望月との日常   作:トマリ

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望月と提督の出会い(馴れ初め?)の話です。
この話を前後編やって、あと一話ほど投稿してからこのシリーズは終わると思います。


月が満ちるまで【前編】

 掃除をしよう、と提督が思い立ったのは突然だった。

 時刻はフタサンマルマル。目の前には、バリケードにも使えそうなほどの膨大な書類の山が二つある。これを終わらせるには、日付が変わった後のマルゴーマルマルまで働くことを覚悟しなければならない。要はガチの徹夜だ。

 カフェインの大量摂取で無理やり開かせている瞼は、それでも少しでも気を抜けばすぐに閉じてしまう。

 こんな時に頼りになるであろう、自分のケッコン艦にして唯一無二の相棒艦である望月は、少し前に睦月型の『パジャマパーティー』のメンバーとして引き抜かれてしまった。仕方なく提督は、コーヒーを臨時の相棒にして二時間ほど無言で頑張ったのだが……それもさすがに限界が近づいてきたのだ。

 掃除をしよう、と思ったのはそんな時である。

 

「……そうだ、部屋の掃除をしよう」

 

 京都のCMみたいに言うと、提督はさっそく行動を開始した。そもそも提督の体はずっと気分転換を求めており、それまではその体を動かす理由になりえる『大義名分』を探している途中だったのだ。それが見つかればそりゃこうなるだろう。

 

「それに、前々からこれも整理しなきゃと思ってたし……」

 

 そう言いながら真っ先に向かったのは、執務室に備え付けられている本棚。

 この提督は意外と乱読派であり、本棚にはミステリー、恋愛小説、ラノベ、ノンフィクション、ゲームのノベライズ本など、ちょっとした時間に読もうと思っている本がたくさん詰め込まれている(まぁ今は仕事の都合上、その『ちょっとした時間』がさっぱり取れていないのだが)。

 最近は本も増えて、床の上に直接積んでるモノもあるので、そろそろ整理したいと思っていたのだ。

 

「いる本は残して、もう読まない本は物置に放り込んでおこう……」

 

 本棚に安住していた本を引き抜いて、床に積んでいた本を引き寄せて一ヶ所に集める。全ての本を集め終えたら、まずジャンル別に分けて、そこからさらに読む本、読まない本とで分けていくつもりだ。

 

「これで最後……っと」

 

 本棚の奥の方にあった最後の一冊を取り出す。だが疲労感からか、提督はその一冊を取り落としてしまった。

 ガン!! と足下ですごい音がする。

 

「~~~~~っ!!!」

 

 あまりの痛さに、彼は傘のオバケのようにケンケンしながら悶絶した。図鑑サイズの本が足の指に直撃したのだ。無理もないだろう。

 五回ぐらいケンケンした後さらに指を押さえてうずくまると、ようやく痛みが引いてきた。

 ぶつけた部分に手で風を送りながら、落とした本を見ると、提督の口から「あっ」と声が出る。

 

「『清霜でもわかる艦隊のイロハ』……また懐かしいのが出てきたな……」

 

 足を動かさず、腕を最大限に伸ばして手に取る。

 確かこの本は、まだ提督が着任したての頃に、少しでも知識を得るために購入したものだった。本にはたくさんの付箋が貼り付けられたまま残されており、何かわからないことがある度にこの本を見て確認していたのを思い出す。

 というか当時はなんとも思っていなかったが、清霜は上層部の間でも『アホの子』扱いなのか? だとしたら、何も知らなさそうな顔でピースをしながら写っている彼女が若干不憫に思える。

 パンパンとはたくと埃が少し舞う。しかしそれによる不快感よりも、今は好奇心の方が勝った。

 どんなことが書いてたっけ、と思いながら提督は本を開く。しかしその時、

 

「あれっ?」

 

 パサ、と。

 まるでマトリョーシカのように、その分厚い本の間からまた小さい本が落ちた。その小さい本は、さっきのイロハ本とはうってかわって、何も柄のない青色一色の、ビジネス手帳のような大きさのモノだった。

 はて、このような手帳など自分は持っていただろうか。提督はメモを取るときにはスマホのメモアプリを使うタイプだ。

 怪訝に思いながら手帳を拾い上げ改めて表紙を見ると、提督の息は止まった。

 

 その手帳には『鎮守府日記』と黒いマジックペンで書かれていたのだ。

 

「……あったな、こんなの」

 

 思わず苦笑いが漏れる。手帳を開いてみると、一ページごとに様々な写真が貼り付けられており、写真の下には色ペンで

 

『祝!初の潜水艦着任!』『望月の進水日!』『沖ノ島ついに攻略!』

 

などがカラフルに書かれている。さながら学生が卒業祝いで制作するオリジナルアルバムのようだった。

 

「なっつかしー……」

 

 床に座り込み、完全に読むモードへと入ってしまっている提督。

 最初の方のページをめくると、まだ着任していた艦娘が少ないのもあって、望月とのツーショット写真が多数貼られていた。

 

「この頃から、ずっと世話になってたよなぁ、望月には。今も昔も、艦隊のエースとして」

 

 寿命が近いジジイのようなことを呟きながら、提督はとある出来事を思い出す。

 ある意味、彼にとってすべての始まりになった記憶だ。

 その記憶と内容を照らし合わせるように、提督は最初のページの、まだ表情筋が固めな望月の写真を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、三年ほど前━━━

 

 

 提督がまだ『研修生』だった頃の話だ。

 イシカワと常に最下位争いをしながらもどうにか訓練場を卒業し、彼は晴れて『提督』になれた。

 提督養成所での提督の最終評価は、『標準以下』というものだった。 指揮能力がかろうじて平均レベルだが、それ以外はてんでダメ。所謂『落ちこぼれ』というヤツだ。

 そんな落ちこぼれ提督が着任する鎮守府といえば、必然的に激戦区から外れた辺境に位置するものになる。狙われるほどのモノがないから深海棲艦もめったにこず、ドックも二つしかないようなオンボロ鎮守府が(ついでに給料も少ない)、三週間後の提督の勤務場所だ。

 

 

 

 では今の彼は何をしているのかというと、彼は別の鎮守府にて、二週間ほどの研修をしていた。着任を目前にした提督の、最後の勉強会のようなものだ。

 研修先の鎮守府は、先程の鎮守府とは真逆の、最前線で戦っている所だった。最前線というだけあり、鎮守府の空気は引き締まっている。オンオフがはっきりしているというか、後に大学のサークルのような雰囲気になる提督の鎮守府とは違い、まさに軍隊のような佇まいをしている。みんな一様に真面目な顔をしており、怠け者として提督間で有名な球磨や北上でさえもキリッとした表情をしていた。

 

 そんな鎮守府での研修が三日目になったとき、提督は艦娘同士の紅白演習を見学することになった。常に最前線で戦っているだけあって、ここの艦娘は戦闘についてはまさに百戦錬磨の動きであり、訓練場を所狭しと駆け回っている。

 

「ひぇ~……。やっぱ生で見ると迫力が違うなぁ~……」

 

 養成所の講習で知識自体はあったものの、実際に見る光景は段違いだ。見物席にまで風圧が来る戦闘を見ていると、改めて艦娘という存在が『兵器』なのだと実感させられる。

 大口径の主砲を発射する戦艦や、艦載機を次から次へと飛ばす軽空母など、凄まじくレベルの高い演習だった。

 

「榛名も飛鷹も、前にも増して良い動きをしてるな」

 

 演習の様子を見て、彼の隣に座るもう一人の提督、タチバナが満足げに頷く。タチバナはここの艦娘たちを纏めあげる提督だ。優れた作戦立案能力と状況分析能力を持ち、軍の中でも『優秀な提督』のお手本のように扱われている提督である。

 そのタチバナが素直に誉めるぐらいなのだから、そのハルナとかヒヨウという名前の艦娘は相当良い動きをしているのだろう。しかし提督の意識は、それらの派手に動く艦娘には向いていなかった。

 

「タチバナさん。あの隅っこの方で動いてる小さい艦娘は、なんて名前なんですか?」

 

「隅っこの方?」

 

 提督はとある一点を指差す。そこには、赤い眼鏡をかけた小さい艦娘が、砲弾の間を縫うようにして動き回っていた。

 それを見たタチバナは「ああ、アイツか」と顎髭を撫で、

 

「アイツは望月だ。駆逐艦にカテゴライズされる艦娘だな」

 

「えっ、駆逐艦……?」

 

 信じられないような顔をする提督。

 それもそのはずで、この演習において望月は駆逐艦とは思えないような動きをしていたのだ。

 金剛や熊野の主砲の直撃を回避して、すぐさま反撃の一撃を加える。敵の攻撃後の隙を見逃さず確実に弾を当てていき、その傍らで自軍に向けられた艦載機を次々撃ち落としていく。それでいて退くべきところはしっかり退き、必要ならば味方に任せる。

 まさにメリハリの利いた戦闘、というヤツだった。

 

「すご……」

 

 その光景を見ていると、とても旧式の艦とは思えない。ここの鍛え方によるものなのだろうか?ともかくそんな望月の姿に、提督は完全に心を奪われていた。

 結果としてこの演習は、望月側のチームの勝利となった。MVPは最も大きなダメージを与えた榛名となっていたが、提督の中でのMVPは間違いなく望月だった。

 

 

 

『きっかけ』というものがあったなら、間違いなくこれだっただろう。

 その日の夜、暁と夕立に引っ張られながら(ちなみに二人とも改二だった)提督は食堂へと来ていた。来客自体が珍しい故か、道中で暁に質問攻めをされ、いつの間にか芋づる式に響や雷、電も来て、思わぬ大所帯となってしまっている。

 しかしそんな第六駆逐隊からの質問に答えながらも、提督の意識は他に向いていた。

 

 (望月は、どこにいるんだろう……?)

 

 あの演習以来、望月の姿が脳に焼き付いて離れない。彼女と一言でもいいから話してみたかった。

 といっても恋をしたとか、別に深い意味はない。単なる好奇心によるものが強かった。あの小さな体でどうやったらあんなに動き回れるのか、それが気になってしょうがなかったのだ。

 

「こっちこっちっぽ~い!!」

 

 間宮さんからおぼんを受け取ると、先に席を確保してくれていた夕立がブンブンと手を振ってる。

 

「ああ……ありがと」

 

 答えながら、提督は半分無意識で望月を探す。

 だが、どれだけ探してもこの食堂内で望月を見つけることは出来なかった。飲食店の類いはこの鎮守府の近くにはないし、飯が欲しければ絶対に食堂(ここ)を経由する必要がある。望月がこの鎮守府のどこかにいるというのは間違い無いハズなのだが……。

 

「ああ、望月ちゃんならここにはいませんよ。いつも定食を受け取ったら一人で出ていっちゃいますし……歩いていった方角からして、たぶん港に行ったんじゃないでしょうか?」

 

 ダメ元で提督が訊ねてみると、間宮さんはあっさりと答えてくれた。どうやら『いつも一人でいる艦娘』として彼女の記憶にもそれなりに残っていたらしい。

 それを聞けた提督は、間宮さんに軽く礼をしてからおぼんをもって食堂を出ていく。

 

「あれっ、提督さん? どこに行くっぽ~い!?」

 

 背中にかかる夕立の声に「ごめんちょっと」とだけ答えて、彼は鎮守府の外の港へと向かった。

 

 

 

 鎮守府の外は静かだった。海の底と同じ暗さになった夜空には、無数の星が輝いている。しばしば鎮守府怪談の舞台にもなる港は、あまりの暗さに足元さえもおぼつかなった。

 おぼんに乗る皿を落とさぬようにしながら慎重に歩く提督。歩いていると、やがて小柄な背中が見えてきた。間違いない、望月だ。間宮さんの行った通り、港にいたようである。

 こちらからは後ろ姿しか見えないのでわかりにくいが、岸壁から足を投げ出して、太ももの上におぼんを乗せているようだ。

 二、三回深呼吸をしてから、提督は望月の隣へと歩いていく。

 

「やっ、やあ望月」

 

 なるべく自然体で声を出したつもりが、若干上ずってしまった。今すぐテイク2を撮り直したくなるが、もうこのままでいくしかない。

 

「あぁ……?」

 

 その声に反応して、望月が顔を上げる。暗いので保証はできないが、突然の来訪者に目を細めたようだ。

 

「……あんた、誰?」

 

「三週間後に提督になる者だよ。……一応、数日前から研修でここに来てたんだけどね」

 

 苦笑いしつつ、提督は椅子一個分ほどの距離をあけて望月の隣に座る。堂々と「誰?」と訊かれたことに軽く傷つくが、考えてみれば今日まで面と向かって話したこともないし当然か。

 隣に来たためか、さっきよりは望月の表情がよく見える。提督が隣に座った瞬間、彼女の表情が強張ったような気がした。

 

「……なんだよ。ここ、お気に入りの場所だったのに」

 

 小声で望月が愚痴る。知らない人間が自分の領域に馴れ馴れしく侵入してくれば、誰でもこんな反応をするだろう。

 

「こないだの演習、見てたよ。すごかったよね望月」

 

 それを知ってか知らずか、提督はさっきと同じ調子で話す。大物というべきか、ただのバカというべきか。

 対する望月は「演習ぅ……?」とめんどくさい全開の声だ。

 

「覚えてないよそんなの。いつの話だよ……」

 

 興味すら無さそうな声をあげて、望月は前に向き直る。提督も釣られて前を向き、彼女と同じように太ももの上におぼんを乗せる。

 そのまま「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。その声に望月は一瞬だけ目を向けたが、興味を失ったのかすぐにそらした。

 そうして、それ以降は何も起こらず━━━ただ二人とも黙々と晩御飯を食べ、やがてどちらともなく港を離れる。

 それが、提督と望月のファーストコンタクトだった。

 

 

 

 その日を境に、提督は晩飯時を港で過ごすようになった。

 夕立の誘いを振り切るのは毎回骨が折れるが、外で食べる文字通りの『外食』もなかなか乙なものである。なにより、港にはいつも彼の興味の対象である望月がいる。

 

「やあ望月。相変わらず星が綺麗だね」

 

「……また来たの?」

 

「また来たよ」

 

 こんな感じで、望月とも少しずつ話すようになった。

 相変わらず提督が来る度に、望月は昼寝を邪魔された猫のような顔をする。しかし彼女が港から離れようとすることはなかった。といっても、別に提督と一緒にいたいからではなく、単にここが晩飯を食べる上で最適な場所だったからだろう。-5と-10を天秤にかけて-5を取ったような感じだった。

 

「にしても、この鎮守府って大和さんまでいるんだね。教本の写真でしか見たことなかったけど、実物も綺麗だったなぁ」

 

「ま、日本が誇る超弩級戦艦だからね」

 

「さすがは大和ホテル……。まぁ僕の場合は、『ヤマト』って聞いたら宇宙戦艦の方が真っ先に浮かぶ人間だけど」

 

「ミリタリー知識ゼロの人間じゃん」

 

 交わされる会話はだいたいこんな感じである。

 話してみると、提督も望月もインドア派のおとなしめな性格というのもあり、会話が盛り上がることこそ少なかったものの、『合わない』と感じるようなことは意外となかった。

 ただ、いくら話しても、どんな話をしても、望月が一度も笑顔を浮かべないことが提督は気になっていた。最初に気になっていた演習時の強さの秘密についても教えてくれなかった。

 

 そんな日々が続いて、提督の研修期間が八日目になり(残り六日)、『やあ望月』とあいさつをすることにようやく慣れ始めた頃。

 

「望月って、他の娘と食堂で食べたりしないの?」

 

 提督は思いきってそんなことを訊いてみた。

 今までも気になってはいたのだ。望月が他の娘どころか、睦月型の娘とすら一緒にいることが少ないことに。

 それまでは望月と二人でいるのに好都合だったから触れないでいたが、彼女と接するようになって五日か過ぎても、彼女は一向に一人でいるのでさすがに気になった、という次第だ。

 

「…………」

 

 だがその質問を受けた望月の表情は、明らかに曇った。失言だったか、と提督は思うが、残念ながらこの世において口に出した言葉は取り消せない。

 そのまま数分ほど気不味い無言が続いたあと、望月は小さく口を開く。

 

「皆、あんまりアタシのことが好きじゃないんだよ」

 

「えっ」

 

 どういうこと、と聞こうとするも、彼女はそのまま前を向いてそれ以上何も喋ってくれなくなる。

 

 (……皆、望月のことが好きじゃない?)

 

 望月の言葉を反芻しながら考え込む提督。なにやら、ひと悶着ありそうな予感がした。

 

 

 翌朝、昨日の望月の言葉が気になった提督は、休憩時間にタチバナへと訊いてみることにした。

 

「……ふむ。なるほどな。晩飯になると毎回夕立が、お前がどこに行るのかと訊いてきたが……そんなとこにいたのか」

 

 タチバナは納得したように顎に手を当てる。すると次に感心した様子で、

 

「というかお前、あの望月と長いこと会話を成立させられるのか。すごいな」

 

「え?まぁ、成立させてるというか、普通に話してるだけですけど……」

 

 それがすごいんだけどな、とタチバナは小声で言った。それから彼にしては長時間考え込むと、「まぁ心当たりがないこともないが」と言う。

 

「教えてくれませんか!?」

 

 思わず身を乗り出してしまう提督。だがタチバナは気にすることなく、

 

「ふむ。順を追って説明しようか。まぁ座れ」

 

 とその場に腰を下ろす。

 

「まずは、あの強さのことから話すか」

 

 提督も座ったのを確認してから、タチバナはゆっくりと話し始めた。

 

 それによると、実はあの望月は、他の鎮守府の一般的な『望月』と比べて、かなり強い望月らしい。その強さは駆逐艦内では、ただの『改』の艦娘でありながら改二艦娘に迫るほど。レベルはまだ65ほどらしいが、並の軽巡艦ぐらいならば攻撃を回避しまくってのカウンターで倒してしまえるほどの実力があるようだ。

 

「そんなことが……?でも望月って確か、旧式の艦のはずでしょう?」

 

「そうだ。『艦』自体には何の異常もなく、ただの旧式艦だ。だが、養成場で聞いたことはないか? 艦娘の戦闘力やセンスには、ある程度の個体差がある、と」

 

「ええ、まぁ」

 

 艦娘の中には、いくら強い戦艦の艦装を宿していても、本人の戦闘センスが低いせいで思うように戦果を上げられない艦━━━所謂『無能』のレッテルを貼られる艦娘もいる。

 望月はその逆で、艦装は『望月』のモノでもそれを扱う本人の戦闘センスがずば抜けて高い個体なのではないか、というのがタチバナの見解らしい。

 

「弘法筆を選ばず、てな。真の戦闘の達人にとっては、35.6㎝だろうと12㎝だろうと関係ないんだろう。……まぁ、あそこまでいくともう突然変異とかのレベルだけどな」

 

 いや、恐らく望月の強さは攻撃力よりも回避力の高さだろう。相手の攻撃を見切り、すかさず反撃する。相手を倒すのに弾薬が百発必要なら、百発当てるまで回避し続ける。

 それが望月の強さだろうと提督は思ったのだが、ここで議論しても仕方がない。……なにより相手は大先輩だし。

 

「……望月の強さの秘密はわかりました。でもだとしたら、何で……」

 

 昨日の光景がよみがえる。この数日で多少でも鍛えられた提督の観察眼が正しければ、あのときの望月の表情は……悲しげに見えた。

 

「その辺は……ちっと色々な要因が絡まってるみたいなんだ」

 

「あれだけ強いんなら……普通は頼もしいと思うんじゃないんですか?」

 

 タチバナは困ったように頭を掻く。

 

「……俺は、根っからの軍人気質ってヤツでな」

 

 話す内容を整理していたのか、タチバナがそう言うまでにはかなり間が空いた。話が逸れてしまっているが、何か意味があるのだろうと思い提督は黙っておく。

 

「『提督』になったのも、素質があったからってのもあるが、純粋にこの国を守りたかったからだ。だから、俺は艦娘に対して『兵器』として接した」

 

 また演習でもしているのか、遠くから単装砲の轟音が聞こえた。

 

「あくまでも情はかけずに、国を守るための武器、兵士として育てた。そしてここにいる艦娘は、俺の思想に共感し、国を守ることを誇りに思ってくれている艦娘ばかりだ。……ただ一人を除いてな」

 

 その一人が誰なのか。提督はすぐに思い当たった。

 

「もしかして……その一人が望月だったんですか?」

 

「ああ。アイツは元々面倒くさがりな性格でな。さして忠誠心や向上心があるわけでもない。昨日の演習だって、限界まで出撃を渋っていたんだ。……そんなヤツを、ここにいる艦娘がどう思うだろうな?」

 

 息が詰まる。

 並外れた力があるのに、使おうとしない。国を守るため生まれたのに、国を守ろうとしない者。ここの艦娘からは、そう映っても仕方ないのかもしれない。

 

「下手すりゃ『裏切り者』とまで思われてんじゃねぇのかな。訓練も真面目に受けない、国を守ろうという意志があるわけでもない。そのくせ実力だけはありやがる。他の奴らからしたら、面白くないなんてレベルの話じゃないだろう」

 

 その結果が、あの望月の姿なのだろう。誰も彼女に関わろうとせず、また彼女も誰かに愛想良ようとしない。

 

 でも多分、望月以外の艦娘たちが100%悪というわけではないのだろう。彼女たちには彼女たちの信念があるのだから。

 

「ま、こんなところだ。実は、俺もそろそろ決断を迫られててな」

 

 タチバナは腰を上げた。腕時計を確認すると、休憩時間などとっくに過ぎてしまっている。

 

「昨日の夜、とある艦娘に直談判されたよ。まぁ、一応プライバシーとして名前は伏せるが……『望月を異動、もしくは解体してほしい。彼女がいれば、艦隊の指揮が低下する』てな」

 

「えっ」

 

 タチバナの予期せぬ言葉に提督は勢いよく立ち上がる。

 

「その時は『研修生がいる時にそんなこと出来るか』と追い返したけどな、正直俺もこの案には同意なんだ」

 

「……タチバナさん」

 

「国を守る提督として、戦う気もない兵器を手元に置いとくつもりはない。確かに望月は強く、駆逐艦でありながら軽巡ぐらいの働きをしてくれるが……別に他の艦娘で代替できないこともない」

 

 一瞬耳を疑ったが、少々投げやり気味な言い方からして、タチバナも本気で言ったわけではないのだろう。

 多分。そう信じたい。

 

「他の鎮守府へ回そうと思っても、あの性格と実力じゃどこでも似たような末路になるだろう」

 

 異動が無駄なのだとしたら、もう望月が取れる選択肢は━━━

 

「さっきも言ったが、俺は根っからの軍人気質だ。力を持つものは、それを役立てる義務があると思ってるし、艦娘に情をかけるのは苦手な人種といえる」

 

 望月がハブられてるのに気付いたのも最近だしな、とタチバナは自嘲気味に笑った。提督帽を目深に被るその姿は、どこかうつむいているようにも見える。

 もしかしたらこの人はこの人で責任を感じていたのかもしれない、と提督は思った。

 

「何事もなければ、お前の研修が終わった後に、俺は望月に対して罰を下さなければならない。……何事もなければな」

 

 どこか含みのあるような言葉を残して、タチバナは歩いていく。提督は立ち上がったまま動くことができず、ただタチバナの言葉を脳内で反芻していた。

 タチバナから「早く来いよ」と声がかかるまで、提督はそうしていた。

 

 

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