久しぶりにイスト聖に直接呼び出され聖地を訪れる事になった。世界政府のお膝元であるため、昨年のフレバンスの事を思い出してあんまりいい気持ちはしない。
フレバンスという国は一年と持たずに消えてしまった。生き残りが居るかどうかは分からないし、種に気付いたかどうかも定かではない。
組織というものは大きいものほど暗い部分が出来てしまうものだが、世界政府という世界を回す組織のあり方がこのようではいささか疑問を覚えそうになる。まぁ、王とは言っても個人が何を言っても仕方がないだろう。
「アスカル国王陛下、ご協力に感謝します。開門!!」
それにしても今日はなにやら衛兵やCP-0の姿が多い様に見える。普段も仰々しい様子で警備は厳しいがレヴェリーの開催時に負けないくらいになっている。何かあったのだろうか?と不思議に思いながらももう慣れてきたイスト聖の屋敷の一室へと辿り着く。
「よく来たな。報告書や送られてくる食材には満足してる。いつもなら依頼の話をするんだが、今日直接呼び出したのは面倒が起きたからだ」
面倒ねぇ……それも天竜人であるイスト聖が言う面倒だ。どれほどの自体かはあまり考えたくないが、聞かないわけにはいかない。
「天竜人にも家同士の付き合いがあり、いがみ合いの様なものもある。これがまた厄介なのだが…ここ数年、プラントの発展や提供物によって吾の立場、影響力というのが天竜人の中で上がった」
天竜人の派閥などもあるのだろうか?天竜人のトップと言えば五老星があるが、その下が勝手に争っているとは…衛兵も大変だろうな。もしやいざこざで被害でも出たのか、それで衛兵も多いのか?
「いざこざは否定しないが衛兵は別件だ。なんでも奴隷が逃げ出したらしい、吾にはあまり関係の無いことで動きに制限がかかって不愉快だがな」
なるほど、天竜人の奴隷となれば恨みも多いだろう。潜んで天竜人を殺す機会を窺うなんて事を想定すればこの警備の厳重さも納得がいくというものだ。奴隷の事は私には関係が無い、とすれば呼び出された案件はいざこざ絡みか。
「なにくわぬ顔で吾の保護する場に顔を出す馬鹿が現れ、色々と理由をつけては妨害をしている。逃げ足ばかり早く、捕まえられたのはごく一部……プラントも保護対象であり、グラン・テゾーロを一部の天竜人が気に入ってプラントの重要性は上がっている。そこで逆に被害が出れば……」
保護が出来ていないイスト聖の責任も問われるという事ですか……確かに政府も海賊も関係なく集まるプラントで事をおかしてもしらばっくれやすいし、狙われてもおかしくはない。今回の件、警告だけですか?
「それなら白電伝虫を置いてかけるだけだ。狙われると分かってるなら罠を仕掛けるに決まってるだろう」
プラントを大捕物の場にするというわけですか……天竜人の命令で出張ってくるのは十中八九サイファーポールだが、相手取ることを考えると面倒でしかない。それに狙ってくるタイミングが分からなければ対処も難しい。
「それは問題ない、吾がプラントに逗留すれば良い。馬鹿共も吾がいる間に手を出す事はしない。それなりに居座って、急用とかで私が消えれば、我慢の出来ない奴が手を出す」
それをしばいて終わりになれば良いんだが、懲りずに何度も来るのであれば正直対応するだけ無駄と言える。
「動かせばどうしても足はつく、後は黙らせるだけだ」
権力持ってる存在がこうも強いと味方だとしても恐ろしく思えるな。敵対者にはご愁傷さまとだけ念じておこう。滞在人数と予定している期間、後はイスト聖の護衛などはどうなりますか?
「吾とクチーナだけで十分だ。期間は最低でも1ヶ月、後は相手の動き次第だ。護衛は必要ない、吾も自衛程度は出来る。それにクチーナの奴は新世界でも戦えるレベルだ」
料理の修行先で色々と学んで来たらしい。覇気が使えるのは知っていたが……なんで料理の修行で戦闘技術が向上するのだろうか?まぁ、それはおいといて開始はいつですか?
「まぁ待て、逗留期間があるんだ。準備が出来てれば怪しまれる。まぁ、逗留の理由くらいは伝えておこう」
いきなり来るつもりですか……ッ!?理由の方も了解しましたが……いえ何も言いませんよ。オレにとって悪い事ではなさそうですのでね。
オレはいきなり視察に来たイスト聖の対応に追われていれば良いんですね。なんとも面倒な事になったが断るという選択肢はそもそもないのだかは心の準備だけしておこう。
「話はどうだった?」
聖地から降りて土船を進めていると海中からピアスが顔を出して問いかけてきた。緊急の用件との話だったので足になって貰ったのに悪いが今は言わないほうが良いだろう。
「そうかい…まっ、アスカル様がそう言うなら聞かないでおくよ。それで帰りは真っ直ぐプラントに向かっても良いのかい?」
入出で記録はついてると思うが……少し潜って行こうか。敵じゃなくてもコンタクトを取ろうとしている相手は多いからな。
そう言って船を土で覆って固めるとピアスは了解と端的に返し、完全に密閉されたのを確認すると船を沈ませる様に思い切り引っ張って泳ぎ始めた。
ピアスは魚巨人の特徴である巨体だが、その遊泳速度を持ってすれば大抵の追跡は振り切れる。海の底の方まで潜れば相手が魚人や人魚でない限り、そもそも追うことは不可能だ。
取引以上の関係を築こうと近寄ろうとしていた船は土船が潜った時点で諦めていた。サイファーポールらしき気配もあったが月歩だけではついてこれなかったようで引き返していった。まぁ、オレが探知出来る範囲での話なので確証はないけどな。
この土船は完全に密閉されても内部は問題ないのでしばらく海中の航海を行くとしよう。光源としてマグマを置き、光合成を盛んに行なう植物を一緒に配置することで呼吸面は数日保てるだけの余裕はある。
食料なんかは非常用の植物の種があるので問題はない。水は周りから土を通して濾過が可能だ。コーティングを必要とせずに気軽に潜れるが周囲を見れないのがこの移動方法の唯一の問題点と言える。
水圧で潰れる程の深さまで潜ることは無いので万が一に土船が危険になればクウイゴスの木片を身体に括り付けて飛び出せる様にもしている。まぁ、そもそも海中でピアスが負けるほどの相手は少ないとない思うがな。
「ん……アスカル様、少し良いかい?」
しばらく海中を進んでいると船が止まったのに気付き、どうしてのかと思っているとピアスの方から声がかかった。
今は特別急ぐ理由もないから構わないが、アスカルの感知には何も引っかからないので何かあったのか?と不思議に思い尋ねる。
「いや、海水に混じって血の匂いがしてねぇ。ちょいと耳を澄ませたら魚たちが魚人が血まみれで泳いでたって話し声がしたんだよ」
なるほど、魚人がねぇ……一人で世界政府からそう離れていない海域に来る魚人なんてまずいないだろう。逃げ出した奴隷というのが魚人なのではないかと推測出来る。
正直な事を言えば気づかないふりをして関わらないのが一番だろう。何がどうなって面倒事に変わるのか分からない。特に天竜人関係は最悪なトラブルを招きかねない。
「今のアタシにも立場があるのは分かってるよ……でも奴隷に落とされた事がある身としては他人事に思えなくてね……」
世界は広い、オレより強いやつなんていくらでもいるだろう。探知を掻い潜って逆にこちらを監視されてないとも限らない。
分かった、分かった……仕方がない、場所が分かるなら教えてくれ。噂を聞いて立ち止まったって事はここらにまだ居るんだろう?お前が動くと流石に目立つ、海流に載せてそこまで船を飛ばせ、何かあっても道中の事故で通す。
「…分かった!『海流一本背負い』!!」
海の中をそれなりの勢いで進んでいく土船……少しばかり衝撃に見舞われたがどうにか目的の場所には着く。土に接続出来たのでようやく分かったが探してる相手はどうやら島に上陸して治療中か休憩中のようだ。
おそらくすんなりとはいかないだろうが、ゆっくりと相手の場所へ歩いていくこちらが姿を確認すると向こうも気付いたかようで閉じていた目をカッと開き向き直った。
「……ッ!!追手か?!」
戦闘態勢をとりつつ振り返ったのは赤い肌の魚人だった。傷が多く、疲れは見えるが立ち姿に覇気があり、生きるために全力をかけているのが分かった。さて、こっからどうするかねぇ……
どうにかあの地獄の場から逃げ出すことが出来た。しかし、無事とは言えず放置しておけば危険な怪我も負ってしまった。
そんな状態で逃げるためとはいえ夜通し泳ぎ続けて体力、気力共に限界に近かった。休息を取るため、そして怪我の応急手当をするために手近な島に上陸した。
魚たちに確認を取ったが、ここは幸い人の出入りの全くない無人島の様で隠れるにはピッタリだった。使えるものを素早く集めると拙いが手当を行う。
その後は疲れを少しでもとるために水を飲んで喉を潤し、自生していた果実などで腹を黙らせた。狩りをするほど体力も気力も回復していないので、そのまま仮眠を取ることにした。
なにやら海の方から魚たちの声が聞こえた。噂するような声の中に俺たち魚人や人魚と会話するかのような音が混じっていた気がしたが気の所為だと思って身体を休めているとすぐ近くに人間が近づいていた。
足運びが上手く、気配も隠している。かたぎの人間とは思えない。俺は焦りつつも咄嗟に走り出せるように立ち上がり、相手に向き直った。
まさか追手がこんなにも早くやってくるとは……そうこぼすが相手はそれを否定した。だがそんなもの…いや…人間を信じられるか!!
人間というのは簡単に嘘を付き、同族であっても貶める。そんな存在の言葉が信じられる訳がない。油断させるための策略に違いない。
「オレとしては関わりたくなかったぐらいなんだよ。天竜人関連には触れないのが鉄則だからな」
天竜人……忌々しいその名を聞いただけで身構えてしまいそうになる自分に嫌気がする。そしてその名を出したということは俺のことを知ってる事に他ならない。
「そもそも、こんな格好の追手がいる訳ないだろう?この姿が諜報員や政府の役人に見えるんだとしたら医者にかかることをおすすめする」
相手の言葉を鵜呑みにするわけではないが確かに地獄でみた連中とは毛色の違う服装なのは確かだ。しかし、俺が知らないだけという可能性もある。
それにどちらにせよ目的の分からない相手だ。警戒をとく理由にはならない。それに関わりたくないというのにここにいる時点で矛盾している。
「オレの部下に
先ほど聞こえた声が幻聴では無かったのだとすれば辻褄が合う。こちらを配慮している?ハッ……それだけの筈がない。
「そんなに気になるのなら海に向けて声でも飛ばせ……返ってくれば確認出来るだろう」
人間の指示に従うのは納得がいかないがいざとなれば泳いで逃げれる位置に移動できるのであればと表面上、素直に従い海面に近づいていく。
魚人や人魚、魚たちにしか伝わらない声を出すと確かに返ってきた。こちらを労る豪快な声であった。そして目の前の人間が相手の上司で信頼出来るとも言っていた。
人間なんて信じられる訳がない。しかし同族の言葉までも疑えば何を信じられると言うんだ……何も信じず生きることなんて不可能だ。
俺は警戒こそしたままだが人間……アスカルとの会話に応じた。島に生えてるものなんかより良い治療道具と携帯食などをそのまま渡された。
「何があってもオレの名前を出すなよ……それと、プラントは商売において絶対的な平等を貫く。対価を払えるなら寄るといい。プラントの管理地は政府関係者も自由には動けないからな」
渡すものを渡し、話すだけ話すとそのままアイツは土で出来た船に乗って海を進んで行った。少し進むと船は海中に潜っていった。ロープが見えたのでおそらく同族が引っ張っているのだろう。
「プラント……一応覚えておこう」
何をするにも準備は必要だ。通すべき義理もある。しゃくではあるが怪我の具合はだいぶ良くなった。もう少し休んだら一気に魚人島を目指すとしよう。
イスト聖とのやり取り、そして逃げ出した奴隷、フィッシャー・タイガーとの会話からそう経たない内に新聞には聖地の襲撃と奴隷解放の記事が載った。
プラントに居る人間の中でも古参の者は元奴隷の者が多いだけあり、一時期話題に尽きない様子で賑わっていた。
タイヨウの海賊団か……魚人だけでなく虐げられている者たちからすればそれこそ希望そのもの。世界への影響力は計り知れない。
それにしてもやってくれたもんだ……タイガーの奴め、プラントの管理地に帰る場所のない奴隷を送りやがった。
補給に寄るのまでは海軍と結んだ約束でまだどうにかなるが奴隷を置いていくのでは想定外だ……本土でないのがまだ救いだろう。まだ切り離しのなされていないグラン・テゾーロには天竜人も来てるからな。
変えやすい部分に手を入れ、どうにか姿を誤魔化し捜索の手から逃している。しかし、バレれば知らなかったと白を切ることしか出来ない。
イスト聖に連絡を入れて計画を早めて貰うか……いや、逆に注目を集めてこちらの情報が向こうに流れる方が危険か。
どちらにせよ護衛に走り回ってるサイファーポールやタイヨウの海賊団の対処に回ってる海軍が本格的に動くまでにはこちらで打てる手は考える必要がある。
当座の問題は焼印だな……あれを消せば追求を逃れやすくなる。しかし、跡が残れば逆に怪しまれてしまうだろう。
医療方面……特に手術技術などははっきり言って遅れていると言わざるを得ないプラントでは完璧な皮膚移植等はとうてい出来ない。
植物を利用した治療技術はあるが、余りにも時間が経ちすぎてる。焼印をされた直後ならば可能かもしれないが、あり得ない仮定を考える余裕はない。
救世主だのなんだと言われているが所詮は何もできないただの人間だ。悪魔の実の能力があるだけ……と私事だから簡単に言えるのかもしれないが結局はそれだけだ。
全てをどうにか出来る訳はなく、今は取捨選択の時だ。まずは奴隷たちを選別しなくてはいけない。協力的かそうでないか、覚悟はあるかないかを。
スキーラ王、マニュの父も自ら行動した。救いを求め、宛もなく海へと出てオレの島にたどり着いた。悪いがオレは助けられるのが当たり前だと言う考えの奴を掬い上げる力はない。
「……サイフォ、お前に選別の一切を任せる。どんな手段を使っても良い……頷いた者だけを本土に連れてこい」
「ああ、ボスの仰せのままにだな。だけどモルを借りても良いかな?」
ああ、そこいらへんの采配も任せる。確かにモルの操る菌類を利用すれば相手の心の底も覗きやすいだろう。プラントの不利益になるものは許せないからな。
「どれくらい来るかは分からないが…室長とティアにも通達しておこう」
それから一週間も経たない内にサイフォはプラントの管理船を利用して密かに本土に奴隷達を連れてきた。既に破棄された名簿よりも少し少ないが予想よりは多い。
忘れたい、決別したい過去があり、帰る場所のない、縋るモノのない者たちだからこそか……覚悟があるというよりも、後がない者か……
連れてこられた者たちは纏めてプラント直下の部隊として幹部達に周知された。彼らをみて、元奴隷だと分かる心配はないだろう。
「悪魔が宿る程の変革は無いが確かに力は得られる『獣憑き』とは良い言葉を当てはめたな」
だがこれで初期段階ではあるが正式名称は隠して……そうだな仮称を『TEMPO』としよう。これらの精製、接種の実験は成功と言える。今は五感や身体能力の向上程度だがいずれはさらなる改良がある事だろう。
「適正を見てさらに部隊を分けるかもしれないが、今は通常の訓練を推し進めてくれ」
基本的には裏方で表に出ることはない。表に出てはいけない者たちだ。組織体型が出来上がるまではサイフォが上に立ち、指導する形になるだろう。
いずれはオレ直属の部隊にしたほうが命令系統がごちゃごちゃにならないだろう。そもそも何か対処しなくてはならない事態が起きて始めに動くのは幹部だからな。『獣憑き』が動くのは実験や情報収集、幹部が動いた後の後処理などになるだろう。
管理地に送られてくる奴隷達に対して同じ作業を繰り返していき、程なくして事態は収束した。見込みのなかった奴隷達は目敏い政府に全員みつかり、送還されていったらしいがオレには関係の無い話である。
そもそも後ろ盾であるイスト聖への安否確認の連絡をしたその日には既に逃げた奴隷の何%かは連れ戻されていたそうだ。まともな手段で真っ向から立ち向かい、相手になるような存在ではないのだ。
「奴隷解放の英雄……儚い夢を見せられた者からすればそれこそ悪魔に思えるのかねぇ」
世界があり、歴史があり、価値観があり、世論があり、今の時代を生きている壊れた英雄。同情することは出来ないが取引は平等に行おう。
「たとえそれがどれだけ残酷であろうともな」
全ての奴隷が解放されたとは思えませんし、また捕まった場合ってこれまで以上の地獄だと思います。コアラは見逃されるように交渉があったが、そんなものがない奴隷達はけっこう連れ戻されてると私は思ってます。
故郷が女ヶ島のような特殊な場所だったりしない限りは少し探れば足取りはつかめるでしょうし、魚人に限らず特殊な種族でもないただの人間であれば特に逃げ続けるのは不可能でしょう。解放したところで世界から奴隷がなくなるわけでもないですしねぇ。
最後の部分についてはまだ余り語っていませんが、なんとなくこれまでの話の流れである程度予想は立てれると思います。
ではそろそろいつもの挨拶でさようなら。
読んでくれている方々に多大なる感謝を。