温かい掛布団。ヒーター。湯沸かし器。
コーヒー。ミステリー小説…。
でもお酒を見つけた。品質的に飲んでいいか分からない。
構わず飲んだ。美味しい。
寒い…。やっぱり朝は冷える。何とかいい防寒対策は無いものか。この漁船でこうならあっちの拠点で迎える朝はどれほどなんだろう。…いっそ、この漁船ごとあっちに持って行けたならいいのに。
携帯のメールを確認。鴉天狗から来てる。
『いい水羊羹があるんですよ。今度お渡ししますね』
『ありがとう。都合がついたら連絡するわ』
返信を終えた。今日も拠点作りの続きだ。
あたりを見回してもこいしはいない。やはり私より先に起きてる様だ。元気なのはいい事だけど。私は外に出ると、焚き火に当たってるこいしを見つけた。私も隣に行く。
「おはようこいし」
「おはようお姉ちゃん」
お互いにぼんやりと火を眺める。私はため息をついて顔を覆った。あまり気にしない様にはしてたけど、本当にこれからどうしよう。この場所がどこかも分からない。イカダを作ったとしてどこへ向かえばいいんだろう。ここをどこかの船が通りかかったりしないだろうか。
飛行機はこのあたりを通らない。参った。
「今日は拠点づくりの続きだね」
「うん」
…今日はやけに静かだ。いつもなら脳内設定の軍人だの工作員っぽい発言をしてくる所だと思っていたが。元気なようで割と堪えているのかもしれない。
「今日は元気ないね。大丈夫?体調悪くない?」
「私だって年中元気なわけじゃないんだよ」
今はその元気がない期間らしい。お互いに何も言葉を交わさない時間が過ぎる。日が照って少しずつ暖かくなってきた。いつまでもこうしてるわけにはいかない。今日できる事はやらないと。
そういえば今日は浜辺を探る事にしていたんだった。何か漂流していればいいが。私が歩き出すとこいしも付いて来る。
「こいしも一緒に来るの?」
「私の行きたい先にお姉ちゃんがいるだけ」
「そう」
私は反対方向に向かって歩き出すと、こいしも同じように方向転換して付いて来る。何だかんだ寂しいのかもしれない。頼ってくれる気持ちは嬉しかった。
しばらく歩いていると、こいしがフラフラとどこかへ寄り道しているのに気付いた。ついて行ってみるとそこに野生の綿が生えていた。いくつか採るとこいしは服の中にしまった。なるほど、サードアイから伸びてるこれをベルトの様に巻き付けてるから服の中をポケットの様にできる訳か。
私もいくつか採取しておいた。
浜にSOSでも書こうかと思っていると杖代わりになりそうないい感じの棒が落ちていた。それを拾いに歩いていると明らかに踏み心地が周りの土と違う場所を踏んだ。
「何ここ、このあたりだけ踏み心地が違う」
「お姉ちゃん、どいて」
言われたとおりにその場を離れるとこいしも同じように辺りを踏む。それからその場に屈んで砂をかき始めると地面からシートの様なものが見えてきた。シートの下には頑丈な鉄の網があった。この上に砂をかぶせる事で何かを隠そうとしていたようだ。
「ええっ!?なんでこんな所に…」
「前人未踏の地ではないという事だろうね。さて、中は何かな…」
「こいし、足元に注意してね」
「わあ!!」
言ったそばから足を滑らせた。私は滑り落ち行く妹に急いで手を伸ばした。手を握る事ができなかったので襟を握った。
「ぐえっ」
首が閉まって変な声で苦しんだこいし。勢い余って体をぶつけずには済んだからよしとしよう。私はホッと息をついた。
「お゛ね゛え゛ぢゃ、ぐるじ」
しまった、首が閉まってるんだった。私は手を離すと穴の底に着地した。こいしは辺りを見回している。
「こいし、中には何がある?」
「お酒」
酒?
こいしが受け止めてくれるというので、私も降りてみる事にした。……本当は飛べるから必要はないのだが。
こいしは両手を広げ私が下りてくるのを待っている。地面に尻をつき、両手で体を押して中に入った。こいしは私を抱いて受け止めたが、支えきれずに一緒に倒れてしまった。
私はこいしがクッションになったので怪我はないが、こいしは大丈夫だろうか。
「大丈夫?」
「事務仕事が忙しいからって、ちょっと食べすぎなんじゃないの?」
「そんな事ない」
…事務仕事をしても運動不足は解消されず、ここ最近は頭を使っては甘いものが食べたくなっていた。最後見た時は体重は増えていなかったが、ここ最近はそれを気にして体重計に乗るのを避けていた。ううう…。
こいしも怪我はないようだ。それからあたりを見回す。6畳間ほどのスペースだ。中には酒樽があった。丁寧に蛇口までついている。最近の物には見えないが、品質やいかに…。
「飲みたい」
気が付くと言葉にしていた。
この生活を楽しむように心がけてはいたが、抱えているこれから先の事への不安を思えば酔いたくもなった。少ない娯楽。品質なんかいい。アルコールならそれでいい。飲んでしまいたい。そんな衝動に駆られる。こいしはぼんやりと私の横顔を眺めていたが、何か他の物を物色しだす。
私は屈むと蛇口をひねって手で酒を掬いあげる。そしてそのまま喉に流し込んだ。
「美味い!!」
息が続く限りごくごくと飲む。
満足すると蛇口をひねって閉じた。体が芯から温まって、心に陽気さが戻って来る。ああ、これだこれ…。こいしは見つけたナイフを握っていた。所々錆びているが状態はそこそこ良く使えそうなものだ。
「もうここに用はないね。行こうか」
「こいしもちょっと飲んでいきなよ。気分がパァーッとするよ」
「また今度ね」
もうここに関心はないらしくさっさとここを出て行った。……もうちょっとだけ。私はそう思いながら蛇口に手をかけた。
「お姉ちゃんも来るの!」
ぴしゃりと言われてしまった。ううう、いつも1人でどこかしこ行くのにこういう時に限って…。後ろ髪を引かれる思いで地下貯蔵室から出た。
「この鉄の網とシート、使えるね。持っていこう」
「で、でもそうしたら貯蔵環境が…」
「使えるものは持って行かないと」
…酒樽は持っていけない。短期間で飲める量でもない。
「じゃ、じゃあせめて代わりに他に蓋出来そうなものが見つかるまで!お願い!」
「お姉ちゃん…」
こいしはため息をつくと元の位置に鉄の網とシートを戻して砂をかぶせた。
この島は前人未到の地ではない。既に誰かがここへ来た事があり、その痕跡もある。浜辺を回ってみたがそこそこゴミが流れついている。ここからは見えないが、人が住んでる処からそこまで遠くないのかもしれない。
拠点づくりを忘れて島の探索も進めようと思ったが、蚊も多く十分な装備も整っていなかったため早々に退却して拠点づくりに戻る事にした。
こいしは手に入れたナイフを気に入っているようだ。あまり丈夫ではないらしいので下手には扱えないが非常に便利だ。
保存食は明日、明後日ぐらいでなくなりそうだ。食糧問題も水問題も今の所、問題ない。そろそろ体を洗ったり服を着替えたりしたい。持って帰った綿…ではどうにかなりそうにない。この点も近いうちにどうにかしたい。
今日の作業は拠点とする場所の整地作業で終わった。漁船までの蔦なども切ったりして行き来しやすいようにした。まだ防寒対策は心許ないがとりあえず大雨や嵐が来たらあっちに避難してやり過ごせそうだ。
いつもの様に私より早く寝る妹。私は自宅に電話しようと携帯を開いた。
「残量が減ってない…」
おかしい。使わない時は電源を切るとかしてるけど、こいしから携帯電話を受け取った頃から殆ど減ってない。
そう言えば、私の携帯は電池の残量が実際と異なる不具合があった。修正はされたが、もしかしてこれも…。正確な残量が分からないと大事な時に電池切れになるかもしれない。
私は鴉天狗に電話をした。
『もしもし、メリーさん?』
「さとりです」
『んもう、冗談ですよぉ』
私は携帯電話の不具合について話した。
『ははは、河童製じゃあるまいしそんな不具合ありはしませんよ。ご安心ください、天狗製です』
凄くナチュラルに河童をディスったな今…。
「じゃあ何で電池の残量が減らないんです?」
『妖怪が生きてる限り放ち続けるであろう妖気を充電に充ててるんです。便利でしょう?こいしさんはマメに充電したりしないでしょうからね、びったりな機能だと思いまして』
「そうだったの…おかげで助かってるわ」
『今の電話の様に、充電より使用電力が上回ると減り続けますからご注意を』
「何から何まで申し訳ないわ。どう感謝していいか…」
『たまにはこいしさんの声も聞かせてくださいね』
変なメールを妹に送るものだから、鴉天狗鴉天狗と呼んでいたがこれからはちゃんと射命丸さんと呼ぼう。
私の妹のためにここまでしてくれてるのだ。せめて要望通り声は聞かせてあげたい。私は寝てるこいしを揺さぶった。起きた彼女に電話相手を教え、何か一言いう様に頼んだ。寝ぼけているようだが携帯を耳に当てて何か喋った。
「其レニ至ル道ハ、只之人為ナリ。ココニ天意在ラザル事、耳目スベシ」
そう言って一方的に電話を切るとまた寝てしまった。こいしは携帯電話を抱き抱える様に寝てしまった。まだ自宅に電話してないので取り上げようとしたが頑なに携帯を離さない。
仕方がないので連絡は明日にする事にした。私も横になる。
「ねぇ、さっきのあれどう言う意味?それに至る道はナントカって」
「鯉は濃汁が1番よか」
「こいしってば」
「鯉は濃汁が1番よか」
駄目だ。これ以上は何も聞き出す事は出来せそうにない。私は諦めるとそのまま眠る事にした。