アサルトしないリリィ   作:坂ノ下

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アクアリウムの日 (弥宙×辰姫)

 広場の真ん中にどっしりと構える噴水が、辺りに無数の滴を降らしている。それは霧のようでもあり、清涼感を与えていた。生憎と今は冬なので、喜ぶ者は少ないが。

 そんな鎌倉市街の中心部を、白いブラウスの上から黒のコートを纏った金箱弥宙(かなばこみそら)は早歩き同然の速さで歩く。小柄な体躯に見合った小さい歩幅で。しかし惑うことなくぐんぐんと。背中で左右二つに纏めた灰色の髪が軽く揺れていた。

 弥宙が意志の強そうなツリ目を左右に動かし周囲を見渡す。

 朝のピークこそ過ぎたものの、街の中心だけあって未だ人の数は多い。

 だが混雑の中にも、お目当ての人物は割と早めに見つかった。

 目立つからだ。良い意味で。

 

 ドクン――――

 

 小さな弥宙の心臓が鳴った気がした。

 その少女は色素が薄く淡い空色をした髪を、細く編み込み左右に垂らしている。すらりとした長身に、ブラウンのオーバーコートの上からでも分かるスタイルの良さ。

 学院でもそうだが、街の中でもやはり目立つ。

 しかしながら、目立つのが良いことばかりだとは必ずしも言えないわけで。

 

「ねえお姉さん、今時間あるかな? 駅前に良いお店があるからよかったら――」

 

 少女に声を掛けたのは、更に背の高いショートカットの女の人だった。大学生ぐらいだろうか。テニスかラクロスでもやっていそうな清々しい印象の女性だ。

 

「……っ! あっ、いや……」

 

 声を掛けられた方はというと、まるで喉を詰まらせたかのような酷い反応。相手に目も合わせていない。

 いくらナンパが相手でも、これはないだろう。

 だが彼女にも彼女の事情がある。

 

「はぁ」

 

 遠目で一部始終見ていた弥宙は溜め息を吐き、それから足早に現場へと向かう。やはり急いで来て正解だったと思いながら。

 

「すみません、そいつ私の彼女なんですよ」

「えっ……あっ、ごめんねぇ!」

 

 弥宙に話し掛けられた女性は最初こそ驚きはしたが、意外なほどあっさりと引き下がった。早々と広場から退散し、その途中、こちらに爽やかな笑顔をして手まで振ってきた。

 引き際が良い。モテる女性はあんなものなのかと弥宙は感心する。

 一方で、街頭時計の柱を背もたれに立っていた件の少女は弥宙と目が合うや否や、パッと顔を輝かせて近寄ってくる。

 

「弥宙っ! 待ちくたびれたわよ!」

「まだ15分前だけど。そういう辰姫(たつき)は早いわね」

「エスコートするんだから当然よ」

「だったら『今来たところ』ぐらい言って欲しい」

「そういうものなの?」

「そういうものよ」

 

 森辰姫(もりたつき)。弥宙と同じチャーム技術者アーセナルであり、同じレギオンに所属するリリィでもある。

 辰姫は少しの間だけ首を傾げていたが、すぐに気を取り直して弥宙の左腕を掴む。

 

「そんなことより早く行きましょ! せっかくの非番なんだから!」

 

 非番にすることと言ったら大抵の場合、工房で一日中チャームを弄るか、各ガーデンの戦術論文をチェックするぐらいだろうか。

 だからいざ街に繰り出しても、弥宙にはすぐに行き先が思い浮かばない。今日は辰姫に予定を任せているが、彼女も事情は似たり寄ったりじゃないかと思う。

 それでも当人は自信があるのか、噴水広場に背を向け軽い足取りで前へ進む。弥宙とがっちり腕を組んで。

 身長差が10センチはあるので、少しだけ窮屈な体勢となっている。だが辰姫の方は気にならないようだ。「まあ、いいか」と弥宙も気にしないことにした。

 ただ周囲の視線を集めている点だけは、どうにも開き直れなかったが。

 

「今日は曇ってるわね。でも安心していいわよ、弥宙。そんなの関係ない所に連れてってあげるから」

「へえ、意外。何か屋外で遊ぶとこかと思ってた」

「そんなの街に来た意味ないじゃない」

「それもそうね」

 

 先程のお姉さんとのやり取りとは打って変わって、辰姫の口は止めどなく言葉を流している。

 同じレギオンの仲間内ではこうなのだ。それ以外との落差は極め激しい。これは彼女の強化リリィとしての出自が大きく関係していた。

 だが何にせよ、辰姫はお喋りが嫌いなわけでも人と遊ぶのが嫌いなわけでもないのは確かなことだ。

 

「ねえ弥宙ったら! 辰姫の話聞いてるの?」

「ちゃんと聞いてるわよ」

「それでね、滑川の主とやらを釣ろうと思ったんだけど、辰姫のお眼鏡に適う大物は居なかったわけ。次は境川にでも行ってみたいわね」

「それ、辰姫が見つけられなかっただけでしょ」

「そんなことないわ!」

 

 話しながらも、弥宙は横目で隣を見る。

 透き通った白磁の肌の、西洋人形みたいな整った顔立ち。薄っすらと桜色をした唇から、時折、八重歯が頭を覗かせる。大人っぽい容姿と子供っぽい仕草のアンバランスが、彼女の魅力を引き上げていた。

 

(私たち、付き合ってるんだよね……)

 

 弥宙は表面上何でもない風を装いながら、その事実を熱っぽい頭で噛み締める。熱があるのを辰姫が引っ付いているせいにして。

 二人が交際を始めた切っ掛けだが、特段何か劇的なイベントが絡んでいるわけではない。ただ何となくそういう雰囲気になって、交際を提案したら了承されたのだ。ちなみに提案したのは弥宙の方である。

 

「ほら着いた。ここよ、ここ」

 

 暫く歩いたところで、辰姫が左手で前を指差した。

 市街中心部から外れた場所に、フェンスで囲まれた二階建ての大きな建物がある。実際に訪れたのは初めて。しかし弥宙はそれのことをよく知っていた。

 

「水族館か」

「そうよ。ここなら天気なんて関係ないでしょ?」

 

 その水族館、元々は江ノ島にあったものを、ヒュージから逃れるために鎌倉市街へ移転させたという経緯がある。

 客の入りはそこまで多くないらしい。だが生態系の保護という名目で国から助成が出ているため、経営が逼迫しているわけではないのだとか。事実、ヒュージの出現により人目から消えてしまった生物を、ここを始めとした水族館でなら見ることができた。

 しかし、何故水族館なのだろう。弥宙にとって水棲生物と言えば、ヒュージ出現の前と後での海洋生態系の変化とか、そういった学術的な話ぐらいでしか興味はない。

 辰姫は釣りが好きだ。魚が好きだ。もしかしたら、自分が好きなものを恋人にも好きになって欲しいと、そう考えてくれたのだろうか。

 

「ふふっ」

「急に何? 笑ったりして」

「いや、いじらしいと思ってね」

「んー? ……変な弥宙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 館内に入ってみると、休日だけあって流石に人は少なくない。子供連れやお年寄りやカップルなど、展示スペースのあちらこちらに人の影がある。

 

「ここはね、クラゲとイルカが見物(みもの)なのよ。イルカはショーが昼過ぎにあるから、先にクラゲとか他の魚を見ましょう」

 

 そう言って辰姫は弥宙の腕を引っ張りどんどん先に進んでいく。

 辿り着いたのは大部屋。中央に無色透明のガラスが巨大な円筒状に張られ、その中で数十匹というクラゲが緩やかに浮遊するかのように泳いでいる。

 傘が大きい者に小さい者。触手が長い者に短い者。白色以外の、鮮やかに着色された種も珍しくなかった。

 

「ねえ弥宙、来てよかったでしょ? 辰姫に感謝しなさいよ」

「はいはい」

 

 水族館に来てよかったとは特別思わない。だが辰姫と来てよかったとは思っているので、おどけた調子で頷いておいた。

 それからも、二人は様々な展示を回る。

 中でも弥宙の興味を引いたのは、熱帯魚のコーナーだった。一般的に小型種ばかりイメージが沸く熱帯魚だが、そこでは80センチに達しようかという太く長い魚が存在感を放っていた。

 

「弥宙、知ってた? このウツボみたいな奴も熱帯魚なの」

「ウツボって、あのねえ……。ハイギョでしょ。えっーと、プロトプテルス、アネクテンス。依奈(えな)様が好きそうな奴だ」

 

 弥宙は自分たちの一つ上の先輩であり、所属するレギオンの司令塔でもある気さくな少女を思い浮かべる。

 番匠谷依奈(ばんしょうやえな)は水槽で生き物を飼うのが好きだった。とりわけ熱帯魚が好みらしい。レギオン控室にも水槽を持ち込んでいた。場所が場所だけに、世話の手間が掛からないものだったが。

 

「こっちこっち! これサメよ! 水槽でサメ飼うとか、いい感じにイカれてるわね! 辰姫は好きよ!」

「イカれてるとか言うんじゃありません」

 

 興奮気味に騒ぐ辰姫の前には大型水槽。中には体長1メートルを超す大型魚。黒い体色と平べったい頭が特徴のベステルチョウザメである。

 辰姫はこのサメが余程気に入ったらしい。水槽にじっと張り付いて見つめている。

 ところが当のサメには気持ちが通じなかったようで、そっぽを向かれてしまう。すると辰姫もまた興味を失ったのか、水槽から離れていった。

 

 そんな風に一通りぶらついた後、二人は館内にあるカフェテリアで休憩を取ることにした。

 

 意外にも、他の客の姿はまばらだった。昼にはまだ早いせいか。

 弥宙と辰姫も今はドリンク以外のものは頼まずに、目立ち難い隅っこの席でお喋りを始める。

 

「そう言えば、何でまた水族館なの?」

「へっ、何が?」

「だって、辰姫は人混みが苦手でしょうに。魚を見るなら海や川とかでもいいはずよ」

 

 入館する前からずっと気になっていたことを今更尋ねてみる。憶測はしていたが、それはあくまで憶測に過ぎない。それも自分に都合が良い類のものだ。

 

亜羅椰(あらや)が言ってたのよ。恋人には自分の好みばかり押し付けちゃいけないって。相手の好みに合わせることもしなさいって」

 

 辰姫が胸を張ってそう答えた。

 遠藤亜羅椰(えんどうあらや)は二人とレギオンを同じくするリリィ。辰姫のルームメイトでもある。

 百合ヶ丘でも屈指のプレイガールとして知られ、その手の浮名には事欠かない。

 だがそれは、亜羅椰という人間を表す一面的な物の見方に過ぎないことを弥宙は知っている。故に彼女がそんなアドバイスをしていても驚かなかった。

 亜羅椰のことを、弥宙は信頼している。

 しかし同時に、少しだけ複雑な感情も抱いていた。

 

「辰姫に粉をかけたのだけど、見事にフラれてしまいましたわ」

 

 以前、そんな話を亜羅椰本人から聞かされた。弥宙と辰姫が付き合い始めるよりも随分と前のことだ。

 その時の亜羅椰は肩をすくめ、いつものような軽い調子だった。

 亜羅椰は本命が別にいるが、本命以外に対していい加減かというと、そうではない。だからこそ彼女はモテるのだ。

 正直なところ、弥宙には亜羅椰と色恋事でやりあって勝てる自信はなかった。こればかりは自分の得意な戦術論やチャーム捌きのようにはいかないだろう。

 弥宙のコンプレックスである子供体型とは対照的な、大人びたスタイルと容姿。かつて強化リリィの副作用に苦しむ辰姫を支えたような、仲間を気遣う思いやり。そして何より、好意を相手に伝える積極性。

 そんな魅力的な女性が恋敵にならず、弥宙はホッとしていた。情けない話だが。

 

「……やっぱり、辰姫の好みでしょ。私は水族館なんて――」

 

 内心の葛藤をおくびにも出さず更に問うと、辰姫が驚いたように瞬きして口を開ける。

 

「だって弥宙、言ってたじゃない。依奈様の水槽見て『これ可愛いですね』って」

 

 言われて、はたと思い出した。

 先月か先々月か、ひょっとするともっと前だったかもしれない。

 本当に何の気なしに、レギオン控室で偶然目に付いた熱帯魚を見てそう呟いたことがあった。今の今まで本人すら忘れていたぐらい、弥宙にとっては些細な発言だったのだ。

 それを辰姫は覚えていて、今日この日のために連れてきてくれた。それぐらい彼女は弥宙のことを見ているし、言葉を聞いている。

 弥宙はすぐには返事ができなかった。

 

「あのさ」

 

 ようやく弥宙の口から出てきたのは、少しばかり流れを遡った話であった。

 

「恋人なんだから、こういう時ぐらい我儘を言ってもいいと思うわ。自分の好みを押し付けても。勿論、普段からそれじゃあ困るけどね」

「分かったわ、それなら次は辰姫の好きな川に行きましょう。辰姫は弥宙の恋人なんだから。今日は弥宙の好きな水族館よ。弥宙は辰姫の恋人なんだから」

 

 話を纏めて満足したのか、辰姫は口角を持ち上げ笑みを浮かべる。笑みはだんだんと深くなって、しまいには鼻歌までも加わった。(きた)るその日のことを思い浮かべているのかもしれない。

 だが一方で、弥宙の頭の中では思考が錯綜するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車窓から夕日の赤が差し込んでくる中、一両編成の電車が山間に伸びるレールの上を進んでいる。

 電車の振動に揺られながら、座席に座る弥宙は沈黙を保っていた。

 あれから、水族館でのカフェテリア以降、弥宙の中では一つの思いが巡り回っていた。昼食の間も、午後のイルカショーの間も、面には出さなかったが。

 しかし辰姫には気取られていたかもしれない。現に今も、隣に座る彼女は珍しく無言だった。

 自分たち二人しかいない車内の空間が、微妙な空気をより際立たせているようだ。

 やがて、学院付近の鎌倉駅で電車を降りた時、辰姫が前を行く弥宙の袖を引っ張った。

 

「弥宙は、詰まらなかった?」

 

 他に誰も居ないホームで。

 後ろを振り返った弥宙は真顔の辰姫を目にする。それは努めて表情を隠しているようにも見えた。

 

「弥宙、昼からあまり楽しそうじゃなかったから」

 

 やはり気付かれていた。

 どうやら自分は自分で思っていたよりも器用ではないらしいと、弥宙は内心で自嘲する。

 

「別に、詰まらなかったわけじゃない。ただ考えてたのよ。私は周りが見えていなかったって」

 

 そう言われて、辰姫は不思議そうに弥宙の瞳を覗き込む。

 

「私は樟美(くすみ)のことも(いち)のことも皆のことも、勿論辰姫のことも見ているつもりだったわ。でも実際はそうじゃない。辰姫が私を見ていることを、見ていなかった」

「えっ……?」

「だから悔しいのよ。私が辰姫を……好きって証明できるものが無くなった気がして」

 

 それは弥宙にとって自負だった。

 戦場では時に依奈に代わって司令塔を務め、学院では仲間の抱える問題に気を配る。それらを為すための観察眼。その点においてだけは、亜羅椰にも他の者にも負けないつもりだった。

 大袈裟な話かもしれない。だが理屈屋の弥宙にとっては譲れなかったのだ。

 

「弥宙は辰姫をよく見ているわ」

 

 電車が走り去り、背中へ直に夕日を浴びた辰姫が弥宙の弁を否定する。

 

「弥宙は辰姫のマギがおかしくなって苦しかった時、名前を呼んでくれた。手を握ってくれた。傍に居てくれた」

「でもそれは、私だけじゃない。皆だって気を遣ってくれたし、亜羅椰だって」

「辰姫は弥宙の顔と声を一番よく覚えているわ。辰姫が見ていた弥宙は、ずっと辰姫を見てくれた。だから弥宙は辰姫のことが好きなのよ」

 

 夕焼けに照らされた辰姫の髪がキラキラと輝いて、透き通った白い肌に影が差す。

 美しい。

 そんな美しい辰姫が自信を持って言い切るものだから、弥宙もまた己の感情に自信が湧いた。

 

「私は辰姫が好き。一生懸命お喋りしてるところが、バカ騒ぎして笑ってるところが好き」

「辰姫は弥宙が好きよ。辰姫のこと見てるところが好き。辰姫を好きなところが好き」

 

 弥宙は一歩前に踏み込んで、自分より大きい辰姫を包み込むように抱き締めた。

 鎌倉駅は危険区域の一角なので、関係者以外の出入りは基本無い。その事実に感謝して。

 首を傾け見上げたら、相手もまたこちらを見下ろしていた。

 弥宙が背伸びしたせいか、辰姫が屈んだせいか。どちらが先かは分からないが、互いの唇が重なった。

 

 ただちょっと触れ合って、またすぐに離れて。

 

 そうしてその場で立ち尽くしていたら、辰姫の両腕にひょいと抱えられる。

 まるで赤ん坊でも抱くみたいにあっさりと持ち運びされ、ホームの壁際に幾席か連なって並ぶ椅子の上に横たえられた。

 

「辰姫っ、ここ駅だから!」

 

 仰向けの体勢で発した静止の言葉は、辰姫の口によって文字通り飲み込まれる。

 辰姫もまた椅子の上に上がり、小さな弥宙に上からすっぽりと覆いかぶさった。

 辰姫の薄い桜の花弁が、弥宙の花弁を求めて吸い付いてくる。技巧など無しに、情動に駆られるままに。

 弥宙は引き剥がそうと、辰姫のコートを背中から引っ張った。が、離れない。

 辰姫の首を掴んで押し上げた。が、びくともしない。

 

 ちゅく、ちゅく――――

 

 そうして二人の口元から水音が鳴り始めた頃には、弥宙も抵抗を止めていた。

 

(まあ、いいか)

 

 力を抜いた両腕を左右に投げ出して。

 上気し、朱色の差した辰姫の顔を眺めて。

 レアスキル『ルナティックトランサー』を発動した時のように、一心不乱に、恋人の温もりに熱中する辰姫。

 その熱は弥宙にも伝染し、あるいは共鳴し、二人に冬の寒空を忘れさせる。

 しかしそんな夢心地の頭は、「カチッ」という小さな音と、前歯に走った衝撃によって覚醒させられた。

 

「……つぅ!」

「いっ……たぁい!」

 

 弾かれたように離れ、二人して涙目になる。

 

「このっ! あんたはせっかちなのよ! ちょっとは落ち着きなさい!」

「弥宙だって! 辰姫の首に爪立てたじゃない!」

「はあ!?」

 

 普段の調子に戻ってぎゃあぎゃあと口喧嘩を始める。

 そんな彼女らの様子を見ている者は、線路の向こう側を通り掛かった野良猫ぐらいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院に帰った弥宙と辰姫はその足でレギオンの控室へと向かう。今日は非番だが、明日以降の訓練についてメンバーで打ち合わせするためだ。

 LG(レギオン)アールヴヘイム。それが二人の所属するレギオン。

 控室の扉を開けた弥宙たちは予想外の事態を目撃することになる。

 

「あっ。依奈様、二人が帰ってきましたよ」

 

 ストレートの長髪を揺らしてこちらを振り向いた田中壱(たなかいち)が真っ先に口を開けた。

 だが弥宙が釘付けになったのは壱の奥、部屋のソファに横たわる物体。全身を布団か何かでぐるぐる巻きにされ、更にその上から縄できつく縛られている。顔だけは出しているから正体は分かった。我らがアールヴヘイム主将、天野天葉(あまのそらは)である。

 

「どういう状況……?」

 

 棒立ちで呟いた弥宙のもとに、待ち兼ねていたと言わんばかりの依奈が歩み寄ってくる。

 

「弥宙、辰姫! ちょっと聞いてよ! もう本当、大変だったんだから!」

「どうしたんですか?」

「ソラったら、訓練が終わった途端に貴方たちを追いかけようと飛び出したんだから。私と壱と亜羅椰の三人掛かりでやっとふん縛ったのよ」

 

 呆れたようにソファの上の天葉を見下ろす依奈。

 釣られて弥宙たちも視線を向ける。金髪美少女が簀巻きにされるというシュールな光景に。

 

「あははははっ! 天葉様、エビフライみたい!」

「エビフライかぁ。自分的にはロールケーキのつもりだったんだけど」

 

 爆笑する辰姫へ、天葉が大真面目に返す。まだまだ余裕らしい。

 

「天葉姉様、弥宙ちゃんと辰姫ちゃんの邪魔しちゃ駄目です」

「邪魔する気なんてないよ。樟美、いい? 可愛い後輩たちの初デートなんだから、心配して後ろからそっと見守るのは当然のことでしょ?」

 

 屈み込んでソファの傍に付き添う小柄な少女、江川樟美(えがわくすみ)は天葉のシルトである。彼女は手の使えないお姉様の口元までお菓子や飲み物のボトルを運び、甲斐甲斐しくお世話をしていた。

 そんなシルトを丸め込もうとする悪いお姉様に、依奈のジト目が一層きつくなる。

 

「あのねえ、ソラ。初デートって言っても街でのデートが初めてなだけでしょうが。工房とか、いつも一緒に居るようなものじゃない」

「いいや、私には分かる。環境が大きく変わって、二人にも何か劇的な変化があったはず。二人の仲を進展させる何かがね」

「はいはい、妄想も大概にしなさいよね」

 

 弥宙はドキリとした。

 実際妄想の類なのだろうが。天葉の勘の、何と鋭いことか。

 ふと視線を横にずらすと、弥宙と亜羅椰の目が合った。離れた椅子の上で脚を組む亜羅椰が、口の端を上げて無言でニヤリと笑った。

 どうやら弥宙たちのことぐらいお見通しらしい。

 やはり敵わない。そう悟って弥宙は小さく溜め息を吐く。

 

「まったく、後輩たちが可愛いならもっとちゃんとお祝いしなさいよ。私みたいに」

「依奈様! 何かしてくれるんですか!?」

「ええ、してあげるわよ~。ほら、こっちの水槽を見て」

 

 期待に目を輝かせる辰姫に対し、依奈は一つのガラスケースを指し示す。

 依奈のコレクションは幾つか見てきたが、それは初めて目にする水槽だった。中では淡い青色の熱帯魚と、灰色の同種が二匹で連れ添って泳いでいる。

 

「エンゼルフィッシュよ。体色は品種改良で変えられるの。貴方たち二人の色をイメージしたのよ」

 

 言われてみれば、そう見えなくもない。辰姫は感心したみたいに見入っている。

 しかし、これはちょっと厳しいんじゃないか。むしろ自分の趣味の方が大きいんじゃないか。そう思った弥宙は掛ける言葉が出てこなかった。

 そしてそんな弥宙を代弁する者が一人。

 

「依奈様、それ分かり難すぎ」

「なによ、壱。あんたもエンゼルフィッシュ欲しいの?」

「別にいりません」

「素直じゃないわねえ。緑のも探しておいてあげるわよ」

「だから、いりませんって!」

 

 どうあれ祝福してくれているのは間違いないらしい。

 街でも学院でも、本日はアクアリウムばかりの一日である。

 ああ、次は川の日だったな。そう思い出し、弥宙はフッと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~、そろそろこの縄、解いて欲しいんだけど。樟美ー?」

「ぐるぐる巻きの天葉姉様、かわいい……」

「えぇ……」

 

 

 




ハーメルン、みそたつSSないやん……。
        ↓
     自分で書いたろ!

という自給自足の精神です。

弥宙さんはもっとメンタル強いイメージなのですが、本作ではデート中なので感傷的だったということで。

ところで誰か茜様と月詩さんの百合書きませんかね……?
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