エーリカ・ハルトマンのD-DAY~個人の戦闘力で戦争を終わらせる方法~ 作:両生金魚
帝国に恨みが向かない上でもう連合王国が王国にまで転落するとしたらこうではないかみたいな展開を思いついたので書いてみました。
エーリカとターニャはこの時点では准将です。まあ元帥は二人とも内定しているけど、お年及び経験から段階的に階級を上げたほうが良いのではないかっていう慎重意見が出て二人ともそれに同意したからまあ今は准将に据え置きでな感じです。
この二次創作では独自に、
現在の中華相当国:秦華民国
アヘン戦争相当時代:秦華帝国
インド相当地域:インディア亜大陸
植民地統治上の名称:アルビオン領インディア
現地勢力の総称:インディア諸邦
独立後の国号候補:インディア連邦
と設定しています。
「連合王国は、世界各地に戦乱を振りまいた海賊国家である!」
帝国外務省の全権委員が、長机を拳で叩いた。
分厚い木材で作られた会議机が、鈍い音を立てる。
「二枚舌によって共和国を戦争へ駆り立て、連邦を支援し、合衆国を参戦させた! 自らは島国の安全な場所から他国を操り、帝国の血を流させ続けたのだ! 講和条約の前文には、その責任を明記すべきである!」
「事実無根だ!」
対面に座っていた連合王国代表が立ち上がった。
「連合王国は大陸における勢力均衡と、諸国民の自由を守るために戦った! 海賊国家などという表現は、敗戦国を辱めるための悪質な宣伝にすぎない!」
「自由だと?」
「そうだ!」
「秦華へ禁制薬物を売りつけ、軍艦で港を開かせ、インディア諸邦を商会軍で征服した貴国がか!」
「我々は法と秩序をもたらした!」
「軍艦と徴税人の間違いではないか!」
「その発言を撤回したまえ!」
「貴様らこそ歴史を捏造するな!」
帝国と連合王国の講和会議が始まってから、三日目。
議論は昨日とほぼ同じ場所を回っていた。
変化があるとすれば、帝国代表団の灰皿が二つ増え、連合王国代表団が持ち込んだ胃薬が一瓶減ったことくらいである。
停戦線の確定。
捕虜の返還。
海上機雷の除去。
軍艦の引き渡し。
海外駐留軍の撤兵。
植民地及び保護領の処遇。
戦費、賠償、債務、在外資産の整理。
本来ならば、一刻も早く取り決めるべき項目は山ほどあった。
にもかかわらず、両国代表団は講和条約の前文へ、
――連合王国を何と書くか。
その一点だけで三日間を費やしていた。
「二枚舌外交を行った事実は、否定できまい!」
「複雑な国際情勢に対応した外交政策を、二枚舌などという俗悪な言葉で表現すること自体が不当だ!」
「ならば三枚舌と書いてやろうか!」
「侮辱にも限度がある!」
「貴国が結んだ秘密協定の数よりは少ない!」
帝国側から笑いが起こる。
連合王国側の顔が一斉に赤くなる。
その日の会議も、結局は何一つ決まらないまま閉会した。
◇
四日目。
帝国代表団の後方に、新しく二脚の椅子が置かれていた。
そこへ座った二人を見て、連合王国側の空気が変わった。
一人は金髪碧眼の少女。
もう一人は白金に近い髪を、軍帽の下へ几帳面に収めた少女。
どちらも、講和会議へ出席するにはあまりにも幼い。
しかし、その肩には帝国陸軍准将の階級章があった。
エーリカ・ハルトマン准将。
ターニャ・フォン・デグレチャフ准将。
二人とも、つい先日まで大佐だった。
戦争を終結へ導いた功績を考えれば、元帥への昇進さえ不足であるという声が帝国内には存在した。
実際、両名の元帥昇進は既に内定している。
ただし、年齢、経験、軍政上の影響、あまりにも急速な昇進によって生じる混乱を考慮し、段階的に階級を上げるべきだという慎重論が出された。
二人自身も、それに同意した。
『肩書だけを先に上げても、権限と責任の整理が追いつきません』
ターニャはそう述べ、
『別に階級章を増やすために戦ったわけでもありませんし』
エーリカも異論を挟まなかった。
ゆえに、今は准将。
もっとも、この会議室にいる誰一人として、彼女たちを普通の准将とは考えていなかった。
連合王国海軍の主力を海峡へ沈めた者。
大陸へ送られた遠征軍を壊滅させた者。
この講和会議を必要なものにした者。
連合王国代表団の何人かは、二人を目にしただけで無意識に襟元を正していた。
「両准将は、軍事条項及び戦後安全保障について意見を求めるため、オブザーバーとして出席する」
帝国全権が説明する。
「交渉権は持たない。発言は、代表団から求められた場合に限られる」
連合王国側から、わずかな安堵の息が漏れた。
交渉権はない。
ならば、あの二人が直接何かを要求することはない。
彼らはそう理解したらしい。
エーリカは何も言わず、過去三日分の議事録を開いた。
ターニャもまた無言で、連合王国の海外資産一覧と軍事力報告書を読み始めた。
会議は再開された。
「したがって、講和条約の前文には明記すべきだ!」
昨日と同じ帝国強硬派が、今日も机を叩いた。
「連合王国は海賊国家であり、麻薬貿易と植民地収奪によって富を築き、二枚舌外交によって諸国を戦争へ導いたと!」
「断固として拒否する!」
連合王国側も昨日と同じ調子で立ち上がる。
「それは歴史ではない! 勝者が敗者へ押しつける誹謗中傷だ!」
「事実を認めろ!」
「侮辱を受け入れる国家がどこにある!」
午前が終わった。
昼食を挟んだ。
午後になっても変わらなかった。
ただし、後方に座る二人だけは違った。
エーリカの前には、議事録とは別に何枚もの紙が積まれている。
ターニャは連合王国の在外資産表へ数値を書き込み、幾度も計算をやり直していた。
やがて帝国全権が、疲労を隠そうともせずに尋ねた。
「デグレチャフ准将」
「はい」
「軍事上の観点から、何か意見はあるかね」
「軍事上というより、交渉目的について確認したい点がございます」
ターニャは立ち上がらなかった。
資料からも目を離さない。
「本会議の目的は、連合王国を悪く呼ぶことでしょうか」
「……何?」
「それとも、連合王国が同様の戦争を再び開始する能力と動機を除去することでしょうか」
帝国強硬派が答えた。
「当然、双方だ!」
「両立しない可能性があります」
「なぜだ!」
「海賊国家、悪魔、二枚舌。いずれも評価語です」
ターニャはようやく顔を上げた。
「連合王国側は、いくらでも否定できます。むしろ帝国による侮辱だと主張し、国内世論を団結させる材料に使えるでしょう」
「ならば何も書くなと言うのか!」
「いいえ」
今度はエーリカが口を開いた。
「連合王国側の主張を、全て掲載しましょう」
一瞬、会議室が静かになった。
連合王国全権が、警戒しながら尋ねる。
「我々の主張を?」
「はい」
「連合王国が世界へ法、教育、鉄道、医療、秩序、自由な通商及び文明をもたらしたという見解もか」
「全文掲載しましょう」
連合王国代表団の数人が、明らかに表情を緩めた。
反対に帝国強硬派は立ち上がった。
「なぜ敵国の宣伝を、帝国が保証しなければならん!」
「保証はしません」
エーリカは三日分の議事録を閉じた。
「その隣へ、実際の記録を載せます」
「実際の記録?」
「誰が鉄道建設費を支払ったのか。土地をどのように取得したのか。本国企業へどれだけの利益を保証したのか。現地住民がどの程度利用できたのか」
連合王国側の安堵が消えた。
「秦華民国には、旧秦華帝国時代の薬物禁止令、港湾記録、押収目録、外国商人との交渉文書、艦隊来航時の行政記録の提供を求めます」
「待ちたまえ」
「インディア諸邦では、旧藩王国、州政府、村落共同体、宗教施設、商会、織工組合、旧植民地軍人団体へ照会します」
「待てと言っている!」
「その他の植民地、保護領、自治領、軍港所在地も同様です」
エーリカは、まるで備品目録の確認でもするように続けた。
「連合王国が統治し、保護し、駐留し、徴税し、徴兵し、条約を結んだ全地域から資料を集めます」
「それでは連合王国を裁くための糾弾裁判ではないか!」
「いいえ」
ターニャが答えた。
「連合王国側にも、同一期間の資料提出権、閲覧権、反論権、訂正請求権を認めます」
「ならば我々に有利な資料も掲載されるのだな?」
「真正性と関連性を確認できれば」
「鉄道、港、学校、病院もだ!」
「全て評価します」
連合王国側から、再び安堵の息が漏れた。
「それらは我々が現地へ残した資産だ!」
「はい。ですから資産価値を計算します」
ターニャは淡々と続けた。
「その後、現地税による建設費、本国企業への利益保証、土地収用、未払い労賃、強制労働、資源収入、環境損害、条約違反、未払い恩給を負債として差し引きます」
安堵は短かった。
「差し引くだと?」
「精算ですから」
「我々が建設した鉄道だぞ!」
「でした精算ですから」
「我々が建設した鉄道だぞ!」
「でしたら、まず誰が代金を支払ったか確認しましょう」
エーリカが答える。
「現地税で建てられたのであれば、既に現地住民が購入した資産です」
「技術と管理は連合王国が提供した!」
「それも評価します」
「ならば対価を要求する!」
「構いません」
ターニャは計算用紙を一枚抜いた。
「技術、設備、正当に投資された資本、未回収費用を資産欄へ記載します。徴税、土地、労働、利益送金、損害、未履行債務は負債欄です」
「そのような計算では、我々の資産が残らない!」
「残らないのであれば、既に現地側が支払ったのでしょう」
会議室が静まり返った。
帝国強硬派の一人が、何ともいえない顔でターニャを見ている。
自分たちは植民地を取り上げるだけで十分な罰になると考えていた。
目の前の少女は、植民地を返した後に残る債務まで計算しようとしていた。
「帝国は我々の植民地を奪うつもりか!」
連合王国代表が叫ぶ。
「いいえ」
「ならば、何をするつもりだ!」
「現地の方々へ返します」
「そして帝国が代わりに支配するのだろう!」
「それも現地の方々へ尋ねます」
「……何?」
「独立、連邦、自治、自由連合、共同統治、基地の期限付き賃貸。どれを選ぶかは現地住民が決めます」
「帝国の軍港はどうする!」
「必要であれば借ります」
「借りる?」
「使用期間、賃料、司法権、雇用、環境回復、更新条件、撤退条件を定めて」
エーリカは首を傾げた。
「他国の港を使うなら、それが普通ではありませんか?」
連合王国代表団は誰も答えなかった。
◇
その日の夜。
帝国代表団が宿舎として使用している旧大使館では、大量の照会文書が作成されていた。
「秦華民国政府より回答です!」
通信官が電文を手に駆け込んでくる。
「当時の薬物禁止令、押収目録、港湾記録、地方官の上奏文、外国商人との交渉録を提供可能とのこと!」
「早いですね」
エーリカが電文を受け取った。
「まだあります! 地方文書院、商会、宗族、寺院の保有資料も調査するそうです!」
「ありがたいことです」
「また、連合王国軍によって持ち出された行政文書及び文化財の所在確認も要請されています!」
「調査項目へ追加してください」
「インディア諸邦からも回答!」
別の通信官が入ってくる。
「中央政府だけでは網羅できないため、旧藩王国、州政府、村落、宗教施設、織工組合、鉄道職員、植民地軍人遺族へ全国的に資料提供を呼びかけるとのこと!」
「資料の種類は?」
「土地証書、徴税通知、徴募令、給与明細、恩給通知、商会との契約書、農園労働記録、鉄道用地収用記録、飢饉時の行政文書!」
「原本を国外へ出す必要はありません。現地で複写し、複数の保管先を設けるよう伝えてください」
ターニャは別の書類へ目を通していた。
「他地域は?」
「南方諸島から、農園契約と強制移住記録を提供可能とのことです」
「次」
「西方大陸沿岸諸邦から、鉱山採掘権、港湾税、現地兵徴募、土地境界変更に関する資料があると」
「次」
「砂漠地域の旧保護領から、現地君主との条約原本及び連合王国側による一方的改定記録の提出申し出が来ています」
「次」
「島嶼自治領からは、軍港建設時の土地収用、労務記録、住民移転記録です」
「全て受けてください」
エーリカは答えた。
「ただし、連合王国に不利な資料だけを求めていると思われてはいけません」
「では?」
「病院、学校、灌漑、衛生、公衆医療、治安改善など、現地住民へ明確な利益があった事業の資料も求めてください」
「連合王国の功績まで調べるのですか?」
「当然でしょう」
通信官の問いに、エーリカは不思議そうな顔をした。
「悪く見せるための調査ではありません」
隣でターニャが付け加える。
「有利な事例を除外すれば、全調査の信用が損なわれます。一つの有効な反例によって、連合王国側に全体を宣伝だと攻撃される余地を与えます」
「なるほど」
「確認できた功績は、全て記録してください」
エーリカは穏やかに言った。
「確認できたことだけで、十分でしょうから」
通信官は一礼し、少しだけ青ざめた顔で部屋を出ていった。
◇
翌日の会議では、住民調査が議題となった。
「匿名アンケートだと?」
連合王国代表は露骨に顔をしかめた。
「現地住民の感情によって、歴史的事実を決めるつもりか!」
「いいえ」
エーリカが答える。
「歴史的事実は、公文書、帳簿、条約、命令書、行政記録によって確認します」
「ならば、なぜアンケートが必要なのだ!」
「統治された方々が、その統治をどのように経験していたかを記録するためです」
「反連合王国感情に満ちた者ばかりが回答するに決まっている!」
「無作為抽出を行います」
ターニャが調査案を机へ置いた。
「年齢、性別、地域、都市・農村、職業、教育歴、軍務経験、土地収用経験、植民地行政との関係、本国企業との雇用関係で層別化します」
「質問自体が誘導的になる!」
「質問文を事前公開します」
「帝国の調査員が現地住民を脅迫する!」
「帝国だけで実施しません。現地政府、中立国の統計官、連合王国側調査官の参加を認めます」
「未回答者を無視すれば結果が偏る!」
「未回答率も公開します」
「都合のよい自由回答だけ掲載する気だ!」
「全回答を分類し、分類基準、件数、代表例の選定方法を公開します」
「回答者が嘘をつく可能性がある!」
「個人の経験談は、それだけで事実認定には使用しません。行政記録や土地台帳と照合します」
「……」
「他にございますか?」
ターニャの問いに、連合王国代表は口を閉じた。
帝国強硬派が、横から不満そうに言う。
「そのような回りくどいことをせず、植民地住民は連合王国を憎んでいると書けばよいではないか」
「それでは反論できます」
「何?」
「一人の証言なら、特殊な事例だと言えます。選ばれた代表者だけなら、帝国に都合のよい人物を集めたと言えます」
ターニャは調査案を指先で叩いた。
「ですが、誰が、何を経験し、どのような評価を持ったのかを、年齢、地域、階層、利害関係別に示せば、単純な否定は困難になります」
強硬派はしばらく黙った。
「……我々の罵倒より厳しいのではないか?」
「比較対象が不適切です」
「どういう意味だ」
「罵倒は証拠ではありません」
冷淡な答えだった。
◇
講和会議七日目。
帝国側から、植民地独立及び精算に関する条文案が提出された。
第一条
連合王国は、海外領土、保護領、委任統治地域、軍事占領地域及び現地住民の自由意思によらず保持する全ての統治権について、各地域住民の自己決定に従う。
第二条
独立、自治、連邦、自由連合、共同統治その他の地位は、各地域における住民投票及び地域代表会議によって決定される。
第三条
連合王国、現地政府、住民代表及び中立国委員からなる独立精算委員会を設置する。
第四条
精算委員会は、鉄道、港湾、病院、学校、行政施設、通信網、灌漑設備その他の資産を評価する。
第五条
前条の評価に際しては、現地税負担、土地収用、労務負担、本国企業への利益保証、回収済利益、資源収入、未払い賃金、軍務恩給、環境損害、文化財移転及び条約違反による債務を併せて計上する。
第六条
正当な正味資産が残る場合、現地政府は連合王国へ対価を支払う。現地側債権が資産価値を上回る場合、連合王国はその差額を支払う。
「馬鹿な!」
連合王国財務代表が叫んだ。
「独立させたうえ、我々が金を払う可能性があるというのか!」
「可能性ではありません」
ターニャは訂正した。
「計算結果によります」
「百年以上にわたる統治を、全て金額へ換算できるものか!」
「換算できないものは、換算しません」
「ではどうする!」
「土地、主権、聖地、遺骨、文化財、行政権、司法権は現物で返還します」
「鉄道や港を残した功績はどうなる!」
「資産欄へ記載します」
「飢饉や産業衰退まで我々の責任にする気か!」
「天候による損害と、行政判断によって拡大した損害を分けて調査します」
「一度に支払えるはずがない!」
エーリカが答えた。
「一度に支払えないことは、支払わなくてよい理由ではありません」
「ならばどうしろと!」
「支払い方を変えてください」
現金だけではない。
分割払い。
債務の取消し。
船舶。
機械設備。
医療器具。
鉄道車両。
技術教育。
特許使用権。
汚染地域の浄化事業。
返還可能な文化財。
連合王国が一度に金銭を用意できない場合の代替案まで、既に条文の付属書に用意されていた。
「これは連合王国を破産させるための条約だ!」
「破産させることが目的ではありません」
ターニャが答える。
「ただし、支払い能力を超える債務が確認された場合、それは条約案の問題ではなく、過去の統治によって既に発生していた負債です」
「帝国の計算など信用できない!」
「帝国だけでは計算しません」
「では誰が!」
「連合王国側の会計士も参加してください」
「自国へ不利な精算を、自国民に計算させろというのか!」
「誤りを見つけやすくなるでしょう」
連合王国財務代表は、それ以上言葉を続けられなかった。
◇
同日午後。
歴史教育及び公文書公開に関する条文案が提出された。
連合王国代表団は、植民地精算条項だけでも疲労困憊していた。
しかし、彼らに休息は与えられなかった。
第一条
連合王国及び旧連合王国構成地域は、戦争、海外統治、植民地政策、通商戦争、軍事介入及び条約履行に関する公文書を、国家安全保障上の具体的危険が継続しているものを除き、段階的に公開する。
第二条
連合王国政府、議会、王冠、勅許商会、海軍、植民地行政機関及び国家の保護または特権を受けた企業の記録を調査対象とする。
第三条
教科書には、連合王国側の当時の公式説明、同時代の行政・財務・軍事記録、統治された住民の経験及び後世の調査結果を区別して掲載する。
第四条
特定の歴史解釈、国家への好悪または道徳的結論を強制してはならない。ただし、検証可能な公文書、条約、統計及び記録への到達を妨げてはならない。
第五条
連合王国政府は記述の訂正を求めることができる。訂正請求には、対象箇所、訂正理由及び根拠資料を添付しなければならない。
第六条
有効な訂正は速やかに反映する。反証資料が提出されなかった異議申立てについても、その経緯を記録する。
「待ちたまえ!」
連合王国教育代表が悲鳴に近い声を上げた。
「政府の異議申立てが認められなかったことまで、教科書へ載せるつもりか!」
「重要な議論であれば」
「それは我が国を辱めるための教育だ!」
「違います」
エーリカが答えた。
「何が起きたかを教えるための教育です」
「子供たちに祖国を憎ませる気か!」
「帝国を嫌う自由も、連合王国を愛する自由もあります」
エーリカの声は穏やかだった。
「ですが、政府に事実を消す自由はありません」
「我々が文明化を行ったという主張も載せるのだな?」
「はい」
「鉄道、学校、法制度、公衆衛生も!」
「確認できたものは全て」
「ならば公平ではないか!」
連合王国教育代表が、勝ち誇ったように言った。
エーリカは首肯した。
「その横へ、建設費、利用率、土地取得、現地人と本国人の待遇差、住民調査も載せます」
笑みが消えた。
「なぜ隣へ置く!」
「同じ政策だからです」
「別々の章へ分ければよい!」
「なぜです?」
「……」
「比較されると困るのですか?」
連合王国教育代表は、ゆっくり椅子へ座った。
◇
会議十日目。
資料編纂委員会が、試作教材の見開きを持ち込んだ。
左頁には、連合王国植民地省による声明が掲載されている。
連合王国はインディア亜大陸に統一行政、近代法、鉄道、教育及び自由な商業をもたらし、現地住民の繁栄に寄与した。
右頁には、同年度の資料が並んでいた。
鉄道建設費に占める現地税負担。
本国企業へ保証された最低利益率。
用地収用面積。
現地人と本国人の一人当たり教育費。
上級行政職に占める現地人比率。
現地製織物に課された関税。
本国製織物の流入量。
飢饉発生地域における穀物価格、救済予算及び輸出量。
その下には、住民調査の設計案が置かれていた。
「連合王国は当地へ文明をもたらした」という声明に、どの程度同意しますか。
回答は年齢、地域、職業、土地収用経験、植民地行政との関係別に集計される。
帝国強硬派は、長い間その見開きを見つめていた。
「……我々の“海賊国家”という文言は?」
編集官が答える。
「掲載しておりません」
「なぜだ」
「根拠資料ではないためです」
「連合王国の“文明化した”という主張は載せたのにか?」
「連合王国政府の公式声明ですので」
「その横へ、この数字を置くのか」
「はい」
「住民調査も?」
「はい」
「連合王国政府の反論も載せるのか?」
「提出されれば全文掲載します」
「その反論を覆す資料がなかった場合は?」
「その経緯も記録します」
強硬派は、もう一度見開きを眺めた。
やがて、低い声で言った。
「……我々は、あまりにも甘かったらしい」
「何がでしょう」
「海賊国家と書けなどと要求したことだ」
別の強硬派も、帳簿を手に取る。
「その程度なら、連合王国人は帝国の悪口だとして無視できる」
「はい」
「だが、自分たちの文明化声明の横に、自分たちの帳簿を置かれれば……」
「反証資料を提出する必要があります」
強硬派は深く息を吐いた。
「形容詞を削れ」
「よろしいのですか?」
「帝国の感想は要らん」
彼は試作教材を指で叩いた。
「連合王国の原文を載せろ。日付も署名も文書番号も、全てだ」
「はい」
「その隣へ帳簿と土地台帳を置け」
「はい」
「現地住民の声を、一人の代表者に語らせるな。可能な限り多く集め、年齢、地域、職業、被害経験別に分けろ」
「承知しました」
「一語でも誇張するな」
強硬派は、苦々しい表情で言った。
「一語でも誤れば、奴らに全体を否定する口実を与える」
編集官が退出した後、彼は同僚へ呟いた。
「我々は敵を悪く書こうとしていた」
「ああ」
「あの二人は、敵が自分を良く書けなくなるようにしている」
◇
連合王国代表団もまた、同じことに気づき始めていた。
「帝国強硬派の要求を受け入れるべきではないか」
夜の宿舎。
連合王国の若い外交官が、信じられないものを見るように上司を見た。
「本気ですか?」
「海賊国家でも、二枚舌でも、悪魔でも構わん」
「祖国への重大な侮辱です!」
「侮辱なら抗議できる」
上司は頭を抱えた。
「帝国による宣伝だと国民へ説明できる。国旗を掲げ、祖国の名誉を守れと叫べる」
「では、現行案は?」
「我々自身の政府声明だ」
机の上には、試作教材の複写が置かれている。
「左頁は植民地省。右頁の統計も植民地省。土地台帳は現地政府だが、収用命令へ署名したのは我々の総督だ」
「住民調査には偏りがあると主張できます」
「質問文も抽出方法も我々へ確認させると言っている」
「並べ方が悪意的だと」
「年代順だ」
「……」
「我々の主張を削除しろとも言えん。自ら文明化したと語ったのだからな」
若い外交官は、声を落とした。
「では、どうすれば」
「帝国強硬派を応援する」
「は?」
「彼らが海賊国家と叫んでいる間は、少なくとも後ろの二人が資料提供要請書を書く音を聞かずに済む」
上司の顔は、冗談を言っているようには見えなかった。
◇
十一日目。
講和条約の前文から、
海賊国家。
二枚舌。
悪魔。
麻薬国家。
その他、帝国強硬派が求めていた全ての評価語が削除された。
代わりに、簡潔な文章が置かれた。
連合王国及び帝国は、本戦争並びにその原因となった外交、軍事、通商及び海外統治上の行為について、検証可能な記録を公開し、被害、利益、債権及び債務を精査し、再発防止のための制度を設ける。
連合王国代表団は、前文だけを読んで一瞬安堵した。
その後に続く条文は、全百四十七条。
付属議定書は三十二冊。
海外領土独立手続。
資産・債務精算。
軍港返還。
文化財及び遺骨返還。
勅許商会及び本国企業の責任。
公文書公開。
教材編纂。
住民調査。
反論及び訂正手続。
海軍軍縮。
海外金融網の解体。
構成地域の自己決定。
最後の頁まで読み終えた連合王国全権は、しばらく何も言わなかった。
やがて、かすれた声で尋ねる。
「ハルトマン准将」
「はい」
「貴官は、我が国を罰するために、この条約を作ったのか」
エーリカは少し考えた。
「いいえ」
「ならば、何のためだ」
「もう一度、同じことができないようにするためです」
「我々から誇りまで奪うつもりか」
「誇りが事実に基づくものであれば、誰にも奪えません」
「事実に基づいていなければ?」
「それは最初から、貴方がたのものではなかったのでしょう」
連合王国全権は目を閉じた。
「帝国の結論を、我々の子供へ押しつける気か」
「結論を統一する必要はありません」
エーリカは、条約案の教育条項を開いた。
「連合王国を愛しても構いません。帝国を嫌っても構いません。海外統治には功績もあったと論じても構いません」
「ならば何を強制する」
「記録への到達です」
彼女は答えた。
「結論を統一する必要はありません。記録への到達を統一してください」
◇
連合王国本国。
ロンディニウムの宰相官邸へ、講和条約第三次草案が到着した。
ウィンストン・チャーブル宰相は、まず前文へ目を通した。
「海賊国家の文言は削除されたのか」
「はい、閣下」
「二枚舌も?」
「削除されました」
「悪魔の植民帝国という表現も?」
「ございません」
チャーブルは、ほんのわずかに安堵した。
「帝国側にも、最低限の理性は残っていたらしい」
側近は何も答えなかった。
「どうした」
「代わりに、海外統治に関する全記録の公開条項が入りました」
「……何?」
「勅許商会、植民地省、海軍、企業、議会、総督府の記録を含みます」
「拒否しろ」
「連合王国側にも、反論及び訂正請求権が認められています」
「ならば問題あるまい」
「訂正には根拠資料が必要です」
「当然だ」
「訂正できなかった抗議についても、経緯が保存されます」
チャーブルの表情が固まった。
「植民地の独立は?」
「現地住民の自己決定によります」
「我々の投資はどうなる」
「全て評価されます」
「それならば――」
「現地税、土地収用、強制労働、未払い恩給、利益保証、資源収入、環境損害、条約違反が差し引かれます」
チャーブルは条約草案を閉じた。
「帝国強硬派は、我々を海賊国家と呼ぶよう要求していたな」
「はい」
「なぜ受け入れなかった」
「祖国への侮辱であるためです」
「馬鹿者」
「……閣下?」
「海賊国家と書かせておけばよかったのだ!」
チャーブルは再び条約草案を開いた。
教育条項。
公文書公開条項。
秦華民国への資料照会。
インディア諸邦への全国的資料提供要請。
その他全植民地における住民調査。
連合王国側の公式見解も全文掲載。
その隣へ、同時代の帳簿、命令書、土地台帳、住民回答。
「侮辱なら反論できる!」
チャーブルは叫んだ。
「勝者の宣伝だと国民を団結させられる! だが、我々の演説を我々の帳簿の横へ置かれたら、何へ抗議すればよいのだ!」
「事実誤認へ抗議することは可能です」
「それが見つからなかった場合を聞いている!」
側近は黙った。
チャーブルも黙った。
長い沈黙の後、彼は側近へ尋ねた。
「まだ未公開の植民地省文書は、どれほどある」
「正確には把握できておりません」
「すぐに調べろ」
「承知しました」
「インディア関係は?」
「数十年分だけでも、相当量が」
「秦華通商戦争は?」
「海軍省、外務省、商会、議会に分散しております」
「アフリカ大陸の資料は?」
「各植民地政府と本国企業が保有しています」
「全てか」
「はい」
チャーブルは両手で頭を抱えた。
この時、連合王国の宰相の毛が全部抜けた。
――と、後世の人物紹介には簡潔に記されている。
もっとも。
毛が抜けたのは講和条約第三次草案が到着した夜のことであり。
本当に恐ろしい戦後が始まったのは、その翌朝からであった。
帝国強硬派は、連合王国を悪く書こうとした。
連合王国政府は、連合王国を悪く書かせまいとした。
二准将は、連合王国自身が書き残したものに索引を付けていた。
――当時の風刺画より――
連合王国殺すに刃物は要らぬ。公式資料を乗せれば良い……
見てみたい話の傾向としては
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ライン戦線での伝説の始まり
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東部戦線での死神部隊
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戦後、【三姉妹ショック】の狂乱
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後方やら政治家達やらの戦争の裏側
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サラマンダー戦闘団や203部隊のあれこれ