望月との日常   作:トマリ

4 / 14
望月と過ごす七夕です。
手違いがあって、前回同じ話を2回投稿してしまいました……。もしも楽しみにしていた方がいたら申し訳ないです。


短冊に望む願い

 『七月』と言われて真っ先に『七夕』が出る人は、意外と少ないような気がする。

 まず『夏休み』となる人が最も多く、『海やプール』がそれに追従するような形で出てくるのではないだろうか。『七夕』とて夏には欠かせない風物詩のハズなのだが、如何せん前者二つにイメージを食われてしまってる感が否めない。

 だが提督の務める鎮守府では、イベント事を見逃すということは基本的にはなかった。提督が忘れていても、目ざとい駆逐艦たちが騒いで思い出させてくれるし、提督自身も艦娘たちとバカ騒ぎするのを楽しんでいるからだ。

 というわけで七月七日。

 誰が告知をしたわけでもないのに、鎮守府では当たり前のように七夕祭りが行われようとしていた。

 

 

 

「……よし、着れた。サイズもちゃんと合ってるな」

 

 執務室にて。

 提督はいつもの真っ白い軍服とは正反対の、真っ黒な浴衣に着替えていた。

 本日、この鎮守府にて七夕祭りが開催される。祭りと言ってもそう本格的なものではなく、屋台もセットも全て手作りの、高校の文化祭よりほんの少し豪華、というような感じの祭りだ。そんな日なので、この鎮守府は数日前から終日休業状態であり(まぁ普段も似たようなモノだが)、空母や戦艦、重巡艦娘たちが率先して屋台の用意をしてくれている。

 あと数分もすれば、鎮守府前は祭りを楽しむ駆逐艦たちで賑わうことになるだろう。

 

「金剛に利根、加賀さんまでも、皆文句も言わずに一生懸命用意してくれたなぁ……」

 

 浴衣の帯を結びながら感慨に更ける提督。

 もちろん提督とてなにもしなかったわけではない。執務の間をぬって材料や笹をなんとか調達し、本来予定していなかった打ち上げ花火まで取り付けた。そこで働く人が提督の古い友人だったので、無理言って便宜を図ってもらった、という形であるが。

 

「提督~!用意できたにゃしぃ!」

 

 あの時の旧友の顔を思い出していると、ノックの音と共に声が聞こえた。

 そのザ・ロリな声と語尾に『にゃしぃ』と付く独特の話し方をする人物は、提督の生涯から遡っても一人しかいない。入っていいぞー、と提督が言うと、体ごとぶつかったような勢いでドアが開かれた。

 

「提督、浴衣に着替えましたし、早く行きましょ~う!!」

 

 予想通りドアの前にいたのは、睦月型シスターズの長女、睦月だった。無邪気な笑顔にと少し癖のあるショートヘアーが特徴的な艦娘である。祭りということもあり、今の彼女はいつものセーラー服に代わって提督と同じく浴衣を着ていた。彼女の性格を反映したような赤い浴衣で、非常に似合っている。もしも提督に妻がいなければ速攻で恋に落ちていたかもしれない。

 

「おお~、いいじゃん。似合ってるよ、睦月」

 

「えっへへ~、この日のためにわざわざレンタルしたからにゃ~!似合ってなきゃ困るのですっ!」

 

 そう言って睦月はその場でクルクルと回る。動きに合わせて余っている袖口がゆらゆらと揺れた。

 うむ、可愛い。どこに出しても恥ずかしくない浴衣っ娘だ。

 

「で、睦月一人が呼びに来てくれたんだ。ごめんね、手間かけさせて」

 

「およ? 一人?」

 

 準備に手間取っていた提督が謝罪すると、なぜか睦月は不思議そうに首を傾けた。そして何を思ったか、誰もいない自分の後ろを振り返る。

 

「む~……!」

 

「へ? む、睦月さん?」

 

 そしてなぜか頬を膨らませてお怒りになった。提督が混乱していると、睦月はズンズンと大股で執務室の外へと出ていく。

 そのまま数秒、時間が経つと。

 

「も~、望月ちゃん!なんで引っ込んでるの!提督のために浴衣を着たんでしょ!」

 

「ちょ、マジやめてって……引っ張らないで……」

 

「ここまで来てなに照れてんの!早くっ!ほら!」

 

「やっぱり浴衣なんてアタシのガラじゃねぇし、ゼッテー似合わねぇし……うおっ!?」

 

 なにやら廊下からそんな声がした後、突然何かに押されるようにして睦月とは別の、もう一人の少女が執務室へやって来た。

 非常に見覚えのある顔だ。例え誰が忘れたとしても、提督だけは決して忘れない少女━━━

 

「望月……か?」

 

 ━━━なのだが、提督が呼ぶ声には若干の戸惑いの感情がある。まぁそれも無理はないだろう。

 

「……ん。そう、だけど」

 

 目の前でふて腐れたような顔をする少女は、紛れもなく提督の最愛にして唯一のケッコン艦、望月その人だった。

 だが服装が違う。彼女はいつもの黒いセーラー服に代わり、浴衣を着用していた 。

 

「…………」

 

 その事実は、提督にとって予想外だった。いや、冷静に考えれば睦月が浴衣を着ていた以上、望月もそうであることは容易に想像が出来るのだが。セーラー服から着替えただけで驚かれるぐらい、望月は普段からオシャレというものをしないのだ。

 彼女が着ている浴衣はレンタル用の紺色のモノであり、その色は大人しいイメージの彼女に非常に合っていた。いつもは見慣れているずぼらなロングヘアーも、今日に限っては絹糸のように艶がある。恐らく皐月か文月あたりが事前に手入れをしてやったのだろう。

 その姿に、提督はすっかり見とれてしまっていた。オシャレなどほとんどしない望月が、しっかりと髪を整え、自分に合った浴衣を着ている。それだけで、なんだか普段とは見違えるほど彼女が綺麗になったようだ。

 余った脳の片隅で、望月は別に素材自体はいいからなー、と提督がぼんやり思っていると

 

「……なんか、言えよ。司令官」

 

 沈黙に耐えきれないのか、珍しくモジモジとした様子で望月が言った。

 

「あっ……ごめん」

 

 急いでなにかしら言葉を紡ごうとするものの、この一瞬で語彙力が消失してしまったようでちっとも的確な言葉が出てくれない。とりあえず今脳裏にある言葉は『可愛い』と『望月ちゃんは天使である』だけだ。

 

「似合ってる……。すごく綺麗だよ」

 

なので結局こんなバカみたいな言葉しか出てこない。

 

「ん……」

 

 しかしそんな言葉でも、今の望月には効くらしい。顔を少しうつむかせ、目線を斜め下へと向けている。

 それが望月が照れているときの癖だということを、提督は長い付き合いで知っていた。

 

「もっちーが浴衣着るなんて……予想もしてなかったよ」

 

「いや、アタシも着るつもりなんてなかったんだけど……姉さんが」

 

「だってだって~!七夕と打ち上げ花火があるのに、浴衣を着ないなんてありえないでしょ~!」

 

 苦笑いする望月をよそに、いつの間にか入り口にはまた睦月が仁王立ちしていた。

そして、

 

「提督も、望月が浴衣を着てくれてたら嬉しいよね?」

 

 とウインク付きで言ってきたので、彼は一も二もなく頷いた。自慢のヨメがとても綺麗な、風情がある格好をしてくれているのだ。これを何とも思わない夫がいるものか。

 

「ホント、良く似合ってるから。もっと自信持ちなよ、望月」

 

 提督がそう言うと、望月は困ったような、誉められ慣れていないような顔をしてうつむいてしまう。

 

「そんな恥ずかしいこと、臆面もなく言うなよ……」

 

 浴衣が似合う娘なんてアタシ以外にもたくさんいるじゃんか、と望月はいじけたように呟いた。

しかし、その後に小声で

 

「……でも、悪い気は、しないよ。……あんがと」

 

と付け加えた。

 

 

 

 先に行った睦月に遅れて鎮守府の外に出ると、そこは完全にお祭りムードだった。あちこちの街灯が色を放っており、文字通り解放感に溢れている。

 

「行きますよ行きますよ~!」

「行くっぽーい!」

「ふ、二人とも待ってください~……」

 

 鎮守府から少し離れたところにある小さい公園ぐらいの広場には、様々な屋台が建っており、その間を主に駆逐艦娘がキャッキャと笑いながら駆け回っている。

 さっき目に入った睦月や吹雪たちの顔を見ていると、無理を言ってこの広場を貸しきりにした甲斐があった、と提督は大きな達成感を得られた。例えこの後この祭関連で膨大な書類(めんどうごと)を背負い込むことになろうとも、あの楽しそうなを顔を見れるのなら安いものだ。

 とりあえず今はそんなくだらないことなど忘れて、思う存分楽しむとしよう。

 

「もっちーは、走り回らないの?」

 

 夕立と睦月のはしゃぎっぷりを思い出しながら、提督は隣にいる望月に訊いてみる。特に深い意味はない、素朴な疑問だった。

 

「浴衣着て、サンダルはいてあんなに走り回れっての? 普通無理だから……」

 

 アタシのキャラでもないし、と望月は呆れ顔で言った。

 確かによく見てみると、望月はご丁寧に足にサンダルを装着していた。先の三人も同様である。最近のレンタル浴衣は、サンダルまでもレンタルしてもらえるらしい。どこのサービスか知らないが、なかなか良い仕事をしてくれるものだ。

 別に浴衣にはサンダルじゃないと嫌だというこだわりは提督にはないが、浴衣に普通の靴というのも、なんだか違和感があるような気がする。だから何はともあれこれでよいのだ。

 

「まずどこから行く?」

 

 そう結論付けて、提督は望月に問いかける。

 基本的に同型艦で集まって回ることの多い艦娘たちだが、望月に睦月型の娘たちから誘いがかかることはなかった。提督の所へも同様に。

 まぁこれは深く考えなくても、周りの者たちの小さな親切粋な計らいの結果だろう。ならば提督はそれに思い切り甘えるだけだ。

 最近忙しかった分、思う存分イチャイチャさせてもらおう。

 

「別に。司令官が行きたいところからでいいよ」

 

「んじゃ、入り口にある店から行きましょうか」

 

「あーい」

 

 正直提督の意見も『望月の行きたいところから』だったのだが、それではエンドレスループになってしまう。こういう時はどちらかが強引に決めた方が上手くいったりするのだ。

 黒色の提督と紺色の望月は、二人ならんで歩き始めた。

 

 

 

 

 

「……しれいかーん、そろそろ座ろー……」

 

「そうだな……。日頃運動してないと、歩くだけでも大分疲れることになるんだな……」

 

 三十分ぐらい過ぎた後。提督と望月はフラフラになりながら石段の上に座り込んでいた。

 どうせ公園ほどの広さしかないだろうと嘗めていた。店番の艦娘を冷やかして冷やかされ、ほとんどの店で買い食いや立ち話、遊びをしていると体はあっという間に疲れてしまうものらしい。

 

「ふー……」

 

 それまでも疲れは感じていたが、一度尻を落ち着けるとさらに疲労感が込み上げてくる。正直もう一歩たりとも動きたくない。

 

「花火までは時間あるみたいだし、ここでゆっくりしてよー……」

 

 それは隣に座る望月も同じらしい。数分前まではまだ実があったリンゴ飴の棒きれを軽く振ると、近くにあるドラム缶のような形のゴミ箱へと投げる。投げられた棒きれは空中で数回転しながらゴミ箱へと吸い込まれていった。

 ナイスショット、と提督は小さく称賛の声を送る。……いや、この場合は『ナイスシュート』なのだろうか?

 

「まぁどっちも変わんないか」

 

 深く考える気力もないので適当に思考を切り上げ、提督は膝に乗っていたたこ焼きのパックを開ける。

 たこ焼き屋で働いていた龍驤(どうでもいいがねじり鉢巻が異様に似合っていた) に『お二人さんへのサービス』として無料でもらったパックは、開けた瞬間に香ばしい匂いを辺りに振りまいた。

 クタクタに疲れると必然的に腹も減る。今の提督にその匂いは刺激が強すぎた。思わず口の中が涎でいっぱいになる。

 そしてそれはやはり望月も同じなようで。

 

「もーらいっと」

 

 にゅっ、と横から望月の手が伸びてきて、提督の許可もとらずにパックの中のたこ焼きを一つかっさらっていった(ご丁寧にちゃんとつまようじもくすねている)。

 いや、それ自体は別にいい。元から提督は望月にも分けてやるつもりだったし、これと似たような案件など日常茶飯事だ。

 その行為に提督が慌てたのは、もっと別の理由。

 

「もっちー、それ焼きたてだから多分すごく熱いとおも━━━」

 

「あちっ!! あっつぅっ!!」

 

 注意しようとしたが、遅かった。

 望月は猫舌だ。うどんや、炊きたての白ご飯でさえもしっかりと冷ましてから食べるほどの。

 ほんの数分前に焼かれたばかりのたこ焼きは、まだ充分に冷めきっておらず、結果、アツアツの物体が無警戒の望月の舌に直撃する形になってしまったようだ。

 

「あっつっ!! ゲホッゴホッ!!」

 

 体を『く』の字に曲げて、望月は思い切りむせかえる。熱さに驚いた拍子にそのまま呑み込んでしまったようで、それが妙な所に入ったのかかなり苦しそうな様子だ。

 

「もっちー! 大丈夫!?」

 

 それに対して深海棲艦が来たときよりも焦った顔で心配する提督。望月の食道はあまり太くない。このまま詰まってしまったら割とマジで危険だ。

 激しく咳をする妻の背中をほどほどに擦って叩いてから、提督は急いで石段を降りて飲み物を買いにいった。選り好みしている余裕はなく、とりあえず目についたカルピスを買ってすぐさま望月に届けると、キャップを開けるのももどかしそうに、彼女は躊躇いなくそれを喉に流し込んだ。

 しばらくすると、苦痛に歪んでいた望月の顔が少し緩み始め、ペットボトルから口を離す頃には「ふーっ」と落ち着いた息を吐いた。

 

「あー……熱かった……」

 

「落ち着いた? 大丈夫?」

 

「大丈夫、落ち着いた……。でもぶっちゃけ、深海棲艦と戦ってるときよりも死を覚悟したね……」

 

「『たこ焼きを喉に詰まらせて死亡』って、餅よりも笑えないからやめてよ……」

 

 受け答えもハッキリしてるしで、とりあえずは大丈夫だと提督は胸を撫で下ろす。彼女の咳き込み方があまりにもマジ過ぎたので、見ている彼としては彼女が落ち着くまで生きた心地がしなかったのだ。

 一応彼女を戦場に送り出しているという立場上、戦場で彼女を失うことになる覚悟はいつもしている。だがさすがに、こんなアホなことで失うことになる覚悟は持ち合わせていない。

 

「あちー……ひた(舌)火傷したかも」

 

 危うく報告書に『死因:たこ焼き』と書かれるところだった望月は、そう言いながらガブガブとカルピスを仰ぐ。

 飲み終わると、舌の感触を確認しているのか、頬がモゴモゴと動く。それを見ていると、提督はふと気になることがあった。

 

「もっちーってさ、猫舌な割には熱いもの結構食べようとするよね。カップラーメンとか鍋とかたこ焼きとか。なんでなの?」

 

 彼女と過ごしていると、冬にはよくコタツに入っての鍋をねだられるし、昼食をカップラーメンで済ませることもしょっちゅうだ。

 もちろん食べる前には冷ますようにしている。だが、めんどくさがりな彼女がわざわざ『冷ます』という手間をかけてまで、熱いものを食べようとするのが提督にはわからなかった。

 

「あ? うーん……そう言われればそうなんだけど、それとこれとは別ってーか……。司令官だって、冷たくてもアイスは食べるだろ? それと一緒さ」

 

 わかるようなわからないような例えだった。まぁ多分、あくまで体質と好き嫌いはまた違うということなのだろう。所詮猫舌でない提督には、猫舌の者の気持ちなどわからないのだ。

 

「まぁ食生活は好きにすればいいけどさ、次からはちゃんと気を付けてよ?」

 

 爪楊枝を手に取り、提督はパックの中のたこ焼きへと突き刺す。そのまま形を崩さないように慎重に持ち上げると、それに向かって提督は息を吹き掛けた。

 たこ焼きはまだ温度を保っており湯気を纏っている。自分にとっては充分だと思う回数よりももう二、三回息を吹き掛けてから、

 

「はい、あーん」

 

 ゆっくりと望月の前へ差し出すと、彼女は一瞬息が詰まったような顔をした。

 (提督の主観で) 隠れシャイ&乙女疑惑のある望月は、一呼吸できるような間を置いてから差し出されたたこ焼きを爪楊枝から引き抜いた。

 

「はふはふ」

 

 大分冷ましたつもりだったが、まだ少し熱かったらしい。口に入れてからしばらく空気を取り込んでいた望月だが、さっきよりも楽な表情でたこ焼きを食べていく。

 そして飲み込むと、心なしかいつもより赤い顔で、望月は優しく微笑んでくれた。

 

「……ん、おいしい。ありがとう、司令官」

 

 

 

 

 

 あれから少しして。

 提督と望月は石段の上から、鎮守府の離れへと移動していた。

 

「はー……近くで見るとやっぱ立派だねぇ……」

 

「そりゃ、高いお金かけてワザワザ取り寄せたからね」

 

 望月が感嘆の声をあげるのは、目の前にある笹に対してである。時おり吹く風に小さく揺れる笹は、この街灯が一つしかない広場でも必死に存在をアピールしようと腕を伸ばしている。

 この祭りのために用意した笹には、既に様々な色の短冊が吊るされていた。本来なら艦娘たちは、この笹に短冊を吊るしてから祭りに向かっていたようだが、提督と望月に関してはその順番があべこべになってしまっていたらしい。

 

「忘れてたけど、やっぱ七夕と言えば、花火や祭りよりもまずは短冊だよねぇ」

 

 取り繕うように言う提督。

 そもそもこの男が、笹よりも祭りや花火を優先して準備したため、目玉の笹がこんな外れに設置されることになったのだがそれはわかっているのだろうか?

 笹の前には小さなベンチが設置されており、『ご自由にお取りください』と張り紙がされた短冊とマジックペンが上に置かれている。

 提督は短冊を一枚取り、「じゃ、花火が上がる前にささっと書きますか」とさして迷いもせずにマジックペンを走らせていく。

 元々書く内容が決まっていたので、提督製短冊は一瞬で完成した。開いてる場所を探してそこに吊るす。

 イベント好きなだけあって、笹には様々な艦娘の、様々な願い事が吊るしてあった。隣にいる望月はしばし悩んでいるようだったので、提督は暇潰しにと色々と短冊に視線を向けてみる。

 

 

『夜戦がもっと上手くなりますように!』

 

 

 この達筆な字と内容は間違いなく川内のものだろう。『もっとしたい』ではなく『もっと上手くなりたい』なのが意外だ。

 

 

『北上さんが幸せになりますように』

 

 

 これもまたわかりやすい。あの雷巡艦はそろそろ自分の幸せも考えてはどうなのだろうか。短冊でも北上のことを願うとはもはや脱帽ものである。

 

 

『私のドジをどうか直してください!』

 

 

 これもまたわかりやすい……と書いた相手が容易に想像出来てしまったことに、提督は少し自己険悪した。この短く小さい文字からも、必死さが存分に伝わる短冊は間違いなく五月雨のものだろう。これはこんなことを願われた織姫彦星も思わず苦笑いしてしまうに違いない。

 

 

『提督に、Burning Loveを受け取ってほしいのネー!』

 

 

 さすがに頭を抱えたくなってきた。これは伝える相手を間違えているような気がしなくもない……。いや直接言われても、提督の体と愛は一つしかないから困るのだけれど。

 

「司令官、そこ邪魔」

 

 心の中で提督があーだこーだと言っていると、後ろから聞こえた。見ると、望月は手に書き終わった短冊をぶら下げていた。慌てて提督が横に退くと、望月は提督の短冊の隣へと、自分のものをくくりつけ始める。

 その内容を見てみると、

 

 

『ニンテンド◯スイッチよこせ』

 

 

 また別の意味で提督は頭を抱えたくなった。それはそれで七夕に望むものとはまた趣旨が違うような気がする。別に織姫彦星はサンタではないのだ。

 

「ん? なにさ司令官、その顔は」

 

「いや……別になんでも」

 

「現実的な願いじゃん。ダメなの?」

 

「現実的すぎてちょっと……」

 

「んじゃ、そういう司令官の物は……?」

 

 望月は自分が吊るした短冊の隣に、改めて視線を向ける。そこには、

 

 

『鎮守府の皆、誰一人欠けることなく終戦を迎えられますように』

 

 

「……普通すぎて面白くないんだけど」

 

「ええっ、 いいじゃん!? 提督としては当然の願いじゃん!?」

 

 心外だ、と提督は憤慨する。望月はため息をはきながら

 

「司令官は出世のことでも考えてればいいのに」

 

「大丈夫。出世コースに乗ることなんてもう諦めてるから」

 

「ほんと司令官はその辺の欲が皆無だよねぇ……」

 

 いや、出世したいという欲自体は提督にもある。ただ自分の能力ではこれ以上の地位には行けないだろう、というのが提督の見解だった。

 なので、もはや最近ではこの鎮守府を自分なりに纏めることと、艦娘たちが左遷されない程度に頑張ることが自分の役目かと思い始めたほどである。

 

「司令官の評価って、艦娘(アタシたち)の戦果と直結してるんでしょ? もっとアタシらを使えばいいのに。たぶん皆望んでるよ。司令官が出世すること」

 

 望月にしては力強い語気だった。

 確かにこの提督は能力が低いのかもしれない。だが、艦娘を家族のように思い、どんな艦娘とも接せられる求心力は上層部の評価を超えていると望月は思っている。事実彼女は『この提督』だからここまでついて行こうと思えているのだ。

 

「いや、いいんだ」

 

 しかし、それでも提督は首を振る。それから隣に座る妻を安心させるように笑みを作ると、

 

「僕は皆と、望月と過ごすこの鎮守府が大好きだからさ。ここのまま、このメンバーのままで終戦を迎えられれば、それで充分なんだよ」

 

 その表情が、あまりにも満たされたもので。嘘偽りのない笑顔だったから。

 望月はそれ以上なにも言えなくなってしまう。仕方ないので負け惜しみのように、

 

「……子供かよ」

 

「子供で結構」

 

「……バカだ」

 

「バカですとも」

 

 じゃれ合うように言って、二人は笑いあった。

 

 

 

 この祭りもそろそろ終わりが近づいている。提督と望月は、またあの石段の上に座って身を寄せあっていた。

 

「おー、上がった上がった」

 

 望月が夜空を指差す。空には一瞬だけ光の花が咲き、数秒遅れてパンパンと音が響いてきた。

 さっき提督のスマホにかかった予告の通りに、打ち上げ花火が始まりだしたらしい。

 

「なんだかんだ言って花火なんて、すごく久しぶりな気がするな」

 

「こうやって見ると、やっぱ綺麗だねぇ」

 

 金をかけただけあって打ち上げ側もかなり気合いを入れているらしく、この会話の間にもたくさんの花が咲いては散っていく。チラリと横目で望月を見ると、花火に照らされる彼女の顔はとても嬉しそうで。大成功みたいだ、と提督は脇腹の辺りでガッツポーズを作った。

 しばらく彼女の横顔に見とれていると、視線に気付いたらしい、望月が本日三度目ほどの呆れ顔で、

 

「なんで花火じゃなくてアタシを見てんのさ。花火を見なよ。ほら、たーまやー、てね」

 

 たーまやーの言い方が妙に可愛かったので、提督も両手をメガホン代わりにして言ってみることにした。

 

「たーまやー」

 

 

『ク~マ~』

『ニャ~』

『き、キソ~……』

 

 

 提督が言うと、山彦のように下の方から三つの鳴き声(?)が追従してきた。面白いのでもう一度言ってみると、また鳴き声は続いた。それを五回ぐらい繰り返した辺りで(『キソ』の鳴き声は三回目あたりで恥ずかしくなったのか無くなった) 、望月が「そろそろしつこい」と苦言を呈したので提督はやめた。

 

「……こんな綺麗な花火見てると、今が戦争中だなんて思えないよな」

 

「……そうだね」

 

 花火の真下には黒い海がある。今までも、明日も、艦娘たちはこの海で激しい戦闘を繰り広げるのだ。

 艦娘たちの中には、無事生き残りこうして花火を満喫できているものもいれば、敗北して海の底に沈んでいる者もいる。

 彼女たちの犠牲が報われる日は、そして、提督や上層部を含む人間たちが、彼女たちの犠牲の報いを受ける日はいつになるのだろうか。

 

「戦争なんてくだらないよなぁ……」

 

「そんなのは、軍人の提督が一番よくわかってるでしょ」

 

 違いない、と提督は苦笑いし、隣の望月へともたれ掛かった。元々さっきまで彼女が提督にしなだれかかるように傾いていたので、必然的に二人とも体勢が傾き合い、互いに支え合うような格好になる。

 

「……司令官、重い」

 

「えっ、それ言っちゃう? さっきまでもっちーも僕にもたれ掛かってたじゃん」

 

「体格の差を考えなよ」

 

 ぶつくさ文句を言う望月だが、彼女がこの体勢から動く様子はない。相変わらず素直じゃないな、と思いながら提督は夜空へと目を向けた。

 夜空には鮮やかな花火が、二人を包み込むように咲きほこっていた。

 

 

 

 

 

 鎮守府の外れ。

 質の割にあまり目立たない場所に置かれている笹には、様々な短冊が吊るされている。

 その中の一つ、提督が書いた短冊はこの笹のちょうど真ん中の位置にあった。そしてその隣には、『ニンテ◯ドースイッチよこせ』と弱い筆圧で書かれた望月の短冊がある。これだけなら、数分前と同じ光景だ。

 

 だが現在は、その二つの短冊にさらにもう一つ、寄り添うように吊るされたものがあった。

 急いで書かれたのか、他の物に比べれば乱雑で、しかし少々薄いようにも感じられる文字がその短冊の上には踊っている。

 短冊には、こう書かれていた。

 

 

 

 

『司令官の望みが叶いますように』と。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。