鋳造の採石者   作:放出系能力者

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4話「修行」

「ウヒヒヒ、今日も絶好の探索日和だ!」

 

「はい師匠!」

 

「まあ、穴倉の中は天気なんか関係ねぇけどな!」

 

 少年とドラジッドは迷宮に来ていた。少年が弟子入りしてから数日が経ち、彼らは何度もこの迷宮に立ち入っていた。採石権者ならば無資格の弟子でも迷宮に同行させられる。研修生も元々はこの師弟制を骨子とした制度だった。

 

 なぜドラジッドが少年を弟子に取ったのか、真意はよくわからなかった。おそらく少年の鍛晶蔵(持ってないが)のことが関係していると思われるが、尋ねてもはっきりとは答えてくれなかった。

 

 それでも弟子の話がなければ少年はきっとならず者にでも落ちぶれていただろう。悪徳業者の研修生から採石権者の弟子になれるとは望外の大出世だ。こんなチャンスは滅多に巡っては来ない。

 

 それからしばらくは疑心暗鬼もあったが、ドラジッドの人となりを知ってすぐに不安は解消した。

 

 迷宮の大坑道を進んでいると、よく同業者とすれ違う。その多くがドラジッドの姿を見ると会釈した。彼は多くの採石者から尊敬されていた。

 

 少年の悲鳴を聞いて駆け付けてくれたように、ドラジッドは窮地に陥った採石者がいれば見返りを求めず手を貸す。

 

 迷宮の中は強さだけが物を言う世界だ。自分だけが良ければそれで構わないという者たちで溢れかえっている。彼のような得にもならない慈善をする人物は稀だった。

 

 だからこそ身に染みる。どんなに心無い荒くれ者だろうと人間だ。命を救われた恩を忘れることはない。中には案山子男と蔑む者もいるが、ごく一部だ。

 

 もともと少年はへりくだることが得意な性格をしていたので抵抗なく太鼓持ちをしていたのだが、次第に本心から彼を師として仰ぐようになっていた。

 

「もうすぐ中層に入る。変異測量器を確認しておけよイヒヒヒ!」

 

 迷宮の構造は大きく分けて浅層・中層・深層と区分される。これは明確にどこからどこまでと決まっているわけではなく、人間の支配領域を指標とした区分である。

 

 浅層は開拓整備を終えた区域であり、中層は未開拓域との境に位置する。深層はそれよりもさらに深い未知の領域だ。ゆえに完全踏破がなされた迷宮は全域浅層と認定される。

 

 バダルサナ迷宮は古い歴史を持つが、いまだにその全容は判明していない。その最たる理由は、洞窟内部に満ちる水にある。ここは別名『水の迷宮』と呼ばれるほどの水源を有する。水位より下の深層を探索することは不可能だった。

 

 少年は指示された通り、ドラジッドに渡されていた測量器をじっくりと確認する。目盛りが書かれた透明なシリンダーの中に、水と油のように分離した二つの液体が入っており、その境界に針が浮いていた。

 

「大気中の魔力変質を感知してヒヒッ、ベデニル亜甘鉱溶液の膨張反応から変質率を割り出せる。この型は正確性に欠けるが、仕組みが単純で壊れにくいのが利点じゃな」

 

「師匠、何言ってるのかわかりません」

 

 ドラジッドは真っ先に、迷宮病の発症要因となる変質魔力の危険性について説いた。これは採石者の迷宮探索における基本中の基本である。

 

「迷宮内に長くおれば迷宮病にかかる、という考え方は間違いじゃ。変質魔力の溜まり場を特定し、フヒヒヒ、適切に回避しながら移動すればよい」

 

 探索においては迷宮病よりも急性中毒症状が危険視されている。不用意に魔力溜まりに踏み込むと、一過性の幻覚や幻聴症状などが起こる。それと合わせて寄生炉の襲撃が重なれば危険極まりない。

 

 その目に見えない脅威を察知するために、測定器は必需品となる。だが、どんなに正確な測定器を持っていても限界はある。最終的に最も信頼できる判別手段は、嗅覚だ。

 

「採石者にとって嗅覚は時に視覚以上の役割を持つ。鼻が詰まった状態なんてのは目隠しをされているのと一緒じゃ」

 

 その臭いもごく微細な変化に過ぎず、よほど感覚を研ぎ澄ませていなければ嗅ぎ分けることは難しい。経験を積み、感覚を体に覚え込ませるしかない。

 

 さらに嗅覚は他の感覚器と異なり、一定の刺激を受け続けると鈍るという特徴がある。ある臭いに対して慣れると感じ取れなくなってしまう。これは訓練しても矯正できない。

 

「そういう時はこれじゃ。嗅いでみろ」

 

「なんですこれ……くっっさっ!?」

 

「特殊な薬草を調合して作った『苞丹香』じゃ。これで嗅覚をリセットォォホホできるが、多用は禁物じゃ」

 

 嗅覚だけでなく、体の感覚全体が採石者にとって命綱だ。目で捉えることはもちろんのこと、鼻で変質魔力を嗅ぎ分け、耳で寄生炉の接近を察知する。これらの感覚を鍛えることが採石者への第一歩である。

 

 ドラジッドは何気なく歩いているようだが、講義しているこの時も抜かりなく警戒を払っていた。ここは整備の行き届いた浅層ではなく、迷宮の中層である。

 

 企業各社によるテリトリーは存在しない。完全なる野生の世界だ。寄生炉は小型、中型ともにより危険性を増している。

 

 やがて二人は開けた空間に出た。地面に大小さまざまな切株状の台座がある。鉱石でできたそれは実際に近くで見ると、年輪のような美しい文様が浮き出ていた。

 

 台座の間を大量の水が流れていた。その上を乗り継いで跳びながら先へ進んでいく。

 

「ここは『宝柱の森』。かつては天井まで届く鍾乳石の柱が無数に立っていたが、もう40年は昔の話じゃ。ヒヒヒィ」

 

 魔石の成分が染みこんでできた鍾乳石は特別な価値を持つ。この場所が見つかった当初から伐採が始まり、おびただしい数の採石者の命と引き換えに今の光景が作り出された。

 

 ドラジッドは上流の方へとどんどん登っていく。その跳躍は義足とは思えないほど軽やかだった。少年は懸命にその後を追いすがる。

 

 そして水源らしき泉にたどり着く。皿のように平らな石の器が何段にも重なった不思議な光景だ。ドラジッドは荷物から計器を取り出し、泉の水位を調べて回っては帳面にデータを記録していく。

 

「やはり思った通り! もうすぐ来るぞ、『大引水』が!」

 

 迷宮の一生を人間に例えるとすると、このバダルサナ迷宮は老境に差し掛かっている。衰退期に入った迷宮は徐々に魔石を産出しなくなっていくのだが、一口に衰退期と言っても波があり、周期的に活不活を繰り返している。

 

 バダルサナ迷宮の場合はその兆候がわかりやすい。迷宮に吸い寄せられた水脈が不活期に入ると引いていく。迷宮内の水位が下がり、行動できる範囲が広がる。

 

 そして20年に一度訪れる活動の低迷期、『大引水』と呼ばれるその時期は深層への到達までもが可能となる。ドラジッドはこの機を待ち望んでいたようだった。

 

 

 * * *

 

 

 迷宮から出ても修行は続く。家に帰ってからも教わることは多い。少年は住み込みで学ばせてもらっていた。

 

 ドラジッドの家は採石権者の肩書の割にはこじんまりとしていた。だが、街中に建っているだけあってこれでも一等地だ。

 

 初めて来たときは足の踏み場もないほどのゴミで溢れかえっていたのだが、今では掃除されている。ドラジッドは放置していいと言ったのだが、少年が率先して片づけた。

 

 意外にも散らかっていた物のほとんどは本や書類だった。学者の書斎かと思うほど、彼の部屋は難解な書物が数多く置かれている。寄生炉に関する研究論文などを中心に集めているようだった。

 

「迷宮の研究は日進月歩。採石者は生涯勉強じゃい!」

 

 というわけで、帰宅後は座学だ。少年は貧しい出だったが元貴族の家柄ゆえか読み書きを親から習っていたので、文字の勉強からせずに済んだ。

 

 座学では主に採石者の基礎知識を学ぶ。これは資格試験でも問われるため覚える必要があったが、読み書きができるからと言って内容まですぐに理解できるわけではない。

 

 わからないところばかりだったが、ドラジッドは丁寧に教えてくれた。学校に通ったことのない少年にとって勉強は難しかったが、楽しくもあった。

 

「ホホホ! ついにバホール博士の寄生炉細分化仮説が学会で信を得たか!」

 

 少年が指南書の内容を頭に叩き込んでいる横で、ドラジッドは取り寄せた論文誌を読んでいた。モノクルの位置をしきりに直しながら食い入るように読み進めていく。

 

「寄生炉さいぶん……なんです?」

 

「小型寄生炉の下に『微小型』という新たな分類ができるかもしれん」

 

 迷宮内にのみ生息する寄生炉の発生メカニズムは多くの謎に包まれている。果たしてそれは生物なのかどうかも定かではない。

 

 これまでの実験により、小型寄生炉は迷宮内に侵入した虫などの小動物が変貌して生まれるものと判明している。それらは単体で自己増殖でき、自らのコピーを増やす機能を持つ。

 

 しかし、その変貌原因がよくわかっていなかった。そこで提唱された理論が、小型よりもさらに小さい『菌の寄生炉』である。

 

 寄生炉の因子は、第一に微生物に寄生することでより大きな宿主に乗り換えるための感染能力を獲得することをつきとめたのだ。

 

 これにより小動物を寄生炉化させた後、増殖と合体を繰り返すことで中型寄生炉が発生する。この段階になると自己増殖はできなくなるが、さらに大型の生物を取り込んで増殖に利用する能力を獲得する。これが人間の改造繁殖だ。

 

「へぇ、でも目に見えないくらい小さいなら別に危険はなさそうですね」

 

「いや、そうでもねぇぞヒヒヒ! 空気と一緒に大量の寄生炉を吸い込んじまってるわけだからな! おでれぇたことに、これが『迷宮病』の原因かもしれねぇんだとよ!」

 

 これまでは変質魔力が迷宮病の原因と考えられていたが、そもそもその変質魔力の正体がわかっていなかった。新仮説では、それを微小型寄生炉の増殖地帯ではないかと予測している。

 

 微小型寄生炉は人間を直接寄生炉化させるほどの力はないが、体内に侵入することで蓄積し、健康被害を引き起こす。それが迷宮病だという。

 

「ん……? でも、迷宮病って死んだ迷宮の中でも発生しますよね?」

 

「おお、よく知っとるな! 確かに『大精霊の釜』では最深部にて発生が確認されておる! この仮説とは食い違っとるのぅ!」

 

 聞けば、停止期に入った他の迷宮では最深部であろうと魔力変質が確認されることはないという。『大精霊の釜』だけが異例なのだ。

 

 死んだ迷宮に寄生炉は発生しない。微小型だろうと発生しないはずだ。つまり、仮説には間違いがあるということになる。

 

 もしくは、まだ迷宮が“死んでいない”のか。最深部で見つけた魔石のことが、少年の頭の中でぐるぐると巡っていた。

 

 

 * * *

 

 

 ドラジッドは迷宮帰り、たまに酒場に寄って安酒をかっ食らう。彼は酒癖が悪い。暴れるようなことはないが、普段はしない自慢話ばかりするようになる。

 

「ムホホホホぉれのわけぇころハハハハそりゃもオホホホホ!!」

 

 まだ話が通じるうちは良いが、酔いが回ると馬鹿笑いが混じって何を言っているのかわからない。これが大変、やかましい。

 

 行きつけの酒場の連中はみんな迷惑していたが、日ごろの人徳のおかげかしばらくは黙って飲ませてくれる。だが、酔ったドラジッドはもう止まらない。いつまででも酒を飲み続ける。

 

「おい、ドラ爺様。そんなに自慢話がしたけりゃそろそろ聞かせてくれよ。『金剛王』の話をよ」

 

「にぁにぃ!? こんぼうおぅらとぉ!?」

 

 そんなドラジッドのあしらい方を、店の常連は心得ていた。この話題を持ち出すと、彼はごにょごにょと語気を弱め、そのうちひとりでに店を出て帰っていく。

 

 少年は師匠のことを尊敬していたが、酒場による日ばかりはその限りではない。飄々としていながらも深い知見に富んだ普段の威厳はまるでない。酒さえ飲まなければと思わずにはいられなかった。

 

 いつもは店を出た師に付き添って家に帰るのだが、今日は少し店の人に聞きたいことがあってその場に残った。ドラジッドはべろんべろんに酔っていてもちゃんと帰宅するので心配ない。

 

「あの、師匠が金剛王と戦ったって本当なんですか?」

 

「なんだいあんた、あの人の弟子なのに聞いてないのかい?」

 

 店主は教えてくれた。彼が『案山子男』と言われるようになった原因である義手と義足は、どちらも金剛王との戦いによって負傷したものだった。

 

 バダルサナ迷宮の主である金剛王は分類にして『特大型』と呼ばれる。これは大型を上回る最悪の寄生炉だ。歴史的に見てもその出現は極めて稀である。

 

 原則的に深層の寄生炉が上層に上がって来ることはないのだが、この凶暴極まりない特大型は浅層どころか地上にまで出ることがある。栄えた迷宮のすぐそばには大都市が寄り添うものだ。その被害は『炉禍』と呼ばれ恐れられた。

 

 しかし、バダルサナ迷宮はミシエヒ神の祝福を受けた大水源により清められており、その聖水が金剛王の怒りを鎮めていると信じられていた。その存在が確認されてから半世紀以上の歳月が経つが、水底に坐したまま動かない。

 

 ドラジッドはこの神の領域に足を踏み入れた。千年を超えるバダルサナ迷宮の史上初となる深層到達者だった。そして彼は金剛王を発見し、戦いを挑むも敗れ、片脚を失った。

 

 それに続く採石者たちが我こそはと深層を目指し到達するも、ことごとく返り討ちとなった。バダルサナの人々は、この神域を冒す傍若無人な採石者たちの愚行を咎めた。神が封じた怒りに触れ、炉禍を起こしてはならないと。

 

 多くの採石者が死んだ。金剛王は敗者の命を取らなかったが、そこは迷宮の深層だ。激戦の末に深手を負った採石者たちが大型寄生炉の巣窟を脱して地上に戻ることは容易ではなかった。

 

 その20年後、再び迎えた『大引水』を機に最強の採石者、剣聖ダウェスが金剛王に挑むも敗北。もはや敵う者なしと思われたこの寄生炉に、ドラジッドは無謀にも二度目の挑戦を試みた。

 

 その結果、片腕を失って帰ってきた。特大型の相手をして片手片脚を失くした身で、深層から帰還できただけでも彼の実力は本物と言える。だが、所詮は人間の実力だ。災害の化身には遠く及ばない。

 

 それから20年が経った現在、迷宮は三度目の大引水を迎えた。ドラジッドの齢はもう80に近い。40歳程度が現役採石者の限界であるとされていることを考えれば、とんでもない高齢だった。

 

 しかし、それでも彼は金剛王の討伐を諦めていなかった。勝てるはずがないと誰もが思う。死にに行くようなものだろう。

 

「何か理由があるんだろうけど、あの人は話してくれないのよ。そんなとき、急に弟子を取るなんて言い出したものだから驚いたわ」

 

 これまで迷宮のことしか頭になかったドラジッドに起きたその変化を、酒場の女店主は良い兆候だと思ったようだ。ドラジッドが無理をしないよう気にかけてやってくれと、弟子であるはずの少年は頼まれてしまった。

 

 

 * * *

 

 

 少年が弟子入りして4カ月が過ぎた。飛ぶように流れた月日だった。教えられたことを頭と体に染み込ませていく日々だ。ドラジッドは本気で少年を一端の採石者に育てようとしていた。その日、迷宮内にて少年は初めて指導のもと中型寄生炉との戦闘を経験した。

 

「ヒヒヒッ! 怯むんじゃねぇ! ここはまだ浅層だ! 中型だろうと大したことはねぇ!」

 

 それは道中でドラジッドが見つけた『ガレキガクシ』という寄生炉だ。形状は巨大なフジツボである。殻に魔石を張り付けて周囲の風景に溶け込んでおり、経験を積んだ採石者でなければ気づかずに近づいてしまうことも多い。

 

 だが基本的に、浅層に出現する小型・中型の寄生炉は“弱い”。なぜかと言えば、人間を殺そうとはしていないからだ。

 

 小型が持っている毒は麻痺させるだけで死ぬことはあまりない。動けなくした人間を働きアリのようにコロニーへと運び、そこで改造能力を持つ中型に引き渡す。

 

 この中型も、浅層においては若い個体がほとんどだ。成熟する前に採石者に狩られてしまうため、改造能力が未発達で、生け捕りにした人間しか改造することができない。

 

 だから、この辺りの寄生炉に殺意はないのだ。生身の人間が戦うには恐ろしい敵であっても、隙を突いて逃げるなり倒すなりできる余地は十分にある。

 

「うっ、ち、ちくしょう! やってやるぜええええ!!」

 

 そうは言っても恐怖心は捨てがたいものだ。少年は初めて迷宮に入った日に遭遇した『コモチガザミ』との交戦を否が応にも思い出していた。あのときのトラウマがよみがえる。

 

 その恐怖を振り払うように両手に青い炎を灯した。これを使わずに戦えるような敵ではない。普段は師から使用禁止を言い渡されていたが、今回は許可が出ていた。

 

 対するフジツボ寄生炉は、岩肌に胴体が固着している。この寄生炉の狩りはひたすら岩に擬態して獲物を待つスタイルだ。戦闘能力自体は低いと聞かされている。コモチガザミに比べればサイズも小さい。

 

 殻の上部の蓋が開く。ねちゃりと粘液を垂らしながら開いた隙間から触手が飛び出した。正確には蔓脚という甲殻類の歩脚に相当する器官である。

 

 数本伸びた蔓脚は、太い毛のような突起がびっしり生えている。よく見れば、それは導線の束のようだった。皮を剥かれた導線の先端から繊維状の金属糸がびゅるびゅると飛び出し、獲物に襲い掛かる。

 

「ひいいいいっ!?」

 

「大丈夫だヒハハ! 捕まっても血管の中に導線が入りこんでくるだけで、どうってことはねぇ!」

 

「どこが大丈夫だよ!?」

 

 とにかく溶かす。伸びてくる触手の全てを溶かし尽くした。見た目こそ不気味だったが、胴体が動かないので、そこから伸びる触手にだけ警戒しておけば対処は容易だった。

 

「も、もう出て来ないよな……」

 

 全ての触手を破壊されたのか、寄生炉は何もしてこなくなった。後は胴体に近づいて殻の中にある核を抜き取れば討伐完了だ。核まで溶かすと魔石が手に入らないので傷つけないようにしなければならない。

 

 だが、もしかすると攻撃してこないだけで体内に触手を隠し持っている可能性もあった。こちらが隙をさらす瞬間を待っているのかもしれない。

 

 恐る恐る、忍び足で近づいていく。触手が出る位置はわかっているのだから、そこから目を離さなければ不意打ちを食らうことはない。そう思っていた少年の、横の壁がかぱりと口を開いた。

 

 ガレキガクシは二体いたのだ。ドラジッドは気づいていたのだろうが、少年に教えていなかった。どんなに警戒心を高めていようと不測の事態は起こり得る。それを学ばせるための訓練でもある。

 

「だらぁっ!」

 

 一本の触手が腕に巻き付いてきた。痛みが走る。だが、ここで動きを止めることはもっとまずい。少年は触手に構わず、その大本である胴体を炎で切り裂いた。核を破壊できたのか、敵の動きが停止する。

 

 さらにもう一体の寄生炉も、一息のうちに同じく仕留めた。こちらは既に弱らせていた個体だったが、身の危険を感じて恐慌状態に陥った少年は魔石の確保にまで頭が回らない。

 

 二体の中型寄生炉の討伐を終える。だが少年は、もしやまだ敵が隠れているのではないかと気が気でなく、勝利の余韻に浸っている暇などなかった。

 

「ウヒャヒャ! もうおらんよ! 魔石は駄目になったがまあ、倒せただけ上出来じゃ!」

 

 ようやく落ち着いた少年は腕に絡みついている導線を剥がした。採石者用の頑丈な探索服を着ていたため大きな怪我はなかったが、あの一瞬のうちに細い金属糸が服の内側まで貫通しかけていた。対処が遅れていれば血管に侵入されていたかもしれないと思うとぞっとする。

 

「フラ坊は一発でガレキガクシの殻を破ったが、普通はこうはいかんぞ? これを砕くための専用器具があるくらいじゃ! 初心者は、もたもたしているうちに食われて腹の中じゃな!」

 

 聞けば聞くほど恐ろしい敵である。これが中型下位の強さしかないというのだから改めて迷宮の危険性を思い知る体験となった。

 

 少年が勝てた理由は、ひとえに魔法が使えたからだ。他の採石者はそんなものがなくても、これをどうにかできる力があるのだろう。そう考えると素直に喜んでいいのかわからない。

 

「何を言うとる! 道具を使い、知恵を使い、使えるものは何でも使って生き残るのが真の採石者じゃ! ほれ、中型討伐のごほうびにこれをやろう」

 

 そう言ってドラジッドから一対の手袋を渡される。手の甲に魔法陣のような文様が描かれた分厚い皮の手袋だ。

 

「もしかしてこれ……鍛晶蔵ですか!?」

 

 大型寄生炉から採取された希少な魔石を使って作り出される武器である。それらは魔法の力を宿す。正規の採石者であってもおいそれと手に入るものではない。

 

「いや、ただの防刃グローブじゃ。ワハハハハ! かっちょいいヤツを見繕ってきたぞ!」

 

 いたずらに成功したかのようにドラジッドは笑う。少年は少し肩を落とした。

 

「よいか、フラ坊! 『鍛晶蔵(リガレ)』とは、『ligare』という古き言葉に由来する。それは『結合』を意味しておる!」

 

 今では採石者の武器として扱われているが、かつては権力者が権威の象徴として作らせた。物質の領域である肉と、それを超越した魔を“結びつける”ためのものだ。

 

「力そのものではない。それを自身と結びつける意思なのじゃ」

 

 鍛晶蔵はその危険性から所有するには資格が必要である。本来、何の資格もない子供が使っていい力ではない。だからドラジッドはこれまで使用を禁じていた。

 

「じゃが、これからは指図しない。フハハハ、力を使うべきか否か、これからは自分で考えるがよい」

 

 少年はグローブをはめた手に炎を宿した。この魔法の火は彼自身の肉体を溶かすことはない。それと同じように衣服を溶かすこともなかった。服も体の一部のように感じているためだろうか。

 

 複雑な意匠が施されたグローブは少年が最初に勘違いしたように呪術的な機能を有しているように見えないこともない。これがあれば少年自身の身に宿る能力を、あたかもグローブの力であるかのように見せることもできるだろう。

 

「今日からそれがお前の『鍛晶蔵』じゃ」

 

 ドラジッドは少年の使う力の異常性に気づいているのかもしれない。その上で何も聞かず、このグローブを用意してくれた。

 

 ただのカモフラージュのためだけではない。力を使う目的と意味を自分自身で考えるように、その訓示として与えたのだ。

 

「師匠、俺の話を聞いてもらえますか」

 

 そして、少年は初めて自分のことを話した。『大精霊の釜』の底で起きたことを包み隠さず、ドラジッドに伝えた。

 

 それは言葉にしてみれば、たった数分のうちにまとまる程度の短い話だった。その荒唐無稽な話をドラジッドは信じた。真剣に耳を傾けていた。

 

「死んだ迷宮に魔石が生まれるとは、前例がない。じゃが、死してなお魔力を残すほどの強大な魔石があったとすれば……『純粋結晶』を除いて他にない」

 

 

 迷宮の種、国産みの魔石、『純粋結晶』。

 

 

 それはあらゆる魔石の頂点である。新たな大迷宮が生まれる基点となり、富と繁栄をもたらす力の全てがそこに凝縮されている。

 

 世界の歴史を見ても、確認された純粋結晶はわずかに5つ。現存するものは3つのみだ。それは迷宮群の覇を巡る背砂三国のそれぞれに、神器として収められている。

 

「やはり俺の目に狂いはなかった……ヒヒヒヒッ。お前は神器に匹敵する力を秘めているということだろう」

 

 そんなことを言われても何の実感も湧かなかった。今の少年は、正規の採石者でもないただの見習いに過ぎない。

 

「どんな魔石も適切な加工を施して真価を得る。フラ坊はまだその途中ということじゃろう!」

 

 魔石の力が宿った少年の肉体そのものが『鍛晶蔵』であると言えるのかもしれない。その強さはこれから鍛えられていくことになるのだろう。

 

 ドラジッドはポケットから金属片を取り出した。金色の小さな欠片だ。それを少年に渡して手の上で溶かしてみろと指示する。魔法の火をおこせばすぐに溶かすことができた。

 

「それはダウェスから譲り受けた金剛王の装甲の破片じゃ。お前の炎は『最硬の寄生炉』すら溶かすことができる」

 

 そんな大事なものを溶かしてしまってよかったのだろうかと少し焦ったが、ドラジッドは気にした様子もなく溶かした液体を保存瓶に入れて懐にしまった。

 

「さて……フラ坊は俺を信じて秘密を話してくれた。次は、俺の番じゃな。ヒヒヒ……」

 

 それから迷宮を出て帰宅した後、ドラジッドは訥々と笑い交じりに語り始めた。少年がこれまで聞くことのできなかった、金剛王とのいきさつを。

 

 

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