少女さとりが無人島から脱出したい話   作:ヤングコーン

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無人島生活2日目。
…こいしの様子が変なのは今に始まった事ではないが、
ここ最近の事で言えば私に原因があった。あれは仕方がない。
私に黙って無縁塚に行ってしまったのだ。

今日は大雨や嵐などに備えて新しい拠点を作りに島を探索する事にした。
こいしは随分と早起きして先に探索をしていたようだ。そこそこいい場所は
見つけたものの、これからの課題は多そうだ。


第2話 セプラ・ペクテゥ・イグノジア。こちら古明地さとり

寒い…。朝は冷える。手探りで辺りを触れてみるが、何もない。昨日あったはずの物がないから寒いのは分かっているのだが、それが何だったか思い出せない。私は掛布団をしっかり握り込んで二度寝しようとする。

 

…掛布団??

 

私は目を開けた。掛布団なんてなかったはず。じゃあ私が今身体を覆う様にかぶさっているものはなんだ。見やればそれは妹が召していた服によく似ている。のではなくそのままこいしの服だ。

 

寒くない様に気を遣ってくれた…んだろうか。いや多分そうだ。でも、そうだとこいしは服を着てない事になる。近くにもいない。下着姿で一体どこに消えたと言うんだろう。

 

体を起こす。辺りは小さな漁船の一室の壁。あれが夢じゃなかったことを再確認させられる。幸いにも環境は整っている。辛い事も苦しい事もたくさんあるだろうが、私は必ずここから生還して見せる!

 

まだ微睡を引きずる眼をぱちぱちと瞬き、点灯する携帯の着信ランプ見ると通知の旨を確認した。メールだ。どうやら鴉天狗から返信が着た様だ。どれどれ、なんて内容なのか…。

 

『初めての返信が姉の真似とは予想外でしたね。最近、姉妹共々お姿を見かけませんが何かありました?』

 

近くにいても、こいしには気付く事も多くないはずだと思うが。…どう返信したものか。私人としてこの状況を吐露したい気持ちはあるが相手は新聞記者だ。この状況を下手に騒がれてしまえばお燐やお空の耳にも届く事だろう。そうなると彼女らを徒に不安にさせてしまう事になる。

 

素直に心遣いとしては嬉しかったが、言う事はできない。私は無難な返信をしておくことにした。

 

『今しばらく忙しく、中々人里へ赴く事が少なくなりましたので。また機会があれば一緒にお茶でもしましょう。それから、真似ではありません。変なメールを送ったら許しませんよ』

 

これでよし、返信。

 

どのみち私はリモート参加ではあるが、会議に参加する重役メンバーにはこの現状を伝えない訳にはいかない。とはいえ、こいしの電話帳には彼女らの連絡先はもちろん入っていない。現状は一番覚えやすいメールアドレスにしてくれていた紅魔館の主、レミリアぐらいにしか連絡が取れない。

 

正直、あの子は少し苦手なのだ。どう接していいか分からない。割と向こうからは感じよく接してくれるだけに余計に申し訳ない気持ちがある。大抵は近くにいるメイドの子が上手く間を取り持ってくれるが。

 

私はメールの宛先にレミリアのメールアドレスを打ち込んでから内容を書いた。

 

『セプラ・ペクテゥ・イグノジア。こちら古明地さとり』

 

こいしの携帯電話からのメールだ。ただ名乗っても私だと信じない。重役メンバー同士、機密事項が保たれる様にこのように合言葉を設定しているのだ。言葉に意味はない。そこに意味を持たせてしまえばそれを元に特定される恐れがあるからだ。

 

連絡は思ったより早く帰って来た。明朝、吸血鬼なのだからもう寝ている頃だと思っていた。メールの内容を確認し、続けて返信する。

 

『おはよーさとりん、新しい携帯?』

 

さとりん…。

 

『そう。訳あって妹の携帯電話を使ってるの。事情あって幻想郷の外にいるの。乗った船が難破しちゃって、無人島に。生活に必要な環境は整ってて心配はないんだけど、まだしばらく帰れそうにない。メンバーに伝えておいて。おはよう』

 

『メンバーに連絡ね、了解。助けに行こうか?』

 

魅力的な誘いだが、彼女は目的のために何をしでかすか分からない。私達が簡単に結界の外に出られた事も謎が多いのに、下手に紫を刺激すべきではない。更にここは海。仮に何ら方法があって助けに来れたとして、彼女にここは危険すぎる。

 

紫に連絡してみるのもいいかもしれない。

 

『しばらく喧騒から離れたかったから、バカンスぐらいの気分で少し楽しんで来るわ。その気になったらお願いする。それと、電話帳がなくなったからメンバーのアドレスを貰っていい?』

 

『あまりペットを寂しがらせない事ね』

 

レミリアからメンバーのアドレスを載せたメールが来た。私の新しい携帯電話のメールアドレスについては向こうで皆に知らせてくれるらしい。なので、いちいちさっきの合言葉を言ったり事情を話したりする手間は省けそうだ。登録は後にしてとりあえずこのメールを保護した。

 

少々時間がかかってしまった。こいしをそろそろ探さないと。私は携帯電話をしまうと、保存食を少量食べて外に出かけた。

 

 

 

 

こいしは下着のみを身に着け浜辺を走っていた。絶対に寒い。私は服を持って妹の元に駆け付けた。

 

「これは姉様。いかがなされた」

 

「あねさ…いや、いかがなされたも何もないでしょ。そんな姿で走り回ってちゃ寒いでしょ」

 

「島の潮風は火照った体に涼しく、鍛錬への意欲を益々向上させるばかりであります。天をも突く山をも踏破し、魚も平らになる海の底をも潜り、氷の簾を割って進む。そんな強靭な肉体を要するのでございます」

 

…こいしがこんな風になってしまったのは実は私がしばらくのあいだ彼女を軟禁してしまった事が原因である。

 

人間の里で風邪が流行した時、温泉の効力を頼りに人間が集中して多忙を極めていた。日々、トラブルや電話の対応に追われ事務所でぐったりしていた時の事だ。アポなしで映姫がやって来た。それだけでも驚きだったが、なんとこいしを背負ってきているじゃないか。

 

ダブルショック。何があったのか訳を聞くと「無縁塚で私にラップバトルを仕掛けて来たから返り討ちにした。次から相手をみて勝負を挑む様に言って欲しい」と言っていた。最近はラジカセを持ってドットのグラサンをして出かけているのは見かけたがまさか映姫に戦いを挑んだなんて…。

 

目が覚めたこいしは「私より強いラッパーに挑みに行く」と言って聞かなかったので、ラップバトルで負かした上で部屋に閉じ込めた。

 

二度もラップバトルに負けたショックと持て余した暇さに、こいしは部屋にあった軍事物1人TRPGにドハマりしてしまった。更には見えない対戦相手(おそらくイマジナリーフレンドの類)と戦い続ける妄想に囚われてしまっているのだ。

 

「こいし、よく聞いて。あなたの戦争世界はただの妄想なの。あなたは発展途上国の大統領でもないし、軍人でもないの。スパイでもないし、工作員でもないわ。お願い、私が悪かったから戻って来て!」

 

「姉様、現実逃避なされても致し方がありませぬ。悪の中枢、パオツァイを殺害せねば。奴は甘言で人をそそのかし、心を操る悪魔なのでございます。今はロシアに身を潜めるばかりであるが、鍛錬だけでもしておかねば。せめて奴がどこにいるかおよその場所を知る事が出来たなら…」

 

こいしの頭の中ではロシアに入国できた事になっているらしい。

 

パオツァイとは、ある日からやけにこいしの脳内に出てくる妄想戦争世界の対戦相手のコードネームだ。初めは同志として共謀していたようだが、政権交代後の国の方針において対立を極め前大統領を連れ反乱を起こされ立場を追われてしまったらしい。

 

コードネームや容姿からアジア人と思われたが、今までやり取りしていた相手は本人ではないらしく未だに素性が知れていないらしい。こいしは何故か建築屋という設定のチルノが素性を知っていると睨んでいるようだ。

 

…馬鹿馬鹿しいと思いつつ、人間の里で偶然会ったチルノに尋ねてみるとやけに言葉を濁して明言を避けていた。あの時は変な事を聞くものだから引いているのかと思ったが…いやまさか。きっと話を理解していなかったんだろう。

 

やっとの事で服を着せた。

 

あの漁船、海から近すぎる。今日から嵐や大雨などに向けてより安全な住処を作るのが目標になる。場所は決めている。あの飲み水が採取できる水場だ。あの辺りに作ろうと思う。

 

こいしはよほど早く起きていたのか何なのか、砂浜でランニングをする前はここでの生活のための道具集めをしたり作ったりしていたらしい。丈夫な棒に蔦を巻き付けた斧、短く鋭利な木の枝、拾った瓶…。枝で作った簡単な物干し竿には乱暴に切り取られた木の皮がいくつか干してある。

 

「こいし、気持ちは嬉しいけどあまり遠くへ行かないで」

 

「心で繋がっていれば物理的な距離はそれほど問題じゃない」

 

そういう事を言ってるんじゃないんだよ。石を砕いて作った簡単なナイフで邪魔な蔦や枝を切ったりしながら水飲み場まで進む。この辺りで凶暴な動物は見かけてないが、いないとは限らない。

 

「お姉ちゃん、あれ使えそうじゃない?」

 

水飲み場から少し離れた場所に少し盛り上がった土の上に大きな木が生えていて、その下に人が入れそうな空洞ができていた。ここを整地したり道具を整えたりすればとりあえずの住処にはできそうだ。寒さをしのぐ対策がまだまだだが、拠点はここで決まりだろう。

 

枯れた木材や腐った木材、使えそうな道具を集めた。暗くなってきた頃、一度漁船へ帰る事にした。明かりがない今、土地勘もあまりなく迷ってしまいかねないこの場所は危険だ。明日は浜辺に何か使えそうな物が漂着してないか確認してもいいかもしれない。

 

よほど疲れていたようで、こいしはすぐに眠りについた。私も凄く眠いが、地霊殿の事が気になる。私は自宅に電話した。

 

『もしもし』

 

「もしもし、お燐?私よ、さとり。そっちはどう?」

 

『ああ、さとり様。それが大変なんですよ。温泉施設でトラブルが起きちゃって…』

 

「ああ…すっかり失念してたわ。仕方がないから当分は休業させましょう。それで内容は?」

 

『お空が対応にあたってます。休業の必要はないですよ』

 

「お燐じゃなくて?」

 

『私は補佐に回ってます』

 

「心配だわ。とにかく、私が不在じゃ経営は回らないでしょう。強引で迷惑かけるかもしれないけどとにかく休業に…」

 

『最近、河童が温泉事業に目を付けてるらしいんです。こっちの事は大丈夫ですから任せてください!』

 

電話が切れてしまった。随分意気込んでいた。余計に心配だ。早く帰ってあげないと、どんどんトラブルが山積みになってしまう。地霊殿の主として、ペットのため、温泉施設のためにもどうにかしなければならない。

 

私は電話を切ると、受信したメールは放置でまず寝る事にした。…早く家に帰りたいなあ……。

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