鋳造の採石者   作:放出系能力者

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15話「二つの道」

 

 心肺強化の行が始まり、約一か月。少しずつ低酸素の環境に体を慣らしては、より空気の悪い場所へと探索範囲を広げていく毎日が続いた。そしてついに探していた魔石の成分に近い石層を発見し、集中的な採掘の末、課題を達成するに至った。

 

 ようやくスタート地点に立てたと言える。過酷な修行だけあって、短期間でも成果は実感できた。最初の頃と比べれば、確実に持久力が上がっている。

 

 ある程度の磨法が使えなければ早々に死ぬような荒行である。その甲斐はあった。空気を取り込む能力を増した肺と、そのみなぎる活力を全身へと行き渡らせる心臓の強化により、運動能力は大きく向上していた。

 

 これからはホトグレスから直々に指南を受ける機会も増える。本格的な修行と迷宮攻略の始動と言ったところか。喜ばしいというよりも一難去ってまた一難と思ってしまう。だが、それも自分の成長のためにやることだ。弱音を吐く気はなかった。

 

「おっ、いたいた! おーい……あれ? 君の名前なんだったっけ?」

 

「フラムです」

 

「あっそうそう。おかしいな、急に名前が出てこなくなっちゃって。ボケが始まったか……?」

 

 自室で休んでいたところに工房長のベルネオールがやってきた。もうここに滞在して一か月余りになるが、いまだに名前を憶えられていないようだ。しかし、これはベルネオールに限った話ではなく、少年は知り合いから名前を忘れられることがしょっちゅうあるのでもう慣れっこだった。

 

「それより聞いたよ、君の鍛晶蔵! 名工機を一瞬で溶かしたんだって?」

 

 何でもホトグレスから聞いたらしい。口留めはしていなかったが、軽々しく他人に話してほしくはなかった。とはいえ、採能春杯の決勝戦で使っているので隠し通せることでもない。

 

 鍛晶蔵の工房を開くベルネオールにとっては興味の尽きない能力らしく、どんな条件でどんなものを溶かせるのかと細かく聞かれた。最初はごまかして話題をそらそうとしていたのだが、居候という肩身の狭さもあり、あまりにしつこく聞かれるので話してしまった。

 

「なんでも溶かせます」

 

「……は?」

 

 ベルネオールは急に部屋を出て行ったかと思うと、何かの金属片を持って戻ってきた。インゴットのようなそれを手渡される。溶かして見せろと言うことらしい。今更無理ですと言える雰囲気でもなく、やむなく溶かした。

 

「はあああああああ!?」

 

 だが、ベルネオールの反応を見る限り、無理ですと言って断っていれば良かったかもしれない。どろどろに溶けた金属片を見て、目ん玉をひん剥いて驚愕していた。

 

 そこから目の色を変えたベルネオールに引っ張られ、普段は立ち入りが禁止されている工房の中まで連れて来られた。そこで色々な材料を渡され、実験に付き合わされる。精錬された金属だけでなく、魔石の原石や寄生炉の装甲らしき素材もあった。

 

「ありえん……これを常温で液化させるなど……」

 

 とにかく興奮した様子でメモを書きなぐり、少年に様々な質問を投げかけてくる。だが、専門用語が多すぎて何を言っているのか大半が理解できなかった。もどかしくなったベルネオールは、少年の鍛晶蔵を一度調べさせてほしいと言ってきた。

 

「それはちょっと……」

 

「頼む! 採石者の命にも等しい鍛晶蔵をそう簡単には見せられないという気持ちはわかるが、そこをなんとか! その技術を解析することができれば時代が変わる! 革新が起きるんだ!」

 

 あまりにスケールの大きな話についていけなくなる。ベルネオールの真剣さはわかるが、だからと言って他人に渡せるものではない。こればかりは承諾できなかった。

 

「なるほど……では、少し確認したい。君のその魔法は“君の意思に基づいて”あらゆるものを溶かすことができるんだね」

 

「ええ、はい」

 

「だから、君の理解の及ばないものは“こうなって”しまうわけだ」

 

「え?」

 

 ベルネオールは坩堝に入れた金属の液体を匙で掬って見せる。ただ漫然と力を使った結果である。少年との質疑応答と金属の溶解反応を見ただけで、ベルネオールはその能力の本質を理解しつつあった。

 

「よし、ならこうしよう。君をこの工房で雇う。そして、一人前の『蔵技師』になれるよう教育を施すと約束しよう」

 

 話がどんどん飛躍していく。一般に職人と呼ばれる技術職に就くためには親方制度のもと、弟子入りするところから始まるのだが、鍛晶蔵の職人は別格だ。国の管理下に置かれ、一般市民がなることはできない。半官半民で開発を進めているドゥマトンでもなければこんな話が出ることすらないだろう。

 

「待ってください。俺がホトグレス様に弟子入りしていることはベルさんも知ってるじゃないですか」

 

「教育だけじゃない、もちろん給金も出す。君が技師としての能力を身につけて仕事ができるようになれば昇給もする。それはバリバリの採石者に比べれば稼ぎは少ないだろうが、命の危険はない安定した仕事だ」

 

 さすがマルティナの父親だけあって熱が入ると人の話を聞かなくなる。ただ、良い話であることは間違いなかった。迷宮病のリスクもなく、寄生炉や盗石者に殺される心配もない。何年先まで続けられるか不確かな採石者に比べれば確実に安定している。

 

 それでも少年は採石者として身を立てることをドラジッドに誓っていた。その思いを簡単に捨て去ることはできない。結局、その時はベルネオールに返事は出せないまま、この話は保留となった。

 

 

 * * *

 

 

 菌根坑道、中層『立ち枯れ菌原』の一角に、少年たち三人組とホトグレスが集まっていた。

 

「今日はここで小僧とピアの武術訓練を行う」

 

「あの、わ、私は?」

 

「アルマは向こうで採掘でもしておけ」

 

「もぁ……」

 

 アルマが肩を落としてとぼとぼと採掘に向かう。ホトグレスがアルマに冷たく当たるのには訳があった。三人は事前に戦闘適性を調べられたのだが、中でもその成績が低かったのが彼女だった。

 

 一番はやはりピア、これまで鍛えてきた下地が違う。それに少年が続く。身体強化に難があり、武術も素人だが、それは年齢的に見れば仕方がないところもある。逆に感覚強化には大きな適性があり、鍛錬次第で伸びしろは大きいと言えた。

 

 一方、アルマはホトグレスから戦力外通知を受けていた。まず、心構えが素人以前の問題だった。採石者は殺すか殺されるかの世界だ。殺しの覚悟が定まらなければ半人前の仕事しかできない。

 

 アルマの性格はごく一般的な庶民のものであり、何もおかしいところはないが、採石者には向いていなかった。それをどうにかしないことには鍛えても実にならない。三人の中では抜群のフィジカルがあるだけに、まさに宝の持ち腐れだった。

 

 普通は、迷宮の中に数日でも放り込まれれば嫌でも覚悟が決まってくるものだが、アルマの場合は肉体の強さがあだになっている。どんな悪環境も身体的な苦痛となり得なかったからだ。

 

 だが、その身体能力のおかげで戦えなくても足手まといにならないことは幸いだった。戦闘だけが採石者の仕事ではないので他に役に立つ場面はある。というわけで、今は放置されることに決まる。時間をかけて根性から鍛え直すほどホトグレスも世話焼きではなかった。

 

「今のお前たちに最も足りない力が“連携”だ。巨大な寄生炉を相手に一人よりも二人で戦った方が良いのは自明の理だ。だが、1と1を足せば2になるわけじゃない。うまくやれば3にでも4にでもなるし、互いの足並みがそろわなければ0にもなり得る」

 

 ホトグレスはまず少年を集中的に鍛えることにした。少年がある程度ピアの動きに合わせられるレベルにならなければ連携は取れないからだ。

 

「そこで小僧には拳法を覚えてもらう。私もこう見えて若いころはステゴロで慣らしたもんだ。素人に教える程度の勘は残っているだろう」

 

 拳法はかなり上級者向けの戦い方になるという。少年はそもそも素手で寄生炉相手に勝負を挑むなんて話は聞いたことがなかった。彼のように特殊な魔法でも使えない限りは無理だろう。

 

「そうでもない。剛磨法を習熟すれば“巌殻(げんかく)”を使えるようになる。ある程度の強者になれば下手な鍛晶蔵を使うより素手で殴った方が強い奴らも出てくる」

 

 そう言えばと、ウルキスの戦い方を思い出して納得した。

 

「教えるのはプレオニール流岩窟拳だ。実戦拳法と言えば今は剛拳が主流だが、これは珍しく柔拳寄りの型になる。仙覚と両手の魔法が使えるお前にはそちらの方が合っているだろう」

 

「剛磨法とか柔磨法とかと関係があるんですか?」

 

「……やれやれ、その様子じゃ何も知らないみたいだね。いいかい、磨法には二つの柱がある。古くからこれは様々な呼ばれ方をしてきた。『剛磨法』と『柔磨法』、『鈍化法』と『鋭化法』、『閉法』と『開法』、『肉の法』と『魂の法』……詰まるところ、これらが指す意味は全て同じ。『身体強化』と『感覚強化』に他ならない」

 

 ひたすらに自己の内側へと意識を注ぎ、鋼の肉体を作り上げる『剛磨法』。それとは逆に肉体の外へと意識を向け、感覚を極限まで拡大する『柔磨法』。これまでは何となくしかわかっていなかった事実を知り驚く。

 

「修行を積むうちに自ずとこの二つのうちのどちらかのタイプに分かれてくる。小僧はわかりやすく柔磨法型だ。ピアは危ういところだね。お前の剣術は柔の型だが、体の使い方は剛磨法に寄っている。早いうちに矯正しておかないと無理が来るよ」

 

 ホトグレスのような達人の目からみればピアもまだまだ発展途上のようだ。ひとまずピアは仙覚の開眼を目指して感覚強化の鍛錬を最優先に取り組むよう言い渡される。これが使えるのとそうでないのとでは修行の効率が格段に違ってくるらしい。

 

「今から私が基本の型をやって見せる。少し練習したら私と組手だ」

 

「もう組手!? 早くないですか!?」

 

「こんなもんはどつき回されてるうちに覚えるもんなんだよ」

 

 ホトグレスが緩急をつけた鋭い身のこなしで型を見せていく。必死にそれを見て覚えようとするが、そんなに簡単に真似できるような動きではなかった。

 

「何やってんだい。仙覚を使うんだよ」

 

 仙覚を発動し、ホトグレスの動きを捉える。感覚を総動員し、その動きを意識に焼き付ける。ただ目で見るだけでは気づけなかった細密な動きにまで意識が染みこむように行き渡った。

 

「武術の技は型にある。型とは理に適った挙動にある。それを数千と繰り返し体に覚え込ませておけば、意識も焦げ付き白むような死闘の中でも自ずと最適な動きができるようになるのさ」

 

 型の演舞が終わる。その直後、ホトグレスの周囲を包む空気が変わった。伸ばしていた少年の仙覚が弾き返される。

 

「こんなふうにな」

 

 気づいた時には既にホトグレスの拳が迫っていた。目を離してはいなかったにも関わらず、見失うほどの速い肉薄。岩のような拳が直撃すればただでは済まない。死を匂わせるような一撃を前にして思考は完全に停止する。

 

 だが、体は動いた。先ほど見て、聞いて、感じたホトグレスの型の中から、教えられたわけでもなく一つの動作を選び取る。重心を下げ、体をひねり、迫り来る拳をかわしていた。顔の横、皮一枚のところを掠っていく。

 

「それでいい」

 

 仙覚が修行においてもいかに重要な役割を果たすか、身をもって知ることができた。だが、所詮は付け焼刃だった。初撃はまぐれで回避できたが、それ以降は全く歯が立たず、ボロ雑巾のようになるまで絞られた。

 

 息を荒げて地面に転がる。ここは『立ち枯れ菌原』だ。つまり、武術の訓練と並行して心肺強化の行も行われている。最近はようやくこの環境にも慣れ始めていたが、それでも全力で戦闘できる時間は短かった。

 

 道はまだ遠く続き、やらなければならないことは数限りなくある。頭をよぎるのはベルネオールとのやり取りだ。少年はまだその答えを出せていなかった。言うことを聞かない体に喝を入れ、起き上がる。

 

「先生、一つお願いがあります」

 

 ベルネオールとの一件を話した。ホトグレスは既に聞き及んでいたようだった。

 

「それで、どうする気だい? まさか弟子を止めたいなんて言い出す気じゃないだろうね?」

 

 ホトグレスにしてみれば成り行きで弟子に取ったようなものだったが、それでも今更横からうまい話が飛び込んできたからと言って鞍替えされては面白くない。そこでピアが口を挟んだ。

 

「玻璃咬鎚の討伐なら、私とアルマがいれば平気。下郎はいらない」

 

 ホトグレスの鍛晶蔵修復のための協力が弟子入りの条件のようなものだったので、要するに後のことは気にしなくていいとピアは言いたいらしかった。言葉の選び方が辛辣だが、ピアの性格を理解しているので少年は気にしなかった。

 

「弟子を止めるつもりはありません」

 

「なんだい、じゃあ“お願い”だなんて紛らわしい言い方するんじゃないよ」

 

 悩み、何度も考えた。もしドラジッドがいれば少年に何と言っただろうかと栓もないことを思った。きっと、あの底抜けの笑いと共に言っただろう。好きなようにすればいいと。

 

「弟子は続けます。ですが、蔵技師の勉強もさせてもらえませんか」

 

 無理を言っていることは百も承知の懇願だった。強くなるために無駄にしていい時間なんてない。誠心誠意修行に打ち込むべきだとわかっている。

 

 しかし、その一方で巡ってきた好機を諦めることもできなかった。鍛晶蔵の仕組みを学べば、自分自身、漠然としかわかっていない魔法の炎の謎が解けるかもしれない。

 

 『今この瞬間は今しかない』。人生において二度と来ることはないこの時間を後悔なく、精一杯生きたいと思った。

 

 その覚悟はホトグレスにも伝わっていた。言葉ではいかようにも言い繕える。だが、彼女の鼻はごまかせない。少年の決意が堅いことを悟った。

 

「お前がどんな事情を抱えようと私の弟子である限り、修行の手を緩めるつもりは一切ない。その上で、空いた時間をどう使おうが私には関係のないことだ」

 

「では、ベルさんの話を受けても?」

 

「知ったことじゃない。だが、少しでも修行に影響が出るようなら――」

 

「ありがとうございます! 先生!」

 

「……まったく、面倒なガキを引き取っちまったもんだ」

 

 あまりにも少年が嬉しそうにするものだから、言葉とは裏腹にホトグレスの眉間のしわも少しだけ和らいでいた。

 

 

 * * *

 

 

 ホトグレスの修行は意外にも休みがある。彼女の気分によって変わってくるが、だいたい五日に一度は休日になる。修行は根を詰めれば良いというものではない。無理をしても逆効果になることは多く、休むべきときはしっかり休めと言われた。

 

 ホトグレスが休みたいだけというのも理由の一つではある。そう何日も続けてガキどもの面倒ばかり見てられるかとぼやいていた。採石者は危険な仕事に見合うだけの実入りがあるので、収入がある時は休暇している者が多い。

 

 ただし、武術の型など毎日取り組まなければならない修行もある。そこは各自で自主鍛錬になる。ピアは休みの日でも迷宮に潜っているようだった。

 

 少年の場合は、技師の勉強に費やすことになる。本来なら採石者の片手間に学べるような手軽な仕事ではないのだ。修行以外の時間は全て、食事中だろうとちょっとでも時間があれば勉強に当てるくらいの気持ちで取り掛かる必要がある。

 

 今日はさっそく工房でベルネオールから授業を受ける予定になっていた。まずは蔵技師として最低限必要な知識を頭に叩き込まなければ、職人としての体を使った実践的な技術の収得もできない。

 

 採石者の修行も蔵技師の勉強もしたいという少年のわがままを、ベルネオールは笑って承諾してくれた。ありがたいことだった。ここまでしてもらって気の抜けた授業態度をしようものなら失礼極まる。少年は一言一句聞き漏らすまいと気合を入れていた。

 

「そんなに緊張することはないよ。今日は初めての授業だから、蔵技師がどういうものか、概略を説明するだけにしておこう。ところで、なんで『蔵』の技師なのか知ってるか?」

 

 鍛晶蔵とはその昔、文字通り『蔵』だったという。最初期の鍛晶蔵は、貴族が民衆に対して超自然的な力を見せつけ、支配力を強めるための舞台装置だった。

 

「その名残で今でも『蔵』の字が使われているわけだね。当時の技術では、一つの鍛晶蔵の機構を収めるために蔵一軒ほどもある設備を要したんだ。だが、時代と共に武器としての運用が模索され、砲台サイズから個人でも所持できるような小型の武器にまで縮小することができるようになった」

 

 その小型化に大きく寄与したのが精錬技術の発達である。魔石に含まれる多量の魔力を含んだ鉱物を精錬し、合金にする技術だ。この合金が鍛晶蔵の内部機構『式拓盤』の材料となる。

 

「式拓盤の品質によって、そこに書き込める呪術式回路の容量が決まる。武器に込められる魔法の良し悪しを左右する重要な場所だ」

 

「鍛晶蔵の魔法は核となる魔石の力によるものではないんですか?」

 

「確かに大型寄生炉の魔石核には特別な力がある。魔力の含有濃度もだが、その表面には寄生炉へとエネルギーを送受する溝『石晶紋』があり、その通り道から魔力がにじみ出ることで超自然現象を引き込こす。これが原初の魔法だね。その力を利用して作られたのが鍛晶蔵であることは間違いではない」

 

 その石晶紋を解析し、発展させた技術が『呪術』である。魔石核が本来持つ石晶紋の『天然回路』と、人間が研究して編み出した呪術による『人工回路』をつなぎ合わせて鍛晶蔵は作られる。そうすることで魔石が持つ力を何十倍にも増幅できるのだという。

 

「そして、これらの繊細な内部機構を守っているのが『外装』だ。武器としての形を作る、目に見える部分のこと。よく中身の出来が良ければ外側は適当でもいいんじゃないかと思われることがあるんだが、そんなことは全くない」

 

 貴族向けに芸術品として製作する作品ならともかく、実戦で使われる武器に求められるのは頑丈さだ。簡単に壊れるような武器では、どんな強力な魔法が込められていようと欠陥品である。

 

「呪術式が書かれた強化線を核とつなげて外装に仕込むんだが、これが本当に職人技だ。鍛造工程で強化線を規則正しく、多重構造にして編み上げる。『織り込み鍛造』と言ってね。この腕次第で出来上がりは雲泥の差が出てくる」

 

 『魔石核』『式拓盤』『外装』の三つが全ての鍛晶蔵に共通する構成要素だ。いずれの製作にも高度な技術を要し、蔵技師と一口に言ってもそれぞれの分野で専門が異なる。この工房では何人もの職人を抱え、分業体制で協力してこなしているそうだ。

 

 想像以上に奥が深い世界を感じて少年はめまいがしそうになる。認識が甘かったと言わざるを得なかった。これを採石者の修行と両立してやっていけるのだろうかという不安が募る。

 

「いいんじゃないか? ホトグレスから『鋭化法』を習ってるんだろう? その鍛錬は職人技の習得にも転用できるからね」

 

 仙覚に達した感覚強化がもたらす恩恵については少年も実感している。それは何も戦闘にしか役に立たない技術ではない。実際に、採石者から蔵技師の業界に飛び込んでくる人材もいるという話だった。

 

 一事が万事、修行というわけだ。身につけた技術や知識を生かすも殺すも自分次第。何事も無駄と思うことなく取り組むべきだと思い直し、話を聞きながら貸してもらった教本に目を通していた。

 

「と、ここまで話した内容が“今までの”鍛晶蔵の常識になる。実は、うちで立ち上げている新しい部署に君を配置したいと思っているんだ」

 

 そこは『新鍛晶蔵(ネオ・リガレ)』の研究開発班だという。その話を聞いて少年は少し微妙な顔になる。ちなみに主任はマルティナだと聞かされてさらに微妙になった。

 

「はは、あんまり評判は良くないからなぁ『新鍛晶蔵』。だが、いずれはその評判も覆るだろう。そう遠くない未来、あと2、3年もすればこの業界は一変する。いや、させてみせる」

 

 新鍛晶蔵についてはこれまでに何度か見たことのある少年だったが、いまいちパッとしない印象しかなかった。大型寄生炉の核を使わずに製作できるという点は凄いと思うが、何より燃料コストの高さがどうしても気になってしまう。

 

「これが初めて世に出回った時は震えが走った。どうしてこんな未完成の技術の漏洩を国が認めたんだってね」

 

 兵器開発は最重要国家機密に当たる。鍛晶蔵の研究は国の管轄で行われているため、それが外に漏れだすなどという事態があってはならない。しかし、ある時を境にしてドゥマトンのみならず列強各国で鍛晶蔵の量産技術が公になり始めたという。

 

「だが、それによって各国の開発競争は爆発的に加速した。ノルバーが使っていた槍を君も見ただろう。外部魔力に反応する引斥型人工呪術式回路なんて一昔前なら理論上はともかく、実現不可能と断言していた。もはやこれまでの常識が通用しない時代がそこまで来ているんだ」

 

「はぁ……」

 

「なんだその腑抜けた返事は!?」

 

 急に声を荒げたベルネオールの顔面が急接近してくる。少年は椅子に座ったまま思わずのけぞった。

 

「他人事ではないんだ! これからこの場所で! 俺たちが新しい時代を築く! 君の力がその鍵を握っているんだ!」

 

「はっ、はい!」

 

「声が小さいぞ!」

 

「はいっ!! がんばります!!」

 

 こっちの修行も、ホトグレスとは別の方向で大変そうだと思う少年だった。

 

 

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