鋳造の採石者   作:放出系能力者

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8話「お祭り」

 ガロアパルには、天高く聳え立つ城があった。この『九天烙閣』は、貴人が好む華やかさや格式とはかけ離れたドゥマトンの王宮である。その姿は国の象徴でもあった。

 

 無節操に続く増築により、歪に肥大化した要塞である。その膝元にあるガロアパルは工業都市として近年目覚ましい発展を遂げている。立ち並ぶ煙突から絶え間なく煙が吐き出され、空はスモッグで覆われていた。

 

 春の陽気とは程遠い気象だが、人々の活気は湧いていた。春祭りと共に開かれる武闘大会『採能春杯』が大入り満員の円形闘技場で執り行われている。

 

 普段は剣奴が興行の見世物にされるこの場所も、大会の最中にあって剣を交える者たちは各地から集まった猛者どもである。とはいえ、それも玉石混交。何の地位も名誉も持たない凡夫たちは一絡げに隊を作らされ、戦わせられる。

 

 一般部門はくじ引きによって無作為に選ばれた五人一組の隊が戦い合う。近年では、毎年増加傾向にある参加者を効率的に捌くため、この『隊戦形式』が主流となっていた。

 

 農夫や鉱夫と言った年代も体格も装備もばらばらの男たちが寄せ集められ、戦場に放り込まれるのだ。連携などまともにできるはずもなく、恐怖を掻き消すように雄叫びをあげて全員が突撃する。

 

 二つの隊は『春陣』と『秋陣』に分けられる。春陣が勝てば新緑新風の福を呼び込み、秋陣が勝てば慈雨豊穣が訪れる。どちらの陣が勝つか賭けが行われており、儲けた観客たちはその一部を喜捨として場内へ放り込まなければならない。

 

 勝利した戦士たちはこれを拾うことができるのだ。一つ一つはわずかな金額だが、塵も積もれば山となる。この金を得たいがために命知らずの殺し合いに臨むのである。

 

 祭囃子に笛太鼓、怒号と歓声が合唱し、血塗られた儀式は熱狂に彩られた。敗者の血は地に染み込み、踏みつけられた土は黒々と染まっていく。やがて日が中天に届くと、戦いは一般部門から上級部門に切り替えられる。

 

 ここから先は常より戦闘を生業とする採石者の決闘である。試合は同じく隊戦形式で行われるが、各隊はくじ引きではなく任意に隊員を登録できる。高度な連携を前提とした戦いとなる。

 

 春門より入場した五人の採石者は全員が物々しい装備で身を固めていた。しかし、それに対して秋門からは目を疑うような滑稽な集団が現れた。

 

 子供ばかりが三人ぽっち、しかも内二人は女だった。先頭に立つ大将格の少女だけはしっかりとした造りの剣を持っているが、他の二人は闘技場で貸し与えられる凡庸な短槍だ。防具も貸し出された木の丸盾だ。

 

 一般部門で見慣れた装備だった。事実、その二人は採石者の資格を持っていないのだが、これについては隊長が有資格者であれば規定上の問題はない。もっとも戦力としてそれが当てになるかは怪しいところだ。

 

 極めつけに隊長らしき少女は片腕が折れているのか添え木を当てて首から吊るしている。それを見た対戦相手は馬鹿にするより先に怒りが湧いたようだ。

 

「貴様ら、ふざけているのか! 痛い目を見たくなければ今すぐ降伏しろ!」

 

 その勧告を、秋陣の長であるピアは柳に風と聞き流した。流血を求める観衆は早く試合を始めろと騒ぎ立てる。両陣の大将は互いの剣を掲げ、神への宣誓を始めた。

 

 各員が配置についていく。自陣内であれば試合開始前、好きな場所に待機できる。アルマと少年は自陣後方につく。敵は強気に攻めるつもりか最前線に全員が集まっていた。開始と同時になだれ込んでくるだろう。

 

 勝敗を決する方式は点数制である。隊員一人を倒すか降伏させれば一点を得られる。隊長を下せば三点だ。陣営後方に設置された敵の『証木』を破壊すれば、これも三点。五点先取で勝利となる。

 

 隊員の数は三名以上、五名以下の範囲で組めるため三人しかいないピアたちの隊でも出場はできる。両陣営に人数差がある場合、少ない方の陣営に最初から一点が与えられる。

 

 しかしこの制度は本来、連戦を予定しているチームから負傷者が出たなどの理由で欠員が生じた際の救済措置である。なんなら補欠要員まで連れてくるチームまであるというのに、最初から三人しかいないというのはふざけていると言われても仕方ない。

 

 よほど腕に自信がなければ三人隊の戦法は取れないだろう。しかし、あまりにも貧弱な子供ばかりの集団を相手に春陣の戦士たちは警戒する気も失せていた。

 

「春陣隊長フェムソン、我が剣を神へ奉ずる!」

「秋陣隊長ピア、我が剣を神へ奉ずる」

 

 短い口上が終わり、試合開始を告げる銅鑼の音がけたたましく鳴り響いた。少年とアルマは後方にて拠点を示す証木(地面に立てられた丸太)を守る。前線に立つのはピア一人だ。

 

 案の定、敵は真っ先にピアへ殺到した。各個撃破は戦術の基本。手負いの少女に抗うすべなどない。敵のみならず、観衆のほとんどはそう思っていた。

 

 ピアは剣を抜いている。1メートル弱と、やや大振りながら一般的なサイズであるが、肉厚で重量感があった。斬るというより叩き割ることに比重を置いた両手剣である。

 

 それを軽々と片手で握る膂力を見れば、若くして才有る磨法の使い手と見受けられる。ゆえに、隊長フェムソンに油断はなかった。初手にして最高威力の技を叩き込む。

 

 彼の剣はガロアパルで作られた『新鍛晶蔵(ネオ・リガレ)』と呼ばれる新兵器だった。従来の鍛晶蔵は大型寄生炉の核から作られる一点ものだったが、現在の列強各国ではそれよりも安定した品質の武器を量産することに成功している。

 

 ただし、まだ新技術であるため改良の余地は多く残されていた。一級魔石の精錬燃料を消費するため一回の使用にかかるコストが甚大である。メンテナンスにも専門的な知識と技術が必要となるため、実用性の面で課題は多い。

 

 しかし、この場は迷宮内に潜む不確定な敵との交戦とは異なる。人間相手の試合内における運用と考えれば優秀な武器である。フェムソンが持つ剣型の新鍛晶蔵は、ピアの剣と触れ合う寸前に内部の魔法機構を働かせる。

 

 内部で膨張した空気が、剣の背に開けられた無数の噴射口から凄まじい勢いで放出される。それによって得られる急加速と剣撃威力の大幅な引き上げ。交えた剣は拮抗すら許されず、弾き飛ばされる。

 

 フェムソンの手から剣が吹っ飛んでいた。攻撃を放った側が堪えられず逆に剣を失うとは、こんな馬鹿な話はない。

 

 加速剣の使い心地は彼も少ない練習量の中でしっかりと確認していたはずだった。それが破られたとなれば外的要因によるものとしか考えられない。目の前の少女に何かされたのだと、ようやく思い至る。

 

 だが、それがわかったところで全てが遅かった。ピアの二の太刀がフェムソンの胴を打ち払った。大砲をぶち込まれたかのような衝撃が走り、フェムソンは横へ弾き飛ばされる。それきり、倒れ伏したまま動かない。完全に気絶していた。

 

 試合を観ている者たちからすれば瞬く間もない出来事だった。隊長撃破により三点が加算される。さらに間髪入れず、ピアの剣が跳ねた。フェムソンの両脇にいた隊員をまとめて薙ぎ払う。

 

 試合終了の銅鑼の音が鳴る。遅れて大喚声が沸き起こった。それは好意的なものだけでなく、まさかの大番狂わせのため賭けに負けた者たちの怨嗟の声も多く混じっている。

 

 少年は緊張しながらも、初戦を無事に終えたことに安堵していた。こうなることはわかっていた。ピアの強さを知っていたからこそ、彼女とチームを組んでいる。

 

 フェムソンの剣を弾いた一撃は、事前にピアの技を何度も見ていた少年でさえ全てを目で捉えることはできなかった。その秘密は彼女の剣にある。

 

 その鍛晶蔵『弾鋼剣』は、金属の硬度と重量がありながら強靭な弾力性までも併せ持つ“折れずの剣”である。彼女の鍛え抜かれた磨法と剣術により、振り抜かれたこの剣の切っ先は高速でしなり、触れるものを弾き飛ばす。

 

 ピアの戦闘能力は、ドラジッドと共に迷宮を探索していた少年から見ても一流であると確信できるものだった。

 

 

 * * *

 

 

 地獄の走り込み訓練を終え、採能春杯の会場にたどり着いた少年たちが見た試合内容は想像を超えた血生臭さと野蛮さだった。

 

 聞いていた話とだいぶ違う。隊戦方式というものも初耳だった。戦い合うのだから多少の人傷沙汰は起きるだろうと考えてはいたが、想定が甘かったと言わざるを得ない。

 

 そして、ピアも具体的な試合の規定については事前に何も調べていなかったようだ。まず詳しいルールを調べてから三人で話し合った。物は試しと、チームを結成する。そして、現在に至る。

 

 最初こそ不安が大きかったものの、順調に勝ち星を重ね、ピア隊は今や優勝候補に名が挙がるほどの勢いを得ていた。観客からの投げ銭も多くなり、少年とアルマは喜々として拾いまくった。

 

 ただこの御捻りは本来、神へ捧げる浄財であるため、あまり浅ましく戦士が拾う行為は見苦しいとされる。特に上級部門では好まれない。のだが、少年とアルマは構わず拾いまくった。

 

 よって懐は温まっている。これで優勝して賞金を獲得できればうはうはだが、さすがにそれはピアに全部譲ろうと、少年とアルマは密かに話し合っていた。ここまでの快進撃は彼女の手柄と言って全く過言はない。

 

 少年とアルマは人数合わせという意味でしか役に立っていなかった。ピアに怪我をさせた謝罪を発端にしてここまで行動を共にしてきたが、結果だけみれば得をしているのは少年たちの方である。

 

 さすがに気が引けたので、今日の試合日程を終えた少年たちはピアに何かお礼できることはないかと尋ねた。

 

「みんなで買い物がしたい」

 

 と言うので、三人で市街を歩いた。有名な工業都市であるだけあり、馬車代わりに道を走る小型乗用機関車など初めて見るもので溢れていた。祭のためかいつも以上の活気があるのだろう。人通りは多い。観光客向けの出店を見て回った。

 

「下郎、あれは何?」

 

 ピアは少年をナチュラルに下郎呼びしてくる。そのせいか周囲からは、美人二人に下僕一人という組み合わせで見られている。少年もピアのことを『お嬢』、アルマのことを『姐さん』と呼んでいるので、より小物感が引き立っていた。

 

 ただピアは呼び方こそひどいものだが、以前より親しくなっている。少年を媚びへつらわせようと相変わらず理解不能の思考回路をしているようだが、その要求も別に高圧的なものではない。もともと尊大な態度を取るような性格をしていないのだろう。

 

 旅に慣れていそうな割に知らないものが多く、あれこれと少年やアルマに尋ねていた。サバイバルや戦闘関連の知識は豊富なので、普段から修行に明け暮れる日々を送っていたのだろう。市井のことには疎かった。

 

 あれだけの強さを得るためには並大抵の修練で済むはずがない。奇行に振り回されて疲れるところもあったが、その強さに対するひた向きさには少年も一目置いていた。

 

 ピアは出店で買った花冠を頭に乗せている。もっと小さい子供向けの玩具だと思ったのだが、恥ずかしげもなく堂々と装着していた。

 

 しばらく祭の喧噪を楽しみ、目的の店に到着した。採石者の武器防具を取り扱う専門店だ。やはり色気や食い気よりも闘争本能が勝っているようだ。

 

 これほど大きな店はバダルサナにもなかった。武具はもちろんのこと、探索活動を補助する最新機器がずらりと並べられたディスプレイは圧巻だった。これには付き添いで来た少年も興奮する。

 

 しかし、その値段も圧巻である。急上昇していたテンションは直ちに下降した。一品一品が、闘技場でかき集めた投げ銭の全額をつぎ込んでも足りるかわからない価格だった。当初、ここはピアを労うために奢る予定だった計画が早くも暗礁に乗り上げる。

 

「ようこそいらっしゃいました。本日はどのような商品をお探しでしょうか」

 

「この子に合う装備を買いに来た」

 

 少年が顔を青くしている横で店員が接客してきたのだが、それに応じたピアはアルマを指さして注文する。てっきりピアは自分の装備を買いにきたものとばかりに思っていたアルマたちは狼狽えた。

 

「いやピアちゃん、せっかくだけどお金が足りないから私の装備はいいよ」

 

「私が払うから心配しなくていい」

 

 さらに自分が奢るとまで言ってきた。さっき花冠を買ってもらったのでそのお礼らしい。いくら損得勘定を嫌うと言ってもこれはあまりに釣り合っていない。当然、甘受することはできず、アルマはすぐに断った。

 

「採石者を目指すなら必要なもの」

 

「左様でございます。採石者にとって装備を疎かにすることは、自分の命を捨てるも同然。ご用命はガロアパル一の品質と品揃えを誇る当店にお任せください」

 

 店員まで乗っかって販促してきた。それはただの商売根性だが、言っていることは間違っていない。今のアルマは敵からの攻撃に耐えられる装備を何もつけていなかった。着ているものは防具ではなく、ただの服だ。

 

 少年の場合は、ドラジッドからもらった探索服がある。一流の採石者から見れば古びた装備だが、初心者にとっては十分使える部類だった。

 

 いかにアルマが人間離れした体を持っているとしてもピアにとっては心配だったのだろう。これから大会の優勝争いを続けるにつれて対戦相手は強くなっていく。装備くらいはしっかりしたものを揃えてやりたいと考えていた。

 

 少年も資金面の不足からアルマの装備を買えずにいたことを気にしていた。実際の防御力を比べるならおそらくアルマの方が少年より圧倒的に硬いだろうが、それでも気にしていた。

 

「それでもダメ! 親しき仲にも礼儀ありだよ!」

 

 むしろ礼儀があり過ぎる気もするが、とにかくアルマは頑なに断った。お言葉に甘えてと簡単に頷ける額ではない。しかし、ピアと店員の勢力も譲らなかった。互いに睨み合う。

 

「弟くんからもピアちゃんに言ってあげてよ!」

「下郎、どうすればいい?」

 

「じゃ、じゃあ……お嬢が自分の新しい探索服を買って、今着てるおさがりを姐さんにあげるのはどうです?」

 

 ピアが天啓を得たとばかりに切れ長の目を刮目した。店員は阿吽の呼吸でおすすめの商品を紹介してきた。

 

「でしたら、こちらはいかがでしょう。火山迷宮の中層から採石されたヒレー水鉄の合金繊維をふんだんに使用した逸品です。耐熱、耐電、耐刃性、どれをとっても従来品を飛躍的に上回り、なおかつ軽量、通気性も抜群。ファッション性においても新進気鋭のデザイナーを起用し……」

 

 まくしたてる店員に言われるがまま早速ピアは試着した。骨折しているはずだがものの数分で着替えを済ませて試着室を出てポーズを決める。

 

 暗灰色のジャケットはエンボス加工による装飾彫りが施されている。実用性を重視する採石者向けに派手さはなく、シックなデザインだ。ボトムは大胆なショートパンツスタイルで、合金繊維製レギンスにより脚部を保護。足元は編み上げ式半長靴だ。頭には出店で買った花冠をアクセントに添えた。

 

 そして今しがた脱いだばかりの自分の服を着るようにアルマに強要する。鬼気迫るものを感じたのかアルマはおとなしく従った。

 

 狩猟服をベースとして作られ、一般的な採石者のイメージとして真っ先に上がる装備である。少年が着ているものとデザインは大差ない。中古とはいえ、正規の採石者であるピアが使っていたものだ。品質は高い。以前は町娘にしか見えなかったアルマも立派な見習い採石者にランクアップしていた。

 

「洗濯してから渡せばよかった……」

 

「ありがとうピアちゃん! 全然汚れてないよ。それになんだか、ピアちゃんのにおいがしてホッとするかも」

 

「!! ……もう何も思い残すことはない。さらばガロアパル」

 

「まだ大会が終わってねぇですよ!?」

 

 ピアは武器について購入も検討していたようだが、これはもうさすがに断った。おさがりの装備をもらえただけで十分すぎる。闘技場で貸し出されている武器も品質が劣悪なわけではないので今のところはそれで事足りる。

 

 ピアは顔色一つ変えず新装備一式の会計を済ませた。中層を探索できるだけの実力は確実にある採石者なので蓄えはあっておかしくないが、顔色を変えないのはいつものことなので実際の懐事情がどうなのか定かではない。

 

「お金なくなった」

 

 すぐに定かになった。金額に見合うだけの良い装備だったのだろうが、この先ちゃんと生きて行けるか心配になる金銭感覚だ。だからサバイバル技術が鍛えられているのかもしれない。

 

 装備の代金は優勝賞金で補填できるだろう。捕らぬ狸の皮算用とならないように少年とアルマは気合を入れ直していると、店の奥から誰かがこちらへ近づいて来ていた。

 

 従業員という風貌ではない。燕尾服にシルクハットをかぶった、上流階級らしい姿の若者だった。年は成人したばかりのようにも見える。こちらに用があるのか真っすぐ向かって来る。

 

「これは美しいご令嬢方と思いきや、巷で噂のピア隊の皆さんではありませんか」

 

 端正な顔立ちの優男がにこにこと笑いかけてくる。実は、面識こそないが彼が何者であるか少年は知っていた。採石権者ホトグレスの弟子にして、今大会の優勝候補の一人、ノルバー=カインクラである。

 

 今大会にはノルバーの他にもう一人、別の権者の弟子もいた。どうやら採能春杯には権者の弟子が名代として出場する習わしがあるらしい。最高峰の採石者が取った弟子であるだけに実力も本物だ。できれば顔を合わせたくない相手だった。

 

 しかも聞けば、大商会の御曹司らしい。この店も傘下の一つであるという。本人は後を継ぐ気はなく採石者一本で身を立てていくつもりのようだが、今の姿からしてとてもそうとは思えなかった。

 

「君たちの試合、見せてもらったよ。素晴らしい剣の腕前だ。ぜひ同業者として交流したいと思ってね。場所を移して語り合わない? 良いレストランを知ってるんだ。今から予約すればディナーに間に合うだろう。二人分のドレスも用意しなくてはならないね、すぐに手配してくれ」

 

「かしこまりました」

 

 あれよあれよと言う間にピアとアルマまで誘われている。ノルバーの視界に少年の存在は映っていないのか見向きもされなかった。さすがに苛立ちでひくついた表情を隠し切れなくなる。

 

「おや、そちらの君は……なんて美しい瞳だ。左右で色が違うんだね。初めて見たよ。深層から採れる魔石の輝きも、君の瞳には負けるだろう。もっとよく見せて……」

 

 おどおどしているアルマへと近づこうとしたノルバーの前にピアが立ちふさがる。無表情ながら明らかに殺気立っているとわかった。

 

「あなたと話すことはない。レストランにも行かない。今夜は剣健亭の特盛ベーコンソースパスタを三人で食べる約束をしている」

 

「ピアちゃん……!」

 

 少年が足踏みしているうちにピアがきっぱりと誘いを跳ね除けた。それに対し、ノルバーはやれやれと言った様子で肩をすくめる。いちいち仕草が苛つく奴だ。

 

「不快に思わせてしまったのなら申し訳ない。だが、僕は純粋に君たちと他愛もない話をしたかっただけなんだ。優勝争いはしているが試合の外でまでいがみ合いたくはない。思わぬ好敵手の登場に興味を引かれたよ。なにせ決勝戦は僕とジギタリスの一騎打ちだとばかり思っていたからね」

 

 ノルバー=カインクラと、ジギタリス=フォーレスト。共に権者の弟子であるこの二人のチームが優勝候補と目されていたわけだが、そこに現れた負傷の女剣士ピアの躍進により大会は三つ巴の決戦にもつれ込もうとしていた。

 

「その磨法といい、剣技といい、美しく可憐な少女にして只者とは思えない。是非ともお近づきになりたくてね」

 

「私は別に、只者。下郎の方がすごい。彼も権者の弟子」

 

「ちょ、その話題は!」

 

 別に口止めしていたわけではなかったが、少年がドラジッドの弟子であると公言することは憚られた。弟子であると言っても師のもとで学んだ期間は半年足らずである。そのほとんどが探索の基礎知識の勉強だ。

 

 それに対し、ノルバーたちは権者の代理として武闘大会に出場するほどの修行を積んでいる。比べるのもおこがましい実力差だ。自分から名乗り出ることなんてとてもできなかったのだが、それをピアはあっさり話してしまう。

 

「ドラジッド……? ああ、バダルサナの! 確か現役最年長の権者だったね。権者会にも長らく姿を見せていないから僕は面識がないが、弟子がいたとは。なんたる偶然、図らずも三人の弟子が集まったわけだ。これはビッグニュースだね」

 

「い、いや、このことはできれば内密に……」

 

 この調子では放っておくと大々的に宣伝されそうだ。わざわざ恥をさらすこともないとノルバーに黙っていてもらうように頼んだが、それまでにこやかだった彼の表情が曇った。

 

「君ね……どうせピアくんの付き添いとして参加しているだけだろうと思っていたから言うつもりはなかったが、権者の弟子であるなら話は別だ。レディの後ろに隠れて守ってもらうだけとは、紳士の行いではない」

 

「うぐっ!」

 

「なぜ隠す必要がある? 未熟だから、恥をかきたくないから? そんな覚悟で君はここへ来たのかい?」

 

 ノルバーの弁はもっともだった。少年が採石者を目指した理由はドラジッドから教えてもらった道を進み、そして彼の名に恥じない弟子として大成するためだ。

 

「下郎をいじめないで。まだ弱いから仕方ない。私が守ってあげなければならない」

 

「うぐっうぐっ!」

 

 ピアに悪意はないのだろうが、そのフォローは背後から射られた矢のように少年の心に突き刺さる。

 

 『俺が本気出したら神器級のすげー技が使えるんだかんなーッ』と叫びたかったが、それをすれば可哀そうなものを見る目を向けられることは確実。何も反論はできなかった。

 

「まあ、君が嫌だと言うのならこのことは黙っておくよ。それより弟子の君がここにいるということは、師匠もこの街に来ているのかい? ならば僕から挨拶に向かわなければ」

 

「それは……」

 

 ドラジッドが亡くなったことは、アルマの口から伝えられた。彼女はドラジッドの親族として真実を話す役目は自分にあると考えていた。表情はあまり深刻に見せないように取り繕っているようだったが、その言葉の端々から未だ癒えぬ悲しみが感じられた。

 

「偉大なる採石権者の最期に敬意を表する。その魂が神の御許に導かれんことを」

 

 ノルバーは脱帽し、敬礼した手をもって自分の目を覆い隠す。それは採石者に伝わる『盈虚の礼』と呼ばれる作法である。

 

 元来は、手信号の一種だった。強大な寄生炉に襲われ窮地に立たされた採石隊は犠牲を必要とする局面も出てくる。仲間を逃がすため命を賭してしんがりを務める採石者がいる。その雄姿に送る礼だ。

 

 迷宮内においては素早く略式で行われ、その一瞬の敬礼には万感の思いがこもる。ゆえに軽々しく使うことは許されない。深い弔意を表すはずが、最大級の侮辱として取られることもある。

 

 今のノルバーが行った敬礼を曲解する余地はなかった。その言葉は本心から哀悼の意を表しているように思えた。

 

 

 

 

 

 そこで終わっていればノルバーに対する少年たちの評価は、義に篤い男という好印象だったのだが。その日の夜、ノルバーは少年たちが泊まっている剣健亭に押しかけてきた。花束持参で。

 

「やあ、麗しきレディたち! レストランでのディナーは断られてしまったからね。僕もその絶品パスタとやらを食べに来たよ!」

 

 この調子でアルマやピア、果ては店の給仕にまで口説きかかる始末だ。ノルバーの株は一夜と経たずして大暴落したのだった。

 

 

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