望月との日常   作:トマリ

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チェリーガール

 

 春眠暁を覚えず、という言葉がある。

 誰でも一度は漢文かなにかで聞いたことがあるだろう、孟浩然の有名な詩「春暁」の一部だ。

 春の日は非常に眠り心地が良いので、ついつい寝過ごしてしまう。

 正確には分からないが、確かそんな感じの意味だったはずだ。

 なるほど、確かにこの五月の陽気は、眠るには最適の気候であろう。ポカポカとした陽気や、窓から入る冷たすぎず強すぎないそよ風。孟浩然がこのようなことを詩に書くのも納得できる。去年出してから片付けられてない気がするこのコタツにて、仕事など全て投げ出して思う存分眠られればどれだけ幸せだろう。

 だが、それはできなかった。

 

 

 やりたい放題か、と望月は思った。

 時は昼時。場は執務室。世間では土曜日なのに、提督は朝から出張ときた。

 仕方なく朝眠りたいのを我慢して提督の分の執務作業をこなして、昼飯も食べ終えたので一休みがてらコタツで牛になろうとしていたのだが……。

 

「うわ~この服ダイタン~。ボク着れるかなぁ?」

「ふ、ふん。くだらないな……」

「その割には菊月ちゃんもじっくり見てるわよねぇ~」

「む~、うーちゃんもこんなの着てみたいっぴょ~ん」

 

 コタツの外で姉達四人が雑誌を共有しながらキャッキャと騒いでいる。うるさくてとても眠れやしない。

 コタツに籠る望月は、鬱陶しそうに頭をかいた。

 

「望月は興味ないの~?」

 

 談義に参加しようとしない望月へ、如月が話しかける。望月としては、この手の話は個人の部屋でやってほしいという感想だ。

 

「興味ない」

 

 望月は、服は着れれば何でもいい派の人間である。

 それを踏まえても素っ気ない発言かもしれないが、もともと突然姉達が執務室に押し掛けてきたと思ったらこれだ。休むつもりだった望月は当然不機嫌にもなる。というか、扉も開けっぱなしなんだからそろそろ閉めてほしい。

 ……ま、別に騒がしいのは嫌いでもないし、文句を言うのもめんどくさいから黙っておくのだけど。

 はぁ、とため息がもれた。

 とは言えこうなると、出張に行っているあの司令官が恋しくなる。あの司令官は静かな方が好きな自分に配慮をしてくれるし、気紛れに話しかければちゃんと答えてくれる。

 話しかけてもロクに答えないくせに、自分が必要な時だけ話しかけるというのはかなりムシのいい話だと思うのだが、それでも司令官は文句一つ言わない。都合が良すぎるほどコチラに配慮してくれるので、ついつい望月はそれに感謝し、甘えてしまうのだ。

 ……まぁこんなこと、司令官の前では口が裂けても言わないのだけれど。

 

「うわ~こんなことまで~」

「あらあら~」

「……おお」

「ぴょ~ん……」

 

 なにやら盛り上がり始めており、雑誌談義はまだまだ終わらなさそうだ。仕方ないので、望月は毛布部分を頭から被って耐えようかとしていると。

 

「おお、なになに? ドア開けっぱなしにして、なんか騒いでんじゃ~ん!アタシと飛鷹も混ぜろよ~!」

 

「ちょっと隼鷹!あなた、まだ艦載機の整備も終わってないのに!」

 

 さらにうるさい連中がやって来た。

 その者の正体は商船改装空母の二人だ。すでに開いているドアをさらに蹴飛ばさん勢いでやって来たのが隼鷹。それを嗜めようと一緒に来たのが飛鷹だ。

 二人とも、元は他の鎮守府でまずまずの戦果を上げてる艦娘で、五日ほど前に『研修』という名目でここにやって来た艦娘である。生真面目な飛鷹は命令がないときでも戦闘準備や訓練を惜しまないようだが、準鷹はもうこの鎮守府ののんびりした雰囲気に影響され、武器の整備もせず他の艦娘と遊び呆けてる……らしい。

 

「いいじゃんいいじゃん固いこと言わずにさ~。で、なに読んでんだ? ちょっと貸してくれよ~」

 

「コラ準鷹!ああもう、ごめんなさいね……」

 

 断りもなく雑誌をひったくる準鷹。ペコペコと謝る飛鷹。そして何故か顔を赤くしている姉達。

 カオスだなぁ、と望月は思いつつしばらくは眠れないことを悟った。

 

「ふむふむ……おー、なるほど~」

 

 しばらく珍しそうに雑誌を読んでいた準鷹だが、あるページに差し掛かるとニマッと笑いながら赤くなっている皐月たちを見た。

 

「なぁ、ちょっと飛鷹も読んでみろよ~」

 

「ああもう、なんなのよ……」

 

 ついに諦めたらしい、飛鷹は渋々と言った形で雑誌を受け取る。

 

「『サクランボの軸を舌で結べればキスが上手』……? 最近の雑誌って、こんなのも扱ってるの?」

 

 そのまま件のページを音読する飛鷹。なるほど、皐月たちが見て赤面したページとはここらしい。子供には少し刺激が強い内容だったようだ。

 

「向こうの鎮守府じゃ、雑誌なんて読む暇なかったしな。それよりもさ、これ面白そうじゃねぇか!?アタシらでやってみようぜ!」

 

「はぁー……もういいわよ。最近敵も来ないし、思う存分騒げばいいわ」

 

「よっし決まりだな!チビたちも行くか?」

 

 チビたち、とは皐月たち駆逐艦のことだ。

(如月以外)しばらく赤面しながらお互い顔を見合わせていた皐月たちだが、やがてゆっくりと頷いた。

 

「よし、じゃあ行くぜぇ!今から川内の部屋へ行って、サクランボもらうぞ!もったら、そのままアタシたちの部屋へ直行だー!!」

 

 思い立った善は急げ。準鷹は飛鷹、姉達を連れてあっという間に執務室を出ていってしまった。開け放たれたドアから「ひゃっはー!!」という声が聞こえる。その姿、まさに嵐の如し。

 それにしても、なぜサクランボを貰いにいくのに川内の所へ行くのだろう? 彼女は忍術の次に、とうとう錬金術までも極めてしまったのだろうか?

 

「…………」

 

 ともかく、やっと静かになった。これでゆっくり眠れる、と望月は仰向けになる。

 ……なった、のだが。

 

「……眠れない」

 

 おかしい。

 目が異常なほどに冴えてしまっている。脳も活発に働いてしまっているせいか、目を閉じてもちっとも眠気がやってこない。

 毛布の中で転がり、頬を床につける。

 

 

『サクランボの軸を舌で結べればキスが上手』

 

 

 内容を音読した飛鷹の声が頭から離れない。

 

「キス、か……」

 

 キスカ作戦、ではない。

 思えば、望月が最後に提督と交わったのはいつだったか。望月と提督が恋人らしいことをすることは意外と少ない。

 (望月が子供というのもあるが)プラトニックというか、二人とも特にそういったものを求めないのだ。まぁ提督は恐らく、一緒にいられれば満足というお子様的な恋愛観の持ち主なのだろう。

 

「キス……」

 

 無意識に唇へと手が向かう。そういえば最近はキスさえもご無沙汰だ。

 そりゃあ望月だって、女の子なのだ。ちょっとダウナーな性格というだけで、好きな人には触れてほしいし、触れたいし、愛してほしいし、愛したい。

 薬指につけられた指輪が、部屋の照明を反射して銀色に光った。

 

「…………」

 

 気付けば望月は、コタツから抜け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってんだろ……アタシ」

 

 ……なーんて言ってみたはいいものの。

 目の前にある山盛りのサクランボを見ていると、急に望月は冷静になってきた。

 あの後、川内の部屋まで行ってみると、本当にサクランボがあった。錬金術を疑いたくなるほどの多さだった。

 

「へ~え、やっぱり望月も気になるんだ~」

 

 川内のニヤニヤ笑いを無視しつつ、望月は皿に乗せられたサクランボを受け取る。

 その足で、昼過ぎなので逆に誰もいないだろうと踏んだ食堂へと、望月はやって来た。

 

「……まぁ、遊びだよ遊び。あくまでもね」

 

 七個ほどあると見えるサクランボの一つを手に取り、口に放り込む。

 実の部分を先に種ごと飲み込み、軸を舌の上で転がし始める。まぁこんなの、所詮はちょっとコツつかめば楽勝だろう。

 

 

モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。

モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。

モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。

モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。

モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。

 

 

 

 

……モゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴモゴ。

 

 

「だーーーーっ!!できねェーーーーっ!!!」

 

 

 ベッ、とおおよそ美少女(自称)には似つかわしくない声と共に軸を吐き出す。吐き出した軸は、舌にもまれまくって唾液に濡らされまくったせいでヨレヨレのヌラヌラになっていた。これで吐き出した軸は早くも四つ目である。

 

「なんだこれ……めっちゃムズいじゃねぇか……」

 

 正直舐めてた(舌だけに)。すげぇ難しいぞコレ。

 そもそも軸を結ぶなんて器用な手段を舌で行おうなんて明らかに無理があるだろう。常識的に考えて。

 誰だよこんなの考えたヤツ。これがすんなりできるヤツはキスが上手いんじゃないよ。もうなんか別のなにかが上手い人だよ。

 やめやめ。こんなクソゲーやめよう。

 

「こんのぉ……ぜってー成し遂げてやる……!」

 

 が、懲りずに五つ目のサクランボを口に含む。……もう完全に意地になっていた。

 実をちゃっちゃと飲み込み、また軸を舌の上で転がす。なんとなくコツというかカッテのようなものは分かってきたが、それで出来るようになるかはまた別の話である。

 そうしてまた二分ほど頬をモゴモゴし続けた後。

 

「あーーーーーっ!!!」

 

 精神が先にイライラに耐えられなくなり、また軸を吐き出すことになった。これで五つ目。

 一度吐き出した軸をもう一度口に入れるのは、さすがの望月でも気が引けるのでやらないでいるが……もうサクランボがあと二つしかない。

 

「これは不味いぞ……」

 

 いやサクランボ自体は美味いが。

 サクランボ自体ではなく、軸があと二つしかないのが不味い。また川内のとこに貰いにいけばいいんじゃないか、と思う者もいるかもしれんが、既に七つももらったのにまた追加で貰いに行くとか川内がどんな顔してコッチを見てくるかわかったもんじゃない。最悪睦月型の姉たちに暴露される可能性まである。それだけは避けたい。

 ……だがかといって、じゃあ皆にバレないように一人で近場のスーパーまで行ってサクランボを調達してくるか、となるとそれはそれで気分が乗らなかった。確かにマジになってきてはいるが、そこまで手間をかけようとは思わない。さすがにそれはめんどくさい。

 なんとなく、気まぐれで始めたUFOキャッチャーで商品が上手く取れないときのような感覚に近かった。とりあえず財布の100円玉が尽きるまではやるが、かといって使いきった後に札を両替してまで再チャレンジするかと聞かれると別にそこまでではない、みたいな。

 ……このたとえに一体どれほどの人が共感できるかは知らんが。

 とにかくだ。

 

「チャンスはあと二回か……」

 

 深呼吸をして精神統一し、サクランボを口に入れる。

 モゴモゴ。モゴモゴモゴモゴ。

 

(ここで軸に折り目つけて……舌を持ち上げて……)

 

 呼吸を止めて目を閉じるほどに集中しながら、必死に五つ目までに積み立てたノウハウを活かしていく。

 艦隊勤務以上に集中力を持って取り組んでいたためか、今回の軸結びは今までにないほど順調に進みかけていた。

 

(ここだ!ここで前歯の裏側に固定して、輪っかを作って……っ!)

 

 モゴモゴモゴという効果音がモゴ……モゴ……モゴ……というリズムに変わり始める頃には、軸結びは最終局面に突入していた。感覚で輪っかを作れたことを確信した望月は、カッと目を見開いて、

 

(それが崩れないうちにっ……端っこを舌で一気にっ……押しっ、込むっ!)

 

 ガチャン、と。

 南京錠が外れたような、ピーズがぴったりとハマったような気がした。

 恐る恐る、軸にヘタな衝撃を与えないよう慎重に望月は口を開け中身を取り出した。

 

「……できた……!」

 

 果たして、軸は無事に結ばれていた。

 しっかり、とまではいかないが、誰が見てもちゃんと『結べている』と言える程度にはできているだろう。時間にして約四十五分、サクランボ六つ目にして、ついに望月は成し遂げたのだ。

 ……ヤバい。今MVP取った時並みに達成感を感じている。正直もうここで終わっていい。我が艦娘生涯に一片の悔い無し───。

 

 

「……何してんの?望月」

 

 気分的にはこのまま両腕を天高く突き上げて果ててもよかったが、それをある人物が妨げた。

 顔を上げてみると、いつの間にやら机を挟んだ対面に、彼女の提督が立っている。……提督?

 なんだコレは。どっかにいる神様がサクランボの軸を結んだ特典として幻覚を見せているのか?

 

「あれ、司令官……?なんでここに?」

 

「出張が早めに終わったから急いで帰ってきたんだけど……もっちーこそ何してんの? てか、何この軸の山……」

 

「えっ。あっ……えーと……」

 

 どうやら幻覚でもないらしい。

 キョトンとした顔で聞いてくる提督に、今さらになって羞恥心が沸いてきた。……自分は、何をしているんだ?

 顔が一気に熱くなっていくのがわかる。

 ……なんだこれ。確かに途中から自分のプライドも賭けていたとはいえ、この物事の発端と言うと……サクランボの軸が結べる人間はキスが上手いという情報を手に入れて……そっから提督との……キ、キスを連想して……。

 

(……えっ。ヤバ、なにこれ。軸結ぶのにこんなにマジになって……これじゃアタシ、まるで欲求不満みたいじゃん……!!)

 

 サクランボみたいに赤くなっていく顔を必死で隠す。

 ヤバい。めっちゃ恥ずかしいこれ。

 

「ちょ、大丈夫もっちー!? どっか体調悪いの!?」

 

「い、いや……別になんとも……」

 

「でも……こんなにサクランボ用意して……一体どうしたの?」

 

「別に…ただ、何となくサクランボが食べたくなっただけだし……」

 

 よし、嘘は言ってない。上手く誤魔化せたかと提督を確認した望月だが、その提督の顔が皿を───望月によって結ばれた軸がある皿をガン見していることに気づいてギョっとした。

 

(しまった……!! 隠すの忘れてた!!全然誤魔化せてないじゃん!!)

 

 一気に背中に浮き出る汗が増えた。どう誤魔化し直そうかと望月が戦闘時以上に頭をフル回転させていると、

 

「ぷっ、はははっ!」

 

 突然提督が笑いだした。それを見て回転していた望月の脳ミソが急に止まる。

 

「えっ、どうしたの司令官」

 

「いや、もっちーったら懐かしいことしてるなぁって、つい。そういうことね」

 

「懐かしいこと?」

 

「うん。このサクランボの軸を舌で結ぶヤツ。僕らが子供の頃にも流行ってたんだよなぁ~」

 

「えっ……そ、そうなの?」

 

 初耳である。というか、このサクランボの説自体がいつから流行っているのかが不明であるが。

 

「サクランボの軸を舌で結べたら何か良いことが起きる、てね。だから子供の頃は皆練習してたなぁ」

 

「あー……そうなんだ」

 

 どうやらこの手の遊びというのは時の流れによって意味合いも変わってくるらしい。とりあえず提督が『現代の意味』を知らなくてよかった……。望月が密かに胸を撫で下ろしていると、

 

「ラスト一個みたいだけど、もらってもいい?  実は、今お腹ペコペコなんだ」

 

 提督がサクランボを指して言った。

 

「ああ、いいよ」

 

 望月としては、軸を結ぶという決闘に勝った以上もうサクランボを食べる意味はなかったので素直に譲る。

 あんがとー、と言いながらサクランボを摘み、口に入れる。

 

「たまに食べるとおいひいよねぇ」

 

 目を細めてそんなことを言いながら、提督は口をモゴモゴと動かした。それから数瞬モゴモゴと口を動かし続けた後、ペッと軸を皿の上に吐き出す。

 その軸は、きれいに結ばれていた。

 

「……え??」

 

 思わず二度見……いや三度見した。無意識の内に手が震える

 

「司令官……? なんでそんな簡単に結べてんの……? アタシがそれやるのにどれだけ……」

 

「ん? いや、まぁこういうの子供の頃何回もやってたし……まだ勘が鈍ってなくてよかったよ」

 

 何ともなさげに言いながら提督は「さて荷物置きに行くか」と執務室へ向かおうとする。

 ……いや。いやいや。ちょっと待て。てか、そんだけ楽に結べるってことは提督のキスは……。

 望月は反射的に提督の肩をつかんだ。

 

「…………」

 

「ん、どうしたの望月? キン◯ボンビーとほねク◯パを足して3で割ったみたいな顔してるけど」

 

 どんな顔だ、とツッコミたくなったがやめておく。実際そんな顔してるだろうし。

 とりあえず。

 

 

 

「……今すぐキスして死ね」

 

「殺意を込めた愛情表現!?」

 

 

 

 (ソフトな)愛憎入り交じった感情で望月は提督をすぐさま押し倒し、唇を奪った。

 久しぶりのキスはサクランボの味がしました。

 

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