鋳造の採石者   作:放出系能力者

11 / 20
11話「再出発」

 

 試合が終わった直後、ピアを闘技場に併設されている病院に連れていった。

 

「肺が炎症を起こしていますが、吸い込んだ煙の粒子が微量なのでしばらくすれば回復するでしょう。命に別状はありません」

 

 だが、顔の火傷は深刻だった。ピアが少年を突飛ばして身代わりになった際に受けた傷だ。眼などの機能に後遺症はなく、今まで通り採石者をやっていくことはできる。磨法の使い手は自然治癒力も高められるので傷の治りが早い。

 

 今は包帯で顔の半分以上を覆っている状態だ。ただの火傷ではなく、毒による効果も上乗せされたためか、火をかぶった時間はごくわずかだったが、大きく細胞組織を破壊していた。探索服で保護していた部分に被害がなかったことは幸いだった。

 

 しかし、顔の傷は治っても瘢痕が残ると医者は告げる。表皮が傷ついただけの軽い火傷なら傷口は元通りに再生するが、真皮にまで損傷が及ぶと修復しかできない。醜い“ひきつれ”が残る。

 

「すまん、お嬢……俺をかばったばっかりに……」

 

「気にしなくていい」

 

 ピアはそう言ったが、少年は自責の念に駆られていた。あの時はピアを助けようという思いで頭がいっぱいだった。迂闊に敵に近づき、逆に負傷していたピアにかばわれる始末だ。あの時、ピアが動いていなければ毒でやられて殺されていたかもしれない。

 

 それでも今になってみれば、自分が攻撃を受ければよかったと思った。男の自分ならば、顔の傷くらい我慢できる。だが、ピアは女だ。美しい少女だった。それが顔の半分か、それ以上も痕ができる。もう以前の顔には一生戻れないのだ。

 

 取り返しのつかないことをしてしまった。ピアはいつもと変わらない無表情のように見えたが、包帯のせいでよくわからない。雰囲気はどこか怒っているようにも感じた。

 

「何とか、火傷痕を良く治す方法がないか医者に聞いてみるよ。薬とかあるかも……」

 

「気にしなくていいと言った!」

 

 珍しくピアは声を荒げた。病室から出て行こうとする。もう少し安静にしておくべきだと少年とアルマが諭したが、逆に苛立ちを募らせたように歩みを速くする。

 

「本当に顔の傷のことは気にしなくていい。これは私が未熟だっただけのこと」

 

「じゃあ、何でそんなに怒ってんだよ!」

 

「……どうして私のことを信用しなかった?」

 

 ピアは最後まで戦意を失わなかった。ジギタリスと戦うことを望んでいた。毒を使われたからと言ってそれを卑怯だとは思わない。実戦においてあらゆる手段を講じることに卑怯という言葉は当てはまらない。それを看破できなかった方が間抜けなだけだ。

 

 敗者はただ骸を晒すのみである。勝ち残るためには、生き足掻くためには、どんな苦境に立たされようと決して剣を下ろしてはならない。死力を振り絞り、命燃え尽きるまで戦い続ける。そう教えられてきた。

 

 そう思えばこそ、唐突に終わったあの試合に納得がいかなかった。毒にやられようとピアは戦い続ける気だった。ジギタリスは彼女の敵である。自分が決着をつけなければならない。事前にそう話し合って決めていたはずだった。

 

「下郎もアルマも、私のことを信用しなかった」

 

「そんなことない……でも、ピアちゃんが殺されちゃうかもしれないと思って……ぐすっ……」

 

「姐さんまで責めるのは筋違いだろうが!」

 

 確かに、試合が始まる前はピアの強さを信じていた。ジギタリスに負けるはずがないと思った。だからと言って、助けに入ったことが間違いとは思えない。

 

「なら、お嬢がやられそうになるのを黙って傍観しておけばよかったってのかよ」

 

「誰かに刃を向ける者は、常に自らの首に刃を突きつけられているという覚悟を背負わなければならない」

 

「それは心構えの話だろ!」

 

「戦いの本質は一緒。傷を負うことも、死ぬことも全ては自分の責任。心配される必要はない」

 

「じゃあ何でお前は俺をかばった!? テメェの理論なら、それは俺を信用してないってことじゃねぇのか!」

 

「…………」

 

「お、落ち着いて二人とも、喧嘩しないで!」

 

「……私は採石者。フラムとアルマは、まだ子供だから。私が守らなきゃ」

 

「てんめぇっ!」

 

 食ってかかろうとした少年をアルマが抑える。威勢だけは良いが、体力はほぼ残っていない。魔石を使った磨法の効果は切れ、副作用が出始めている。怪我人のピアより、少年の方がよほど衰弱していた。じきに全く動けなくなるだろう。

 

 ピアが病室を出て行く。後を追いかけたところでかける言葉がすぐには見つからない。アルマも弱っている少年のそばから離れることができず、右往左往していた。

 

 今は少し、互いに冷静になる時間が必要かもしれない。怒りをぶつけあったところ余計にこじれるだけだ。放っておいた方が良いこともある。そう思った矢先のことだ。

 

 部屋の外で激しい騒音が鳴る。病院の中にしては場違いだ。今しがたピアが出て行ったばかりだったので、まさか厄介事に巻き込まれてはいないだろうかと心配になる。

 

 様子を見に行こうとしたところで部屋に誰かが入ってきた。浅黒い肌の偉丈夫だった。一目見ただけで血の気が引く。採石権者ウルキスだった。

 

「よう! 今年の優勝チーム諸君! 見舞いに来てやったぜ! いや、お礼参りと言った方がいいか」

 

 すぐに逃げ道を探すが、部屋の入口は一つしかない。ここは地上四階の高さにあり、窓には鉄格子がはめられていた。体調は最悪。一番相手にしたくない敵が来てしまった。

 

 少年たちはジギタリスを倒した。だが、それは決闘に基づいて白黒つけた結果だ。とやかく言われる筋合いはないが、果たしてそんな正論がこの男に通用するだろうか。

 

「ウルキス……!」

 

 そこへピアが戻ってくる。顔に巻いていた包帯が解け、化膿した火傷痕が見えていた。血反吐まで吐いている。剣を構えてはいるが、今にも倒れてしまいそうだった。

 

 先ほどの騒音は思った通り、ピアとウルキスが交戦した音だったのだ。簡単にあしらわれてしまったピアは、負傷のダメージを堪え忍び少年たちのところへ戻ってきた。

 

 ウルキスに斬りかかる。手加減はない。片手とは言え、殺す気で放った本気の一撃だ。そうでもしなければ権者相手に傷を負わせることはできないと確信する。

 

「お前に用はねぇよ」

 

 そのピアの剣を、ウルキスは片手で受け止めた。何か小細工を使った様子はない。事も無げに素手で掴まれてしまった。

 

 そしてピアがどれだけ全力を注いでも、剣はそれからびくとも動かなかった。磨法の練度が違いすぎる。

 

 剣を止められた。ならば、武器を手放して別の手段で攻撃する。そう思ったピアだったがウルキスを相手にそのような思考をしている時間が、まず致命的な隙である。

 

 気がつけば拳を突き入れられていた。大砲でも食らったかのような攻撃だった。一発だけなら辛うじて堪えられたピアだったが、二発目を受けてついに気を失った。

 

「なあ、採石者にとって一番の資質とは何だ? それは強さだ。それさえあれば後はどうにでもなる。強ければ何をしても許される。俺はそうジギタリスに教えてきた」

 

 その発言を聞いただけでウルキスがろくでもない男だとわかった。弟子の性格もねじ曲がろうと言うものだ。

 

 敵は目の前の男だけではない。ジギタリスも近くに控えているかもしれないと警戒する。試合中では目立った負傷をしていなかった。ピアと伯仲する実力を持っていた男だ。武器を失ったからと言って侮れない。

 

「え? あいつならもうクビにしたけど? 強ければ何をしても許される。逆に言えば、弱者には何の権利もない」

 

 ウルキスは試合が終わった直後に破門を言い渡していた。もはやジギタリスに後ろ盾はいない。貴族の実家の庇護も受けられず、カインクラ商会の手のものに着け狙われ、近いうちに凄惨な死を迎えることになるだろう。

 

「何信じられないものを見る顔してんだ? こっちが信じられねぇわ。名工機ぶっ壊されたんだぞ。俺じゃなくても破門してるね」

 

 手塩にかけて育てていた弟子だろうと未練はない。それは試合に負けたからではない。心をくじかれ、もう使い物にならなくなったからだ。ジギタリスは敵の強さに屈してしまった。

 

 ピアとの勝負は勝てる見込みがあった。あのままピアを仕留めていれば優勝はできなくても心を砕かれることはなかっただろう。最終的にとどめを刺したのは少年だ。

 

 最強の娘が相手ならまだしも、視界にすら入っていなかったような小物につまづいてしまった。

 

 ジギタリスの肥大した自尊心こそ彼の最大の長所だった。だからウルキスは強い武器を与え、圧倒的な力に心酔させていた。

 

 いかなる時も自分が特別であると思い続けられる戦士こそ成長する。上には上がいると意識してしまえば、いずれはどこかで妥協する。際限なく続く道の途中で挫折する。自分の強さを妄信しなければ決して自分を超えることはできないと、ウルキスは思っている。

 

 それを別にしても名工機を失ったことは痛手という言葉では到底足りない損失だった。ジギタリスの処分を破門で済ませたことはむしろ温情だろう。

 

 はした金しか持っていない相手を取り立てたところで時間の無駄だ。そこでウルキスはここへ来た。“持っている者”に損失の穴埋めをしてもらおうというわけだ。

 

「もうわかるよな? お前が持ってる鍛晶蔵を渡せ。それで手打ちにしてやる」

 

 滅茶苦茶な言い分だった。採能春杯における傷害は罪に問われない。殺人も容認される。試合中に装備が破壊されたからと言って、それは自己責任だ。大会の参加者は全員がその旨に同意の署名をしている。

 

「しかし、その鍛晶蔵の所有権はお前にはない。特定の資格がなければ不法所持だ」

 

 そのことは少年も懸念していた。そのため使うにしても身体強化のみにとどめ、魔法の炎については使わない予定だった。仕方がなかったとはいえ、人目につく試合中に堂々と使うところを見せてしまった。

 

 だから対策というか、言い訳も用意している。これはピアから借りた鍛晶蔵ということにしていた。採石者の資格を持つピアが所有者ということにすれば問題ない。

 

「いや、無資格者に貸すのも普通に駄目だぜ?」

 

 駄目だとしても、鍛晶蔵の不法所持はその国が取り締まる決まりになっている。私人であるウルキスに渡す理由はない。

 

「なるほどな、確かにお前の言う通りだ。そして、俺が返す答えは『うるせぇ、さっさと寄こせ』だ」

 

 引き下がるとは思っていなかったが、やはり話が通じる相手ではない。強者は許されるというウルキスの持論通り、採石権者である彼の権力があればこの程度のことは問題にならない。

 

 これだけの騒ぎを起こしているのに誰も来ない。見て見ぬふりをされている。触らぬ神に祟りなしだ。いくら時間を稼いだところで助けは来ない。

 

「手短に済ませようぜ。お前も痛い目は見たくないだろ?」

 

 ついにウルキスが近づいてきた。実力行使も辞さない構えである。見たところ鍛晶蔵らしき装備は持っていないように見えるが、基礎能力からして桁違いだ。今の衰弱した少年に勝てるとは思えない。

 

「い、行かせないよ!」

 

 アルマが手を広げて通せんぼする。ウルキスは埃でも払うかのようにアルマを退けた。軽いジャブが目に捉えることも困難な速度で迫る。

 

「硬ぇし、重ぇ!?」

 

 ウルキスはその一撃で足りると思っていた。しかし予想に反し、アルマを一歩後退させただけに留まる。反応は追い付かなかったが、ウルキスの攻撃を難なく堪えて見せる。ダメージと言えば、重さのことを言われた心理的ショックが少々あるくらいだ。

 

「ここはお姉ちゃんに任せて!」

 

 狭い室内は逃げ場がないという不利もあったが、敵の行動を制限して後方を守りやすいという利点もある。武術の心得がないアルマでも盾くらいにはなってみせると気合を入れる。

 

 一方ウルキスは、構えを変えて少し腰を落としていた。鋭い踏み込みと共に繰り出された突き。その一連の挙動は目にもとまらぬ速さだった。

 

「もっ――」

 

 当然、アルマに反応はできない。一撃を受けた彼女の体が浮いた。吹き飛ばされる。その速度も尋常ではない。壁にぶち当たり、なお止まらず壁を破壊し、四階の高さから外へと放り出される。

 

「手が痛ぇわ。お前の姉ちゃん、改造人間か何か?」

 

 アルマならばウルキスを倒せないまでも食い止めることができるかもしれないという淡い期待は一瞬にして潰える。少年は残された時間の中で必死に打開策を考えていた。

 

「待て! 今、俺は鍛晶蔵を持っていない!」

 

「あ?」

 

 これは事実である。少年の装備品の中にウルキスの目当ての品はない。グローブも本職の採石者が確かめればすぐに鍛晶蔵ではないことくらい気づく。

 

「か、隠してきた! ここにはない!」

 

「お前ら試合の後、病院に直行してただろ。隠す時間なんてあったか? 大事な鍛晶蔵をこの近くの適当な場所に?」

 

「い、いや……預けてきた! 信頼のおける仲間に!」

 

 自分で言っておきながら苦しい言い訳であると思う。だが、実際にみぐるみを剥がされて調べられようとないものは出て来ない。

 

「信頼のおける仲間ねぇ……」

 

 ウルキスが少年の胸倉をつかんで持ち上げる。片腕で軽々と。服の首元が閉まり苦しくなる。

 

 ここまで近づけば魔法の炎を当てることができるかもしれないと思ったが、一度見られた技が達人相手に通用するだろうか。ウルキスもそれは警戒しているだろう。絶不調の体に、手持ちの魔石もない。

 

 攻撃を仕掛けても勝算は低い。それは最後の手段だ。

 

「なら、教えてもらおうか。それは誰だ?」

 

「それは……ホトグレスだ!」

 

 半ばやけっぱちで答える。ウルキスと同じ権者の立場にあるホトグレスが関わっているとなれば容易に手出しはできないかもしれない。

 

「俺はノルバーと友達だった! ホトグレスとも親交がある! 彼女は信頼のおける人だ!」

 

「だ、そうだぜ? 『雌狼』」

 

 ウルキスが振り返って声を投げかけた。病室の入口に人がいる。いつから立っていたのか、巨漢と見まがうような女採石者ホトグレスがそこにいた。

 

 まさかの本人登場に少年の喉が干上がる。とにかくこの場を凌ごうと口から出まかせを並べ立てただけだ。ホトグレスと会ったこともなかった。

 

 しかし、彼女はジギタリスに弟子を殺されている。ウルキスとは反目した関係にあるはずだ。助け舟を出してくれるのではないかと、必死にアイコンタクトを送った。

 

「何の話だい? そんな薄汚いガキに見覚えはないね」

 

 くそったれと心中で盛大に嘆く。味方などいない。もしかするとウルキスと同じ穴の狢かもしれない。少年の鍛晶蔵を目当てにここへ来たのではないか。

 

 だが、そうだとすればこの場は少年の策に乗じて口裏を合わせておいた方が利口なようにも思える。ホトグレスは何の目的で来たのだろうか。

 

「ノルバーに頼まれたんだよ。師匠に先立たれた子供たちの面倒を見てくれないかってね。お前らをあたしの弟子に推薦してきた」

 

 ノルバーとは短い付き合いだった。気にかけてもらえるような恩を売っていたわけでもない。しかし、追い詰められた状況で差し伸べられた救いの手に、目頭が熱くなる。

 

「ほおう? だがそれにしちゃ来るのが遅かったな。文字通り俺が“首根っこをつかんだ”状態だ。ここからどうやって助けるってんだ?」

 

「知らないよ。面倒は見るとは言ったが、助けてやるとは言ってないからね。そこのガキ、助かりたければ自分で何とかしな」

 

「え……言ってること滅茶苦茶だな、このババァ」

 

「あんたに言われたかないよ」

 

 期待する気持ちを上げてから落とされる。やはり味方ではなかった。この状況から脱することができなければ弟子の話も何もない。それを自力でどうにかしろとは、ただ見物に来ただけのようなものである。

 

「鍛晶蔵を渡しちまえばそれで済むだろ」

 

「おお、そうだそうだ。そうすりゃ俺だって手荒なことはしねぇよ」

 

 簡単に言ってくれる。採石者ならそれがどれほどの思い入れがある品かわかるだろうに。少年の場合は事情が別だが、いずれにしても憤りが募る。

 

「なんか隠し場所に自信があるようだが、あれだろ、体の中にあるんだろ?」

 

 ぎくりとする。何とか動揺を外に出さないようにしたが、歴戦の採石者を前にしては吐露したも同然の反応だった。達人の鍛え抜かれた感覚器は時に人の嘘すら感知する。

 

「埋め込むタイプとかもあるからな。まあ、その時はしょうがない。全身バラバラに解剖させてもらう」

 

 少年の首を絞める手に力が入る。首の動脈を圧迫され徐々に意識が霞みかかる。その様子をホトグレスは品定めするような目で見ていた。助けようとするそぶりもない。少年は最後に告げた。

 

「ホトグレス」

 

「なんだい」

 

「ノルバー“には”感謝するよ」

 

「そうかい」

 

 このまま黙ってやられてなるものか。彼の炎はいかなる物質も溶かす。どれだけ鍛え抜かれた鋼の肉体だろうと関係ない。攻撃手段としてはこの上ない破壊力がある。

 

「ところでウルキス。来客はあたしだけじゃないんだ」

 

 例え殺されようと一矢報いる。その覚悟を決めた時のことだった。ホトグレスが部屋の中に人を招き入れる。ぞろぞろと入ってくる。

 

 何事かとウルキスもそちらを見やった。助っ人と呼ぶには頼りない男たちだ。いかにも町人風情、争いごととは無関係な人種である。彼らは鞄から小箱を取り出した。その箱はパチパチと光を放つ。

 

 カメラのシャッターである。ウルキスと吊り下げられた少年は間抜けな顔を写されていた。

 

「何やってんの、お前ら」

 

「新聞記者だよ。明日の朝刊の一面記事だ。『権者ウルキス、優勝者をバラバラ解剖』なんて見出しはどうだい?」

 

 まさかこんな事態になるとはウルキスも思っていなかった。野次馬はおろか国の兵士でさえ個人的な感傷や正義感から権者に盾突くようなことはしない。それだけの絶大な地位がある。

 

 新聞社だろうと例外ではない。権者のスキャンダルを暴くような命知らずはいないだろう。しかし、今回ばかりは事情が違った。動いた新聞社はカインクラ商会の中核企業だった。

 

 息子を殺され、恨み骨髄に徹した会長が指示を出している。新聞は都市部で最も普及している情報媒体だ。明日にはウルキスの噂で持ち切りになっているだろう。偉い人間のヘマをこき下ろす記事の方が受けが良い。

 

 強者であれば多くのことが許される。が、何事にも限度はある。その一線はあやふやで明確に決まったものではないが、だからこそ度が過ぎれば気づかないうちに越えてしまう。

 

 ウルキスの暴挙は今に始まったことではなく、権者たちが作る組合『権者会』でも度々問題視されていた。出る杭は打たれる。権者の持つ利権を良く思わない勢力も多い。そう言った連中から出し抜かれる口実を与えることにもなりかねない。

 

 こうも表立って庶民にまで知れ渡る騒ぎになれば、さすがに何らかの処分は免れないだろう。世の中には、腕っぷしだけではどうにもならないことがある。

 

 結局、ウルキスは少年たちを開放することでホトグレスの取り成しを受け、新聞記者からすっぱ抜かれることだけは避けたのだった。

 

 その後、カインクラ商会へ謝罪に向かったらしい。果たしてこの男にまともな謝罪ができるのだろうか。別れ際、ウルキスは少年に『次会った時はまた殺し合おうぜ!』と宴会に誘うようなノリで告げて去って行った。

 

 権者ウルキス、その性格は嵐のように他人を巻き込み、宙に放り投げては風を止ませる。その相手をするにはとにかく疲れる男だった。

 

 

 * * *

 

 

 その翌朝。採能春杯と共に祭りは終わり、街はいつもの活気に戻りつつある。少年たちは駅のホームにいた。少ない荷物をまとめ、この街を発とうとしていた。

 

 ピアは試合で負った傷にウルキスに殴られた怪我も加わっている。少年は魔石強化の副作用で一日経ってもへろへろ。アルマはノーダメージだった。

 

 昨日は大会の表彰式などあったが、望んでいた輝かしい功績とは裏腹に三人の気分は晴れなかった。素直に喜べるような心境ではない。

 

 優勝したからと言って彼らはまだ“真の強者”ではなかった。道のりは遠く続いている。そのことを思い知らされた。

 

「私は弱い。自分のことも守れないような人間が、他の誰かを守ろうだなんて、思い上がりも甚だしい」

 

 ピアは昨日の自分の言動を省みて、少年たちに謝った。いつも無心のような顔をしている彼女も血が通った人間である。それまで当たり前に持って生まれた自分の顔が無惨に崩れれば気が動転することも無理はない。

 

「いや、俺の方こそ悪かった。真っ先にお嬢にかけるべき言葉を間違っていた。『すまん』じゃなかったな。『ありがとう』だ」

 

 あのときの少年はとにかくピアに謝っていた。そして、どうにか傷を治す方法がないかと医者に詰め寄るばかりだった。

 

 自らの危険も構わず仲間を守ろうとした、その献身を否定するような行為だ。その誇り高き戦士に敬意を表すならば感謝しなければならない。彼女の傷は最も尊い名誉の負傷だ。

 

 少年はまだ罪悪感を持っていたが、それは忘れず心の中にだけしまっておく。

 

「お嬢の言う通り、俺はまだ子供なんだろうな。一人前には程遠い。それでもいつか本当の採石者になって、この借りはお嬢に返す」

 

「貸してない。気にしなくていい」

 

「いや、返す」

 

「返さなくていい」

 

「返すって! ここは社交辞令でもいいから頷いとけ!」

 

「やだ」

 

「あーもー、この分からず屋が!」

 

 少年はピアの手を取った。それを強く握りしめる。

 

「『つないだ手は放さない』んだろ! お前はその覚悟で俺たちを助けたんだろ! なら俺も同じだ。この借りを返すまでは、死んでも放さねぇからな」

 

 駅に汽車が到着する。ホームで待っていた乗客たちが一斉に動き始める。その中で、二人の周囲だけが時間が止まったかのように静かだった。

 

「弟くん、それって……愛の告白?」

 

「は? はあああああ!? べべ別にそんなつもりはねぇし! そんなこと一言も言ってねぇし! 深読みしすぎだし!」

 

「いや、わかってるよ。お姉ちゃんは弟くんの恋を応援するからね!」

 

 アルマが顔を赤くして黄色い悲鳴をあげる。少年は必死に誤解だと、ピアとアルマに言って聞かせる。その様子を見てピアは少し笑ったが、包帯に隠れて二人には見えなかった。

 

「おい、半人前ども! いつまでおしゃべりしてるつもりだい。さっさと乗りな。置いて行くよ」

 

 汽車の乗り口からホトグレスが声をかける。少年たちはホトグレスの弟子となる道を選んだ。ドラジッドの弟子だった少年にとっては抵抗がないわけではなかったが、彼の師の教えは『使えるものは何でも使え』だ。強くなるために必要なら躊躇いは捨てた。

 

 これから修行の地となる迷宮へと行くことになっている。少年が汽車の方へ向かおうとすると、そこでピアが手を差し出した。

 

「放さないんじゃなかったの?」

 

「そ、それは物の例えでして……」

 

 しどろもどろになっている少年の手を、ピアの方からつかんだ。そして、もう片方の手をアルマに差し出す。

 

「ピアちゃん、骨が折れてるんじゃ……」

 

「大丈夫。剣はまだ振れないけど」

 

 この短期間のうちに治りかけているようだ。アルマは優しくその手を握った。三人で手をつなぎ、汽車へと乗り込む。

 

 得る物があり、失う物がある日々が怒涛のように押し寄せては流れ去っていく。まだ子供とも大人とも言えない少年たちは、これからも波に翻弄されながら生きていくことになるだろう。

 

 その中で得た掛け替えのない絆が、手と手をつなぐように、漂流する彼らを荒波から引き上げる時が来るかもしれない。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。