投げやりに仕事を前倒しにしてやってきたのは溶岩が煌々と流れる灼熱の火山島だった。植物は少なく、水分もないこの環境ではオレが一番動ける為に自然と割り振られた仕事だ。
目当ての食材兼素材はこの島に生息している『石焼き釜蛙』背中に石製の釜を生やした蟇蛙で、その釜の中には個体毎に様々な具材の釜飯が入ってる。壊さずに回収できた釜は最上級の釜として使えるそうだ。
熱や衝撃への耐性が強くて溶岩の海さえ泳ぐその姿から火山を征する主とも呼ばれている。幸い溶岩が平気なだけで泳ぐのが上手いわけではないらしく、遊泳速度は程々と聞く。
厄介なのは分泌される強力な毒だ。敵対して毒を分泌して溶岩に飛び込まれれば一気に気化して当たり一面毒で覆われる事になる。
それなりに戦えるようになったし、色々な食材を食べてきた事で常人よりは耐性も獲得してるだろうが、普通に毒はオレにも効く。
耐毒用の道具も持ち込んでいるがこの環境下でフル装備なんてすれば熱中症と脱水で直ぐに御陀仏だろう。身体は土で覆うとして、口と鼻にマスクをするのが精一杯だ。
そんな状態でも仕事である為に挑まないという選択肢はなく、島の大地と溶岩に接続してその居場所を探って向かう。
そしてやってきたのはすぐ隣に溶岩の湖とでも言うべき場所となっている岩石地帯。流石の熱量に身体に纏った大地のクッションが無ければ肌が空気で焼けてたかもしれないとさえ思えた。
機械なんて物は即座にお陀仏になってしまう環境下で自然に存在する物質や干渉した大地による冷却でなんとか呼吸に足りる酸素を確保しているが、もし仮に直接息を一息でも吸ってしまえば喉も肺も焼きただれるのは確定だ。
『ツチツチの実』の力を用いるオレの戦い方は基本的に大地の熱を利用しての攻撃か質量に任せて押し潰すのが基本的な使い方だ。
ふてぶてしく此方の事なんか気にせずに佇む蛙の姿を見た時点で少し不味そうな気配は感じており、試しに能力を利用しての周囲の土で叩き潰そうと動かすが微動だにせず、覆われた土の中から再び顔を出した。
目があった瞬間に感じた嫌な予感を頼りにして身体をそらし、土を間に挟み込んで衝撃に備える。目前には先程まで身体の半ばまで埋まっていた筈の蛙の姿があった。
蝦蟇もといヒキガエルは毒を持っている為に速く動く必要がなく、他の蛙と違って跳んだりする事はない筈だった。泳ぐのが遅いというのが本当だったからそちらも同じだと思っていたが中々に地上では機敏な動きをするらしい。
受け止めた体勢から即座に反撃にかかり、応用的な戦い方として使っている土を伝って衝撃を送り込む技を打ち込むがブニョンとした身体に殆ど吸収されそのまま弾かれる。
覇気を纏わせたと言うのにダメージが零に近いと言うのは中々に驚きだが、覇気は確かに硬度を増し威力を高めるが覇気の一番の効果は能力者へのダメージを通す事だ。
能力とは無関係な部分で極めて高い防御能力を持っていた場合は意味がないとまでは言わないが、効果的とは言えない。
悪魔の実由来じゃないルフィみたいなものだ。違いがあるとしたら分厚く硬質化した表面部分を見るに生半可な斬撃では効かないと言う点を踏まえれば上位互換とも言える。流石は偉大なる航路とでも言ったものか、現状ではスピードやパワーでもルフィを上回っていそうだ。
野生の生物だからか本能に基づいた行動や反射的な反応が速く、それでいてそこまで知能は高くないのか見聞色で読み取りにくい。だが、その身に背負っている石釜の存在を能力で察知する事でなんとか対応できている。
環境が環境で無ければ向こうの攻撃を喰らってもノーダメージで済むのだが、灼熱と毒に塗れた空間ではそうもいかない。少し掠った瞬間に割れた土の防御の隙間から熱気で肌が焼かれるが口周りに被害が出なかっただけ幸いだ。
島や周囲の海域に影響が出ても構わないのであればやり方はあるのだが、残念ながらそう遠くない海に人が住んでいる海域がある為に無理やり島を作り変えたりする様な真似は出来ない。
後は跳ぶではなく、飛んでくれれば前の竜退治の時の様にやり方もあるんだが、あれは向こうが迫ってきていたから出来た所があり、眼の前の蛙だと厳しいか。
此方の攻撃が効かずに向こうの攻撃は喰らうと致命的だと言うヤバイ状況に苦い笑みを浮かべながら何処か懐かしさを感じる。そうだこの気がおけない戦い、あの時のビッグマムとの戦いを思い出す。
攻撃が効かない当たりの厄介さは本当にそのままだが、攻撃を喰らっても致命的なだけで致命傷になる様な威力はない。食らったとしても即座に死ぬわけではないだけマシだと言える。そしてそんな事を思った瞬間に対処方も思い付いた。
大地を隆起させてオレと蛙を囲う様な形にする。蛙なりにこのままではまずいと感じたのか跳びはねて逃げようとするが隆起させた分の土はオレ達の足下から持ってきていた。
蛙の蹴りの力に耐えきれずに崩壊した半球状の穴に揃って落ち、そこに溶岩が流れ込み始める。熱に耐え泳ぐことが可能な溶岩の存在に蛙は焦るよりも安堵を示す。だが次の瞬間にオレは囲いの地面に埋もれていく様にして外へと出る。
完全に囲われた溶岩、本来であれば囲いの土だって溶かしてその体積を増やすだけだが、操作して熱を逃がし続ける事でなんとか冷却し、完全な岩の塊を作り出す。
溶岩は泳げても溶けてない岩では流石に身動きも取れない様でなんとか捕獲は出来たと言える。このまま窒息するならそれもよし、何らかの方法で耐える様なら苦手とする冷却空間で取り出してやれば良いだろう。
元からプラントで一番強いと言う訳でも無かったが環境が整っている自分のホームとでも言うべき場所以外ではまだまだ弱いと言う事実を突きつけられた。相性が悪かったりすれば格下相手でもこのざまなのだから笑えない。
直接動くことが少ないとは言え万が一のことを考えればもう少し手段を増やして然るべきなのかもしれない。そんな事を考えながらまだまだ足りてない回収量を思い出して蛙を捕らえる罠をあちこちに作るのだった。
捕獲出来た『石焼き釜蛙』を回収班に任せると焼けた肌を治しながら次の目的地である『カラーパ列島』へと向かった。大小様々な島からなるその列島には多くの色に富んだ食材が存在する。
基本的にはその島々に住む人々との交易で食材を確保しているが幾つかの島に関して言えば危険過ぎて現地の人々では手に入らない物がある。その中でも今回は特別危険なワインレッドを纏った島へとやってきた。
この島が危険とされるのはその島の持つ色をもじった『ワインRED』と呼ばれる現象、ワインRisky Enemy Dazeを略したものが原因だった。危険な敵の幻惑、極上のワインの香りに混ざって上陸した者を捕らえようとする原生生物達が発するフェロモンによる幻覚攻撃。
『赤ワインの泉』が湧く島の内部はお互いを惑わせながら戦い、血を滴らせる様な猛獣に溢れる列島の中でも最高位の危険地帯だ。その『赤ワインの泉』だって猛獣達を捉えて喰らう食肉植物によって発生している代物なのだから中々に厳つい。
空を飛ぶ様な猛獣はあまり居らず、地に足を付けている以上はその存在を感知できる為に惑わされ、奇襲を受ける心配はない。あくまで幻惑が危険なだけで猛獣としては普通の種より少し強い程度なため、オレからしたらそう危険な相手ではない。
だがそれを踏まえても今日は島の様子が少しおかしい。いつもよりも猛獣達が大人しいと言うか、何かに怯えているかの様に感じられる。争い合う筈の猛獣達が何故か互いを見ずに一つの方向を注意している。考えられるのはお互いを気にする余裕がない程の強者、外敵の存在だろう。
だがその危険を感じ取れない奴にとってはそんな状況もお構いなしだ。他にも威圧の存在よりは下だと感じて襲って来る奴もいる。野生に恐怖を植え付ける存在が異常なだけでオレは威圧とかは出来ないので仕方ない。それに自然では糧を得られなければ死ぬのだからむしろその方が生物として正しくはある。
だがそれが生き残る上で最善の選択だったかはまた話が違う。いつもより大きく作り上げた土の鎌を振るうと幻惑ごと本体を切り裂き、周囲を一掃する。先駆けて飛び掛かった連中がやられたのを見て、他の様子を伺っていた奴らの動きは鈍くなる。
オレはそいつ等に構うよりもこいつ等が恐れる存在に気を配りたいので無視しているとちゃっかりとオレが倒した奴らを回収していく奴らが居た。回収した先でまた奪い合いの殺し合いが始まってるのは愛嬌だろう。
それにしても猛獣達が覚えている方向を見るにその存在が居るのは『赤ワインの泉』だろう。かなりの実力者の様だから泉を作り上げる食肉植物『グレープニル』の相手も楽勝だろう。
『グレープニル』は蔓を相手に絡めて捕獲し、そのまま衰弱死させる事で土の栄養を増やすタイプの食肉植物だ。その本体は遥か地中の奥深くにあり、地上には幾らでも再生する蔓しか出さないし、獲物を土の中に引きずり込むのも確実に死んでからと言うとても慎重な植物だ。
無数の蔓を束ね絡められた拘束は猛獣達ですら抜け出せない強度を誇り、猛獣達が互いに出す幻惑のせいでその存在に捕まるまで気付けないと言う最悪の効果を発揮する。
その植物は豊富な栄養を溜め込み味わい深い葡萄の実をつけるがそれは地上には届かず地中へと溜まっていく、蔓を出し入れする内に潰れて果汁が溜まり、それが発酵して湧き出た場所こそが『赤ワインの泉』となる。
刃物を持っていれば心配ないと思われるかもしれないが、無数の蔓が一度に首へ足へ腕へ伸びて締め付けられる状況、しかも幻惑で周辺の正しい視覚情報が得られない中で出来る訳がない。狙われたのが普通の存在ならばだが……
「なんだ。それなりの存在が上陸したと思ったら土の王か」
仮にも王族を相手にするには不遜な態度を崩さない眼の前の人物はそれを許されるくらいの武をもって名を上げた王下七武海が一角、最強の剣士と名高い、プラントのお得意でもあるジュラキュール・ミホークだった。
何をしているのかは問うまでもなく、眼の前に広がっている『赤ワインの泉』だろう。ミホークの好物として赤ワインは有名だからな。それにプラントに入る注文の殆どが赤ワインだ。
気配の正体を見てしまえば猛獣達が恐れるのも納得の話だ。それにしてもオレとしては話し方なんて別にどうでも良いのだが、なんだと言って落胆して見せたのはいったい何故だ。
「剣士でもなければ、戦う理由も持ってない者と戦う気概は持ち合わせてないのでな」
元々の気質が戦闘狂よりだから仕方ないが、この評価は戦わなくて済んだことを喜べば良いのか、戦うに値しないと告げられた事実に落ち込めば良いのか微妙な所だ。いや、目をつけられる方が確実に厄介だし、良しと思っておこう。
それにしてもここの赤ワインは自然に存在するものの中では上位の品と言えるが人の手が入ってない分だけ熟成などは劣っている。そのままの品も手を加えて熟成させた物もプラントで販売しているのにわざわざ現地に来たのも謎だ。
元からスケールの違う人だから暇つぶしと言われても納得するが、まぁあえて聞く話でもないと赤ワインの回収を進める。その最中もミホークはつまらなさそうに此方を見てくる。流石に視線をぶつけられ続けるのは勘弁してほしいと告げ、答えてくれたら儲けものくらいの感覚でなんで見てたのか訊ねる。
「資質はあるが心構えがなってない。それなのに肉体は作られ、半端だが技術も修得している。芯を持たずにここまで成り上がる者も珍しいと思ったまでだ」
芯ねぇ…成り行き任せで夢すら持たなかった人間にある訳がないだろう。ないと生きていけない様なものでもない。
「生きる事を思いながら執着は弱いと見える。お前は生かす者だ。一人で生きる事が出来ても耐えられはしない。本来ならば誰かの下についた方が力を発揮しそうなものだが、何の因果か頂点に立っている。流れ着いた先がそれならば運命とやらも難儀なものよ」
言いたいことを言い切るともう用は済んだと自分の分の赤ワインを持って早々に立ち去った。好き勝手言ってくれるものだが、何処か的を得ている気がして怒りが湧くことはなく、トクトクと音を鳴らして溢れる赤ワインの前で立ち止まっていた。
同じ方面にあった二つの食材を回収を終え、プラントに一度戻った。そこで思いがけない報告を聞くことになった。流石の自体に耳を疑い、伝令に何かの間違いかと聞き返すが……
「いえ、先程連絡が入りまして『やっぱり気になるから見にだけ行ってくるの』とグレーヌ様からの言伝が電伝虫で入り、帰還予定時刻からもう半日過ぎていますがプラントに姿は見えておりません」
納得したと思っていたんだがな。負けず劣らずのお転婆と評したビビ王女には謝らなければ、間違いなくうちの娘の方がお転婆だ。
命の紙に問題がない以上は危険はないと思って良い、変に各地に通達をすればむしろ危険。幹部以上にのみ報告、後は口外を一切禁止する。
流石に立場は分かっているから本当に見に行くだけなんだろうが、念の為言い訳の立つように物の用意だけは進めておこう。そんな風にオレが慌てている間も他の面々は余裕そうにしている。
「私の娘ですからね。そうそう見誤る事はしませんよ」
「心配じゃないのかレスって?」
「グレーヌ様は普通に強いじゃないレスか」
「あの子がねぇ。まぁ、やりたい事はやらせてみるのが一番だろ。好き勝手やってみるのも一興だよ」
「予定的に問題はないんだな。それなら特に言う事はないと思うな。プラントに不利になる事や損害が出る事でもないしな」
「心配か心配じゃないかって話をしたら心配なのは確かレスけど、今までだって食材回収とかで危険はあったのレスし、別に予定にないだけでそこいらへんは変わらないのではないレスか?」
軒並み最高幹部達の見解はこんな所で、連れ戻そうとかまでは思っていなかったが、直ぐに動ける様に準備をしなくてはと思っていた自分が間違ってるのかと悩んでいた。
「アスカルさんは基本的に過保護みたいだけど、そこまで言われてるなら本当に大丈夫なんじゃないかい」
そんな風に言ってきたのはイスト聖の専属料理人であるクチーナさんだった。悩んでいても仕事が無くなるわけでもなく、食材の受け渡しの為に聖地へ出向いた帰り、近くのシャボンデイ諸島に用があるというので送っている最中だ。
なんでも修行の為の場を聖地に用意するのは難しいらしく、シャボンディ諸島の環境がちょうど良いらしい。これまでのワールドバイキングにも参加してきたが次の大会でこそ優勝を手にしたいらしい。
それにしてもあまり会わないクチーナさんから見てもオレはどうやら過保護に見えるらしい。こうも評価が一致しているならオレは考えすぎな部類だと少しばかり認識を改める必要がありそうだ
「聞いてる話からすると過保護ってのも正しくはなさそうだけどね。なんていうかキチンとやろうとしすぎてるのかねぇ。何か昔、失敗でもしたのかい?」
失敗と言うならば最早今は亡き故郷とでも言うべきか、プラントと成る前の小さな島だったカムリィを独りの島とした事が思い浮かぶ。
あぁ、そうか…オレは失う事が怖いのか、自分が死ぬよりも何よりも、周りへの被害が怖いのだ。こりゃ、呆れられたり、過保護と言われても仕方ない。見守ってやれる程の余裕がない自分に恥ずかしくなる。
「まぁ、良いじゃないか。冷たくて他者が傷付いても何も感じない奴よりは何百倍もマシだよ」
そんな風に庇われてしまえば立つ瀬もないが、クチーナさんの口から言われると遥かな重さが感じられる。しっかりと感謝を告げてから苦し紛れに話題をそらし、シャボンディ諸島でどのような修行をするのかを訊ねる。
「あぁ、ヤルキマン・マングローブの一角を借りるつもりなんだが、此奴を根っこに塗ってやるんだ」
そう言ってクチーナが取り出したのは金色の液体が入った瓶だ。そのきらびやかな液体は初めて見る代物の為にその効果の説明を黙って待つ。
「此奴を塗ると発生するシャボン玉を輝かせて、とても脆くする効果があるんだ。"食宝"『シャボンフルーツ』の様にね」
未だに少し近付く事しか出来ないから皮なんて用意出来ないから代用品さ。と続けて言うがそもそも"食宝"やら『シャボンフルーツ』とやらも初めて聞く代物だ。
「まだこの大海賊時代では開かれてないけど、伝承くらいは掴んでるでしょ。『美食領域』、その向こう側から伝来した"食義"という食の技術がある。『シャボンフルーツ』はそれを教える食林寺に伝わる文字通り宝の食材だよ」
食への礼儀、食への感謝を教え伝えるという食林寺という場所が『美食領域』の向こう側の世界にあり、その一端が此方にまで伝わっているそうだ。
「私は前の時に『美食領域』に迷い込み、食林寺の支部にて修行を受けた。支部だから簡易的だけれど食義を学び、"食宝"へ…"食義の奥義"へ至る為の道筋だけは授けて貰った」
とは言っても食宝があるのは向こう側だからどうやっても本物は手に入らないんだけどね。と言ってみせるがそれを修得すればありとあらゆる面での成長が望めると言う。
「精神と技術の修行だからね。色々と思い悩んでるアスカルさんにもピッタリかもね」
そう言って船内にて幾つかの道具を用いた修行を用意してもらった。『たいまつくし』に『ローズハム』と修行用の食材の存在に驚きつつ、島に着くまでの数日間を過ごした。
「元からあり得ないくらいに低姿勢の王様だったけど、簡易的な種とは言え到着までに『たいまつくし』を灯し、『ローズハム』を咲かせる事が出来るとはね」
本来個々にやる筈の物を時間がないからと二つ同時にやらせてくるのはどうかと思う。しかもいきなり不眠不休でとか無理がある。
「これなら近付くだけなら一緒に出来るかもね。偽物だけど『シャボンフルーツ』もやってみる?」
ここまで来たならせっかくだからやらせてもらおう。何かが掴めるなら良し、掴めなかったならそれもまた得難い経験だったと思い出になる。
きちんと整備されてる場所は使えないので無法地帯の一角へと向かう。二人共前半の無法者程度にやられる強さはしてないので襲いかかってきた人攫い屋は直ぐに地に伏した。王族と天竜人の所有物に手を出してこれだけで済んでるのだから大分な恩情だろう。
「それじゃ始めようか」
そう言って取り出した液体を周囲に撒くと途端にその周辺で発生するシャボンが一回り小さくなり、キラキラと輝きを見せるようになった。元から幻想的な光景で人気の観光地でもあったシャボンディ諸島だったが、ここは芸術品の様な美しさまで見せている。
「偽物も偽物の劣化品とは言えこれだけ近くにいて割れもしないとはね……あんた飢えた経験があるのかい? 全てへの感謝なんてそう簡単に身に付くものじゃないよ」
食に飢えた経験は生憎とないが、人に飢えた事はあったな。空いた穴を埋めるように仕事にとにかくかかっていた。
その頃を思えば自分以外の全てを尊重出来る。そう告げるとクチーナさんから『美食領域』が開かれたら一度食林寺を目指してみると良いと勧められた。そしてクチーナさんの使う技の一端を教えて貰った。
シャボンディ諸島からプラントへ戻り、しばらくすると一番面倒な所から何やら話が持ち込まれた。世界政府からの案件だ。
以前に倒した『エレファント中トロー』の時も思ったが海の事は海軍を動かして欲しいものだ。今回は比較的余裕はあるものの、退去命令は出ておらず前みたいに派手な事は出来ないときた。
最近はこういう相性的にも状況的にも厄介なのが相手になる事が多い。まるで何処まで出来るのか試されてる様な感覚にさえ陥る。
モルガンズを含め、時代を見据えて動いてる世界の重鎮達が感じている時代のうねり、これもまた変化の兆しなのかは分からないが、これも良い機会だ。
はっきり言って質量攻撃を含めた便利な能力で補っているだけでオレの覇気は弱い。中途半端に使う機会だけは多いがその中身は薄っぺらだ。
それもその筈で、覇気とは強い意志のもと宿る。目指すべき夢もなく、心に宿す信念なんてものもろくにない。それでこれだけ使えてるのがむしろおかしい部類なのだ。
オレの覇気の大体は土への信頼、自信の様なものであり、能力を思い浮かべての擬似的な使用、もしくは能力を媒体させての使用なら出来るが、自身に直接纏わせたりはからっきし、素質はありそうと言われていた覇王色なんて欠片も使えない。
前から感じてはいた。プラントでの戦いは自身の得意なフィールドだったからもあったが守ってやると言う強い想いがあった。だからこそ戦えていたが、どうにもオレは死にたいわけではないが生きる意思も弱い。自分だけの状況で、プラントでもない何処かで戦うとなると格段に弱くなる。
衰えないのは能力と農業生活で作られた肉体強度、そしてあれだけ鍛えられて身体に染み込んだ六式ぐらい。それらは使っていた実績と鍛えられたと言う自信があるからだ。それだけでは決して超えられない壁が確かに存在する。
どうしたら自信を持てるのか、覚醒へ至る為の鍵はなんなのか、オレは何になら人生を賭けれるのか。きっかけでもいいから教えてくれよ『
眼の前に浮かぶのはまだ生まれたばかりの筈なのに此方を見据えて確かに闘争本能を昂らせている一匹の鮫の姿があった。
『荷鮫』…生涯を生き抜いて辿り着いたその果てに一個だけ卵産むその生態は生物としては欠陥だらけにみえる。だが、卵から産まれるその鮫もただの鮫ではない。
親の生涯、いや始まりから子々孫々へ紡がれてきた血の全てを受け継ぎ、まるで産まれる前からやるべき事を知っている様な…荷を背負って孵化する
かつて魚人が対話を求めた事もあったそうだが、その口から語られた全てを受け止めきれない事に悲観し、自ら命を絶ったと言う逸話が残っている。
それ程に生き方を定めた鮫は何処か神々しくもあり、身動ぎの一つ一つが妖艶に見える。受け継いだかの様に刻まれている傷の模様は鮫としての残酷さを示す以上に美しさに溢れていた。
当たり前の様に覇気を纏って黒く染まっているその身体は静かに此方を見据えている。それだけで自身が気圧されているのが分かる。
画然とした実力差があり、場所は相手のホームである海の上、そこで始まるのは戦いと言えるのかすら分からないが積み重ねられた歴史の前に一礼し、頭を上げ一呼吸後には身体が宙を飛んでいた。
間に合ったかも分からないまま、ただただ直感だけを頼りに集中させていた覇気のおかげか身体に穴が開く事だけは避けられた。しかし、骨が折れて内臓がボロボロになっているのが感覚で分かる。
たったの一振り水をかいただけで水中を飛び出し、空中を泳ぐ事なんてまるで当たり前と、間にあった空間の全てを裂くようにその身を進ませた。
良い方は悪いがピアスの突進なんて目じゃない。目の前の小鮫からしたらお遊びの様に見えるだろう。そしてそんな一撃すら向こうからしたらただ泳いだだけである。
絶望に打ち拉がれる様な時間はなく、残った意識を繋ぎ止めながら持っている土で衝撃を緩和しながら吹き飛ぶ先を操作する。
なんとか止まれた場所は『荷鮫』と出会った場所とは数キロ単位で離れており、幸いな事にまだ人の住んでいる範囲には入っていない。そんな事を考えている余裕はなく、『荷鮫』の姿が既に視界の端に映る。
全力で周辺の海底から土を持ってくると防御の体勢を整える。攻撃をしようにもその速度を捉えるのはまず難しく、何かしらの手立てが必要だ。それを用意出来るまでの間を保たせるのが先決と硬く分厚い鎧を形成する。
先程と違って土へ纏わせた覇気はそれなりの強度を持っているがそれでも心許なく思えてしまうのは精神の問題か、それとも相手の強さ故か。
どちらにせよ受け止める事は出来ないのは分かっているから鎧に衝撃が加わったのを感知した瞬間に身を捻って受け流す方向に切り替える。だがそれでも大半の土が吹き飛び、鮫肌と薄い鰭の触れた身体が斬り裂かれる。
初撃の様に骨や内臓と言った内部にまでは届いておらず、流れ出る血の量も決して少ないとは言えない。鋭い痛みのおかげで逆に意識は保てているがいつまで保つかすら怪しい。
守りを固めて流すだけでも足りず、どうにかもっと『荷鮫』が辿り着く前に何かを挟み込まない限りは削られきって終わりだ。壊れて散っていった鎧の土から土へと衝撃を伝えて周囲への牽制と探知を同時に行う。
土伝いの探知でさっきまでより早く相手の動きを察知し、その軌道上に土を集中させる事での妨害を図る。そして先程と同じ様に防御も整え、自ら宙を蹴って少し身体を浮かせた。
そこまでしてようやく衝撃の大半を流す事に成功し、身体が吹き飛ばされるだけで済んだ。それでも既にボロボロの身体には負担が大きい。少しでも治癒する為に探知をしながら次の攻撃までの合間に小さな種を口に放り込んだ。
医食同源とはよく言ったものだが、ある程度の実力者であれば取り込んだエネルギーで身体の再生能力を高める事も可能である。昔から自ら探し、育てた物を食してきた身としては食が身体を作るのは当たり前でありイメージしやすい技術だった。
体内に取り込んだのはグレーヌが作っていた『力の種』、体力や覇気なんかを込める事も出来る回復用の種だ。のんびり食事が出来る状況でない今にピッタリの代物だ。それを飲み込み身体が修復されたのと同時にまた『荷鮫』の衝撃が叩き込まれる。
受けた衝撃を土に流し、そのまま反す事でなんとか相殺を試みるが耐えきれずに土が崩れて制御を失い、また骨が折れる痛みが走った。
碌な策どころか手立ての一つも思い浮かばず、吹き飛び、回復しを繰り返す。ただそこにあるからしがみついているだけ、その場を誤魔化し続けているだけのオレに遂に愛想が尽きたのか。
静かに『荷鮫』がオレを見下ろしている。端から実力差は向こうも理解している。それでも応じてくれたのは『荷鮫』なりの同情か。次の瞬間、探知なんか関係無かったと、防御なんて本当は意味がないと告げる一撃が叩き込まれ、身体は海へと落ちていく。
海へと叩きつけられた瞬間に力が抜ける。このまま溺れて死んで終わりかと思うと自分の命ながら呆気なさに小さな笑みすら浮かぶ。
だがこの死にかけの身体に掛かる力は衰える事なく、その身を海の底へと運び、更に下へと埋めていく。完全に身体が沈み込み、呼吸がままならない事に変わりはないが、海による脱力からは逃れた。
それでもまだまだ掘り進むかの様に地下深くへと落とされていく、その間に思い浮かんだのは『荷鮫』への称賛とこの世界を形作る大地の雄大さだった。
前者は傷一つつけるのがやっとだった強者への素直な感情であり、後者は広がる目に見える部分だけではない、星を作り上げる大地の存在への理解。
なんとなくで成し遂げてきた人生での初めての失敗、そして星の力を直接浴びて感じた事で何かが掴めた気がした。そしてそれは気の所為ではなく、少し思考を巡らしただけでまだ止まる事を知らなかった身体がピタリと静止した。
そこから溢れ出すのは触れずとも何処までも大地を自在に操れる事への高揚感、そして今までは操れなかった領域に手が届く感触、これは星へ干渉する力だ。
今ならば派手に飛び出た所で辺りへの被害は抑えられそうだ。そう思ったままに大地を繰り出し、遥か地の底から海を突き破る勢いで自身を射出させる。
一瞬水の中に入り、力が抜け、意識も持ってかれそうになったが勢いは止まらずに空へと飛び出し、『荷鮫』を見下ろした。
確かな手応えはあった。これまでに感じたことがない有り余る様な力の感覚。十全に扱うには時間がかかりそうだ。そのヒントとなる技術をつい先日に教えて貰う機会があった。
『美食領域』の先にある世界の技術、それはプラントとは相性が良いものだった。その名からも想像は容易だったがクチーナから伝えられた世界の根幹にある物は"食"が全てだった。
生きる事は食べる事とはよく言ったもので、食材が世界を回し、食欲のままに生き、食のエネルギーで戦う様な世界。
『美食領域』は向こうの要素が強いのか、此方の人間でも向こうの技を修得出来るらしいが、此方に持ち帰れるのは極一部。おそらく世界のルールに反しない物だけだそうだ。
エネルギーの具現化、そのイメージは掴めている。溢れ出る気迫が形を伴う例はこの世界にもある。それを賄う為のエネルギー、至った今では十全に足りている。
星から受け取ったエネルギーを元に大地を生み出し、果てしなく大きな一枚の受け皿を空中へと作り上げた。大地を生み出す事も大地を力に変える事も最早自由自在、今後大地による被害をわざわざ防ぐ必要もなさそうだ。
そして星への干渉と言うのは果てしない可能性を感じる。自身の周囲を把握するだけでも今は頭が割れそうだが、無意識に感じ取れた情報からだけでも『荷鮫』の次が手に取る様に分かる。
見聞色の覇気による未来視とはまた別であり、あくまでも予測演算の為の情報を早く多く得られているだけだろう。後は時間としては短いが、とても濃い時間を過ごした相手だからこそ分かるものだと言える。誰を相手にしても出来るものじゃなさそうだ。
仮初の大地に足をつけて、互いの存在を改めて認識し合う。正しく弱肉強食の掟の基で戦う生き物として、敵として見合う。同じステージの上で視線が交わり、互いの攻撃も交差する。
『岩圏皿』から土を取り出して身に纏い、そのまま殴り掛かり、『荷鮫』の音を置き去る突進とぶつかり合い、拮抗する。黒い拳と頭からギリギリと軋むような響きと衝撃が広がる。
『荷鮫』の鰭が慌ただしく動き、押し込もうとする。それに負けまいと此方も声を上げ、気迫のままに力を込め続ける。そして遂には空が割れた。
当たり前の様に持っている覇王色の覇気に驚きはない。眼の前の存在がどれだけの歴史を背負ってるのか分からないが、一度は大地を沈ませる重みは並大抵のものでもはない。
むしろ驚きを示したのは自身の覇気に対してだ。持っていそうだと言われていたが国の王に成ってどれだけの時が経っても開花する事のなかった確かな王の素質。何かを見つけられた気がする。
それを言語化するよりも先に笑みを浮かべたまま、『荷鮫』へと再び向かっていく、答えを得るよりも先に応える事をもっと楽しみたかった。
拮抗し合う攻撃の中で読み合いで勝った方の攻撃が刺さる。それでも止まることなくその上をいく一撃を叩き込み、また叩き返される。有効打となってもおかしくない攻撃の嵐が止まることなく吹き荒れている。
その内の一撃が宙を泳ぎ続けていた『荷鮫』の身を『岩圏皿』へ落とした。そして生まれたばかりとは思えない重さに『岩圏皿』がへこむのではないかと感じられ、付けられた大地への足跡ならぬ鰭の跡から『荷鮫』の歴史を感じ取った。
他の鮫と共に生きた『荷鮫』が居た。
群れる事なく一匹で生きた『荷鮫』が居た。
多くの種を喰らった『荷鮫』が居た。
命を奪わずに細々と生きた『荷鮫』が居た。
極寒の海を生きた『荷鮫』が居た。
灼熱の海を生きた『荷鮫』が居た。
長く生きた『荷鮫』、短く生きた『荷鮫』
数多の『荷鮫』の生き様が脳裏に浮かぶ。
眼の前の『荷鮫』は何を背負っているのかまでは読み取れないが、確かな事が一つだけある。その荷をオレが降ろさせると言う事だ。
此処に至るまでの助けとなってくれた眼の前の存在に純粋な感謝と共に、大地の上で星の力を一点に集めて拳へと込めた。
『荷鮫』は攻撃に飲み込まれるその瞬間まで、いや飲み込まれてからもその気を衰えさせる事なく挑み続け、その力を震わせて、最後に満足気に笑って見せた気がした。
端から崩れてエネルギーに還元され星へと戻っていく『岩圏皿』の中心、そこに倒れている『荷鮫』の亡骸と横に転がる真っ白な卵。
『岩圏皿』に完全に沈んだ事で『荷鮫』の背負った物が分かるかとも思ったが、何も読み取れない。満足したからこそ、持っていけないのが惜しく、全てを背負ったまま旅立ったのだろう。
卵の存在に気付かないフリをして、『荷鮫』を倒した事だけを報告し、プラントへと帰った。その胸の奥に宿った物を忘れない様に燃やしたまま。
星へと干渉するその力が感じとった未来へ囁く様に"海ばかり注目されてるのも面白くないな"なんて言葉を呟いてから静かに眠った。
巨人の友の放った一撃に助けられながら無事にリトルガーデンを出港した羊船の上はこれまでとは違う仲間の一人が病に倒れると言うトラブルに見舞われ、医者の居る島を探していた。
「ナミさんの熱が上がり続けてる。油断ならない状況ね」
「水とか…ぶっかけたら熱……ひかねェかな……」
「アホかァア!!」
とんでもない理論を展開する船長に容赦なく一撃を入れて吹き飛ばすコックと王女。
「…まいったな。今日はもう日がくれるぜビビちゃん」
「そうね…そろそろどこかに錨を降ろしましょう。ナミさんの指示なしで夜の航海はできないわ……」
最高速度で進み続ける船だが無理をして沈ませてしまえば元も子もない。船を止める準備をして、見張りを残して休息に入る。その間も苦しげな呼吸音が部屋に響いている。
「少しでも早く医者の居る島をみつけないとな」
「えぇ……もしくは最終手段だけどプラントの直轄管理地があれば……」
縋るかの様にビビの口から溢れた言葉はあまり病気と関係ない様に感じられ、他の面々は不思議そうにしている。
「プラントって医療関係も携わってたっけか?」
「いいえ、医療技術がない訳ではないけど管理地にまで行き渡ってはないわ。でもプラントの本土では病気に罹らないと言われてて、それは一人の能力者の手によるものだと噂されてるの」
「その力が借りれればナミさんの病気も治して貰えるかもってことか」
何方にせよ島を見つけなくてはどうする事も出来ない事に変わりはない。心配を胸に一つの部屋に集まりみな眠るのだった。
エイプリルフール企画は投稿してましたが本編は久しぶりの投稿になりましたね。
アスカルの覚醒と覇気へのきちんとした目覚めを何処かで挟もうと前々から思っており、色々と要素を詰め込み気味ですが書きました。その過程で覇気を修得した際や使用した際の一部の設定や表現を修正してます。
それとプラント側の話とルフィ側を書いてくと言いましたが、このペースだと圧倒的にルフィ側の進みが遅いので、もしかしたら書き方少し変えるかもしれません。
原作の追いかける部分はマリンフォードまでか、ワノ国までかで悩んでますが、どちらかまで書いて、オリジナルと言うか、ワールドバイキングの話を書いて終わりです。終わりは作ってあるけどそこまで綺麗に配分よく書けるかが微妙。チマチマ書いてくのでゆっくり待って貰えると幸いです。
(正直、ルフィの旅立ちまで書いた所で終わりにした方が綺麗だった気はするなんて弱音を吐きつつ、次の投稿の予定は少し先になります)
それではいつもの挨拶でさようなら。
読んでくれている方々に多大なる感謝を。
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海賊だったら
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海軍だったら
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賞金稼ぎだったら