雨が降った時は寝床は浸水しますし、洋服だって大抵は生乾きで着る事になったり。
でも、それが思い出に変わる頃にはあの生活が恋しくなるのかもしれません。
小説を読んでると便利な今の生活だからこそ、不便さの中にロマンを求めてしまうのかなとか…そんな事をぼんやりと考えてしまうこの頃です。
私、八雲紫は幻想郷を創った賢者の1人でありスキマ妖怪と呼ばれ親しまれるカリスマだ。
急遽現れた幽霊船に対し対策を取った時に、奇遇にも結界の外に出てしまった古明地姉妹を助けるために裏方で奔走していた。
幻想郷は全てを受け入れる場所…。しかし、寛容さには危険も伴う。
理由はそれぞれだが、幻想郷に悪意を向ける妖怪だって少なくないのだ。
しばらくここの外に出る事になる…そうなると、私の不在を悟られるわけにはいかなかった。
そこで、ちょっとした細工をして出かける事にしていた。
それこそが、私のダミー人形である。私の複製を残して外へ出た。
どれだけ精巧にできていようと、所詮はただのダミー。
教えはしなかったが、今頃は藍もいるのがダミー人形だという事に気付いている事だろう。大変寂しがらせることになってしまった。
「ただいま、藍」
あれ、私の部屋にいない。ここにいると思ったのに。
そうだ、庭が騒がしい。庭にいるのだろう。
「ただいま、藍」
いた。
藍は庭でダミー人形と乗用草刈り機に乗っていた。
「紫様、もっとスピード出ないんですか!?」
「これが限界速度なのよ!」
私は静かに襖を閉めて深呼吸をする。
何だ今の。
何かの見間違いに違いない。そうに決まってる。分身と言ってもいい私の精巧なダミー人形と、私の作った最高な式の2人なのだ。いくらなんでも今見た光景は何かが間違っている。疲れているのだ。
私はもう一度襖の先から庭を覗いた。
「ステアリングを切るタイミングが早すぎます!!」
「そんな事言ったって…」
乗用草刈り機は2人の会話に対してノロノロと進み続けている。2人は一体どうしてしまったのか。私は乗用草刈り機に乗り込むとダミー人形を元の紙人形に直してからエンジンを安全に停止させる。
それから座席ですらない後ろの僅かなスペースに乗っていた藍を降ろした。
「藍?私が分かる?」
目の前で手をひらひらとさせる。
「私、妖怪の山の風になるって決めたんです」
私は藍の鼻頭を長押しして「いなり寿司食べたい」とつぶやく。
「システムの再起動をしています…。あ、紫様。いかがなされました?」
「お茶が飲みたいの」
「今用意しますね」
今日も幻想郷は平和だった。
「うーん…うーん……はっ」
夢か。自室で起きて、ここが無人島ではなく地霊殿の自分の部屋である事を確認する。
…それにしても恐ろしい夢を見た。こいしが無限に増え続け、様々なバリエーションの声色で「お姉ちゃ~ん」と言って来るのだ。増えた妹を相手にピアノ演奏をしてあげている所で起きた。
こいしは確かに可愛い妹だが、あんなに増えるとさすがに怖い。
時計を見るとまだ4時だった。起きるにはまだ早い。もうちょっと寝よう。
そう思って掛布団を深くかぶる。
「お姉ちゃ~ん」
「ひいっ!」
私はがばっと体を起こした。何だ今の。確かにこいしの声だった。
声のした方に布団をめくるとこいしが眠っていた。
「こいし!」
「んあ…お姉ちゃん?おはよう」
「おはよう…じゃないよ!何でお姉ちゃんの部屋にいるの!」
「いいじゃん、無人島にいる時は毎日こうして一緒に寝てたでしょ?」
「それはそれ!これはこれ!」
全く、朝から変な夢を見ると思ったらこいしが寝言で私を呼んでいたからか。
ちゃんとこいしの部屋も用意してあるというのに、どうして私の部屋に来てしまったのか。
私はこいしの手首を掴むと部屋に連れて行った。
「お姉ちゃん、一緒に寝よ?」
「1人で寝なさい。子供じゃないんだから…」
「…用が済んだら捨てるのね。ホッカイロみたいに、ホッカイロみたいに!自分だけ暖を取ったら捨てちゃうんだわ!!」
「もう、何を言い出すのこの子ったら」
「勝手にしやがれ、出ていくんだろ?」
どこかで聞いたようなフレーズだなぁ…。
全くもう、本当に寂しがり屋なんだから。私は仕方なく一緒にベッドに入る。
「こいしが寝るまで一緒にいてあげるから。それでいいでしょ?」
「もう離さないゾ…♡」
ギュウッと抱きしめるこいし。
私は静かにため息をつきながらも彼女の背中をさすってあげた。
あれからこいしは10分と経たず眠ってしまった。私は緩んだこいしの腕の間をするすると身を捩って抜けてベッドを出る。
すっかり目が覚めてしまったので寝るのを諦めてお燐が書いてくれたここ1週間の記録と日誌を眺める。お空もお燐も本気で経営を頑張ってくれていたらしい。河童の温泉の出現による競合は激しく、よくここまで頑張ってくれたものだと思う。
お燐もお空もパソコンには弱い。私はパソコンを起動してソフトを起動すると帳簿の内容をタイピングしてデータを移していく。ふむふむ、粗削りなどんぶり勘定ながら黒字を叩きだしている。私は彼女らを過小評価し過ぎたのかもしれない。
これからは各々の業務内容についての見直しの必要がありそうだ。
「ワ ー カ ・ ホ リ ッ ク ! ワ ー カ ・ ホ リ ッ ク !あたしらは仕事中毒!臓器を絞って金を生むのさ!」
この耳につんざく音楽は鳥獣伎楽だ。CDアルバムをリリースしてからはより勢いを増して人気にアイドルグループになっている。
ジャンルは何と言っていたか…。パンク・ロック?メタル?最近の音楽は正直良く分からない。どれも一緒に聞こえるが…。
「時間もねえ!(ねえ!)お金もねえ!(ねえ!)夢も希望もあったもんじゃねえ!(あったもんじゃねえ!)」
客の合いの手も熱い。私はちょっとホールに出かけてみた。
エレキギターを演奏する幽谷、ベースを演奏するみすちー。しかし、歌っているのは2人じゃなかった。
「紅魔館のメイドと門番じゃない…」
何やってんのあの2人。どうしちゃったの。
「首に麻縄!手に足に手枷足枷!!締まる喉でしゃがれた断末魔を歌うのさ!」
「AAHHHHHHhhh!!!」
美鈴のスクリームが場内に響き渡る。それから激しいエレキギターのかき鳴らしが終わると、ジャーンという音と共に4人共決めポーズをする。
不覚にもカッコいいと思ってしまった。
4人の決めポーズと、「ありがとうございました」と呟く時の咲夜さんの僅かな赤面を私はカメラで撮った。いつもお世話になってるし、こっちへ来れない射命丸さんに送ってあげよう。
そう思ってると誰かに肩を叩かれた。
「すみません、ここ撮影禁止です」
チルノだった。
「あっ、はいスミマセン」
私は携帯の電源を切って袖の中に入れた。ライブではスタッフの言う事に従おうね!
…後で彼女らに新聞の掲載許可を貰いに行こう。
それにしても、お燐もお空もよく今時ホットな鳥獣伎楽を呼べたものだ。
次の歌は2人が演奏しながら歌うようだ。メイドと門番の2人は最前列の席に座って舞台を眺めている。
次の演奏が始まる前にこの場を後にして事務所に向かった。
いつかはあそこで四季映姫が死神と一緒に歌ったり踊ったりするんだろうか。
2階の事務所にお空が紙と向かい合って頭を捻り、お燐が電話対応をしたり電卓で計算したりしていた。
「お疲れ様、私もそろそろ仕事に戻りたいんだけど引き継ぎはいつできそう?」
「お疲れ様です、さとり様。では今日の13時30分頃に。それから…」
お空が何か言おうとして躊躇う。
「それから?」
「差し出がましいかもしれませんが、河童の温泉施設の設備や経営状況の確認も含めて視察された方が良いかと」
話によると低い年齢層や親子などに向けたサービスが充実しているんだったか。人間の里から近いという事もあってやはり人気は根強い。既に新聞でおよその事は見聞きしているが百聞は一見に如かずだ。この目で見ておく必要がある。
お燐が固定電話のフックスイッチを押してから受話器を置くとこちらの方を向いた。
「お疲れ様ですさとり様、今お茶を…」
「いいの。2人とも、休憩はちゃんと取ってね。無理は禁物よ」
「「了解です」」
気を遣われたりして邪魔にならないうちに事務所を出た。休憩を取る様に言った物の、あの様子だとあのまま仕事を続けそうだ。辺りの妖精も慌ただしく働いている。過労にならないように、引継ぎが終わったら2人のシフトの見直しをしないと。
これから河童温泉に向かう所だが、ライバル社という事もあって下手にでかければ警戒されかねない。ごく普通に、プライベートとして向かう様に見せたい所だ。と言う訳で誰か付き添いが必要になる。さて、誰を誘ったものか…。
しばらく考えて、霊夢と射命丸さんとこいしを誘った。
人間の里の茶屋を集合場所にして、私も人間の里に向かう。こいしは後ろから追いついてきて、射命丸さんと霊夢は先に茶屋で抹茶を飲んでいた所を合流した。
それから、ここ最近の事やこれからの事について話しながら温泉に向かうのだった…。
…おしまい
今度こそ「少女さとりが無人島から脱出したい話」は本当におしまいです。
最終回までに書けなかった所も書けたので個人的には満足です。
ただ、強いて言えばお燐とお空がゆっくりする所も書けなかった事だけが心残りです。
もし次に東方の二次創作を書く機会があればその時に登場させてその様子を書きたいと考えています。
長くなりましたがご愛読ありがとうございました。