望月との日常   作:トマリ

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もっちーに膝枕お願いしたら、ぶつくさ文句言いながらも結局やってくれそう。


望月と演習と膝枕

 

「あー……疲れた」

 

 暑さ控えめな廊下に提督の声が響く。

 八月までうだるような熱を放出していた太陽も、九月に入ると途端に大人しくなり始め、涼しく心地のよい天候が続いていた。

 数日前まで地球温暖化の進行を感じるほどの温度だったのに、このお天道様の変わり身の早さには苦笑いがもれる。いや、急に暑さが落ち着くのも異常気象故か?

 ともかく、今年はクーラーの舞台も早めに終わりそうであり、提督の財布は例年よりも肉を付けて秋を迎えられそうである。

 だがそんなことがあるにも関わらず、廊下を歩く提督の表情は芳しくない。理由はまぁ……単純と言えば単純だ。

 

「四戦三敗……かぁ」

 

 ため息をつく提督の彼の手元には、一番上に『演習表』と大きく書かれた紙があった。紙には四つ欄があり、それぞれ『◯』が一つ、『×』が三つ書かれている。

 

 

 今朝、とある別の鎮守府の提督から、演習を申し込まれた。相手は提督養成所での同期、イシカワだった。成績は提督とどっこいどっこいで、辺境よりほんのちょっと前線に鎮守府を構えている。

 

『よっ、久しぶり~。突然だけどさ、今から演習やらね?時刻はマルキュウマルマル。場所はお前の鎮守府な』

 

「……久方ぶりに電話してきて、こんな朝っぱらに言うことがそれか?」

 

 朝から聞くイシカワの陽気な声に、提督は若干の殺意をおぼえる。おかげで望月の朝食であるスクランブルエッグを少し焦がしてしまった。

 

『まぁまぁその辺は置いといてさ。どうせお前んトコ暇だろ? たまには体を動かさなきゃダメだぜ?』

 

「別に体を動かすのは僕らじゃないでしょ……」

 

 スクランブルエッグの焦げた部分を下にして皿へと盛り付ける。よし、これでバレないはずだ。

 

「だいたい演習なら、ウチよりもっと強いところへ挑めばいいでしょ。その方が経験値もたくさん貰えるし」

 

『わかってないなぁお前は』

 

「どういうこと?」

 

 ある程度冷ましてから、ご飯をお茶碗に詰める。

 

『格上と戦って負けるよりも、同じようなレベルのヤツに勝つ方が経験値はたくさんもらえるんだぜ?』

 

「おし上等だ演習受けてやるよ潰してやる」

 

 提督の眠気は一発で覚めた。

 要するにイシカワの要望は、提督に体のいいメタル◯ライムになれ、ということらしい。別に友人の助けになる分には構わないのだが、こうして明らかに『安全牌』と見なされるような形で演習を挑まれるのは腹が立つ。

 こうして売られたケンカを買う形で、提督は今日の演習を承諾した。一応言っておくと、提督も(たぶん)イシカワも共に先ほどの罵倒を本気で言ってはいない。今の応酬は云わば、教室でする男同士のじゃれ合いのようなものである。……大人にも関わらず高校生のノリで会話をするのも如何なものかと思わなくもないが。

 

 

 

 ━━━てなことがあって、演習も終わり、時刻は今━━━お昼前へと戻るのだが。

 

「くっそー……。イシカワのやつ、夕立改二を持ってたなんて聞いてないぞ……」

 

『よくやったぞ夕立!』なーんてはしゃいでいたイシカワの姿を思い出しつつ、提督は苦い顔をする(夕立が旗艦だった。恐らく夕立が、育てたい艦娘だったのだろう)。

 基本的にこの鎮守府の駆逐艦たちは、改二改装をされていない。積極的に戦闘をしているわけでもなくレベルも上がっていないからだ。

 なので提督の駆逐艦ズは、夕立によってだいたい一掃されてしまった。白露や陽炎をバシバシと戦闘不能にしていく光景は、まさしく『ソロモンの悪夢』であった。まぁ提督の場合、『ソロモンの悪夢』と聞くと、真っ先にスターダストメモリーの方を連想してしまう人間なのだが。

 閑話休題。

 夕立によって一戦目を落としてしまい、そのまま運動部の二軍三軍勝負みたいなノリで、第二第三艦隊でも勝負をすることになったのだが……。結局、提督は体よく経験値稼ぎされてしまった。戦績は一勝三敗。文句の付けようもない負け越しだ。

 

『いやでもお前、訓練時代よりも指揮能力上がってるじゃないか。正直驚いたぜ』

 

 演習が終わった後、イシカワはそう言っていた。

 彼なりにこっちを労ろうとしてくれているのはわかるのだが、いつだって勝者のそういう言葉は、敗者には皮肉にしか聞こえないのが世の常だ。

 

「はぁ~」

 

 そして『結構こっちも参考になった。またやろうぜー』と帰っていくイシカワを見送り、執務室へと帰っているのが今の提督の状況だ。

 妖怪タメイキと揶揄されそうなほどため息を吐きながら、ようやくたどり着いた執務室の扉をあける。

 

「ん。やっと戻ってきたかー、司令官」

 

「あれ、もっちー?」

 

 執務室には、すでに先客がいた。当鎮守府の最古参にして提督最愛の艦娘、望月がコタツで暖をとっている。

 

「もっちー、こんな所にいていいの? さっき演習で夕立の主砲が直撃して中破してたような……」

 

「忘れたの司令官?演習用の弾は、服が派手に破れたりはするけど、アタシたちの体にダメージはないんだぞ」

 

「あれ、そうだっけ……」

 

 言われてみればそうだった気がする。

 艦娘の演習で使われる弾は望月曰く、『サバゲーのペイント弾』のようなものであるらしい。実戦でのダメージ度合いを表すために、制服にダメージは入るが、艦娘たちにはダメージは入らない仕様になっているのだ。最初に聞いたときは『服だけ破れるとかエロ漫画ご用達設定かな?』とか思ったのを覚えている。

 こんな弾丸をどうやって開発しているのかと疑問に思わなくもないが、そこに疑問を持つと、『そもそもこんな弾丸が実際に適応される艦娘は何者なのか?』という問題にも足を踏み入れてしまうため、提督は考えないようにしている。とりあえず使えればいいのだ。使えれば。

 

「まぁそれでも、ちょっとヒリヒリしたりするけどね」

 

「しょうがないさ、直撃だし。実戦じゃなくてよかった」

 

 あんなの駆逐艦の火力じゃねぇ、と思いながら提督は机の上に演習関連の書類を置く。

 向き直ると、望月がコタツの中で横に移動してスペースを開けてくれたので、提督はそれに甘えて望月の隣へと移動した。

 

「あー……コタツあったかい」

 

「ジジイかよ」

 

 薄く笑う望月。しばらく温泉に浸かるサルのように、提督は目を閉じていた。精神的に疲労した分、こうした暖かさが心地良い。

 ……はずなのだが、今の提督は心からの満足感を得ることが出来なかった。いつもならなんとも思わないはずの望月との無言の時間が、ものすごく気不味く感じるのだ。

 

「……演習、負けちゃったね」

 

「でも一勝はしたじゃん。アタシはそれでいいよ」

 

 なにしろ望月がこの態度なのだ。

 彼女は特別負けず嫌いというわけではないが、負けることに何とも思わないわけではない。普段の彼女なら、ここで提督に対して『まったくちゃんとしろよなー』とか『相手を見てから勝負を挑めよー』とか皮肉っぽく言うハズなのだ。

 なのに、望月は一向に口を開かず、提督の言葉への返答に止まっている。始めは普通に過ごそうとしたが、とうとう提督の方が耐えられなくなった。

 

「……どうしたの、もっちー?」

 

「別に。アタシはどうもしてないよー」

 

 思いきって尋ねた提督だが、望月はあったけー、と机部分に顎を乗せている。

 もしかしたら、提督が過敏になっているだけなのかもしれない。でも、じゃあなぜ提督は神経が過敏になっているだろうか?

 人が他人の反応を異常に気にするようになるのは、なにか隠し事をしていたりする時だが━━━

 

「司令官が何も言わない限り、アタシは何も詮索しないよ」

 

 提督の思考を読んだとしか思えないタイミングで、望月は言った。彼女は顔を突っ伏したまま、目線だけを提督に向けている。

 

「ま、明らか無理してんなー、て時とかはアタシから詮索するけど、そうじゃない時はね。『余計なお世話』になっても嫌だし。そうなったらアタシもめんどくさいし」

 

 実に望月らしい持論だった。

 提督の悩み全てを見抜いた上で、あくまでも彼から吐き出すのを待っている。今の彼女はそんな感じだった。

 それは第三者から見れば薄情かもしれない。だけど提督は、望月がそんな人物ではないと知っている。あくまでも本人から吐き出すのを待つ、というのが彼女のスタンスなのだ。

 

「今日の演習さ、負けちゃったじゃん」

 

 だから、提督は吐き出すことにした。彼女に甘えることにした。

 

「別にイシカワを低く見てた訳じゃないけど、負けてしまった……望月たちに勝利を与えられなかった自分が、情けないな、て」

 

 泥を吐き出しているような重い言葉だった。

 

 確かにイシカワの夕立改二は強力だった。それでもまだレベルは低かっただろうし(65ぐらいだろう)、こっちも歴戦の猛者である望月や、基礎能力が高い赤城などが控えている。

 要するに何が言いたいかというと、お互いの艦隊の実力はほぼ拮抗していたということである。

 そうなると、勝敗を分けるのはそれを運用する人間。つまり提督の指揮能力が関わってくる。どんなに強力な兵器も、投入するタイミングを見極めなければ思うように戦果は上げられないのだ。

 

「望月や赤城さんが思うように動けなかったのは、僕のせいだなぁ、て」

 

 イシカワだって、『提督』全体で見ればそれほどの実力者ではない。むしろ養成所時代では、訓練で常に提督と最下位争いをしていたような人間である。

 大体同じような成績で養成所を卒業したはずなのに、いざ戦えばこの有り様だ。

 

「情けないよ、ホント。君たちの性能を生かしきれない自分が」

 

 元々わかっているつもりだった。

 子供時代から、競争事で最下位になるのなんか日常茶飯事だったし、部活の練習試合で後輩に負けることもよくあった。

 自分は優秀な人間じゃない。そんなのはわかっていたはずなのに。

 

「簡単な任務こなしただけで得意気になって。君たちからの信頼も勝ち取って。望月みたいなヨメさんまでもらって。思い上がってたのかもしれない」

 

 実際には、自分が数日かけてこなした任務は他の人間には一日で出来て。他の人間なら、望月とは違う厳しい性格の五十鈴や加賀にだって、素直に認められる提督となっているのだろう(別に望月を軽い女だとか言うつもりはない)。

 

 今日のイシカワとの敗北をもって、忘れかけていた事実を改めて突きつけられたようで。

 提督が妖怪タメイキとなっている元凶はそれだった。

 

「なぁるほどね~……」

 

 一通り提督の言を聞き終えた望月は、長く息をはいた。それから少し考えるような間があった後、モゾモゾとコタツの中から這い出す。

 

「…………?」

 

 提督が無言でそれを見つめていると、やがて望月は彼の斜め後ろ辺りで『正座』の体制を取ると、

 

「ほい」

 

 ポンポン、と自分の膝を叩いた。

 

「へ?」

 

 提督の目が点になる。彼の予測、推測が正しければ望月のこの体制、誘い方はいわゆる『膝枕』というものなのでは……。

 

「ほら、遠慮するなって」

 

 固まる提督を余所に、意外にも望月はノリノリのようだった。

 思わず苦笑いが漏れる。

 

「……まぁ、それじゃあ」

 

 精神的疲労があったせいもある。いつもならもう少し迷いそうな提案に、提督はあっさり乗っかっていた。

 コタツから抜け出し、彼女の膝にゆっくりと頭を乗せる。その瞬間、提督の頭を人肌特有の温かさが包み込んだ。

 

「おー、よしよし」

 

 あまり力を入れていないような台詞と共に、望月は提督の頭を軽くなでる。小さな彼女の膝だが、提督が頭を乗せるスペースには充分だった。

 

「司令官は結構抱え込むタイプだからな~。たまに吐き出して、楽になっときなよ?」

 

 髪を掻き分ける望月の手つきは、幼い子供に触れるような、優しいもので。フカフカの毛布に包まれているような安心感があった。

 こういうのを『母性』というのだろうか、と提督はぼんやり思った。

 

「そこまで気にしなくても、司令官はアタシたちにとっては立派な『提督』だよ」

 

「……でも、所詮僕はイシカワよりも劣っているし……」

 

「司令官にイシカワの代わりが務まらないように、イシカワにだって司令官の代わりは務まらないんだよ」

 

 泣いている子供をあやしているようだった。

 

「確かに兵器とかだったら、性能が良い方がいいに決まってる。でも司令官は兵器じゃない。人間なんだからさ」

 

「望月……」

 

「司令官かイシカワ、どっちかに付けって言われたら、アタシは司令官に付く。艦娘にそう思わせるのだって、提督に必要な要素だよ」

 

 迷いのない口調で言う望月。そのためか、提督がさっきまで気にしていた事がひどくちっぽけな事のように思えてくる。

 

「……元気になったか?」

 

 望月がこちらの顔を覗き込んでくる。慈愛に満ちた彼女の表情に、感謝の気持ちが溢れてきた。

 

「うん、なった。すごいなったよ。ありがとう、望月」

 

「ん。ま、ならよかった。これからはあんまり抱え込まないようにしなよ?」

 

「……善処するよ」

 

「……ま、今はそれでよし」

 

 呆れたような表情をしながらも、望月は納得したようだった。

 

「……ねぇ」

 

「ん、どした?」

 

「……もうちょっと、このままでいさせてもらっていか?」

 

「足がしびれる前までならいいよ」

 

「……妙に冷静だね」

 

 薄く笑って提督はより体重を望月に預ける。

 曇り空の隙間からは、太陽の光が射し込んできていた。

 

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