鋳造の採石者   作:放出系能力者

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2話「採石者」

 

 この世界の中心はどこかと聞かれれば、多くの人が『大精霊の釜』と答える。現存する迷宮群の中心に位置しているこの場所は、ゆえに最古の迷宮であると考えられていた。

 

 全ての迷宮は発生期、活動期、衰退期、停止期という一生を経る。その長さは個体差があるが、平均して500年ほどと推算されている。衰退期に入った迷宮はその近くに子を産み、次世代の迷宮が作り出される。

 

 太古から人類の文明は迷宮と共にあった。その恩恵なくして発展はなく、それどころか生存すらままならなかった。

 

 迷宮群の外は広大な砂漠『内冥郭』によって取り囲まれている。さらにその外側を囲む『外冥郭』は生物が生きていける環境ではなかった。昼は灼熱、夜は極寒。どこまでその砂漠が続いているのか、果てを知ることもままならずにいる。

 

 この地は、迷宮群が作り出す環境によって守られていた。脱走した少年がまず目指すことにした場所『バダルサナ丘陵』は、迷宮の恩恵によって富んだ地の好例と言えた。

 

 少年は、蒸気機関車に乗っていた。安価な魔石を燃料として有害な黒煙をまき散らし、満員の客を乗せてゆらゆらと走る。

 

 車窓の外には緑にあふれた肥沃な大地が広がっていた。このように迷宮周辺の土地は命を育む豊かな土と、水脈に恵まれる。このバダルサナ丘陵は千年以上の長きに渡り、一大農業地帯として発展してきた。

 

 栄えた土地には人が集まる。この列車の乗客たちは、そのほとんどが出稼ぎに来た下級労働者だった。停止期を迎えた廃迷宮周辺の村々から上京した彼らは、低賃金で雇われ、大規模農場でこき使われる。

 

 それでも奴隷に比べればマシだった。少年は大きめの旅装帽までかぶりそれとなく顔を隠していた。脱走奴隷であると知られることはまずい。

 

 だが、その心配も徐々に薄らいでいた。警戒していた追手も特にかかった様子はなく、これだけ人があふれていれば容易に紛れ込める。

 

 殺してしまった監督官もまた、所詮は代えの利く人間だったのかもしれない。たかが奴隷一人の脱走程度に手を尽くして連れ戻したところで労に合わない。ここまで遠くに来れば逃げ切ったと考えていいだろう。

 

 少年がこの街に来た理由とは何か。駅に到着した機関車から人々が我先にと降りていく。少年も彼らと同じように仕事を求めていた。

 

 しかし、農場で働きたいわけではない。一山あてに来たのだ。目指すは一攫千金。迷宮の冒険家『採石者』になると決めていた。

 

 初めて見る都会の光景は鮮烈だ。隙間なく立ち並ぶ建物の群れ。その中へと飲み込まれていく彼は、まさに迷宮に挑むかのような心境だった。

 

 

 * * *

 

 

「帰れ」

 

 採石者になるためにはどこに行けばいいかと尋ねてたどり着いた先は『ベスヘレス社』と看板に書かれた建物だった。そして到着して早々、少年は門前払いを受けていた。

 

 受付の男は暇そうにカウンターに座り、新聞を読んでいる。採石者になりたいと伝えた少年に帰れと一言だけ告げ、それ以上の言葉はない。

 

 その態度に苛ついた少年だったが、ここで気を荒立てても良いことはない。これまでの人生において培ってきたなけなしの処世術、ゴマすりを使って食い下がった。

 

「いやあ旦那、採石者になるにはどこに行けばいいかと尋ねましたらね、会う人会う人このベスヘレス社に行けば間違いないとおっしゃる。そしてこの立派な社屋! 田舎者の俺でもわかる一流の佇まいでさぁ!」

 

「……」

 

「建物だけじゃありませんよ、やはりそこに勤める旦那も一流! そのお召し物、素晴らしい! 都会人のセンスは違うなぁ!」

 

「……気持ち悪いおべっかはやめろ。何と言おうとお前じゃ無理だ」

 

 受付の男は面倒くさそうにため息をつき、新聞をたたむ。

 

「この街にどれだけの下級労働者がいると思ってる? そいつらが望んだからって採石者になれると思うか? もしそうなら街中、採石者だらけだ」

 

 採石者とは、活動迷宮から魔石を採取することを生業とする者たちである。廃迷宮の鉱夫とは全く異なる。

 

 活動迷宮が生み出す最たる資源が多種多様な魔石である。エネルギー資源、工業資源、薬の材料、土壌改良剤、水質浄化剤、その使い道は数多ある。人々の生活は魔石なくして成り立たない。

 

 これを得るために迷宮に挑む採石者たちの噂は、少年も聞き及んでいた。珍しい魔石を掘り当てれば一生遊んで暮らせるほどの金が手に入ることもあるという。

 

 それはさすがに誇張されているだろうが、実入りがデカいことは間違いないと確信していた。魔石の需要はいくらでもあるのだから、供給だってそれに見合う数が必要なはずだ。大きな街に行けばすぐに採石者の働き口は見つかると思っていた。

 

「そう簡単な話じゃない。採石業に関わるには公的資格を要する」

 

 筆記試験、体力試験、実技試験などいくつもの試験を突破しなければならず、それを受けるだけでかなりの費用がかかる。

 

 庶民が軽々と背負える金額ではないことは確かだった。仮に何とか捻出できたとしても合格できるかどうかはまた別の問題だ。本気で採石者になることを志す者にしかたどり着けない地位である。

 

「採石者の数が足りないってのはまあ、その通りなんだが、だからと言って無能を迷宮に放り込むわけにもいかない事情がある。迷宮に出る化け物の話は知っているだろ?」

 

 活動迷宮には『寄生炉(クルシブル)』と呼ばれる怪物が存在する。その発生過程は少し複雑なのだが、受付の男は要点だけを絞って一言でまとめた。

 

「迷宮の怪物に食われた人間は怪物になる」

 

 人手が足りないからと言って、のべつ幕なしに無資格の採石者を使えば食われた者が次々に敵となり、迷宮の危険度が増してしまう。だからこそ、知識と力ある採石者が求められるのだ。

 

「うちの会社が雇用する採石者は無論、正規の資格を持つ者だけに限定している。だが、中にはお前のように何の知識もない人間を雇ってくれる業者も探せばあるだろうな」

 

 弱者を騙し、食い物にする。それはどこの世界でも同じ真理だった。本当の迷宮の怖さは、挑んだ者にしかわからない。そんなものを知ろうとするくらいなら、夢なんて見ずに農場で働いた方が身のためだ。

 

 それだけ言うと受付の男は新聞を開いて聞く耳を閉ざした。

 

 

 * * *

 

 

 採石業とは、想像以上に厳しい世界だった。追い出された少年はどうしたものかと頭を悩ませていた。何はせずとも腹は減る。時刻は昼過ぎ、大通りの露店でサンドイッチを買った。

 

 ひとまず最大の心配事は金だ。当然だが、こうして娑婆の飯を食えるのも金があってこそ。乾燥した硬いパンに筋張った硬い肉と、あごが鍛えられそうなこのサンドイッチも鉱夫時代と比べればご馳走だった。

 

 今持っている金は、監督官を殺したついでに奪ったものだ。その金も当初からすればかなり減った。ぼろぼろの奴隷服を買い替え、外を出歩ける程度の旅装をそろえるなど色々買ったが、最大の出費は移動費だ。

 

 なるべく遠くへ逃げるため機関車に乗って自治区をいくつかまたいだ。機関車を使うには乗車賃だけでなく、関所を通るごとに通行税も加算される。そのせいで懐に余裕はない状況だった。

 

 仕事を探すと言っても少年は身元不明の孤児だ。農園で雇ってもらえたとしても過酷な生活に逆戻りである。奴隷よりマシと言っても結局は程度の問題でしかなかった。

 

 彼の唯一の希望は、我が身に宿る魔法の力だった。脱走から一週間以上経ったが、変わりなく魔法は使えた。体調が悪くなることもなかった。

 

 この力を活かす道こそ採石者だと考えていた。資格がないだの何だの難癖をつけられたが、実際に迷宮に入れば成果を上げる自信があった。そうやって少しずつ実績を築いていく計画だったのだ。

 

 それがまず迷宮に入るところからままならない。先ほどの受付の男に魔法の力を見せてやろうかと何度も考えた。だが、そのたびに思いとどまった。

 

 指摘された通り、少年は物を知らな過ぎると自覚していた。自分の魔法の正体もよくわかっていない状態で無暗に他人に見せればどうなるかわからない。まずはそれを調べることから始めるべきだろう。

 

 そう自分に言い聞かせ、自制していた。そうでもしなければ、ひけらかしてしまいそうだった。

 

 特別な力を得たという優越感もあったが、それ以上に、胸騒ぎを伴う強い感情が湧きおこる。無尽蔵なのだ。彼の力は使ったからと言って、体の中から何かが抜け出ていってしまうようなものではない。やろうと思えば一日中でも炎を燃やし続けられる気がした。

 

 その感情のままに行動すべきではない。彼は脱走した夜のことを思い出す。監督官を殺した時の感覚は、いまだに手に沁みついていた。

 

 罪悪感や忌避感はなかった。むしろ心地よく、満たされた。手の中につかみ取った命が自分の中に沁み込んでいくかのような感覚だ。それは岩などを溶かした時には得られない快感だった。

 

 あのとき、殺人を犯してしまったことを後悔はしていない。力を示さなければ取り巻きの兵士たちに殺されていたかもしれないし、潤沢な脱走資金も得られなかっただろう。

 

 むしろ、殺人に憎しみという理由をつけることで自制していたのだ。放っておけば、監督官だけでなく逃げ出した兵士たちにも襲い掛かっていたかもしれない。自分が傷つく危険すら省みず。それほどの激情を抑え込んでいた。

 

 やはり無暗やたらに使っていい力とは思えない。この力との折り合いの付け方も考えていく必要があるだろう。

 

 食事を終えて一息ついた少年は、ひとまず所持金を再確認してみた。袋の中身を何度数えても増えることはない。

 

 先ほどは露店から漂うにおいに釣られてついサンドイッチを買ってしまったが、節制を第一に考えるなら我慢しておくべきだった。都会は物価も高い。宿に泊まる金は辛抱した方がいいだろう。どこか野宿できる場所を今からでも探した方がいいと思い立つ。

 

 いっそのこと強盗にでもなるかという選択がよぎる。もはや一度は強盗殺人に手を染めた身だ。その一度の経験で、あっけなく彼の人生は好転した。

 

 もちろん、頭の中で思っただけだ。リスクも高く、実際にそうしたいとは思わない。だが、それはまだという未然の仮定に過ぎず、いつしか想像通りの現実に落ちぶれることも時間の問題のような気もしていた。

 

 その直後のことだった。財布代わりにしていた袋が横合いから掻っ攫われていく。自分が犯罪をしでかすどころか、犯罪の憂き目にあっていた。

 

「……オイイイイイ!?」

 

 ひったくりだと気づいた時にはもう遅い。少年と同じくらいの年頃の子供が人ごみの中へと駆け込んでいく。逃がしてなるものかとすぐに後を追いかけた。

 

 泥棒だと叫ぶ少年の声に、周囲は無関心だった。細い路地へと入っていくひったくりの後を必死に追走したが、全く土地勘のない場所を逃げ回られる。ついに見失ってしまった。

 

「こっちに俺くらいの子供が走って来なかったか!?」

 

 途中で会った住人に尋ねたが、愚鈍な反応を返されるだけだ。見れば浮浪者のような身なりをした者たちである。急に現れた見知らぬ少年の味方をしてくれる義理人情はなさそうだった。

 

「ああ、ナイルだろ? あっちの方に走って行ったぜ」

 

 そうかと思えば答えを返してくれる者もいた。ひったくりはナイルという名の少年らしい。だが、一度疑った手前、鵜呑みにしていい情報なのか判断に迷いが生まれる。

 

「ほら、早く行けよ」

 

 いくら迷ったところで他に情報もないのだから従うしかなった。ここで金を失うわけにはいかない。入り組んだ路地の奥へと進む。人気もなくなった廃屋の近くで、ついに敵の姿を捉えた。

 

 しかし、一人ではない。ナイルは何者かと話している。一目見て荒事慣れしているとわかる、武装した大男だ。少年が目撃したその場面はまさに、ナイルが大男に盗んだ金を渡しているところだった。

 

 おそらく、ひったくりの元締めのような存在だろう。少年の心がくすぶる。人目のないこの状況なら力を使ってもいいのではないかと考えるが、それと同時に勝てるのだろうかという葛藤もあった。

 

「おおっと、お客さんかい? まあ、そんなところに立ってないでこっちに来な」

 

 大男が声をかけてきた。ナイルはにやにやと馬鹿にするような笑みを浮かべている。だが、近づけるのなら好都合だ。少年は油断なく歩み寄っていく。

 

「この袋が気になるのかい? 見たところ名前も書いてないようだが、誰かの落とし物だろう。そうだな、ナイル?」

 

「へい! さっきそこで拾いました!」

 

 いけしゃあしゃあとしたその茶番に怒りが湧くが、どうせ真っ当に話し合ったところで盗まれた金が返ってくるとは初めから思っていなかった。

 

「まあしかし、お前さんがこれの落とし主だと言うのなら、条件次第で返してやってもいいがね」

 

 何か含んだような物言いをする大男に少年は怪訝な目を向ける。それは少年だけではなく、仲間であるはずのナイルもなぜか同じような表情をしていた。

 

「お前さん、採石者になりたいんだろ? いいぜ、うちで雇ってやる」

 

 どうやら少年はベスヘレス社に入った時点で既にナイルに目をつけられていたようだ。中の会話まで聞かれたわけではないが、おおよそのことは予想できる。上京したての田舎者が、採石者になろうと業者の門を叩くことはよくあった。

 

 このカシムートという名の大男はベスヘレス社とは別の採石業に携わる人間らしい。要するにスカウトだ。しかしだからと言って、出会ったばかりの財布を盗まれるようなドンくさい子供を雇い入れる理由にはならない。

 

 これについては事前に打ち合わせなどされてはいなかったのだろう。ナイルは何を言い出すのかと素っ頓狂な顔をしてカシムートを見ていた。

 

「なかなか良い目をしている。何か、俺を出し抜いてやろうって魂胆がありそうだな? 腹に一物なけりゃそういう目はできねぇものさ」

 

 彼はスカウトとして人を見る目は持ち合わせていた。まず普通の子供なら、よしんばここまでナイルを追いかけてきたとしても、カシムートとのやり取りを見て姿を見せようとは思わない。

 

 いくら大事な金でも命には代えられない。カシムートの風貌を見れば力量差は明白だ。諦めて泣き寝入りするしかない。それ以外の選択肢はないのだ。

 

 それが堂々と姿を見せるばかりか、自分から歩み寄ってきた。よほどの馬鹿か、大物かのどちらかだろう。カシムートは十中八九、馬鹿の方だろうと予想していた。

 

「若者はそうでなくちゃ。腐った魚みてぇな目しかできない連中は掃いて捨てるほどいる。お前さんは違う。上にのし上がっていく人間さ」

 

 少年はその言葉を素直に信じられずにいた。ベスヘレス社で受けた忠告が頭をよぎる。非正規の採石者を雇うという悪徳業者の話だ。

 

「で、でも資格がないと採石者にはなれないんじゃ……」

 

「それはこれからうちで働きながら勉強すればいいんだ。給料を貯めれば試験の費用も工面できるだろう? 何もうちで一生働かせようなんて思ってねぇ。まず経験を積んで、資格を取って、それから大手を振ってベスヘレスにでもどこでも行けばいい」

 

 耳触りの良いことばかり言っているが、質問の答えにはなっていない。何を聞いてものらりくらりとはぐらかし、肝心なことについて触れはしないのだろうと思われた。

 

 これを怪しいと判断して断ることもできる。だが、現実問題として少年が採石者になるためにはこのスカウトを受けるしかないと思えた。

 

 この申し出を蹴ったところで他に行く当てもないのだ。困窮労働者か盗賊になるしかない。何のリスクも冒さずに成功できる者は初めから富を持っている。持たざる者は賭けに出るしかない。

 

「どうやら決心がついたようだな。ようこそルガット社へ! 新たな同胞を歓迎しよう。そうそう、この落とし物は返しておく」

 

 カシムートは財布袋からごっそりと金を抜き取り、袋だけを少年に返却した。中には雀の涙ほどのはした金しか残っていない。

 

「契約仲介料を少しばかりいただく。本来なら全然足りないところだが、今回は特別価格だ。良かったな、坊主」

 

 あんまりだ。ひどすぎる。言いたいことはあった。しかし、ぐっと堪える。これは損ではない。今後とも良好な関係を築くための投資だと考える。

 

「あざしゃす! よろしくお願いします、カシムートの旦那ァ!」

 

「いい返事だ、気に入った。じゃあ早速、明日から仕事に来てもらうが、色々とわからないところもあるだろう。ナイル、お前が面倒を見てやれ」

 

 

「え?」

「え?」

 

 

 二人の少年は顔を見合わせた。用件は済んだとばかりにカシムートはさっさと帰ってしまい、残された二人は気まずい沈黙に包まれる。

 

 少年にとってナイルの第一印象は最悪だった。追いかけている最中など、魔法効果付きのアイアンクローを顔面に決めてやると息巻いていたほどだ。

 

 それが何の因果か仕事仲間となってしまった。どうやらナイルも少年と同じくルガット社で働く人間のようだ。これから先の付き合いを考えれば険悪なままでいるのも良くないが、そう頭では思っていても、なかなか感情的に割り切ることができない部分もある。

 

「すまん!」

 

 だが、そこでナイルが謝罪の言葉を切り出す。まさかこんな顛末になるとはナイルも思っていなかったのだ。こうなってしまった以上どちらが折れるべきか、彼もわきまえていた。

 

「……いや、いいさ。過ぎたことを言っても始まらない。思えばお前と出会わなかったらルガット社の話も何もなかった。これも縁だ」

 

「くはー! ありがてぇ、恩に着るぜ! 改めて自己紹介させてくれ。俺はナイル。採石研修生をやってる」

 

「俺は……フラムだ」

 

「そっか、よろしくなフラム!」

 

 まだお互いにぎこちないところはあったが、歩み寄ろうとすることはできた。それから二人はナイルが住んでいるという宿舎に向かった。研修生という名目をつけられた非正規採石者たちがそこで共同生活しているようだった。

 

 宿舎とは言うが、今にも倒壊しそうなボロ小屋だった。しかし、他に寝泊まりする場所の当てもない少年に文句は言えない。中に入ると二人の子供がいた。

 

「紹介するぜ、研修生仲間のヒッチとブリニドだ。お前ら! こいつは新入りのフラムだ! 仲良くしろよ!」

 

「何が仲良くだ。どうせ明日にはいなくなってるだろ」

 

 実に不穏な空気が漂っていた。どうやら人員の入れ替わりが激しい職場らしい。新人と慣れ合う気はないのか、ナイル以外は話ができる雰囲気ではなかった。

 

「明日の仕事、早いんだからもう寝るわ。腹が減って仕方ねぇし」

 

 うるさくしてはまずいと思い、少年は宿舎の外へ出た。それにナイルも付き添う。これから色々と知らないこと確認しておかなくてはならなかった。

 

 ナイルが気さくな性格をしていて助かった。この地の常識を不自然に思われない範囲で片っ端から質問していく。

 

 仕事のことだけでなく、この街の名所や名物料理など風土や文化についても話題にあがった。少年にとってこんなに他愛ないおしゃべりを長々と続けたことは久しぶりのことだった。

 

 日はすっかりと暮れ、暗くなる。都会だけあって、ところどころに建てられた魔石灯が薄明りを落としていた。羽虫のはばたきの下で二人は語り合う。

 

「バダルサナ迷宮の奥地には途轍もない強さの寄生炉がいるらしい。何人もの名だたる採石者たちが討伐に乗り出したが、全員返り討ちさ。しかも、そいつは倒した採石者たちを殺すことなく見逃したそうだ」

 

「そういう寄生炉もいるのか」

 

「いや、普通は獣並みの思考回路しか持ってねぇよ。殺されて食われるのがオチだ。その寄生炉らしからぬ武人然とした行動から採石者は敵ながら敬意を表し『金剛王』と呼ぶ。噂じゃドデカイ亀みたいな奴で、その甲羅はどんな『鍛晶蔵(リガレ)』も弾き返してしまうくらい硬いそうだ」

 

「『鍛晶蔵』ってなんだ?」

 

「知らねーのかよ! 一流の採石者が持つ武器だ。これがあれば、そんじょそこらの寄生炉に負けたりはしねぇ。だけどな……20年前、今や剣聖と謳われる最強の採石者ダウェス=オラトリウムがバダルサナ迷宮の主に勝負を挑んだ。その一太刀は金剛王に傷をつけたが、そこでダウェスは『手出し無用』と一言発し、手柄をあげることなくこの地を去った」

 

「何が手出し無用だよ。負けて逃げただけじゃねぇか」

 

「まぁな。ダウェスでも敵わなかったんだ。それ以来、この主を相手取ろうなんて考える奴はばったりいなくなった。……一人を除いてな」

 

「いるのか。根性あるな、そいつ」

 

「根性っつーか、ただの気狂いだ。迷宮病だよ。案山子男って呼ばれてる変人だが、個人で採石権を有するバケモンみてぇなジジイだ」

 

「採石権?」

 

「会社を通さず迷宮で手に入れた魔石を全部自分のものにできちまうってことだ。この『採石権者』は、多くの採石者がまず目指す目標なんだ。俺もいつか試験に受かってバンバン稼いで、そんで一端の採石権者になってやる」

 

「ナイルは、本気で採石者を目指してるんだな」

 

「当たり前だろ! 中で寝てるヒッチとブリニドもそうさ。将来は俺たちで採石隊を作るって決めてるんだ」

 

「へぇ……」

 

「フラムも仲間に入らないか? 歓迎するぜ」

 

「え? いや、俺は何か嫌われてるみたいだし……」

 

「そりゃ初対面だからだ。一緒に仕事をこなせば打ち解けるさ。現に俺たち、出会い方は最悪だったけど、こうして仲良くなっただろ?」

 

「そうだな。そうかもしれねぇ」

 

「よし、決まり! 全員で正規の採石者になってチームを組もう! まだ名前は決まってないから、お前も良い案を考えといてくれよ」

 

「名前か……ああ、考えておくよ」

 

 

 

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