酒場に集まる者もまた、疲れを忘れ、笑みが輝く。
少年は吟遊詩人の如く、熱い心傷を歌い上げる。
「~♪」
迷宮都市の朝は早く、午前五時を過ぎたばかりだというのに、ストリートには人影が疎らに見受けられる。僕は、それでも静けさが支配する通りの上を、鼻歌交じりに歩いていた。
辺りを見渡せば、そこかしこにある店々はまだ鎧戸を閉じており、ちらほら存在する露店は、パルゥムが店を開く準備を進めている。ふと、その内の一つを眺めると、そこには瑞々しさが視覚で理解できる程に新鮮な野菜や果物が並んでおり、自然と、何も入れていない腹が早くも限界を訴えつつあった。
(このままは、流石に不味いかな……。)
生憎と稼ぎが多くない僕は、少ないお金でもどうにかこの欲を満たせないかと、表情に若干の焦りと呆れを混ぜながら視線を泳がせる。しかし、そんな都合の良い店はどこにも無く、少し大げさに肩を落とした。
何となく。本当に何となくだけど、見られているような感覚がするのだ。体の中の電流がざわつく感覚、師匠達なら「警戒しろ」と言い出しそうな状況だが、何度探しても僕を見ているような人はいない。きっと空腹が感覚を狂わせたんだろう、と歩く速度を上げようとすると、
「あの……。」
「うわぁ!?」
「きゃっ!」
突如声を掛けてきたのは、薄鈍色の髪の女の人。どうやら後ろを向いたタイミングで、逆に前から近づいてきていたらしい。
「あっ、ご、ごめんなさい!驚かせちゃって……。」
「いや、私こそ、急に声を掛けちゃって、すいませんでした。」
僕が頭を下げると、女の人も同じように謝罪の言葉を投げかけてくる。こうなると、謝るのは早々に切り上げるべき、と師匠の姿から思い知っているので、とりあえず話題を変えてみる事にした。
「ところで、僕に何か……?」
「ああ、そうでした!こんな朝から、何だか疲れたような顔をしていたので、思わず声を掛けちゃったんです。どうか、されたんですか?」
女の人の声には、確かに心配の色が混じっているのを感じ取れる。意地を張る気も起きなかった僕は、そのまま極度の空腹である事、それと残念ながらひもじい生活を送っている事を伝えて、どうにか安くて美味しい食事にありつける場所を聞き出そう、と考えていた。
しかし、女の人から返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「でしたら、これ。よければ、もらってください。」
「え、でもそれ、貴方の、ですよね?」
「それはそうですけど……これを見過ごすのは、私の良心も痛みますから。」
流石に、少し気が引ける。如何に空腹と言えど、誰かの朝食を奪ってまで満たしたいと思える程、僕の心は野蛮になれない。そんな困惑が伝わってしまったのか、女の人は言葉を続ける。
「もし、私に悪いと思うなら、一つ、取引をしましょう。」
「取引、ですか?」
「はい!私が貴方に、この朝食をあげますから、是非今日は晩御飯を、うちの店に食べに来て頂けませんか?」
女の人の提案は、とても綺麗で美味しそうな毒だった。花の蜜に惹かれる虫のように、既に逃れられないという事実に気づかされたので、いっその事僕は諦める事にした。
「はは、してやられました。じゃあ、今晩はお世話になります。」
「ええ、是非!自慢ではありませんが、うちの料理は絶品ですよ!」
……これは、いよいよ今日はしっかりと稼がないといけないかもしれない。そう決意を抱いた僕は、そのまま挨拶で話を済ませて、立ち去ろうと思った。が、それを脳裏に掠めた事が遮る。
「そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。僕はベル。ベル・クラネルです。貴方の名前は?」
「シル・フローヴァです、ベルさん。今晩、お待ちしていますね?」
結果としてお財布が不安にはなったが、あまりその出会いが悪い気はしなかった。
※※※
結局、一日の稼ぎで比べたら確実に個人的新記録を叩き出した僕は、暗くなってきた空の下、暗くなる気配すらない夜の街を歩いていた。
目的は当然、朝の約束を蔑ろにしないため。途中、ホームに一度帰ったが、神様は用事があるとかで一人で来ることになっていた。どういう事か珍しく、更新したステイタスを見せてもらう事も叶わなかったが、一体どうしたというのだろうか。
とにかくどうしようも無かったので、僕は今朝、彼女から教わった店を探して歩きまわっていた。なんだかんだ言い訳しつつも、楽しみではあったため、自然と鼻歌が紡がれる。
「~♪」
鼻歌、というか歌は好きだ。師匠達の“大事な人”達がよく歌っていたのを聞いていたし、何なら教えてもらいもした。気分が高揚すると、どこからか彼女らの歌が聞こえてくるような気もするし、幻聴だとわかりつつも、そのリズムに合わせてより速く駆け抜けていけるような気がするから。
そんな、朝にも似て浮足立った状況で再び通りを歩くと、辿り着いた店はここら辺りで最も大きいような、普段ならば完全に怖気づきそうになるような大衆酒場。近くに、確かに聞いた店の名前である『豊饒の女主人』の名前が入っている。
「あ、ベルさん。いらっしゃいませ!」
「こんばんは、シルさん。」
シルさんは僕が来たのに気づいたようで、入り口の方へ声を掛けてくる。僕も軽く挨拶を返すと、彼女はカウンターの、端の方の席を案内してくれた。
「いらっしゃい、坊主!アンタがシルのお客さんかい?」
「……ええ、一応そうなるんだと思います。」
「ハハッ、可愛い顔をしてるクセして、アタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢だそうじゃないか。」
「え……?」
切り出された想定外の言葉に横にいたシルさんの方へ視線を流すと、彼女は完全にこっちから視線を外しながら誤魔化そうとしている。
「……シルさん?」
「いやぁ……私、頑張る男の人ってカッコいいと思うんですよ」
「シルさぁん!?」
急いで財布の中身を思い出しながらカウンターに置かれたメニューを取る。そこに書かれているのは想像していたより5倍は大きい金額の羅列。僕はそれらに圧倒され完全に押し黙ってしまう。
「ハッハッハ、まあそんな事だろうとは思っていたけど、今日ばかりは騙されたと思って払っていきな!」
「アハハ……どうにか少しマケてもらえませんか。」
僕の弱音に若干の呆れ顔を向けながら、女将さんらしき女性が言葉をくれる。
「そうだねぇ……アタシらと一緒に働いて貰うか、一芸客に披露して盛り上げてもらうか、けど、アンタには出来るのかい?」
どうやら、僕は幸運らしい。周りを見渡せばまだ客の数は少なく、このくらいの人数なら、村に居た時も経験したことがある。
「じゃあ、一曲歌っても良いですか?」
「ほう、歌かい。別に構わないけど、下手だったら容赦はしないからね?」
すると、女将さんが突然息を大きく吸い込んで、
「さあさあここの少年が一曲歌ってくれるそうだよ!」
なんて、高らかに宣言する。辺りで飲んでいた冒険者達が、皆思い思いに僕を茶化す。なんだかその光景は、村でよく見た景色と被り、自分にちょっとの寂しさと、確かな自信を与えてくれる。
「じゃあ、折角なので、良ければ聞いてください。」
脳裏に浮かぶ、三人の女性。謡精達が高らかに謡うその姿は、何時だって彼らに力を与えていたから。その一人、蒼を意味するという名の女性の歌が、自然と口が紡ぎ出す。
「僕の友人が、教えてくれた歌です。タイトルは、『追憶の
その歌は激情、その詩は劣情。僕は、彼女が託してくれた熱情を強く謡い上げる。たちまち熱は伝播して、それは観客達にまで広がっていった。
夜はまだ長い。未だ闇に包まれた転換点は、もう少し。
ベルは一通りは歌えるように鍛えられてます。
実は楽器も多少鍛えられてます。
正直戦闘よりもスパルタでした。
ところで楽曲コードが見つからない、つまりは歌詞が載せられないと気付いたのは、投稿した後の事らしいっすよ?(遠い目)
基本的に書き次第上げているので、投稿は不定期です。
正直次の話(となる予定の部分)と纏めて一話でも良かったですが、長期間空くとエネルギーが切れるので投稿。
文字数少なかったら教えてください、もう少し長めに書いてから投稿できるよう努力します。