望月との日常   作:トマリ

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いいことを教えてやろうか……。真夏日のもっちーは戦闘力が普段の百分の一になるのだ。


太陽と月

 返事がない、ただの艦娘のようだ。

 そう形容できそうな望月の姿は、いつもに増して生気がない。提督が朝に買ってきた箱入りアイスは、数時間前に彼女によって空にされ、数分前に提督が食堂にまで行って取ってきたペットボトルの麦茶も、一分と経たずに空にされた。

 だがそれは、別に望月が鯨飲馬食というわけではない。

 

「あちぃ~……。あちぃあちぃあちぃ~……」

 

「もっちー、余計暑くなるからやめて」

 

 掠れに掠れた声で呟く望月。そして掠れに掠れた声で答える提督。

 まだ六月だというのに、空からは真夏のような日光が発射されていた。早くも例年の最高気温を更新しそうであり、地球温暖化が進行していることを思い知らされる。それに加えて、風もロクに吹いておらず、前日は雨だったというのもあり湿度もMAXだ。

 猛暑+湿度+無風イコール……。

 

「あちぃー、溶ける~……まぁじ溶ける~……」

 

 まぁ望月でなくとも屍のようになるだろう。

 実際提督も、普通に座ってるだけなのに顔から汗が滝のように流れてきている。流れてくる度に拭っているので、軍服の袖口はもうグショグショだ。

 望月も、いつも着ている黒セーラー服を脱ぎさっており、ワイシャツ一枚だけという状態である。いつもはヤドカリのようにコタツにこもっている彼女だが、さすがにこの暑さの前ではコタツは邪魔なものでしかないらしい。コタツに入っていない望月などかなりレアな光景だなー、と提督は溶けかけの頭でぼんやりと思った。

 

「司令官~、あおいで~」

 

「はいはい」

 

 うちわを二刀流装備し、望月に向けて扇ぐ。だが彼女の顔は芳しくない。扇がれても熱風が来るだけであまり効果がないようだ。

 

「司令官~、もういいじゃねぇかよぉ~。クーラー付けよ~……」

 

「だ、ダメだ……。皆ガマンしてるんだから……」

 

 これだけ暑い状況にも関わらず、執務室のクーラーは作動していなかった。それだけでなく、部屋の端で首を振る扇風機も強さは『弱』にしてある。

 なぜ提督たちがこんなことをしているかというと━━━

 

「ドックが二つしかないようなオンボロ鎮守府のウチに、全部屋のクーラー作動を許可できるほど予算があるわけないでしょ」

 

「えー……」

 

「『えー』じゃないよ。クーラーの電気代ってバカにならないんだから。しかもそれが軽く見積もっても十部屋分……予算どころじゃなくポケットマネーまで吹っ飛ぶよ」

 

 考えただけで目眩がしたのか、思わずといったように眉間を押さえる提督。

 この鎮守府の部屋事情は、なるべく同型艦を同じ部屋に住まわせるという処置を取っている(睦月型や白露型のような多い艦娘は二部屋に分けているが)。そしてその部屋一つ一つにクーラーが設置してあるのだが、朝の内に提督は放送でクーラー禁止令を出していた。

 当然駆逐艦などからはブーイングが殺到したが、この鎮守府の懷事情に理解を示している重巡や空母の方々がなんとかたしなめてくれたようだ。

 

「いいじゃねぇかよ~。文明の利器は使わなきゃ損だって~」

 

「ダメだよ。それに━━━」

 

 

 

 ガチャン!!

 

『クーラー警察よ!リモコンを渡しなさい!!』

『なのです!!』

 

『ああっ!? しもた、見つかってもた!!』

 

 

 

「ほら」

 

 扉の外から聞こえてきた声に提督は苦笑いする。

 今の声は暁型のお母さん担当の雷、妹担当の電の声だ。

 

「こうやって雷電姉妹をけしかけちゃった以上、僕らがクーラー付けるわけにいかないでしょ」

 

 禁止令を出しても、欲望に負けてクーラーを起動させてしまう艦娘がいるだろうことは、提督もとっくに予想済みである。

 そのために前もって提督は雷電姉妹を見回りとして鎮守府内に放っており、取り締まりを強化していた。この暑いのに二人は二つ返事で見回りを引き受けてくれ、錨を片手に廊下を駆け回っている。

 

『司令官の懷事情も理解しないで!取っ捕まえてやるわ!!』

『なのです!!』

 

『まっ、まぁ待たんかいやお二人さん。そんなこと言わずに、部屋に入ってみ?』

 

『っ!? これは……!』

『す、涼しい……!天国はここにあったのです……!!』

 

『せやろ?告げ口すんのやめてくれたら、お二人さんもこの部屋に入れていいで?』

 

『で、でも、司令官に頼まれたし……』

 

『バレなきゃ命令違反にはならんって。それにウチらだけがクーラー付ける程度なら大丈夫やって、な?』

 

『……入りたいのです』

『わ、わかったわよ!一時間だけだからね!』

 

『ふっふっふ~。交渉成立やな♪』

 

 バタン!

 

 

 

 あれ、おかしいな。なんか超速で雷電姉妹がミイラになってしまったのだが。

 

「……で? 誰がけしかけられたって?」

 

 望月も呆れている。

 

「……もういっかつけちゃおっかー」

 

 暑さで脳みそが溶けたのかもしれない。さっきまで渋っていたのが嘘のような声音で言うと、提督はクーラーのリモコンを手に取った。

 スイッチによってその戒めを解かれた文明の利器は、人間のためにその大きな口を開き、夏の大気へ向けて風を発射し始める。

 

『あー、あー、ただいまマイクのテスト中……。望月でーす』

 

 その間に望月は放送の電源をオンにすると、だらけきっ声で提督からクーラーOKの要請が出た旨を伝える。放送が終わった瞬間、ドアの外から艦娘たちの歓喜の声が聞こえたような気がした。

 

「クーラーを開発した人は、この世全ての富を得る権利があると思うんだけど、司令官はどう思う?」

 

「確かに、それだけの権利を主張しても文句は言われないような気がするけどね……。ところでさ、もっちー」

 

「うーん?」

 

 ようやく言う機会が来た、とばかりに提督は望月へ向き直る。

 

 

「クーラーもついたし、そろそろ離れてほしいんだけど?」

 

 

 と、先程からずっと自分にしなだれかかっている望月へと言った。

 

「この暑い日にくっついてたら、そりゃ暑いと思うんだけど?」

 

「……別にいいじゃん。減るもんじゃ無し」

 

「さっきから『汗』という名前で僕の水分が減っていってるんですが……」

 

 思わず苦笑いする。

 提督は時々望月の心がわからなくなる。近づいたら逃げ、逃げたら近づいてくる。望月の心は、時々ノラ猫のように読めなくなるのだ。

 まぁ、全て暑さのせい、そういうことにしておこうか。

 

 

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