首だけ吸血鬼とてきとう少女 作:シノルア
宿には簡単に戻れた。顔が覚えられており、門番さんが気軽に中に入れてくれたのも良かったのだろう。
そして一息着いたのもつかの間。ミルは己の体に傷がついていないかノアに取り調べを受けているところだった。ノア曰く、『眷属の体は私の物』らしい。
「肉体の損傷はあるか?」
「ない……です。むしろこんなに綺麗な肌は初めてかも……ってくらいで」
久々に見る鏡に写る小さな手の艶々とした白い肌はミルにとって初めての物だ。過去まだ両親が生きているときは別にして、ミルはまともに体を洗えた事はない。遠出してたまに小川へ向かうくらいがその唯一の機会だった。
冬場では、その小川も自殺場くらいにしか使えなかったが。
だが、ミルにはその肌の変化より目を引くものがあった。思わずその部位をなぞる。
「それは『魔眼』だ」
「え?」
淡々とベッドの上から聞こえてくる声に顔を振り向かせる。
それは自身の赤い瞳を誇張させるように煌めかせると、大きく欠伸をした。首だけだととてつもなく違和感がある動作だ。真っ赤な口内がミルの目に焼き付く。奇妙な事にその姿はミルと違い鏡に写っていなかった。
「我々吸血種には『魔』が実に過剰に宿っていてな。『魔』と『魔力』の違いは分かるな?」
「分かんないです」
「……魔力は本人が操れる力。魔は本人の意思に関係なく、補助的な事象を起こすものだとでも認識していろ。
そこでだ。我々は有り余る『魔』のお陰で異常な再生力、身体能力、思考力を得ているわけだ。その目も恐らく吸血種の『魔』の量によって半強制的に発露した、しかし未だ開眼していない『魔眼』による変化だろう。本来魔眼とは生まれつきの物ゆえ色の変化などないのだが……今は良い。
そして、そんな夢のような力を与える『魔』だが勿論デメリットもあった。それに伴い異常な『魔』の量は我々の肉体に影響を与えているのだ」
「それが……吸血鬼が太陽で燃え尽きるって言う伝承の元ですか?」
「元もなにもほぼその通りだ。ほとんどの吸血鬼は太陽の光で燃え尽き死ぬ。聖銀は触れられぬ。十字系列の呪いには極めて弱い。純粋で鮮度ある命を欲する――挙げればキリがないわ。
だが業火は受けても無事だと言うのだから……まこと、奇妙な物よ。まあだからこそ貴様は吸血鬼にしては異常なのだが。
……ここで一つ仮説がある。かつて最悪と呼ばれた魔導師の、世に発されることのなかった数多のそれの一つだ。
其奴に言わせれば、どうやら人間共の魔術としての使い方は元来誤りらしい。寧ろ我々鬼種の方が有意義に使っているとぼやいていたわ。それによると『魔』の力は元より――」
「――こんばんわー!!」
心地の良いノックの音が部屋に響き渡る。同時に聞こえて来たのは例の少女の声だ。
ノアが思わず言葉を詰まらせるとすぐさま気を取り直しミルに目を向ける。
意図を酌んだミルは慌ててノアを丁寧にかごの中に入れると、声を張り上げた。
「こ、こんばんわー!……えっと?」
「夜遅くにすいません、部屋にいれて貰って大丈夫ですか?」
ビクリと、かごの中でノアが反応したのがミルに伝わった。