、楓。結梨ちゃん見つかったペン?」

「ええ、ええ。結梨さんの件はとりあえず片付きました」

「片付いたって、結梨ちゃんガーデンに帰れるペン!? 帰ってもいいんだペン!? 楓ぇ!」

「ええい、その通りですから落ち着きなさいな!」

 

 激しく捲し立てるモンちゃんをピシャリと制すると、楓は要点だけを短く簡潔に伝える。

 

「現在、由比ガ浜沖からギガント級ヒュージがガーデンに向けて接近中ですわ。結梨さん捜索部隊は全て撤収。一柳隊も由比ガ浜に向かうところです」

 

 一難去ってまた別の一難というわけだ。それも結梨の件に浮かれていられないほどに差し迫った状況らしい。

 

「いいですこと? モンちゃんは速やかにガーデンへ――――」

 

 楓が最後まで言い切る前に、通信を終えて駆け出していた。拙速で愚かな行為。だがしかし、結梨のこともそうだが、全て終わってから到着しても何の意味も無い。その一念がモンちゃんを突き動かしていた。

 鬱蒼とした緑の下、来た道を戻って木々の途切れた空間を見つける。そこでモンちゃんの背中から、内蔵されたブースターがせり出してきた。ミリアムに取り付けてもらった新装備。ガーデンで散々に試運転してきた甲斐あって、今や息を吸うかの如く扱えるようになっていた。

 

「由比ガ浜……ペンっ!」

 

 白煙を地面に吹き付けて、ぬいぐるみ大の小さな体が空を駆け上がっていく。行き先は海岸、天まで昇れば容易に視界の中。もはや撃ち落とされる懸念はなくなったと思っていたのだ。件のヒュージを目の当たりにするまでは。

 しかし実際、空路を選んだ選択は功を奏した。幾らも飛ばない内に現場を視認できた。詳細な場所を聞かずとも分かる、それだけの光景が広がっていた。

 

「あれが、ギガント級ヒュージペン?」

 

 海上を悠々と進む巨城。そんな圧巻の威容が、不意に瞬いたかと思いきや、陸地に向けて光の奔流を解き放った。

 

「ぺぺぺぺぺぺんンっ!?」

 

 射線上の海水を、岸辺の砂浜を、内陸の岩壁を、光は全て焼き尽くして赤熱する痕を大地に刻み付ける。外野から飛んできたばかりのモンちゃんにも、その脅威を一瞬にして理解させる一撃だった。

 

「こんなのっ、皆はどうやって戦えばいいんだペン? ……そうだ、楓! 楓ぇ!」

 

 空中にホバリング状態で静止すると、思い出したかのように通信を入れる。

 

「ああ、もうっ! 急に切ったかと思ったらまた! 今大変な状況なんですのよ!」

「知ってるペン、上から見てるペン!」

「結梨さんが海上からギガント級に向かっていって、梨璃さんまでそのあとを追い掛けてるんですわ!」

「ぺっ、ぺぇぇん!?」

 

 にわかに信じ難い内容だが、信じざるを得ない。今まさにモンちゃんの視界の中に、海上の巨城(ヒュージ)目掛けて突き進む人影が映っていたからだ。

 

「海の上を、走ってるペン?」

「ブーステッドスキルかデュアルスキラーか分かりませんが、尋常ではありませんわ。ヒュージのもとへ辿り着けるかもしれませんが、それから先は……」

「モンちゃんが追い掛けるペン!」

「ってちょっと! 追い掛けてどうするつもりですの!?」

 

 楓の叫びをよそに、モンちゃんは再び背中のブースターを吹かせた。海面の上まで高度を下げて、結梨のあとを追う梨璃の方まず追い付いた。梨璃の動きは、結梨に比べてずっと緩慢だ。マギの力場を利用した跳躍を繰り返して少しずつ進んでいる。しかし普通はこんなものなのだろう。

 

「梨璃ちゃん!」

「もっ、モンちゃん? お願い結梨ちゃんを止めて!」

「ペンっ!」

 

 梨璃を追い抜いてモンちゃんは進む。ギガント級から放たれる弾幕は徐々に苛烈さを増していた。七色の光弾が海面に着水する度、あちこちで水柱が噴き上がる。

 被撃墜の危険と比例するかのように、結梨の背中が大きくなってきた。百合ヶ丘の黒い制服を纏った背中に、モンちゃんは声を掛けようと口を開く。

 

「結梨ちゃん!」

 

 口内のスピーカーの音量を上げ、名前を呼ぶ。

 

「結梨ちゃん結梨ちゃん結梨ちゃん!!!」

 

 呼び続ける。

 

「ゆ――――」

 

 それも目の前に広がった水柱によって無理矢理中断させられた。

 

「モンちゃん!」

 

 しかしその甲斐あって、ひたすらに走り続けていた結梨を振り向かせることができた。と同時に、モンちゃんの視界はプツリと途切れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗闇の中を一匹のペンギンが駆ける。そこは何とも朧げな場所で。地面か、海か、はたまた宇宙か。踏み締める足の裏からは確かな感触が返ってこない。

 そして曖昧なのは、走っている本人もまた同じ。ペンギン、AI搭載ペンギン型サポートロボット。しかしその存在は今や、風前の灯の如く揺れに揺らいでいた。

 

「ペンっ」

 

 ペンギンは立ち止まる。

 

「ここ、何処だペン。僕はどこに向かってるペン」

 

 返事はない。その代わり前方の暗闇に光が点いた。近付いてみると、それは場面場面を切り抜いた映像が浮かんだものだった。

 最初に映ったのは、海上を行く巨大ヒュージ。光線をあちこちに放って破壊を振り撒いている。

 次に映ったのは、一人のリリィ。空中で華麗に身を翻してチャームを振るう。

 そしてその次。次に映ったのは、()。再び一面の暗闇が目の前に漂うだけだった。

 

「…………」

 

 ペンギンは沈黙する。一匹、この世界にただ一匹という事実が、ただでさえ拙い思考を重く暗く塗り潰していく。言葉は出てこず、只々虚しい。

 そんな状態だったため、不意にトントンと肩を叩かれた時、ペンギンは殆ど惰性で振り向いた。すると頬っぺたに短い指が突き刺さる。少し痛い。

 

「……チャーミィ」

「やあ☆」

 

 何か腹立つ顔した黄色いネズミ(もど)きであった。

 

「チャーミィが居るってことは、ここは地獄ペンか」

「そんなわけないでしょー。ここはチャーム空間! チャームの妖精のチャーム力で作られた世界だよ☆」

 

 不思議生物の口から語られるあまりに浮世離れした話が、逆にペンギンの思考を現実に引き戻すことになる。

 

「……やっぱり、駄目だったペンっ。僕じゃあ役に立たなかったペン。リリィでも何でもない僕じゃあ。ゆっ、結梨ちゃんっ」

 

 丸い瞳が潤み、嘴から嗚咽が漏れる。一度湧いた根拠の無い自信は、現実の前に呆気なく粉砕されてしまった。

 

「君は、一体どうしたかったんだい?」

「結梨ちゃんを、皆のところに帰してあげたかったペン。また皆と一緒に笑い合えるように……」

「じゃあ、君自身は?」

「僕は、本社からの命令を聞かなかったから……」

「スクラップかな? あははー」

 

 能天気に方言を放つチャーミィの存在が、今だけは逆に有難かった。他の者にはここまで醜態を晒せなかったかもしれない。

 ペンギンは右手で涙を拭う。

 

「地獄行きでもスクラップ送りでもいいけど、せめて最後に結梨ちゃんの力になりたかったペン」

「どうしてそこまで必死になれるのかな?」

「当然だペン。結梨ちゃん、一柳隊の皆は友達だからペン」

 

 モンちゃんは迷わずそう言った。

 

「きっとこの時のために、総帥は僕のAIに良心回路を組み込んだんだペン」

「やれやれ。とんだお人好しだなあ、君も」

「そう言うチャーミィこそ、こんな地獄までモンちゃんにちょっかい出しにくるなんて、とんだ物好きペン」

「だから地獄じゃないって言ってるでしょ~。その証拠に、ほら」

 

 チャーミィの合図と同時に、モンちゃんのお腹からニョキッと金属の棒が生えてきた。見覚えがある。これはチャームだ。混乱しつつも棒の先を掴んで引っこ抜いてみると、全体が露わになる。その姿をモンちゃんが見間違えるはずもない。グランギニョル社製第一世代型チャーム、DC-22『シャルルマーニュ』であった。

 

「えええっ!? これどういうことだペン!」

「ふっふっふ、ここはチャーム空間。チャームの妖精のチャーム力を以ってすれば、これぐらい朝飯前さあ」

 

 チャーミィが腹立つ顔で胸を張る。

 

「力になりたいんでしょ? それなら急がないと。さあ!」

 

 辺りを埋め尽くす暗闇が薄れていき、光が二匹を照らし出す。

 

「でも、リリィでもない僕がチャームなんて」

「問題無いね。何故なら――――」

 

 ついにはまともに目も開けていられないほど、空間は眩く輝いた。

 

「チャームはっ! 心でっ! 動かすんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海岸沿いを移動しながら陸から結梨たちの動向を見ていた一柳隊はその場で立ち止まる。ギガント級がばら撒く砲撃が着弾した直後、一人と一匹の姿が消えたからだ。

 

「そんな……そんなっ!」

 

 鷹の目を持つ二水の反応から分かる通り、単なる見落としではない。

 

「……梨璃さんを連れ戻して退きましょう。ここでの戦闘は無意味ですわ」

「同感です」

 

 楓が、次いで神琳が撤退を促した。至極妥当な判断だ。感情面を考慮しなければ。

 

「しかし、梨璃を連れてくるのも難儀じゃぞ」

 

 ミリアムがそう言いつつ夢結の顔を伺った。夢結の視線は、遥か海上で立ち尽くす己がシルトを捉え……てはいなかった。

 

「皆、待って。様子がおかしいわ。二水さん?」

「えっ、え、えええええぇ!?」

 

 皆の見ている前で、突如として海面が盛り上がったかと思ったら、見慣れたペンギンが浮上してきたのだ。その後ろ足には、無事な姿の結梨が掴まっている。

 

「ペンっ! 結梨ちゃんしっかり掴まっててペン。防御はモンちゃんに任せるペン」

「うん! 一緒にあのヒュージをやっつけよう!」

 

 人ひとりをぶら下げたまま、モンちゃんは背中のブースターを全開にして飛ぶ。すると前方のギガント級から再び迎撃の弾幕が放射され、一人と一匹に襲い掛かる。羽ばたく必要の無いモンちゃんは両手で握り締めたチャームを光弾に対して振りかざした。

 端から見て誰もが目を背ける光景。ところが鷹の目を発動中の二水は興奮して凝視する。

 

「ああっ! あれはシャルルマーニュの防御結界ですよ! いったいどこから持ち出して、いやそれ以前に、何でモンちゃんがチャームを!?」

 

 二水の解説で子細を把握した鶴紗も驚き感心する。

 

「楓、あの子あんな力を隠してたのか」

「知りませんわ。何ですの、あれは」

「ええぇ……?」

 

 後方で困惑する主をよそに、彼女らはギガント級に接近する。このヒュージ、空中に浮かべた幾つもの子機を介して光線を増幅させているようだった。

 

「一番左から行って!」

「ペン!」

 

 ぎりぎりまで近付いた後、モンちゃんの後ろ足から手を離した結梨が子機の一つに斬りかかる。両手で握り直されたグングニルは、淡い光を発する鏡にも似た物体をいとも容易く両断した。それからマギで作った力場を踏み台にしながら、次々にデカブツの取り巻きを排除していく。ギガント級の弾幕は近接射撃も可能だが、結梨の軽業に中々追い付けない。追い付けても、モンちゃんのシャルルマーニュが光弾を弾き飛ばす。

 

「あともう少しペン。だけど、結梨ちゃんのグングニルが……」

 

 子機を全て叩き切り、最後にギガント級本体に刃を突き付けたところで、チャームに亀裂が走る。そして次の瞬間、巨大なヒュージの全身が白光を発する。崩壊間際の断末魔の如く。

 

「ぺっエエエエエエエエン!」

 

 モンちゃんはブースターを吹かし、がむしゃらに飛んだ。結梨を目掛けて突っ込んでいき、彼女ごと少しでも光の震源から遠ざかろうと。だが奮闘虚しく、一人と一匹が上空に逃げ延びるより先に、ヒュージが大爆発を引き起こした。

 一方、一部始終を見ていた一柳隊は楓の指示により動き出す。

 

「周辺警戒しつつ、現場海域を捜索いたしましょう。沖合と、岸辺に別れて」

 

 リリィなら、マギを利用した跳躍を用いて海上の移動自体は可能だ。しかし実戦的な話をすると、ヒュージからの砲撃を浴びつつそれを実行するのは中々困難だろう。故に戦闘直後の救難活動も少なくない危険が伴う。

 そんな中、先行する梅がお目当ての一つを発見したのは割とすぐのことだった。

 

「モンちゃん! モンちゃんは!? モンちゃんはどこ!?」

「おいおい、慌てるな。まずは陸に上がるゾ。な?」

「モンちゃんと、はぐれちゃった……」

 

 一人水面でバタついていた結梨を抱えて海岸に戻る。それから一柳隊は捜索を続ける。ガーデンからの応援も加わり、捜索は日が落ちるまで続く。

 結局、彼女たちは由比ガ浜でモンちゃんの痕跡を見つけることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガント級ヒュージ襲来から数日後。この一件は百合ヶ丘女学院は勿論のこと、世界中に多大な余波をもたらしていた。国際的研究機関G.E.H.E.N.A.が人倫に悖る実験を行なった上、国連や日本政府がそれに加担するも同然の行為に及んだからである。取り分け日本国内では政治的勢力図の塗り替えにまで及んでいた。近年まで「遺伝子的にヒトであると認められた者は由来の如何を問わず人とみなす」という国際条約へ強硬に反対していた者たちが失脚する形となったのだ。無論、彼らとて国や世界を想う心は本物。市井に下ってなおも、百合ヶ丘をはじめとした反G.E.H.E.N.A.勢力の欺瞞を暴こうともがいていた。

 

「本放送をご聴取されている国民の皆様に、真実をお話しいたします。皆様が重税に搾取され苦難に喘いでいるにもかかわらず、何故一向に戦局が打開できないのか? それは、ガーデン運営層に日本国籍保持者が一人も存在しないからなのです! 彼女らは敵が強く戦況が悪いほど人々の尊敬を集め利権を貪れる。故に皆様の不幸こそ、彼女らにとっては蜜の味。このようなガーデンを解体すれば、日本は必ずや再び甦る! Make Japan Cool Again. Make Japan Cool Again!」

 

 ラジオの向こうから、右でも左でもない素朴な一市民の勇壮な訴えが聞こえてくる。そんな体内内臓ラジオのチャンネルを適当に変えつつ、一匹のペンギンは鎌倉府内のとある海岸線を歩く。まるで物見遊山のようなゆったりした足取りで。ペタペタと踏み付ける道路のアスファルトには、ひび割れが目立っていた。

 

「ねえねえ、どこ行くの~?」

 

 ペンギンの数歩後ろに、もう一匹の珍獣が続いている。

 

「ねえねえ、ねえってば~☆」

「ついて来るなペン」

 

 にべもない対応だが、特に引き離そうとする素振りも見せず、相変わらずのペースで臨海道路を進む。

 

「百合ヶ丘から随分遠くまで来ちゃったけど。これからどうするんだい?」

「……モンちゃんが居たら、ガーデンにも会社にも迷惑が掛かるかもしれないペン。もう戻れないペン」

 

 違法実験は非難を浴びたが、それでもG.E.H.E.N.A.が世界中に大きな影響力を持っていることに変わりはない。それ故、モンちゃんは百合ヶ丘ともグランギニョル社とも連絡を絶ってここまで来ていた。

 

「モンちゃんは……僕は今日からモンちゃんじゃないペン」

 

 そう言ってモンちゃんは目元だけ覆う銀色の仮面を取り出し装着する。

 

「今日から僕はペンギン仮面だペン! 人知れずG.E.H.E.N.A.の悪行を成敗していくペン!」

「そっかー☆ それならボクは、唯一の旅の相棒にしてパートナー妖精だね☆」

「馬鹿言うんじゃねーペン。ついて来るなペン」

「まあまあ、そう照れないでよ。『旅は道連れ、恥は掻き捨て』って言うでしょ?」

「恥ずかしいって自覚あるのかペン!」

 

 荒涼たる無人の道を二匹は行く。一寸先は闇。されど何の根拠も無い希望を胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお三日後、普通に楓に見つかり連れ戻された。

 

「ぺ、ペンっ。モンちゃんはモンちゃんじゃないペン。ペンギン仮面だペン!」

「ほら、馬鹿言ってないでさっさと帰りますわよ」

「ペェェェェェンっ!」

 

 この時までグランギニョルがG.E.H.E.N.A.と袂を分った事実を知らなかったので、致し方ない。

 

 

 




モン・ストーリー 完

チャーミィ、チャットの時報では語尾キャラじゃなかったのに…
あざといペンねえ。
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