鋳造の採石者   作:放出系能力者

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9話「敗者の誇り」

 

 数日をかけて催される採能春杯も佳境を迎え、準決勝が行われようとしていた。今日の試合は注目の一戦、権者の弟子同士による対決だった。

 

 かつては権者本人が大会に出場することもあったのが、それではあまりに一方的な勝負展開になってしまうため、昨今では弟子が代わりを務めるようになった。

 

 名代として出場する弟子たちにとって、自身の敗北は師の顔に泥を塗ることも同然である。そしてその他の採石者にとっては、権者の弟子を倒すことで自分の名をあげる好機でもある。

 

 だが、これまでの戦績を見る限り、多くの人々の予想通りに試合が運んでいた。無名に等しい採石者たちでは権者の弟子に遠く及ばない。才を見込まれたからこそ弟子として選ばれた者たちである。

 

 『雌狼』ホトグレスの弟子ノルバー=カインクラ。

 『癇癪玉』ウルキスの弟子ジギタリス=フォーレスト。

 その両雄がぶつかり合う試合だ。今日ばかりはどちらが勝つが予想がつかない。

 

 ピア隊の一行は観客席にいた。既に決勝戦にまで駒を進めている。つまり、今から始まる試合の勝者と次の試合で戦うことになる。

 

 順位の決定方式は勝ち残り戦なのだが、トーナメントのように決まった相手と戦うわけではなく、大会の主催者側が全体の流れを見て好カードを組んでいく。これが少し不気味だった。

 

 確かにピアの実力が上位に食い込む高さであることは間違いないのだが、大会側からすれば、最も観客を盛り上がらせるカードではないだろう。

 

 これから行われる試合こそ決勝で争われるべきカードだ。それを準決勝に持って来た主催者の判断に、何か釈然としないものを感じたが、別に不利益を被るわけではないので今は気にしないでおくことにした。

 

 むしろ僥倖と言えるだろう。優勝候補との二連戦を避け、さらに相手の戦い方を事前に観察できるのだ。

 

 ノルバーもジギタリスも、これまでの試合で本気を出しているようには見えなかった。ジギタリスに至っては、自分は一切動かず部下に働かせて全試合で勝利を収めている。

 

 このレベルのチームになると、隊員の一人一人が実質的な隊長クラスの実力者なのだ。高い金で雇われているなどの理由もあるのだろうが、優勝候補の勝ち馬に乗れるという利点が最も大きい。勇将の下に弱卒無しだ。

 

 どちらの隊も互角の強者を揃えている。白熱した試合になるだろう。観客たちの誰もが固唾を飲んで、戦いの始まりを今か今かと待ち望んでいた。

 

 まずはお決まりの宣誓から始まる。賭けの対象にもされる世俗にまみれた試合ではあるが、一応は神事であるためこういった形式が重んじられる。

 

 今日のノルバーは、この前街で会った時の服装とは違い、きちんとした探索服姿である。武器は総金属造りの長槍だった。槍と言えば一般的に柄の部分は木でできている。それが全て金属で作られているとなれば、磨法使いでさえ軽々と振り回すことは難しい。

 

 ノルバーはこれまでの試合の中で、見事な槍術を見せつけ敵を圧倒してきたが、それは常軌の技の範囲に収まるものだった。その槍が『鍛晶蔵』であることは間違いないが、まだその能力を発揮していない。

 

 対するジギタリスは双剣使いだ。いまだその剣を抜いたところすら見ていない。年はかなり若く、ピアと同じくらいだろうか。ちなみにピアとアルマ(享年)は17歳、少年は15歳である。

 

 逆に言えば、その年にして名代を任せられるほどの傑物である。ノルバーが静かに祈りを捧げる一方で、ジギタリスは辟易とした様子で立っていた。

 

「お祈りは済ませたのかい?」

 

「そんな迷信は弱者の拠り所に過ぎん。お前も所詮はその程度の俗物だ。商人は商人らしく商いでもしていればいいものを」

 

「言うじゃないか。さすが貴族の名家から追い出されただけのことはある」

 

 ノルバーが大商会の跡取りでありながらその将来を蹴って採石者となったように、ジギタリスも元は名のある貴族の家柄だった。

 

「口を慎め……! 追い出されたのではない! 俺の方から見捨ててやったのだ!」

 

 ジギタリスは幼少のみぎりより優れた武才を垣間見せたが、同時に激しい気性の持ち主で、とても貴族として上流階級の社交場になじめる人間ではなかった。次男だったこともあり、これを権者が引き取る形で家から放逐されたのである。

 

 ノルバーはそれを知っていたが、あまりからかうのも大人げないだろうと口をつぐんだ。その涼し気な態度がジギタリスの癪に障ったのか、すらりと腰の両脇に提げた剣を抜く。刀身は、血のように鮮やかな赤色をしていた。

 

「俺を侮辱したな。許さんぞ。貴様は俺が直々に刻んでやる」

 

 ジギタリスの方から蔑むような言葉を投げかけておきながら、少しでも反論されればいきり立つ。彼の師匠よりもよっぽど『癇癪玉』という渾名が似合う子供だった。

 

 ジギタリスが仲間に合図を送った。すると彼の隊員があろうことか、試合が始まる前に自陣の証木を破壊してしまう。これには観客もどよめいた。

 

「大将戦だ。ごちゃごちゃと乱戦にもつれ込まれては興が冷める。俺とサシで戦え」

 

 その意図を理解したノルバーは仲間に同様の指示を出した。彼の陣の証木が破壊される。これで互いの隊に三点ずつ入ることになる。

 

 そして、闘技場の中心に立つ二人の隊長を除き、全ての隊員が陣の後方へと控えた。どちらかの隊長が倒れるまで続く、正真正銘の一騎討ちだ。隊長を倒せば三点が手に入るため、自動的にこの一騎討ちに勝った隊の勝利となる。

 

「春陣隊長ノルバー=カインクラ。我が槍を神に奉じる」

「秋陣隊長ジギタリス。我が剣は、己がためにある」

 

 神を恐れぬ所業である。剣士の風上にも置けぬと、ノルバーは疾風のごとき速度で槍を振るった。ついに始まった決戦に会場は沸き立つ。

 

 賭けの予想では、ノルバーに分があった。これまでの戦いぶりから強さの一端が観衆にも見て取れたからだ。肉体的にも完成されている。さらに顔立ちも良く、歓声には黄色い悲鳴も混ざっていた。

 

 ジギタリスにとっては面白いはずもない。すぐにでも切り刻んでやりたかったが、自慢の剣が届くことはなかった。

 

 手数の多さで敵を翻弄する二刀流は、両手で一本の剣を持つよりも力は乗らない。強力な槍の刺突を捌くことは難しい。長柄武器の広い攻撃射程を掻い潜り、敵の懐まで接近することはさらに困難だ。

 

 武器の相性も悪いが、ノルバーの実力もそれに拍車をかける。重い金属槍を突き出し、そして引き寄せる動作は俊敏で攻撃を挟む隙がない。ジギタリスを一歩たりとも寄せ付けなかった。

 

 だが、ジギタリスに焦りはなかった。身軽さでは彼の方が上回り、槍の一撃をいなすことができている。いかに壮健な使い手だろうといずれは疲労し、攻撃の精度が落ちていくだろう。

 

「確かに速く重いが、単調な攻撃だ! 技の妙がまるでない!」

 

「よくしゃべるね、君」

 

「……減らず口もそこまでしておけ。本当の採石者の戦いを見せてやろう」

 

 ジギタリスは一旦、後方へ飛び退いた。双剣を激しく打ち鳴らす。火打石のように火花を散らした刀身が発火した。まるで油に浸したかのように燃え上がる。

 

「見たか! これが俺の鍛晶蔵! お前の槍のような紛い物ではない!」

 

 まさに魔法剣。観客たちはその光景を見てざわついていく。自然の力を宿し、操ることができる鍛晶蔵は製作が難しく、なかなかお目にかかれるものではない。

 

 だが、それはいかにも貴族が好きそうな鍛晶蔵だった。権威の象徴を表すため、見た目の派手さを重視したものが多いのだ。手に入りにくいことは確かだが、実戦における有用性は必ずしも付随しない。

 

 はっきり言って、刀身が燃えた程度で槍のリーチをどうにかすることはできない。ノルバーは下手に試合を長引かせず、速攻で勝負を決めにかかった。

 

 ジギタリスに合わせ、自分も武器の能力を解放する。“紛い物”と称されたその槍は流行りの『新鍛晶蔵』だった。使い勝手の悪さはある。これまでの行われた他の試合を観ても、この手の新兵器に頼るような輩にろくな採石者はいなかった。

 

 だが、それは使いこなすだけの実力がないからだ。武器本来が持つ性能を最大限に活用した上で、そこに特殊能力を加えることで効果は何倍にも高まる。

 

 ジギタリスのように発動をわざわざ宣言はしない。燃える剣に向けて突き入れた槍が能力を発揮した。これまでと同様に受け流そうとしたジギタリスの剣を絡めとる。

 

「な、なんだ!? 俺の剣が!」

 

 片方の剣が槍にぴったりとくっついている。ジギタリスは必死に自分の剣を奪い返そうとしていたが、溶接されたかのように離れない。こうなれば互いの膂力がものを言う綱引きだ。ノルバーに分があった。

 

 その槍は『磁力型』と呼ばれる新鍛晶蔵の中でも最新式の技術を取り入れている。槍そのものを強力な磁石と化すわけだが、吸い寄せる対象は鉄ではない。魔力を含んだ魔石である。

 

 敵の武器が強力であるほど、強い魔力を有するため磁力の効果も受けやすくなる。戦闘中、思いもよらぬ方向から武器に力の影響が加われば、練達の採石者でも体勢を崩す。さらにこの槍の効果は吸い寄せるだけではない。その逆に反発させることもできた。

 

 剣を取り返そうと思いっきり力を込めて引っ張っていたジギタリスに向けて放たれた反発の力。体勢を崩すばかりか衝撃に堪えられず、剣を手放してしまった。遠く離れた自陣の奥まで剣が吹き飛んでいく。

 

 双剣であるためまだ武器は手元に残されてはいるが、それもノルバーの磁力槍の前には無力だ。決着をつけにかかったノルバーにジギタリスは慌てふためく。

 

「おろかものがぁっ!」

 

 そこでジギタリスが放った攻撃は苦し紛れとしか思えなかった。残された片方の剣を投げて、その隙に自分は大きく後退する。自ら武器を手放すという愚行にも思えるが、だからこそ相手の意表を突く奇手とも言えるのか。

 

 無論、そんな攻撃に動揺するノルバーではない。燃え盛る剣を槍で薙ぎ払おうとした。その判断が明暗を分ける。

 

 未来を有望視されるだけの才を持つノルバーも今の時点では一流の採石者に及ばない。身体能力と技だけならその域に達しているかもしれないが、戦士として最も重要な経験の醸成がなされていない。

 

 ジギタリスは怯えていた。注意深く観察ができていれば、その恐怖がノルバーに向けられているものではないことに気づけたはずだった。彼は自分自身が持っていた“剣”に恐れおののき、たまらず手放してしまったのである。

 

 真に警戒すべきは剣だった。ノルバーが真っ先に取るべき行動はジギタリスと同じ退避の一択。彼はその判断を誤った。

 

 投げ放たれた剣がノルバーの至近で爆発する。まともにその炎を浴びてしまった。これには驚いたが、しかしその一撃で戦闘不能に陥るほどの威力はなかった。高い耐火性を持つ装備がある。すぐに立て直せると思った。

 

 だが、激痛がノルバーを襲う。その痛みは真っ先に、彼の胸中から発生した。肺が焼けるように痛い。息をすることもままならない。次第に、その痛みが広がっていく。炎を浴びたのは一瞬のことですぐに鎮火したはずが、なぜか深刻な火傷が全身に及んでいた。

 

「我が名工機『燻葬十字毒枝』は一対にて精密な行使を可能とする繊細な武器だ。それを浅はかにも弾き飛ばすとは……その苦痛はお前の責任だぞ。自業自得だ」

 

 双剣を拾い直したジギタリスが戻ってくる。それまでの間、ノルバーは何もすることができなかった。痛みのあまり意識を手放してしまいそうな状態だった。

 

 まさか弟子の身でありながら名工機を所持しているとは思ってもいなかった。ジギタリスが個人の力で得た武器とは考えられず、彼の師が貸し与えたものだろう。それにしても信じられないことだった。名工機の価値を理解している者のやることとは思えない。

 

 ノルバーの配下が動こうとしていたが、それを牽制するようにジギタリスの隊員が威圧している。隊長であるノルバーが重傷を負った状態で乱戦に突入すればさらに事態を悪化させる恐れがあった。

 

 試合終了を告げる合図もまだなかった。はた目から見れば、ノルバーが想像を絶する苦痛に苛まれていることなどわからない。降伏もしていないため、まだ戦闘続行が可能かもしれず、すぐに審判を下すことはできなかった。

 

「その痛みが消えることはない。不治の毒だ」

 

 槍を杖替わりにして何とか立っていたノルバーにジギタリスが近づいていく。その足取りには何の気負いもなかった。まるで散歩でもしているかのように気楽に近づき、ノルバーの腹に剣を突きさす。

 

「俺が楽にしてやろう。感謝するといい」

 

 そして剣が発火した。臓腑を毒煙で燻されたノルバーは断末魔の叫びをあげる。そして唐突に事切れた。物言わぬ骸となり地に倒れ伏す。

 

 会場は静まり返っていた。誰も、まさか殺すとは思っていない。死ぬことのあり得る決闘とは言っても競技だ。降伏も認められるし、上級部門の選手であれば互いの力量差というものがある程度わかる。無理な戦いはせず、過剰に攻撃を加えることもない。

 

 これが無名の採石者であればここまでの衝撃はなかった。権者の弟子にしてカインクラ商会の子息であるノルバーをあっけなく殺してしまったということが驚天動地だった。

 

 審判でさえすぐに動くことができずにいる中、闘技場に何か大きな物体が投げ込まれる。彗星のような速度で地面にめり込んだそれは人間だった。ジギタリスはそれを見て驚く。

 

「し、師匠!?」

 

 何を隠そう彼の師匠『癇癪玉』のウルキスだった。肌は日に焼けた浅黒い偉丈夫で、長い髪は天を衝くように結い上げられている。上半身裸で農夫のような粗末な出で立ちをしていた。

 

「おお痛ぇっ……奥歯が三本くらい折れちまったよ」

 

 ウルキスが折れた歯を吐き捨てていると、決闘場にもう一人の人物が観客席から降り立った。『雌狼』のホトグレス、その姿はまさに女傑だ。ウルキスも鍛えられた体格をしているが、それを一回り以上も上回っている。女とは思えない筋骨だった。

 

「どういうことか、説明してもらおうか」

 

 ホトグレスの言葉は落ち着いていたが、その下にあふれ出しそうなほどの殺意が込められているとわかる。自分の弟子が殺されたのだ。返答次第では即時開戦もあり得る事態だった。気圧されたジギタリスに代わり、ウルキスが答えた。

 

「どうもこうもない! これは神の御前にて行われた聖戦! 流された血は神への供物! 旅立つ戦士の魂は天界へといざなわれる! これにまさる栄誉はない! おお気高き採石者ノルバー=カインクラよ! どうか偉大なるミシエヒ神もご照覧あれ! 彼の魂が神の御許へ導かれんことを!」

 

 ホトグレスにと言うより観客に向けて芝居がかった口調でまくしたてたウルキスは、とどめとばかりに敬礼した手で目を覆った。『盈虚の礼』だ。

 

 それだけは絶対にしてはならないことだった。採石者としての誇りが少しでもあればとてもできない行為だった。それが意味するところは、死者を冒涜する最大級の侮辱。

 

 もはや捨て置くことはできない。今のホトグレスは最低限の装備しか身につけていないが、戦うことに微塵の躊躇もなかった。

 

 ウルキスは明らかに挑発している。ホトグレスを焚きつけて戦わせようとしていた。その見え透いた魂胆に乗せられる形になろうともここで矛を収めることはできなかった。

 

 ウルキスは観衆を味方につけている。その言い分は恥知らずだが間違ってはいなかった。この試合で命を殺めても殺人の罪には問われない。正当な決闘において弟子が殺されたからと言って、怒りに任せ恨みをぶつけるようなことをすればホトグレスに非が生じる。

 

 また観衆は心のどこかで思っているのかもしれない。ノルバーのような金持ちの息子に対する妬みが少しはあったのかもしれない。それが無様に殺されることを晴れやかに感じる者もいた。いい気味だと、当事者たちのことを何も考えず無責任に騒ぎ立てる。

 

 

「やれやれ。まだ試合は終わっていないのだから、そう騒がないでもらえるかな?」

 

 

 睨み合う権者たちを他所に、あり得ない人物が声をあげる。腹を貫かれ、死んだはずのノルバーが立ち上がっていた。傷が思ったよりも浅かったのかとホトグレスは一縷の望みを抱く。

 

 だが、一目見てわかった。致命傷である。毒炎で焼かれたことにより出血は少なかったが、生きていられる怪我ではなかった。

 

 彼の体は全身を巡る毒に冒されていた。意識を保ち、自分の足で立っていることがおかしいのだ。どんな磨法使いでも死の間際に、ここまでの覚悟を見せられるだろうか。彼は確かに、特別な人間だった。

 

「ジギタリス、君の勝ちだ。そして、権者ウルキス。どうか彼を正しく導いてやってくれ」

 

 これにはウルキスも仰天していた。自分のために無益な争いはさせまいと、死にすら抗うその胆力。育てば権者の地位にまで上り詰めてもおかしくない。身勝手極まりないが、初めて彼はここで死ぬには惜しい人間だと思えた。

 

「なんと逞しき男よ! おおミシエヒ神よ、彼の者の雄々しき最期を見届けてください! 権者ホトグレスの弟子にして、誇り高き採石者ノルバー=カインクラ! その名を讃えよ! その名を讃えよ!」

 

 ウルキスが音頭を取り、会場に万雷の歓声が響き渡る。誰もが敗者であるはずのノルバーの名を叫んでいた。ウルキスの扇動は自分の弟子に非難が向かわないようにする思惑もあったのだが、そうとは気づかずジギタリスは不快げに剣の柄を握りしめる。

 

 声援に見送られながら、ノルバーは門へと歩いた。もはや立っていることさえままならない体をホトグレスが支え、歩かせた。

 

「師匠……レディが気安く男の前で涙を見せるものではない。それは心の宝石箱にしまっておきたまえ」

 

 彼はいつもの調子でおどけてみせた。そして門をくぐり、会場を後にしたそのときに、息を引き取った。

 

 

 * * *

 

 

 少年たちにとってみれば、ノルバーという男はつい先日知り合っただけの関係だ。仇討ちのために怒りを燃やすほどの絆はなかった。

 

 だが、その人となりは知っている。軽薄そうな見た目とは裏腹に、他人の心の機微を読み取り寄り添える人間だ。

 

 少年はノルバーに、どうして採石者になったのかと聞いたことがあった。そんな危険な仕事をしなくても金ならいくらでも手に入る地位を生まれながらにして持っているというのに。

 

 

『僕は自分の欲望に忠実なだけさ。金で手に入る幸せよりも、採石者の仕事に生きている実感を得られたというだけだ』

 

 

 何物にも縛られず、友と酒を酌み交わし、女を口説き、奔放に生きる。いつ死ぬかもわからない人生を全力で楽しむ。それがノルバーの選んだ生き方だった。

 

 こんな幕引きで終わらせていいはずはない。彼はここで死ぬべき人間ではなかった。しかし、時間は戻らない。後悔するよりも、彼の背中を見て学ぶべきだ。

 

 いつまで女の後ろに隠れているつもりだとノルバーに言われた。その通りだ。恥と言うのであれば本当の素性を隠して目立たないようにと縮こまっている方が恥だ。少年はドラジッドの弟子であることを公表することにした。

 

 しかし少年の意気込みに反して、大会の運営者にその旨を伝えたところ、何とも微妙な反応を返された。まあ宣伝材料の一つにはなるか、という冷めた様子で話を済まされる。

 

 実は、少年の素性など歯牙にもかけないようなスクープが既に調べられていたのである。それはピアの出生だった。

 

 ピア=オラトリウム。『最強』と呼ばれる採石者ダウェス=オラトリウムの娘だという。

 

 会場はその話題で持ち切りとなっていた。ダウェスの名のもとには権者の弟子という称号すら霞んでしまう。当初はジギタリス優勢と思われた賭けのオッズも、次第にピアの方へと傾き始めている。この盛り上がりを狙って決勝戦のカードが組まれていたのだ。

 

「隠しててごめん……」

 

 いつになくしおらしい様子でピアが謝罪する。何となく貴族の出ではないかと予想はしていた少年も、ここまでの大物の名があがるとは思っていなかった。

 

 しかし、だからと言ってピアとの付き合い方が変わるわけではない。その気持ちはアルマも同じだった。

 

「隠し事の一つや二つくらい誰にでもあるさ。俺たちだってお嬢よりすごい秘密をまだ隠してるんだからな」

 

「そうだよー! ピアちゃんだけが特別だなんて思わないでね!」

 

 ピアは『最強』の子であるという色眼鏡なしに接してくれる関係を望んでいたのだろう。そうでなければ名を隠したりはしない。少年たちからしてみれば、ダウェスなんて名前しか知らない英雄のことにあまり興味はなかった。

 

「……ありがとう」

 

 ピアは、かなりの腕っぷしがあり、修行バカで何を考えているのかわからないところもあるが、気は優しく、アルマのことが好きな、ただそれだけの少女だ。

 

「いよいよ決勝だ。俺たちのことを守ろうだなんて考えなくていい」

 

「わかった」

 

「これまでは何も手伝えなかったけど、次はお姉ちゃんも頑張るからね」

 

「一緒に居てくれるだけで心強い」

 

「だから違うって。居るだけじゃない。三人で勝つんだ。そうだろ、隊長!」

 

 

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