その日の夜、ホトグレスにこってり絞られたピアは少年とアルマに謝った。自分勝手な行動で隊を危険にさらすことになるかもしれなかったからだ。仙覚を覚えはしたが、だから許されるということではない。
ホトグレスに散々叱られた後だったので少年たちはそれ以上責めるようなことはしなかった。最初からそれほど気にもしていない。それより仙覚の習得ができたことを共に喜んだ。
「ピアちゃんすごいよ! 私なんかまだ全然、五感強化すらろくにできないのに」
「でも、下郎には及ばない……」
「俺の場合はちょっと特殊だから」
ピアの仙覚は剣の表面に薄く張り巡らされる程度のものだ。少年が使う『全仙覚』には程遠い。だが、そもそもわずかでも仙覚を扱える採石者は少なく、使えたとしてもピアのような仙覚表層の部分的な行使が普通だった。
戦闘中のピアは高揚していたためか気丈に振舞っていたが、開眼後の一振りだけで精神力をかなり消耗したようだった。今も使ってみせたが、まるで剣が自分の体の一部となったかのように感じると同時に、生皮を剥がされたかのような痛みも剣に生じているという。
現状では、ホトグレスのようにこれを使いながら戦闘することは難しいという結論に至った。仙覚の使用感は人によって違いがあるようだった。
「下郎の仙覚、見せて」
開眼したことでピアは他者の仙覚をより鮮明に感じ取れるようになっている。それも仙覚を使っている間しかはっきりと感知することはできない。常時グロテスクな魂の形を見せつけられても頭がおかしくなりそうなので、そこは良かったのかもしれない。
少年の口から気泡が立ち上るように目玉の群れが吐き出される。この形も個人よって違うようだった。ホトグレスの場合は太い触手が何本も伸びて、そこから鋭い牙が無数に生えた形状をしている。
ピアは最初びっくりしているようだったが、剣先で確かめるように目玉をつつき始める。このように仙覚は他者の仙覚に干渉できる。高度な柔磨法使いの戦いでは、肉体の行使だけでなく仙覚による攻防も重要になってくる。
改めてピアは自分と少年の練度の違いを悟った。『全仙覚』とはまるで魂が、存在の価値そのものが自分の肉体から抜け出てしまっているかのような状態だった。表層を外気にさらすだけで堪えがたい痛みと喪失感に襲われるというのに、少年やホトグレスはいかにしてその境地に至ったのだろうかとピアは疑問に思えてならなかった。
「それな、たぶん俺が一回死んでるからだと思うんだ」
少年は自分のことを話した。『大精霊の釜』の底で起きたことを。彼はフラム・ビジーだが、もうフラム・ビジーではない。自分が何者であるか、彼自身にもわからないということを。
「あ、それでね、実は私も一回死んでて……特大型の寄生炉だったの」
アルマも少年の話に便乗した。これまでピアに話していなかった事情を全て打ち明ける。常人ならとても信じられないような話を、何でもないことのように二人は語った。
今までピアに隠していたのかというと、それは少し違う。ピアならば自分たちの話を信じてくれるだろうという確信は前からあった。話したからと言って今の関係が変わってしまうことはないと思えた。
いつか言うつもりのことだったが、それは取り立てて腫物のように扱うべき話題ではない。だから機会があれば、いつでも話して構わないことだった。何も言わずとも互いを信頼できる、そんな関係があったからこそ、ピアも少年たちのことを詮索はしなかった。
少年たちの話を聞いたピアは当然のようにその話を信じた。そして姿勢を正す。今度は自分のことを話す番だと思ったからだ。
その凛とした佇まいは美しかった。こうして工房の寝泊まり部屋にいる時は、顔の火傷痕を晒している。思わず目をそむけたくなるような傷にも関わらず、不思議と醜さは感じなかった。本人がわずかなりともその傷に劣等感を抱いていないからだろう。その凄みが彼女の内面を表す魅力となっている。
「私はピア・オラトリウム。『最強』と呼ばれるダウェス・オラトリウムの娘」
そのことは少年たちも既に知っている。だが、なぜその名家のお嬢様であるピアが身分を隠して修行の旅をしているのかについてはまだ知らなかった。
「ある時、父様は家の者に何も言わず、忽然と姿を消した」
「失踪したってことか。そんな話は聞いたことがないけど……」
「貴族の外聞があって、この事実は伏せられている。今は兄様が代わりに領地を取り仕切ってる」
ダウェスは長男に家督を譲り、自分は隠居して武者修行に出たということにされたらしい。もともと跡取りとして育てられてきたピアの兄は、問題なく領地を運営しているようだ。ピアは兄に家のことを任せ、父の捜索のため一人旅をしているという。
「え!? 娘を一人で旅路に放り出したのか? さすが武官というか、貴族にしては豪快なんだな」
「いや、兄様には猛反対された。でも、あのまま家に残っても政略結婚の道具にされるだけだったから、家出する口実にはちょうど良かった」
幸福は人それぞれだ。貴族の華やかな暮らしぶりも、当人にしかわからない苦労があるのだろう。だが、泥にまみれて命を削る採石者にならなくてもと思わないこともない。
「父様の心配はしてない。あの人がどこかで死んでいるとは思えないから。父様を探していることは確かだけど、それ以上に、私は強くなりたい。強くなってあの人と並び立てる戦士になりたい。この剣に、そう誓った」
ピアの『弾鋼剣』はダウェスが以前、使っていたものを譲り受けたのだという。少年はピアから貸してもらって少し調べた。
「良い剣だ」
まだ蔵技師としては駆け出しだが、それでも業物であることはわかった。内部構造は分解してみないとわからないが、外装の出来は天下一品。きめ細かに編み込まれた強化線の配列は恐ろしいほどに美しかった。
かつてその持ち主だった、ダウェス・オラトリウムの伝説は少年も聞き及んでいる。ミシエヒ教総本山よりこの世で唯一人『剣聖』の称号を授かった男だ。彼の愛剣である『円縁起』は、最も名の知られた鍛晶蔵の一つだろう。その能力は“無い”。
オラトリウムの家宝として伝わる剣らしいが、魔石核が大昔に壊れており、特別な力は何も持たない。その何の変哲もない剣で、数多の強敵を斬り伏せてきた。
少年が最初に聞いたダウェスの逸話は金剛王との一戦だ。あの時は、勝負の途中で諦めて逃げ帰った英雄の話を笑ったが、ダウェスはただの剣術であの金剛王の装甲を削ったのである。とても人間業とは思えない偉業だった。
その当時、ドラジッドはダウェスの活躍を耳にしてはいたが、所詮は若造と侮っていたという。それが蓋を開けてみれば、やはり敵わないまでも自分以上の戦果を挙げたのだ。心穏やかではいられなかった。
ドラジッドは恥を忍んでダウェスに頼んだ。金剛王との決着は自分がつけなければならないのだと。ろくに事情を説明することもできず、横から手柄を寄越せと言うに等しい。ダウェスにしてみれば耳を貸す道理もなかった。
だがダウェスはそのドラジッドの姿に何かを察したのか、深く尋ねることもなく深層から身を引いたのだという。しかも、削り取った装甲の破片まで譲ったのである。
「俺の師匠も懐の深さを認めた男だ。なかなか世の中狭いもんだな。これも縁だ。お嬢の夢に、俺も付き合わせてくれよ」
「私も! 私も!」
そう言って少年はピアに剣を返した。ピアは深く頷いて、剣を受け取る。
「私もすぐに、下郎に追いついてみせる」
「お嬢は十分、俺の先を行ってるよ。むしろ俺の方が脚を引っ張りそうで心配なんだ。蔵技師の勉強とかな……」
二足の草鞋を履く苦労は並大抵ではない。採石者の修行を優先しなければならないのであまり工房の方に時間を取れないでいるが、それでも待ってくれているベルネオールの待遇には感謝してもしきれなかった。
「まあ、泣き言は言ってられないか。自分で決めたことだしな」
「お姉ちゃんも応援してるよ! みんなで頑張ろうね!」
鍛冶師のダンの手伝いについてはアルマから既に聞いていた。アルマも着実にサポート面での実力をあげている。迷宮探索で彼女に任せる場面も増えた。それだけ別の作業も捗るということだ。戦えずともそれがマイナスにならないアルマの支援はなくてはならないものになりつつある。
打倒、玻璃咬鎚。その遠い目標に向け、全員が一歩ずつ前進している。毎日が失敗と学びの連続だった。そこからさらに6カ月が過ぎていく。短いながらも濃密な時間の中で三人は成長していった。
* * *
今日も今日とてこの街には灰が降る。曇り空の朝日が窓から入る。机に突っ伏したまま眠っていた少年は目を覚ました。背中にかけられていた毛布が滑り落ちる。机の上に広げていた本によだれの跡が残っていた。
ホトグレスからどこでも警戒心を解かず安眠できるようにと指導されているので、寝床で休まずともそれほど疲れは残っていない。凝り固まった体をほぐしながら立ち上がる。
軽い柔軟をしながら身体の調子を確認した。この街に来てもう1年になる。年齢は17歳だ。あの当時はまだ子供らしい特徴があった体も今では随分成長した。栄養状態の改善と、厳しい鍛錬の賜物だろう。
身長も伸びたし筋肉もついた。力こぶを撫でてポーズを決めていると、背後に立っていたピアに気づいてすっ転びそうになった。気配がまるでなかった。
「下郎観察」
「いつからそこに!?」
ピアも戦士らしく、そして美しく成長した。少年の二つ上で、19歳になる。筋肉がつきつつも女性的なラインは損なわれていない。強くなっても美人は変わらないようだ。本人の目標はホトグレスのような屈強な女傑らしいが、そこまでムキムキにはなってほしくないと少年は思っている。
顔半分の火傷痕はシックな装飾布のマスクで覆われていた。採石者にとって傷は隠すべきものではないが、あえて見せびらかすものでもない。
こうしたマスクは若い採石者にとってはお洒落の一つとして普及している。傷ではなく素性を隠したい者が使うことも多いのでアングラなイメージもあるが。傷のことには無頓着だったピアだが、アルマが選んでプレゼントしてからは好んで着用していた。
「二人ともごはんできてるよー。食べよー」
そこに今日の朝食当番だったアルマもやってきた。彼女の見た目は全く変わっていない。本人いわく身長は5ミリ伸びたと言い張っている。ただし、採石者としての技能は一年前と比べて大きく成長している。頼もしい仲間であることに違いはない。
朝食のメニューは硬焼き丸パンに干し肉と豆のスープ、あと干しベネシュだ。ドゥマトン西部のパンは伝統的に硬ければ硬いほど良品とされ、あまり発酵させない製法で作られる。小さくとも腹持ちがよく、噛めば噛むほど味わい深い。顎の運動にはもう慣れた。
迷宮産の精製岩塩が国内で安定供給されているため、干し肉等の保存食は流通していた。物価の高いこの街では日常的な食品の購入にも何かと金がかかるが、ホトグレスから採石業の稼ぎは渡されているので食うに困ることはない。
干し肉のうま味と塩気、ハーブの薬味がスープに溶け出して食欲をそそる香りとなる。スープをすすりながらいつまでも口に残るパンを咀嚼する。その合間に干したベネシュをつまむ。この癖のある渋さを清涼に感じてくるようになると立派なネラニカっ子だ。
迷宮探索は休日だったが、職業病である早飯癖のため食事は早々に終わる。特に朝食はカロリーの摂取が主な目的だ。てきぱきと食卓を片付け、少年は工房へ向かった。
「遅いよフワム君!「フラムです」例の試作機が最終調整に入ったところだから、すぐに手伝って」
工房では既にマルティナが忙しなく動き回っていた。ここ数日は夜も仮眠を取りながら、ほぼ徹夜に近い状態で作業に当たっているようだった。
マルティナは父親に仕込まれているだけあって腕の良い技術者であることには間違いないが、どうしても職人の世界は男が主体になってしまう。親の七光りと言われないように、新しく任せられた部署を盛り立てようと張り切っていた。と、言ってもマルティナと少年と監督役のベルネオールしかいないのだが。
新鍛晶蔵の研究開発部だ。その作業場には入口に『極秘!』のプレートが張られており、工房の職人たちも普段は入って来ない。少年も人目を気にせず魔法の炎を使っていた。
この新時代の武器は、核部と式拓盤の構造が従来の鍛晶蔵とは大きく異なる。まだその技術は洗練されているとは言い難く、製造元によって性能に著しい差が生じているのが現状だった。
皮肉なことに、新鍛晶蔵の分野を牽引しているのは民間の工房だった。もっと荒っぽく言えば『闇技師』たちの集まりである。国のひざ元で従来の技術を継承することに拘る老舗の工房は一歩も二歩も出足が遅れていた。
鍛晶蔵の歴史は、迷宮攻略の必要に迫られた採石業の発展と共にある。死に物狂いで力を求める者たちが編み出した英知の結晶だ。それは王族や貴族の支配に対する反発の歴史と言っていい。世に知られる未だ多くの名工機が“作者不詳”、闇技師の手によって作られたと考えられている。
その点で言えばドゥマトンは他国よりは柔軟な対応をしていた。チップベル工房でなければ少年のような“モグリ”を雇うことは考えられない。その危うい決定を下したベルネオールの慧眼に曇りはなかった。
少年が真っ先に仕込まれたのが式拓盤の製造技術だ。特に精錬技術である。魔石から不純物を取り除き、純度の高い金属を取り出し、そこに別の金属を混ぜ合わせて作られる。通常であれば用途に応じて数種類の魔石融合炉を駆使し、繊細な温度管理と作業の手際が要求されるところだが、少年の能力はその工程の大部分を無きに等しくした。
これにより大幅な製作時間の短縮が可能となり、その後の試行錯誤に力を入れることができた。また、失敗しても材料を再利用してすぐに作り直せる。これが重宝された。
この下地を作るまでの工程に時間と金と労力がかかるためだ。式拓盤の術式回路の書き込みはやり直しがきかない。一発勝負で最初から最後まで刻みつけなければならず寿命を削るような集中力を要する。いくらでも失敗できるような環境なんてまずありえない。
現在、その作業にベルネオールが当たっていた。作業台に昨晩と同じ姿勢で座っている。専用の工具で一心不乱に回路を基板に刻み込んでいた。そこから離れた別の作業場でマルティナが第二式拓盤の調整を担当し、少年は燃料の作成に取り組んでいた。
動力源を大型寄生炉の魔石に頼らず代替可能な燃料式にしたことが新鍛晶蔵の利点だが、同時に燃料コストの問題が発生し、実用性の大きな妨げとなっている。この燃料は産出量の少ない高品質の精錬魔石を要した。
少年の能力をこの分野で活かせないかという試みがなされた。製造の難しい純度の高い精錬魔石を作り出すことには成功したが、希少な原材料を要する点に変わりはなかった。もっと安価な魔石から代用燃料を製作可能となれば大きな進歩だ。
しかし、魔石を溶かして魔力そのものを抽出するという規格外の現象を引き起こすことができるものの、取り出した魔力を他の魔石や魔法金属に込め直すことはまだできていない。
魔力の定着化実験は燃料の作成を兼ねて続けられている。溶解の程度を調整し、精錬魔石の種類や混合比を変えるなどして代用燃料の開発にも取り組んでいた。フラスコを並べて反応を見ては詳細な記録をつけていく様は、御伽噺の錬金術師のようだとマルティナに茶化されることもあった。
「ベルさん大丈夫か? 今にもぶっ倒れそうな顔色だぞ」
「ここが正念場だからね。邪魔なんかしたらそれこそぶっ倒れるよ」
鍛晶蔵が『魔石核』『式拓盤』『外装』の三構造であるのに対し、新鍛晶蔵は『魔石炉』『第一式拓盤』『第二式拓盤』『外装』の四構造から成る。
ベルネオールが手掛けている部分は『第一式拓盤』と呼ばれる新鍛晶蔵特有の機構だった。旧来の鍛晶蔵とは違い、式拓盤が二つあるのだ。精錬魔石には天然回路が存在しないため、魔法の効果を発生させる呪術式回路を全て人工のものに置き換える必要があった。
これまでは天然回路と人工回路の結合によって多種多様な魔法が創出されてきたが、それでは完成品の出来に大きな差が生じ、またどんな傑作だろうと代えの利かない一点ものしか作れない。量産性こそが新鍛晶蔵の真価と言える。
第二式拓盤は魔法効果の制御を司る機構であり、これは従来の鍛晶蔵と共通する。対して第一式拓盤は魔力の出力を司る。ここが使い勝手を左右する難しい部分だった。
出力を上げれば当然、燃費は悪くなる。だが対寄生炉戦を前提とする以上、パワーを犠牲にすることはできなかった。燃料をケチって弱い攻撃しか出せないのでは武器としての意味がない。
エネルギーロスを減らすため回路の効率化が進んできたが、もはやこれ以上改善の余地は見込めないほど術式は研究され尽くされていた。このネックを前提から覆すような技術を開発しなければ、新鍛晶蔵の燃費問題の解決はできない。
「できたぞ……」
ベルネオールが蚊のなくような声をあげる。しかし、その声は小さくとも隠し切れない歓喜が含まれていた。少年たちが駆け寄る。
ベルネオールの手には二枚の円盤があった。それを重ね合わせて装置にはめ込む。中心には動力源となる魔石炉、その周囲を囲むように第一式拓盤、さらにその外周を覆う第二式拓盤と、次々に部品が組み立てられていく。その構造は、まるでこの世界の縮図のようだった。
『二重構造型回転式第一式拓盤』。二つの円盤を回転させ、その両面が合わさる場所に術式回路を刻み込むことで、複雑な回路の変化を可能とした新技術だ。
「これまでは魔力伝導の特性から一度の燃焼反応中、回路の切り替えは数回が限度とされてきた。だが、このチップベル方式なら切り替えるのではなく、稼働中に回路そのものを変化させることができる」
その術式は異次元の難解さだった。入門したばかりの少年にはさっぱりわからず、マルティナも顔をしかめてうなるほどだ。
しかし、まだ試作機が完成した段階である。正常に稼働して初めて成功と言えるだろう。試作機が魔力伝達を測定する計器につながれる。ベルネオールが祈りながら震える手で装置を起動した。
そして歓声があがる。その様子を見れば成否は明らかだった。ベルネオールとマルティナが抱き合って喜びをあらわにしている。少年は少し離れたところでそれを眺めていた。
「なにやってんのフナム君!? 『まったくしょうがない奴らだぜ……』とでも言いたげな顔でクールにきめてんの!?」
「世紀の大発明なんだぞ!? こっちに来て喜びを分かち合うんだ!」
「いやもう十分わかりましたから」
少年は引きずり込まれてもみくちゃにされる。もちろん研究が実を結んだことは喜ばしいが、構想を具体的に実現したのはベルネオールであり、少年はそこまで大きな寄与もできなかったので遠慮する気持ちがあった。
「何を言ってるんだ。自覚してないんだろうが、これだけ高精度の基板をポンと作り出してくれる君の協力がなければ、ここまでこぎつけるのに後10年はかかっただろう。君は既に、ある特定の分野においては一流の職人と言って差し支えない実力があるんだ。こうなっては俺も渋々だが認めざるを得ない……マルティナの、婿となることを!」
「何の話をしている」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「何の話をしている」
新技術の発見により、従来品と比較して最低でも七分の一以下にまで燃費を軽減させる目途が立った。革新的と言える数字である。しかし、まだ正式な実用化に至るには程遠い。
構造が複雑化することで発生しやすくなる障害や、魔法の発動までにかかる所要時間の増加など、改良すべき課題は多い。だが、着実に軌道に乗り始めた開発陣の展望は明るかった。